天使が舞い降りた夜-女神様のご褒美-

 時刻は0時を過ぎた頃。
 ネロは玄関の扉を開けると、消え入りそうに「ただいま」と呟く。
 久しぶりの遠出の依頼。しかも、朝早くから夜遅くまで手強い悪魔たちの相手をしていたため、眠気と疲労感にひどく襲われていた。
 家は静まり返っており、聞こえるのは時計の秒針と自分の足音だけ。 
「もう寝てるよな……」
 そう呟いたあと、ネロは小さくため息をつく。
 そして、明かりが落ちたリビングを寂しげに見つめたあと、寝室へと向かっていった。

***

 寝室の前に着いたネロは、音を立てないように慎重に扉を開き、その隙間から眠りについているだろうキリエの姿をそっとうかがう。
 その時、目に映った光景に、ネロの鼓動が強く高鳴った。
(……天使?)
 月明かりやランプの光に照らされたベッド。 
 純白の衣服を身に纏った一人の女性が、透き通るような白い肌を、白い羽で包みながら横たわっている。 
 夢でも見ているのだろうか——そう思ったネロは、扉を大きく開けて部屋の中に踏み込んだあと、目をゴシゴシと擦った。そして再び、ベッドに横たわる女性の姿を確認する。
(……あれ?キリエ?)
 だが、ネロが改めてその女性を見たとき、その姿は恋人であるキリエだった。
(疲れて、見間違えたのか……)
 どうやら羽だと思っていたのは、真っ白なシーツだった。
 ネロは幻を見るほど疲労困憊になっている自分への情けなさと、ベッドに横たわっているのがキリエであった安心感に、大きく息を漏らした。
(実際、天使みたいだけどな)
 やわらかな笑みを浮かべながらぐっすり眠っているキリエを見て、ネロは素直にそう思った。
(綺麗だな、キリエ……)
 月明かりに照らされた彼女の肌の輝きに魅了されながら、ネロはそっとベッドに腰を下ろす。
 そして、シーツの隙間からのぞいた肩に指先を触れさせ、なめらかな腕に手を滑らせた。
(やわらかいな……)
 その感触と温もりが心地よく、ネロは思わず息を呑む。
 もっと触れたい——キリエの肌を手で滑らすたびに、その欲望が増していく。
 ネロの手は無意識に、シーツの奥深くへと潜り込もうとした。
 だがその時、キリエが小さく漏らした声がネロの耳に届く。
それに驚いたネロは、彼女の肌に触れていた手を慌てて離した。 
その瞬間、閉ざされていたキリエの瞼がゆっくりと開く。
「ん……ネロ……?」
 眠たい瞼を擦り、重い体をゆっくり起こしていくキリエ。小さくあくびをしたあと、ネロの顔を見つめて優しく微笑んだ。
「おかえりなさい、ネロ」
「ただいま、キリエ。……悪いな、起こしちまって」
「ううん、いいの。ネロが帰ってくるの、ずっと待ってたから……」
 そう言ってキリエは、自身を包んでいるシーツを滑らせるように、そっと体から外していく。
 彼女の姿が露わになった瞬間、ネロは再び息を呑んだ。 
「キリエ、その格好……どうしたんだよ?」
 彼女が身に纏っている衣服を見て、ネロは驚きと同時に胸が熱くなった。
「あ……これね。この前、トリッシュさんとレディさんがくれたものなのよ」
 頬を赤らめながらそう言ったあと、キリエは恥ずかしげに視線を逸らす。
 彼女が身に纏っていたのは、胸元が大きく開いた、純白のセクシーなナイトウェア。
 胸の部分だけほんのりクリーム色のデザインで、それがより一層、彼女の豊満な胸を強調させているように見える。
「恥ずかしくてなかなか着る機会がなかったんだけど……今夜は思い切って着ちゃった……♪」
 そう言うと、キリエは軽く舌を出してネロに微笑んだ。
 ナイトウェアにネロの熱い視線を感じつつ、キリエは話を続ける。
「普段は着るの恥ずかしいからって、二人に伝えたんだけど、そしたら『特別な日に着ればいいのよ。例えば、ネロの誕生日とか、ご褒美にね』って、言われたの。だから、今日はネロへのご褒美♪」
 そう言ってキリエは、ネロに向けて両手を大きく広げた。
「ネロ、今回のお仕事は遠い場所で大変だったでしょう?休憩中に電話かけてきたときも、どこか疲れている様子だったから……」
「それで、そのご褒美に……着てくれたってことか?」
「うん、そうよ。だから今夜はたくさん、私に甘えてね?」
 キリエのその言葉に、目の奥がじんわりと熱くなるネロ。
 口元に浮かぶ笑みを抑えきれず、両手を広げている彼女の胸に飛び込むように、力強く抱きしめた。その抱擁を、キリエもそっと包み返す。
「キリエ〜!ありがとう……!こんなの見せられたら、疲れなんて吹き飛ぶ……!」
「ふふっ、よかった。……似合ってるかな?」
 キリエがそう言うと、ネロは体を離して彼女の姿をじっと見つめる。
「ああ、すごく似合ってるよ。部屋に入った時……キリエが一瞬、天使に見えたんだ……」
 ネロの言葉に、キリエはクスクスと小さく笑いをこぼした。
「ネロが私のこと“天使”だなんて、初めてじゃない?普段は“女神様”って言ってくるのに……」
「そうだな……確かに、キリエは女神様だな」
 そう呟いたあと、ネロは自分を優しく包んでくれた彼女の温もりを思い浮かべる。その抱擁力は、まさに女神そのものだと。
 だけど、先ほど彼女が天使に見えたのは紛れもない事実。
 今夜の彼女は——可憐な天使のような女神様。
(お言葉通り、今夜はたくさん、甘えさせてもらうとするか)
 そう思い、ネロはキリエの頬に手を添えると、そっと口づけをした。
「キリエ、最高のご褒美をありがとう。……もっと、甘えていいか?」
「ええ、もちろんよ。今夜は私がたくさん、癒してあげるね……」
 彼女の言葉に、ネロは深く息を吐き、目を閉じた。
 唇を重ねると、キリエはネロの体をそっとベッドに押し倒す。
 密着する肌から感じる温もりと、重なる鼓動。
 ネロの手はキリエの背中を滑り、そのままナイトウェアの中へと忍び込んだ。
「ネロ……今夜は私のこと、好きにしてね……」
 熱を帯びた吐息とともに、キリエがネロの耳元で囁く。
 ネロは静かに頷いたあと、手を更に奥深くへと、滑らせていった……

***

 穏やかで濃密な時間を過ごしたあと、キリエはネロの腕の中でぐっすり眠っていた。
 天使の姿を見たときのやわらかな笑みとは違い、頬を赤く染め、かすかに熱い吐息を漏らしながら眠っている彼女の表情を見て、ネロは胸の奥が熱くなる。
 可憐さだけではなく、女性としての色気や、癒しを兼ね備えている彼女。
(やっぱり、キリエは女神様だな……)
 ネロは彼女の唇に、そっと口づけをする。
「これは、俺からのご褒美……なんてな」
 そう囁いたあと、ネロはキリエの体を更に抱き寄せる。
(明日は二人でどこかに出かけて、ケーキでもご馳走しよう。
キスよりも、とびきり甘いご褒美をあげないとな)
 ケーキを食べている彼女はきっとまた——可憐な天使のような可愛らしい女性へとなるのだろう。 
(天使の君は、女神様の君がくれた贈りもの、ご褒美だったのかもしれない……)
 そのご褒美を胸いっぱいに抱きながら、ネロもまた静かな眠りへと落ちていった。


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