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《其ノ拾弐》そういう時は手っ取り早く裸の付き合い
❀
rrrrr……
『っはい山崎です』
「マヨボロ×5、20分以内に買って来い」
『あの…余計なお世話かもしんないですけどその台詞今日3回m「うるっせェ!!!上司の意見に口答えせし者切腹だァ!!!!」
普段なら長ったらしいツッコミの一つや二つ聞き流してやっていたが、そんな善意を向けるほどの余裕が無く要件のみを告げて問答無用で通話終了のボタンを乱雑に押した。煙草を切らすまで黙々と書類整理に勤しんでいた俺は、そのブツ切り音があまりにも耳障りで筆を取る気にもなれず、大袈裟な程のデカい溜め息をついた。その前に聞いたのがザキの様な特徴の欠片もない腑抜けたヤローの声っつーのも余計に腹立たしいのだろう。
___…いや、俺がここ最近むしゃくしゃしがちな理由なんてとっくに分かっちゃいるんだが。
ヤツを女中として引き入れてから、良い意味でも悪い意味でも屯所の空気が変わったように思う。男所帯に若く華のある女が一人ぽつんと入ったことで隊士の士気は全体的に上がったが、アイツが中途半端に容姿が悪くなく、愛想も良いせいで反対に仕事に精の出ない輩も増えた。口を開けば名前名前名前、鼻の下伸ばして毎日デレデレ、みっともないったらありゃしねぇ。アイツは知らねェだろうが、こっそり風呂を覗いたり普段の様子を盗撮した写真を仲間内で共有したりする馬鹿共が俺にシメられる、そんなケースも後を耐えない。
なのにアイツと来たら。
その一。万事屋の野郎と朝まで飲んで、化粧もドロドロの酒臭ェ状態で『一人で』帰ってくるたァ、危機管理能力が微塵もねぇ。つーか男潰すまで飲んでんじゃねーよ。人がせっかくしてやった心配は全くの無視で、アイツは泣きながら俺に怒りをぶつけてきた。(確かに真剣突き付けたのはやり過ぎだったと思うが)ウチに来いだか嫁に来いだか知らねーが、あのクソ野郎の誘いを断ってまで帰って来たのに…なんて、何が言いてぇんだよ一体。俺を信じるも信じないもテメーの勝手だと思っていたが、回りくどい言い方がどうも癪に触る。やっぱりあの天パ男が関わると碌な事にならねェ。
そしてその二。どうやら宴会の後も、また総悟と何かあったらしい。仕事そっちのけでちょっかいばかりかけてきまくって困ってるんです、と半べそで言ってきたアイツの顔がふと浮かぶ。姉貴ぐれェの年齢だ、総悟が特別気に入ってんのは知ってた。…んで、今朝の近藤さんとの会話を不本意ながら聞いちまって、まさかそれをヤツに見られているとは迂闊だった。気になって直ぐその場から離れなかったのは俺が悪ィが。色恋話のなんのに付き合う近藤さんもお人好しったらありゃしねー。屯所内で誰が誰と交際しようが乳くりあおうが俺の知ったことじゃねぇのに、総悟の野郎は何で俺にいちいち喧嘩吹っ掛けてくんだよ。…あんな言うことも聞かねーじゃじゃ馬、どうだっていい。顔見てっとなんかこうイライラして煙草の本数が増える。
「っチッ……クソ。煙草がねェんだよ煙草が」
この言いようのないムカつきと心臓の奥底で突っかえる気持ち悪さはニコチンでしか癒えねェ。あーマジで煙草代アイツの給料から天引いてやろうかな。丁度山崎から部屋の前に置いといたっつーメールが入り、重い腰を起こして取りに行く。ブチ切れている俺とはなるべく顔を合わせたくないという魂胆らしい。上等だコラ明日覚えとけよコラ。どうせ書類が片付く見込みもねぇし、一本吸ったら気晴らしに一風呂浴びるか、とフィルムと銀紙を取り二十分ぶりにようやくありつけた一本に火を点ける。
「………ふーー………」
揺蕩う煙を見てほんの少しだけ冷静さが戻った気がしなくもない。だが毎日これだけの激務にも関わらず、こうして気を抜くと直ぐにあのバカの泣き顔が脳裏にチラついて離れねェ。煙草でも無理かよ勘弁しろ。…ムカムカすっから態と関わらねぇのに、無許可でこうも頭ん中まで出てこられちゃあ世話ねェよ。あっという間に灰がフィルターまで届きそうになってんのに俺は気付かず、慌てて灰皿に押し付け潰した。
“こんなことなら、土方さんの言うことなんか、信じなければ良かった…!!”
「……ハイそうですか、だからなんですかってんだクソガキ」
喉まで出かかっている、そんな中身のねぇような言葉じゃなく、もっと何かこう…よく分からねェアイツへの気持ちが。だがこれを知ってしまうからには俺が俺じゃなくなる気がする。だから良いんだよ、このままで。別に拾ってやったってだけで面倒見る義理ねーし。現にこうして関わらんでもやっていけてんじゃねェか。うん、だからもうアイツがどうとか考えるこたねェよ。…そんな自制心をどうにか保ち俺は風呂の用意を持って襖を開けた。ついでに丁度出くわした同じく風呂セットを持ち、酷く脅えた様子の山崎を一発ボコって。
「アッもう痛ァァ!!!全然一発じゃないしコレェ!!!」
・・・
かぽーん、とどこからか聞こえてきそうなほど良い湯。
今日は隊士の皆さんに日頃の疲れを癒して欲しくて、湯の中に柚子を切って入れた。ものすごく発汗作用があってポカポカするから、元の世界でもたまにやってたんだよねぇ。お湯を両手で掬いそっと顔に近付けると、柚子のいい香りが鼻から突き抜ける。
私のお風呂の順番は有難いことに一番最初なのだ。真選組に女湯はないし、汗や土埃や血を洗い流した男の後に入るのもアレだろう、って皆さんのご厚意から一番風呂を頂いている。…正直女中の仕事も結構しんどいので、一刻も早くお風呂に入りたいと常日頃から思っている私にとっては、一番風呂は物凄く喜ばしいことなのだ。
そして一日の中で、何にも邪魔されることなく、最もゆっくりと考え事を出来る時間だったりするので、必然と今日の出来事を思い返していた。近藤さんに話したことで、胸に引っかかっていたものがぽろりと取れたような、少しは楽になったような。案の定声がデカすぎるし、(?)まあ過保護なのは多分そうだろうなって思ってはいたけど…何だかんだやっぱり頼りになるよなあ、私たちの大将は。
土方さんへの本当の気持ちを自覚して、総悟に好きだって言われて良く分からない微妙な関係になったこと。真選組に来て約2ヶ月、本当に目まぐるしく日々が過ぎていったなあ。
___二人のこと、考えなかった日なんて一日もなかった。総悟は総悟で相も変わらずだけど、今まで以上に距離が近くなったことはもう既に一部の人達には勘づかれていそうだ。土方さんの態度も、こちらも相も変わらず。ちょっとは私と喧嘩した事、気にしてくれれば…そんな希望は一瞬にして打ち砕かれた。ほんっとうに私になんてつくづく興味が無いんだと実感して胸が痛くなる。会話なんてもっての外ですれ違うこともなく、姿を見ても朝の素振りの時、遠目でだけ。鍛え抜かれた肉体にまっすぐ前を見つめて木刀を振るう姿をもう、何度見て何度胸が締め付けられただろう。
___…だからこそこんな不毛な恋を終わらせる為に、総悟は、タイミングよく私に気持ちを伝えてくれたのだろうか。なんて考えも頭を過ったりして。
ねえ土方さん、…ちゃんとご飯食べてますか?ゆっくり寝れてますか?あんなに見るのがしんどかったマヨネーズをかける姿も、煙草をバカスカ吸う姿も、今じゃそれすら恋しく思う。別に彼女でも何ともないし、一方的かつエゴで無意識に気にかけるほど、…私はあなたが好きなんです。もう毎日、今日も話せなかったって泣きながら布団に入りたくない。…我儘言わないから、朝帰りしたあの時酷いこと言ってごめんなさいってだけ謝りたい。そのチャンスが欲しいよ、土方さん。
「……なんてね。望み薄だ」
自嘲にも近い笑みがふっと零れた。柚子のおかげもあってか少しのぼせ気味になってしまったし、そろそろ洗って出よう、みんながきっと柚子風呂を待ってるしね。銀色の手すりにぐっと体重を掛けて立ち上がった瞬間、ガララ…と扉が開く音がして、思わず全身を反射的に湯の中に引っ込めた。えっ嘘でしょ!?やばいやばい何で入って来___
立ち込める湯気が退いた瞬間、腰にタオルを巻き、桶にアメニティグッズを携えた高身長の男が、するはずのない水音がしたと言わんばかりにこちらを見つめているのが分かる。っ………嘘、待って、
「ひ、……じかたさんっ……!」
「名前………!?」
そう。呼んだその名の通り。
入浴中の私の前に立ちはだかったのは、私の想い人である土方十四郎だった。ちょっと待って一回落ち着こう、いや落ち着けるわけねーってバカヤロー!好きな人とタオル一枚でバッティングしてこんな状況美味し…じゃなかった、冷静さ取り戻せって言われる方が無理!流石の真選組の頭脳の土方さんもパニクって足固まってるよ!私の姿から顔だけはしっかり逸らし、口元を手で抑えながら真っ赤な顔の土方さんを見て、意識してくれてちょっと嬉しいとか思った私はバカだ盲目だ。
「わっわわわわ私が出ますっ、すみませんすみません!!」
「いいいいいや待て俺が出る俺が出るから!!!お前はもう少し入ってろつつつつーか札入浴中に変えてねェぞ気を付けろよお前、 」
「札忘れてたァァァ!!!いやあのも、もう暑くてしんどいんです、お願いします先に出させてくださいっお願いしますっ」
「あっオイお前ふざけ…っ立ち上がんなバカ!!!!」
「きゃっ…………!!!」
ざばん!と湯を零しながら勢い良く立ち上がってフェイスタオルで前だけ隠し、土方さんの横を勢い良く走って通り過ぎようとしたその時だった。お風呂で走ってはいけません。子供の頃のマミーの教えを私はあまりの非常事態に無視してしまった。かかとがつるっとタイルで滑って思い切り後ろから倒れる。しかと目を閉じて衝撃に耐えようとするが、……思っていた鈍い痛みが走ったのはお尻にだけ。そう、後頭部には土方さんの手のひらが回っていたのだった。
「…………っぶねェ、 」
「……すみませ」
あれ。
たしかにタオルを手で抑えてた筈だけど、なんだか体が寒いな。
私がゆっくり自分の姿(首から下)に目をやると、土方さんもそれに伴いつられるように目線を私の顔から私の体へと移した。
「……………」
「……………き、 」
きゃあああああ!!!!!!!!
甲高い叫び声は焦った様子の土方さんの手でぐっと抑えられた。…みみみ、見られた見られた、転んだ拍子にフェイスタオルが浴槽に落ちて最早意味を失っていて、見られた、私の裸、ぜぜぜ全部…!!!もう私今ので一気にのぼせた、恥ずかしさと暑さと困惑でぐっちゃぐちゃでもうどんな顔してるのか分からない。慌てて水の上にぷかぷか浮かぶそれを引っ掴んだ土方さんは、私の体に乱雑に掛け始めた。
「みっみましたよね、みましたよね土方さんっ」
「いいいやあ?みみみ見てねェよ、ウンマジで見てねェ、丁度湯気がいい感じにフェードインして、 」
「ぜ、絶対に嘘っ!!目線私と一緒に動いてましたもん、絶対見ましたよね!!ね、見ましたよねぇぇぇ!?」
「っるせェェェ!!!見たの分かってんなら聞かないでもらえない!?つか何なんだよ、まるで俺を悪者みてェに言ってるけど?そもそもの原因はお前が札引っくり返し忘れてるっつーとこにあンだよ!!挙句の果てに俺が出るつってんのにテメェが突っ走ってこうなってんだろがッ!!!!」
あまりにチープで意味の無い小競り合いを繰り広げる。そして私の頭に前食らった時より数倍痛い手刀が落ちて来た。…ねえ神様、折角また話すチャンスくれたのに、きっかけがコレって。思わず笑っちゃうよもう。肘で起き上がるように体を支える私と、それに覆い被さるようにし私の頭に右手の手のひらを添える土方さん。この状況だけでも充分恥ずかしいのに、裸を見ちゃったことにどれだけ動揺を隠せないのかが伺える。いつもより数倍口数の多い、文句をだらだらと並べる土方さんの顔をじっと見詰めながら、土方さんの唇に人差し指を置く私。
「………っオイ、何の真似だ。つか人の話聞ーてたのかテメェ、 」
「……土方さん」
「…………何だ」
「…ここで、仲直りしませんか?」
「…俺ァお前と喧嘩なんぞした覚えねェよ」
「………じゃあ勝手に謝ります。
朝帰りしたあの日、…“信じなければ良かった”なんて酷いこと言って、ごめんなさい」
そこまで言うだけ言って、申し訳ないけどぎゅっと目を閉じた。だって土方さんの顔見るのが怖くって。呆れ?それとも怒り?気にはなるのに、絶対見れない。どっちにしろいい結果じゃない様な気がして。前みたいに普通に話せて浮かれてしまった。また元に戻れるんじゃないかって。………暫くして、後頭部にあった手がパッと離れ、その手はそのまま私の腕を掴んで立ち上がらせた。反射的に目も開けなきゃいけず、土方さんの表情を恐る恐る伺った。
「……悪かった」
「………へ、」
「非力なお前に真剣向けるとか、やり過ぎだった。…それに俺の言い方も卑屈で、態とテメェを腹立たせるようなこと言っちまったと思う」
「…………土方さ、」
「っあ゛ー、…まあだから何だその、仲直りだったか。別に喧嘩とかじゃねェけど、……一応しといてやろうと思っただけだ」
ガシガシと頭を乱暴に掻きながら、バツが悪そうに私から視線を逸らす土方さん。まさか、まさか………土方さんが謝ってくれるなんて。口を効かなかったこの1週間、やっぱり土方さんなりにも色々考えてくれてたのかなとか、気を揉んでたりしてたのかな、とか、気が向いて許してくれただけなのかな、とか。煩わしさを覚えられても仕方ないことをした筈なのに。…ああ私、この人の事、ホントに好きだ。もうただの推しなんかじゃなくて、とっくに前から自分の気持ちに嘘なんてつけなくなってる。土方さんの言葉一つ一つにこんな一喜一憂して、天国にも地獄にも行けちゃう私。…恋人になりたいなんて、大それたこと言わない。ただ私のこの世界での毎日を、彩ってくれてるのは間違いなく土方さんだから。…勝手に想い続けるだけだから、迷惑だなんて思わないでくださいね。
にこにこと屈託のない笑みを浮かべながら、何も言わずに土方さんの様子を見ていたら、「…っ、つかいつまで突っ立ってやがんだ、暑いんだろ早く出ろアホ!!!!!」と我に返った土方さんに怒鳴られて、慌てて浴室を出た。だけど頬の筋肉は緩みっぱなしで、あまりの締りの無さに鏡の前でちょっとだけ自分の顔に引いた。でもいいの。嬉しいから。…明日はどうか、おはようから言えますように。遠ざかるシャワーの音を聞きながら、私は軽い足取りでアイスを取りに食堂へ向かった。
完。
(え、でもよく考えたら裸見られてんだよね、ヤバッ!!!急に恥ずかしくなってきたァ!!!お約束過ぎるけど!!!!)
(ったくあのバカ……………クソ、あ゛ーーーーッ)
❀
rrrrr……
『っはい山崎です』
「マヨボロ×5、20分以内に買って来い」
『あの…余計なお世話かもしんないですけどその台詞今日3回m「うるっせェ!!!上司の意見に口答えせし者切腹だァ!!!!」
普段なら長ったらしいツッコミの一つや二つ聞き流してやっていたが、そんな善意を向けるほどの余裕が無く要件のみを告げて問答無用で通話終了のボタンを乱雑に押した。煙草を切らすまで黙々と書類整理に勤しんでいた俺は、そのブツ切り音があまりにも耳障りで筆を取る気にもなれず、大袈裟な程のデカい溜め息をついた。その前に聞いたのがザキの様な特徴の欠片もない腑抜けたヤローの声っつーのも余計に腹立たしいのだろう。
___…いや、俺がここ最近むしゃくしゃしがちな理由なんてとっくに分かっちゃいるんだが。
ヤツを女中として引き入れてから、良い意味でも悪い意味でも屯所の空気が変わったように思う。男所帯に若く華のある女が一人ぽつんと入ったことで隊士の士気は全体的に上がったが、アイツが中途半端に容姿が悪くなく、愛想も良いせいで反対に仕事に精の出ない輩も増えた。口を開けば名前名前名前、鼻の下伸ばして毎日デレデレ、みっともないったらありゃしねぇ。アイツは知らねェだろうが、こっそり風呂を覗いたり普段の様子を盗撮した写真を仲間内で共有したりする馬鹿共が俺にシメられる、そんなケースも後を耐えない。
なのにアイツと来たら。
その一。万事屋の野郎と朝まで飲んで、化粧もドロドロの酒臭ェ状態で『一人で』帰ってくるたァ、危機管理能力が微塵もねぇ。つーか男潰すまで飲んでんじゃねーよ。人がせっかくしてやった心配は全くの無視で、アイツは泣きながら俺に怒りをぶつけてきた。(確かに真剣突き付けたのはやり過ぎだったと思うが)ウチに来いだか嫁に来いだか知らねーが、あのクソ野郎の誘いを断ってまで帰って来たのに…なんて、何が言いてぇんだよ一体。俺を信じるも信じないもテメーの勝手だと思っていたが、回りくどい言い方がどうも癪に触る。やっぱりあの天パ男が関わると碌な事にならねェ。
そしてその二。どうやら宴会の後も、また総悟と何かあったらしい。仕事そっちのけでちょっかいばかりかけてきまくって困ってるんです、と半べそで言ってきたアイツの顔がふと浮かぶ。姉貴ぐれェの年齢だ、総悟が特別気に入ってんのは知ってた。…んで、今朝の近藤さんとの会話を不本意ながら聞いちまって、まさかそれをヤツに見られているとは迂闊だった。気になって直ぐその場から離れなかったのは俺が悪ィが。色恋話のなんのに付き合う近藤さんもお人好しったらありゃしねー。屯所内で誰が誰と交際しようが乳くりあおうが俺の知ったことじゃねぇのに、総悟の野郎は何で俺にいちいち喧嘩吹っ掛けてくんだよ。…あんな言うことも聞かねーじゃじゃ馬、どうだっていい。顔見てっとなんかこうイライラして煙草の本数が増える。
「っチッ……クソ。煙草がねェんだよ煙草が」
この言いようのないムカつきと心臓の奥底で突っかえる気持ち悪さはニコチンでしか癒えねェ。あーマジで煙草代アイツの給料から天引いてやろうかな。丁度山崎から部屋の前に置いといたっつーメールが入り、重い腰を起こして取りに行く。ブチ切れている俺とはなるべく顔を合わせたくないという魂胆らしい。上等だコラ明日覚えとけよコラ。どうせ書類が片付く見込みもねぇし、一本吸ったら気晴らしに一風呂浴びるか、とフィルムと銀紙を取り二十分ぶりにようやくありつけた一本に火を点ける。
「………ふーー………」
揺蕩う煙を見てほんの少しだけ冷静さが戻った気がしなくもない。だが毎日これだけの激務にも関わらず、こうして気を抜くと直ぐにあのバカの泣き顔が脳裏にチラついて離れねェ。煙草でも無理かよ勘弁しろ。…ムカムカすっから態と関わらねぇのに、無許可でこうも頭ん中まで出てこられちゃあ世話ねェよ。あっという間に灰がフィルターまで届きそうになってんのに俺は気付かず、慌てて灰皿に押し付け潰した。
“こんなことなら、土方さんの言うことなんか、信じなければ良かった…!!”
「……ハイそうですか、だからなんですかってんだクソガキ」
喉まで出かかっている、そんな中身のねぇような言葉じゃなく、もっと何かこう…よく分からねェアイツへの気持ちが。だがこれを知ってしまうからには俺が俺じゃなくなる気がする。だから良いんだよ、このままで。別に拾ってやったってだけで面倒見る義理ねーし。現にこうして関わらんでもやっていけてんじゃねェか。うん、だからもうアイツがどうとか考えるこたねェよ。…そんな自制心をどうにか保ち俺は風呂の用意を持って襖を開けた。ついでに丁度出くわした同じく風呂セットを持ち、酷く脅えた様子の山崎を一発ボコって。
「アッもう痛ァァ!!!全然一発じゃないしコレェ!!!」
・・・
かぽーん、とどこからか聞こえてきそうなほど良い湯。
今日は隊士の皆さんに日頃の疲れを癒して欲しくて、湯の中に柚子を切って入れた。ものすごく発汗作用があってポカポカするから、元の世界でもたまにやってたんだよねぇ。お湯を両手で掬いそっと顔に近付けると、柚子のいい香りが鼻から突き抜ける。
私のお風呂の順番は有難いことに一番最初なのだ。真選組に女湯はないし、汗や土埃や血を洗い流した男の後に入るのもアレだろう、って皆さんのご厚意から一番風呂を頂いている。…正直女中の仕事も結構しんどいので、一刻も早くお風呂に入りたいと常日頃から思っている私にとっては、一番風呂は物凄く喜ばしいことなのだ。
そして一日の中で、何にも邪魔されることなく、最もゆっくりと考え事を出来る時間だったりするので、必然と今日の出来事を思い返していた。近藤さんに話したことで、胸に引っかかっていたものがぽろりと取れたような、少しは楽になったような。案の定声がデカすぎるし、(?)まあ過保護なのは多分そうだろうなって思ってはいたけど…何だかんだやっぱり頼りになるよなあ、私たちの大将は。
土方さんへの本当の気持ちを自覚して、総悟に好きだって言われて良く分からない微妙な関係になったこと。真選組に来て約2ヶ月、本当に目まぐるしく日々が過ぎていったなあ。
___二人のこと、考えなかった日なんて一日もなかった。総悟は総悟で相も変わらずだけど、今まで以上に距離が近くなったことはもう既に一部の人達には勘づかれていそうだ。土方さんの態度も、こちらも相も変わらず。ちょっとは私と喧嘩した事、気にしてくれれば…そんな希望は一瞬にして打ち砕かれた。ほんっとうに私になんてつくづく興味が無いんだと実感して胸が痛くなる。会話なんてもっての外ですれ違うこともなく、姿を見ても朝の素振りの時、遠目でだけ。鍛え抜かれた肉体にまっすぐ前を見つめて木刀を振るう姿をもう、何度見て何度胸が締め付けられただろう。
___…だからこそこんな不毛な恋を終わらせる為に、総悟は、タイミングよく私に気持ちを伝えてくれたのだろうか。なんて考えも頭を過ったりして。
ねえ土方さん、…ちゃんとご飯食べてますか?ゆっくり寝れてますか?あんなに見るのがしんどかったマヨネーズをかける姿も、煙草をバカスカ吸う姿も、今じゃそれすら恋しく思う。別に彼女でも何ともないし、一方的かつエゴで無意識に気にかけるほど、…私はあなたが好きなんです。もう毎日、今日も話せなかったって泣きながら布団に入りたくない。…我儘言わないから、朝帰りしたあの時酷いこと言ってごめんなさいってだけ謝りたい。そのチャンスが欲しいよ、土方さん。
「……なんてね。望み薄だ」
自嘲にも近い笑みがふっと零れた。柚子のおかげもあってか少しのぼせ気味になってしまったし、そろそろ洗って出よう、みんながきっと柚子風呂を待ってるしね。銀色の手すりにぐっと体重を掛けて立ち上がった瞬間、ガララ…と扉が開く音がして、思わず全身を反射的に湯の中に引っ込めた。えっ嘘でしょ!?やばいやばい何で入って来___
立ち込める湯気が退いた瞬間、腰にタオルを巻き、桶にアメニティグッズを携えた高身長の男が、するはずのない水音がしたと言わんばかりにこちらを見つめているのが分かる。っ………嘘、待って、
「ひ、……じかたさんっ……!」
「名前………!?」
そう。呼んだその名の通り。
入浴中の私の前に立ちはだかったのは、私の想い人である土方十四郎だった。ちょっと待って一回落ち着こう、いや落ち着けるわけねーってバカヤロー!好きな人とタオル一枚でバッティングしてこんな状況美味し…じゃなかった、冷静さ取り戻せって言われる方が無理!流石の真選組の頭脳の土方さんもパニクって足固まってるよ!私の姿から顔だけはしっかり逸らし、口元を手で抑えながら真っ赤な顔の土方さんを見て、意識してくれてちょっと嬉しいとか思った私はバカだ盲目だ。
「わっわわわわ私が出ますっ、すみませんすみません!!」
「いいいいいや待て俺が出る俺が出るから!!!お前はもう少し入ってろつつつつーか札入浴中に変えてねェぞ気を付けろよお前、 」
「札忘れてたァァァ!!!いやあのも、もう暑くてしんどいんです、お願いします先に出させてくださいっお願いしますっ」
「あっオイお前ふざけ…っ立ち上がんなバカ!!!!」
「きゃっ…………!!!」
ざばん!と湯を零しながら勢い良く立ち上がってフェイスタオルで前だけ隠し、土方さんの横を勢い良く走って通り過ぎようとしたその時だった。お風呂で走ってはいけません。子供の頃のマミーの教えを私はあまりの非常事態に無視してしまった。かかとがつるっとタイルで滑って思い切り後ろから倒れる。しかと目を閉じて衝撃に耐えようとするが、……思っていた鈍い痛みが走ったのはお尻にだけ。そう、後頭部には土方さんの手のひらが回っていたのだった。
「…………っぶねェ、 」
「……すみませ」
あれ。
たしかにタオルを手で抑えてた筈だけど、なんだか体が寒いな。
私がゆっくり自分の姿(首から下)に目をやると、土方さんもそれに伴いつられるように目線を私の顔から私の体へと移した。
「……………」
「……………き、 」
きゃあああああ!!!!!!!!
甲高い叫び声は焦った様子の土方さんの手でぐっと抑えられた。…みみみ、見られた見られた、転んだ拍子にフェイスタオルが浴槽に落ちて最早意味を失っていて、見られた、私の裸、ぜぜぜ全部…!!!もう私今ので一気にのぼせた、恥ずかしさと暑さと困惑でぐっちゃぐちゃでもうどんな顔してるのか分からない。慌てて水の上にぷかぷか浮かぶそれを引っ掴んだ土方さんは、私の体に乱雑に掛け始めた。
「みっみましたよね、みましたよね土方さんっ」
「いいいやあ?みみみ見てねェよ、ウンマジで見てねェ、丁度湯気がいい感じにフェードインして、 」
「ぜ、絶対に嘘っ!!目線私と一緒に動いてましたもん、絶対見ましたよね!!ね、見ましたよねぇぇぇ!?」
「っるせェェェ!!!見たの分かってんなら聞かないでもらえない!?つか何なんだよ、まるで俺を悪者みてェに言ってるけど?そもそもの原因はお前が札引っくり返し忘れてるっつーとこにあンだよ!!挙句の果てに俺が出るつってんのにテメェが突っ走ってこうなってんだろがッ!!!!」
あまりにチープで意味の無い小競り合いを繰り広げる。そして私の頭に前食らった時より数倍痛い手刀が落ちて来た。…ねえ神様、折角また話すチャンスくれたのに、きっかけがコレって。思わず笑っちゃうよもう。肘で起き上がるように体を支える私と、それに覆い被さるようにし私の頭に右手の手のひらを添える土方さん。この状況だけでも充分恥ずかしいのに、裸を見ちゃったことにどれだけ動揺を隠せないのかが伺える。いつもより数倍口数の多い、文句をだらだらと並べる土方さんの顔をじっと見詰めながら、土方さんの唇に人差し指を置く私。
「………っオイ、何の真似だ。つか人の話聞ーてたのかテメェ、 」
「……土方さん」
「…………何だ」
「…ここで、仲直りしませんか?」
「…俺ァお前と喧嘩なんぞした覚えねェよ」
「………じゃあ勝手に謝ります。
朝帰りしたあの日、…“信じなければ良かった”なんて酷いこと言って、ごめんなさい」
そこまで言うだけ言って、申し訳ないけどぎゅっと目を閉じた。だって土方さんの顔見るのが怖くって。呆れ?それとも怒り?気にはなるのに、絶対見れない。どっちにしろいい結果じゃない様な気がして。前みたいに普通に話せて浮かれてしまった。また元に戻れるんじゃないかって。………暫くして、後頭部にあった手がパッと離れ、その手はそのまま私の腕を掴んで立ち上がらせた。反射的に目も開けなきゃいけず、土方さんの表情を恐る恐る伺った。
「……悪かった」
「………へ、」
「非力なお前に真剣向けるとか、やり過ぎだった。…それに俺の言い方も卑屈で、態とテメェを腹立たせるようなこと言っちまったと思う」
「…………土方さ、」
「っあ゛ー、…まあだから何だその、仲直りだったか。別に喧嘩とかじゃねェけど、……一応しといてやろうと思っただけだ」
ガシガシと頭を乱暴に掻きながら、バツが悪そうに私から視線を逸らす土方さん。まさか、まさか………土方さんが謝ってくれるなんて。口を効かなかったこの1週間、やっぱり土方さんなりにも色々考えてくれてたのかなとか、気を揉んでたりしてたのかな、とか、気が向いて許してくれただけなのかな、とか。煩わしさを覚えられても仕方ないことをした筈なのに。…ああ私、この人の事、ホントに好きだ。もうただの推しなんかじゃなくて、とっくに前から自分の気持ちに嘘なんてつけなくなってる。土方さんの言葉一つ一つにこんな一喜一憂して、天国にも地獄にも行けちゃう私。…恋人になりたいなんて、大それたこと言わない。ただ私のこの世界での毎日を、彩ってくれてるのは間違いなく土方さんだから。…勝手に想い続けるだけだから、迷惑だなんて思わないでくださいね。
にこにこと屈託のない笑みを浮かべながら、何も言わずに土方さんの様子を見ていたら、「…っ、つかいつまで突っ立ってやがんだ、暑いんだろ早く出ろアホ!!!!!」と我に返った土方さんに怒鳴られて、慌てて浴室を出た。だけど頬の筋肉は緩みっぱなしで、あまりの締りの無さに鏡の前でちょっとだけ自分の顔に引いた。でもいいの。嬉しいから。…明日はどうか、おはようから言えますように。遠ざかるシャワーの音を聞きながら、私は軽い足取りでアイスを取りに食堂へ向かった。
完。
(え、でもよく考えたら裸見られてんだよね、ヤバッ!!!急に恥ずかしくなってきたァ!!!お約束過ぎるけど!!!!)
(ったくあのバカ……………クソ、あ゛ーーーーッ)