短編置き場
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『3・・・・2・・・・・1・・・・
あけましておめでとうございまーーーーすッッ!!!』
『HAPPY NEW YEARーーーッッ!!!』
「今日からまた1年が始まるんだなぁ・・・。」
年が明けて。家の外では花火の音が聞こえ、テレビもネットもどこも謹賀新年お祝いムード。
友達からあけおめメールが来ては1年の始まりを実感する。
家でのんびり過ごしていた名無はカレンダーをめくって1月のページを見る。
そこには既に1月1日から予定が書き込まれていた。
(花山さんと初詣かあ・・・楽しみだなぁ・・・・。というか、新年から好きな人の顔見れるって幸せ・・・・・。)
1日がハートマークで囲ってある。いつもなら神社は友達と行ったり一人で行ったりしていたが今年からは違う。
『花山さんのところは初詣とか行かれるんですか?』
『ああ。ここの神社に行く。』
『そうなんですね!てっきり花山組の神社とかあるのかと思ってました!』
『____・・・・なんなら、来年一緒にここ来るか?』
『え・・・・?』
『初詣。名無と行きてえ。』
去年の終わり頃、花山から直接お誘いがあった為ドキドキしながら今日という日を待っていた。
朝方に神社で待ち合わせ。そう聞いてずっと前からそわそわしていた。
わざわざこの日の為に着物までレンタルして気合も十分。遂に年が明けてようやくこの日が来た訳だ。
(ど、どうしよう・・・楽しみすぎて眠れないかも・・・!)
朝の為に寝床に入ったはいいもののまだ新年明けたばかりの気分が抜けない。
それに初詣であれをしたいこれをしたいと妄想で一杯になり、なかなか寝付けなかった。
そうしていつの間にか朝。着物もバッチリ着付けしてもらい、いざ出発。
早々と神社に着けばあちこち人でごった返していた。
『あけましておめでとうございま~す!!』
『キャーッ!!その着物超可愛いじゃーん!!』
『えぇ~!?そっちだってマジ可愛いじゃーん!!』
(・・・・・・えっと・・・・花山さんはまだ来てないみたい・・・・。)
神社の入り口付近で待っていると色んな人が行き交うのが分かる。
普通の服で着ている人も多いが、普段見慣れない服装でキャッキャと騒ぐ人。破魔矢や絵馬を持った親子連れ。
いかにも新年という感じで溢れかえっている。今から来る彼はどんな格好で来るのだろう、と考えていた。
「_______名無。」
「____・・・・花山さん・・・・!!あっ、あけましておめでとうございますッ!!」
「ああ、おめでとう。」
後ろから声がしたと思い振り返ったら、そこにはビシッと着物で決めた花山の姿が。
初めて見る着物姿に思わず見惚れてしまう。その為挨拶するのが若干遅れてしまった。
白スーツのイメージが強い花山だが、和服も凄く似合うのだとこの時理解した。
「今年も宜しくお願いしますっ!!・・・す・・・・凄く格好良いです、着物!!」
「・・・・・名無も似合ってる。今年も宜しく頼む。」
「わっ、私は本当、着物とか持ってなくて・・・・今日だけレンタルしてきたやつなのでっ!!
・・・・・・・でも言ってもらえて嬉しいです・・・・有難う御座いますぅっ・・・・!」
会うなり褒められて顔が真っ赤になる。こうなる事はある程度予想していたはずだが、あまりに似合うのでさっそく予想を超えた。
一方花山も、名無の着物姿に見惚れていた。可愛らしい中にどこか品があって綺麗に纏まっている。
新年一番に見れて嬉しいと口には出さないが思っていた。
「じゃあ行きましょうかっ!」
「ああ・・・・。」
ゆっくりと鳥居を抜けて二人は歩き出す。人が多いのではぐれてしまわないよう、手を繋ぎながら。
「・・・・名無。そういや年賀状届いたぞ。」
「あっ!私の所にも今朝ありました~!有難う御座います!!」
元旦に届くようにと気合いを込めた年賀状は無事に届いていたようだ。
花山組に届いた新年の挨拶の中で、名無の年賀状が一番可愛らしかったというのは一部の組員の間で話題になった。
名無のところも、届いた年賀状のうち花山の年賀状が一番達筆で書かれていた。
恐らく花山組組長・花山薫の直筆という大変貴重な年賀状だろう。
「俺以外の奴も好評だった。」
「へっ・・・?く、組の人にも見せたんですか・・・!?」
「見せたっつーか、うちの連中が勝手に見たんでな・・・・。」
(よ・・・良かったぁ・・・!!恥ずかしい事書いてなくって!!
『今年も大好きです』とか書こうか悩んだけど・・・・危なかった・・・・。)
「花山さんのは、私しか見てないですからっ!私しか見ないですから心配しないで下さいね?」
「・・・・・ああ。そら安心だ。」
どうも年の始まりに見るものなので少しぶっちゃけた事だって書きたくなってしまう。
現に、これを機に結婚報告する人もいるのだから好きだと書いてしまってもそれはそれで良い思い出。
だが宛名の人物以外に見られるのは基本想定外。名無が胸をなでおろしている事を花山は知らないだろう。
(さてやっと到着。
・・・・・っと、うわあ・・・凄い人だなあ・・・。)
そうこうしてる内に賽銭箱の前へ到着。かと思いきやここも相当な人で混雑している。
とりあえず握ってた手を一回離してお金を取り出す。
ちらりと横を見ると花山は一万円札を出していた。毎回の事だがやはり驚きはする。
二礼・ニ拍手するの間もなく人の波に流されてしまいそうだ。なのでお願い事もほんの何秒かしか唱えられなかった。
チャリン...
(今年も、花山さんと一緒にいられますように・・・・・____)
静かに一礼して、花山と一緒にその場をあとにした。
一瞬見えた彼の真剣な表情に何をお願いしたのか少し気になった。
「・・・・・花山さんは何をお願いしたんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・えっと、組の安泰・・・とかですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
何故か聞いても花山は黙ったまま名無を見つめるだけ。
その表情はいつもと同じ優しい顔なのだが、何を考えているのだろう。
するとニコリと穏やかに笑って一言。
「・・・・・・・秘密だ。」
「秘密・・・・?・・・・う~ん・・・・・気になるじゃないですかぁ~・・・・。」
(でも、私に言えないような複雑な組のことだったら分かんないし・・・・。
人多いから誰が聞いてるか分かんないよね、あんまり深く聞かないでおこう・・・・。)
こういうのはあまり追求するのも何か違う気がして諦めた。
物静かな花山が秘密だと言うのだから聞かれたくないのかも知れない。
たとえ友達でも言う子と言わない子がいるのだし、深入りして妙な事に巻き込まれるんじゃないかなどと思った。
「____あ、花山さん!おみくじやりませんか?」
「・・・・・・そうだな。」
だからさらっと話を変えて二人はおみくじ方向へと歩き出した。
「明けましておめでとうございます~!」
受付には巫女の格好をした女性がいた。
お金の準備をしている間に花山が先におみくじを買う。
「・・・・・・。」
「あ、あの、お客様おつり・・・・!?」
やはりおみくじなど滅多に買わないからか。いつも通り一万円札とおみくじを引き換えに立ち去ってしまう。
困り果ててる巫女さんに名無がフォローしておく。
「えっとー・・・・新年のお賽銭と思って下さい!おみくじ下さい!」
「は、はあ・・・。」
渋々お金を受け取る巫女さん。花山の豪快さは新年でも健在。正体を知らない一般人なら普通の反応だろう。
(私も初めて会った時はあんな感じだったなぁ・・・・。)
「・・・・・ふふ・・・・懐かしい・・・。」
「・・・・・・・?」
思い出してつい微笑んでしまう。その様子を花山も見ていたがいまいち理由が分からない。
目があって同じように微笑むと何だか分からないが彼も笑ってくれた。
「_____花山さんはおみくじどうでした?」
「中吉だと。」
「・・・・・あ!私も中吉だ!お揃いですねぇ~!」
「そうだな・・・・。」
偶然にも二人の結果は同じだった。内容までそっくりとはいかなかったがだいたい似たり寄ったりの事が書いてある。
信じる信じないはさておきとしても、運命も同じ。だなんてやたらロマンチックな事を考えてしまった。
うっとりしてる名無と実は同じ事を考えていた花山。
いずれ一緒に歩む日も近いかも知れない、とか想像して少々ぼんやりしていた。
「_____・・・さてと・・・・・・。おみくじどこ結ぼう・・・・。」
(どこもいっぱい結んであるなぁ・・・・。)
暫くして。木の枝かヒモに結ぼうとするが名無の高さのヒモはだいたい結ばれていて隙間がない。
手を伸ばした先に結べそうな場所があると言えばあるが少し辛い。
「_____・・・・。」
「えっ・・・良いんですか・・・?」
「ああ。」
すると花山が手を差しのべてきた。空いた片手に花山のおみくじが握られている事からして状況を理解する。
素直におみくじを渡すと、高い木の枝に結んでくれた。さりげなく花山のと隣同士だ。
「有難う御座います~!」
(花山さんの隣だ・・・・。な、なんだかデートしに来たカップルみたいだなぁ・・・。)
「______名無。このあと予定あるか?」
「はいっ!?予定ですか・・・・?」
ぼーっとしてると唐突に彼が話しかけてくる。思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
いきなり聞かれたが初詣といっても神社にお参りすれば目的は終了。他にやる事はあまり思いつかない。
「何もないですよ?」
「・・・・うちの組で新年会やってんだ。
・・・・つってもいつもと変わんねえが・・・・来るか?」
「ほ・・・・・本当ですかッ!?行きたいですッ!!」
(花山さんの家にお呼ばれされちゃったぁ~っ・・・!?い、行っちゃっても良いのかなっ!?)
まさかの花山の方から名無を誘った。なんだか積極的な彼に終始ドキドキしっぱなしである。
とはいえ呼ばれたのはヤクザの家の本元。一般人の名無には縁遠い場所なので緊張してしまう。
組長直々のお誘いなのだから問題ない、と思いたいが。
「なら行くか。」
「は、はいぃ・・・・。」
「木崎。名無を呼ぶぞ。」
「かしこまりました。名無さん、お乗りください。」
立派な黒い車に乗せられ目指すは花山の家。どうも新年会は事務所ではなく広い母屋でやっているらしい。
毎回この車に乗るのは正直躊躇う。高級車というのもあるが花山組組長の隣。
自分はここにいて良いのかと自問自答するのは毎回の事だ。
そうして暫くして辿り着いたのは花山の実家。
(______ここが、花山さんの家っ・・・・!!大きいお屋敷・・・・!?)
門構えだけでも分かる大きな屋敷。事務所も立派な建物だが母屋ともなると規模が違う。
重々しい音を立てて門が開く。中に入るとそこに広がるのは_____
「「「おかえんなせぇッッ!!大将ッッッ!!!」」」
「・・・・・・・・。」
黒服に身を包んだ男達が列をなしてお出迎え。あまりの迫力にその場で動けず固まってしまう。
(やや、やっぱり私来ない方が良かったんじゃ・・・・!?)
「_____・・・・・木崎。」
「はい。」
「こいつらに何吹き込んだ。」
「いやぁ、大将と名無さんが来られると伝えましたが。」
「・・・・・・・。」
チラリと木崎を見たあと、堂々と列に歩み寄る。
先頭にいる男の前で立ち止まると後の男達はなんだか冷や汗を流してるように見える。
「・・・・・。お前ェのしわざか。」
「______あ、バレました?
大将と愛しの名無姐さんがいらっしゃると聞いてそれっぽいおもてなしをと~ッ!」
「・・・・・・名無がこっちこねえだろ・・・。」
「やっぱそうッスかァ!?雰囲気出しすぎましたァッ!?すんませぇ~ん!!」
「酔ってんなお前ェら・・・。」
ため息をつくと周りの空気が一気に変わる。それぞれ笑いだして和みムードになった。
どうやらヤクザの家っぽく見せる為の演出だったようですっかり信じこんでしまった名無は門の手前で胸を撫で下ろした。
「ささ、名無さん。驚かしてすいやせん。どうぞお先に。」
「はは・・・・ビックリしました・・・。」
『名無姐さんようこそいらっしゃいましたーッッ!!』
『姐さん酒飲めます?』
『着物似合ってますよォ~!!』
『大将ともお似合いッスよひゅーひゅー!!』
「ね、姐さんっ・・・・!?そそっ、そ、そんな・・・!」
木崎に言われて花山の背中を追うはいいものの、周りからの声にたじろいてしまう。
すっかり組長の女になってしまった為かまだ嫁いでもないのに姐さんだ。
「おい。名無はカタギだ。あんま驚かすなよ。」
『すんません大将~ッ!』
『俺達んなつもりはねぇんスけど~ッ・・・。』
「はははッ。ここいらの奴は不器用なもんで、不馴れも面もありますが仲良くしてやって下さい!」
「はい・・・そうですねっ・・・。」
木崎の言葉通り、強面ばかりだがあまり悪い印象はなかった。
そもそも花山組の組員であれば名無に優しいのは当たり前。
新年のテンションでいつもより少しふざけているだけだ。
ここにいる皆、花山の背に惹かれた者ばかりなのだと思うと緊張が解けてきた。
『んじゃ、大将達も加わって。改めまして~~ッッ
乾杯ッッ!!』
『かんぱ~~~~いッッ!!!』
「ははっ!テメェらもう出来上がってるくせにまだ飲むのかよぉ~!?」
『良いじゃないッスか~、こんな時ぐらい盛り上がらねえと損ですぜ?』
宴会場に着いたがもう既に飲んでいた者ばかりで開始早々騒がしかった。
こんな喧騒も新年なら悪くない。そう思えるから不思議である。
「____花山さん、お酒つぎましょうか?」
「・・・・・ああ、頼む。」
名無はお酒に強い方ではないので代わりに花山の酒を注ぐ。勿論美味しい食事も頂いている。
二人とも着物姿でとても絵になる光景だ。
(・・・・・あの大将がッ・・・・普通に酒飲んでる・・・!?)
(酒瓶割って飲まねえの初めて見た・・・・ッッ!!)
(お、おいちょっと待て。大将笑ってるぞッ!!?
嘘だろォォオオ~~~~ッッッ!!?)
二人にすれば何も不思議な事ではないが周りからすれば異常な光景だった。
普段あまり表情のない花山が笑い、女と一緒に酒を普通に飲む。
よほど名無という女性が好きなのだと組員は理解した。
「・・・・・・?」
「・・・・?あれ・・・・み、皆さんどうしました・・?」
「い、いやぁ何でもねぇです姐さんッッ!!」
「一生俺達着いていくッス!!!」
「・・・・・・?」
酒のせいなのか、何故だか涙ぐむ組員も出始めて妙な雰囲気になる。
二人はその反応が不思議でならなかった。
「______・・・・・!」
そしてその光景を影から見ている者が一人。
何かに気付くと、そそくさとその場を立ち去った。
(・・・・・なんだか私がこの場所にいるのって、奇妙だけどなんか嬉しいな・・・・。
花山さんの居場所にいさせてもらってるんだし・・・・。)
黒服姿の男が大勢いる中に、鮮やかな着物の女性は名無一人。
しかもこの組の中で一番偉い組長の隣りなのだからこれ以上ない幸せだ。
そんな嬉しい気分に浸っていると花山が唐突に席を立つ。
「・・・・花山さん?」
「・・・便所だ。すぐ戻る。」
そう言い放つと部屋から出ていった。
あまり知らない男達の中で残された名無。食事も食べ終わって何をしようかとぼんやりとしていた。
すると。どこからか気配を感じた。
「______様・・・・・名無様。」
「・・・・はい?」
そっと横に現れて名無の前で頭を下げたのは年老いた女中。
見たところ女中の女将のような存在だろうか。
「少しだけ、お時間よろしいですか?」
「・・・何でしょうか?私は構いませんが・・・・・。」
「薫お坊っちゃまにはお伝えしておきます。
・・・・・名無様に折り入って頼みがあるのです・・・・。どうか、来てはいただけませんか。」
何故かここだけ空気が違うかのように真剣な眼差し。名無でなければならない理由がありそうだ。
その気迫に押されて小さく頷いた。
「____では、こちらへ・・・・・・。」
女中に言われるまま宴会場を離れて、ある場所へと向かった。
広い屋敷を歩いて辿り着いたのは、綺麗に整理整頓された一部屋。
(うわあ・・・・!綺麗な着物・・・・!)
そこには立派な着物が飾ってあり思わず見惚れてしまう。
「・・・・・名無様。突然ではございますが・・・。
どうか貴女様に、この着物を御召しになってもらいたいのです。」
「・・・・・えっ・・・・?」
まさかの言葉に驚きを隠せない。いきなり部屋に呼び出され、立派な着物に袖を通してくれなど。
いくら新年のサプライズでも躊躇ってしまう。
「何故・・・・こんな立派な物を私が・・・?」
そう訪ねると、女中は大きく息を吸い込んで重い口を開いた。
「_____この着物は奥様の・・・・。
薫お坊っちゃまの亡くなった母上様の着物です・・・・。」
「____・・・・!!花山さんのお母さんの・・・!?
そ、そんな大切なもの!私なんかが袖を通す代物じゃありません・・・!!」
その着物は決して派手な柄ではない。けれどどこか着る人を選ぶような独特な美しさを纏うもの。
花山の母を話でしか知らない名無だったが、着物一つでその気品さが伺えるようで。自分とは違う雰囲気だと感じ取れた。
「・・・・生前、奥様が仰ってたのです・・・・。"自分が死んだら、似合う誰かに渡してほしい"と・・・・・。」
それは花山の母の遺言に基いての事だった。
____話は花山の母が亡くなる数ヶ月前に遡る。
死期を悟った母は、ベッドに横たわって目を閉じ。女中に告げていた。
『私が死んでも・・・・あの着物は捨ててしまわないでね・・・。』
『____奥様・・・。
・・・・・・・かしこまりました。奥様のお気に入りですものね・・・。』
『____それもあるけれど、私には何か予感がするの。』
『予感・・・・?と、申しますと・・・・・?』
静かに目を開けて微笑んだ。その笑みはどこか寂しげにも見えたが、何故か悲壮感はないように思えた。
どこか光のある瞳。そんな風に女中には見えたのだ。
『いつか、あの着物が似合う人が現れる。私より似合うんじゃないかって、嫉妬してしまう程の人がここを訪れる。
だから、そんな人がもし現れたら・・・・譲ってあげてね。私もあの着物も・・・・それを望んでいるわ。』
『・・・・・奥様・・・・。』
絵空事のような事を言い残して、その数ヶ月。安らかに亡くなった。
女中は残された着物を眺めては半信半疑でいつとも知れぬその時を待っていた。
「・・・・・はじめは信じておりませんでした。そんなの、奥様の夢か何かだと。
けれど・・・・本日この晴れの日に名無様の着物を拝見して、私にはこの方しかおられないと。
奥様の着物を受け渡すには十分な人だと。そう感じ取れたのです・・・・・・・。」
そうして迎えた今年の正月。花山家の大将が連れてきた名無を一目見て確信した。
_____"あの着物を出さなくては"と。
何故かは分からない。けれど、あの亡くなった人物か着物かに呼ばれた気がして。
だからこそ名無をここへ招いた。もしかすると名無自身も、何かに呼ばれたのかも知れない。
「・・・・・・それで・・・・・・私を・・・・。」
着物を改めて見つめる。とても美しいと思えた第一印象。今となるとまた少し違う。
温もりを感じる色。細部の柄にまで気を配られた繊細な生地。
何より思うのは、大事にしていたと思わせる綺麗な仕上がり。何度か着てあるはずだが古びた感じがしない。
そんな大切な物を、信頼して渡してくれる。女中の気持ちに胸が熱くなった。
「_______有難う御座います・・・・・。・・・・けど、本当に私で良いんでしょうか・・・・?」
「・・・・・・名無様しかおられません。
・・・・・なんでしたら今、ここで着られますか?」
「・・・・・・!」
ここにきて初めて女中が微笑んだ。
今まで真剣な目つきだったが、微笑むと温かな人だと分かった。
その笑顔を見て。名無も袖を通してみたくなった。
「・・・・そうですね・・・・・。・・・・着付け・・・・お願いして良いですか?」
「勿論です。・・・・・・・・薫坊ちゃまも、きっと喜ばれますよ。」
自分のレンタルした着物はとりあえず預かってもらい、形見の着物に袖を通した。
何年も着られていないはずなのに温かい。サイズも丁度良くてしっくりきた。不思議な感じだ。
鏡に映った自分を見た時、名無は驚いた。
「_______・・・・!!」
「・・・・・凄くお似合いです・・・名無様・・・!・・・・私は、間違っていなかった・・・・!」
一瞬懐かしい感じがした。初めて見るはずだがこんなに気に入る着物はない。
女中は感極まって涙ぐんでいた。着物と名無とが互いに浮くことなく調和しあっている。
名無の姿は亡くなった母とも違う感覚。やはり、この時を死の間際に予感していたのだと。確信した。
「・・・・・・・私・・・・。こんなに素敵な着物を貰えるなんて・・・・とても、幸せです・・・・。」
「私も幸せです。・・・・・やっと、巡り会えたんです。奥様の望んでいた方が・・・。
_____・・・・・名無様。そのまま薫坊ちゃまに見せてあげて下さい。」
「・・・・・・・・花山・・・・さんに・・・・。」
名無の中でドキリと心臓の鳴る音がした。
母親の形見を自分が纏って、それを認めてもらえるだろうか。
彼はどんな反応をするのだろう。自分で良いのだろうか。
もうこの着物を手放す気がなくなってしまった名無。
不安と期待が入り交じる中。花山の待つ部屋へ案内された。
「薫坊っちゃま、名無様をお連れしました。」
案内されたのは先程の宴会場から遠ざかった部屋。
目線の先に庭が見えてとても綺麗な場所だ。もしかしたら花山の個室かも知れない。
「花山・・・・さん・・・・。」
おそるおそる呼びかける。女中は襖を閉めてしまい、部屋に二人きり。
「・・・・・______!」
振り返った名無を見た時、花山は驚きの表情を隠せなかった。
花山の脳裏によぎったのは母との幼い頃の記憶。
『うわあ・・・!お母さんの着物、すっごく綺麗だね!』
『あら、そう?この着物一番のお気に入りなの。』
『そうなんだぁ!』
『大切な日にしか着ないからねえ。とても大事にしているのよ。』
幼い頃から見てきた母の着物姿。たまにしか見ない服装だったが、花山自身もとても気に入っていた。
母が死んだ後。着物に遺された言葉を知ってから。そんなに似合う女が現れるなどと思えなかった。
だが、その着物を名無が着てるのを見た時。一瞬母の笑った顔が花山の中に甦る。
_____けど次に思ったのは、母親以上に着物の似合う名無の姿で。
"俺の女で良かった"と心底思えたのだった。
「・・・・似合ってる。・・・・・貰ってくれんだな。」
「有難うございますっ・・・・私も・・・・この着物、気に入ってしまいました・・・・。
本当に頂いていいんですね・・・・?お母さんの形見・・・・。」
「ああ。その方が、俺もおふくろも喜ぶ。」
そう呟くとゆっくりと歩みよってきて。そっと抱きしめる。
抱きしめた時に思い出すのは母の感触。けれどそれは一瞬の思い出で。
今は愛しい名無の温もりを感じていた。
「・・・・・初めての着物が花山さんから貰ったなんて、あまりに嬉しくて・・・・。
大切な日に着ますね・・・・・。」
抱きしめられた温かさに自然と視界が滲む。
泣きそうになりながらも大事な着物が濡れてはいけないので必死に堪えていた。
「・・・・でも、花山さん。・・・・私ばかりもらってたら悪いです。
何か、私にお返し出来る事ありませんか・・・?」
出来る限り笑って見上げると同じく優しい顔の花山と目が合う。
すると、次の瞬間大きな手のひらに頭を撫でられた。
「・・・・そう思うなら・・・・・・名無。・・・・・・・俺の隣で笑っててくれ。
・・・・今年も、こっから先も・・・・隣にいちゃあくれねえか・・・・?
それが、俺達へのお返しだ・・・・・。」
珍しく少し照れた様子の彼は、二人の未来を願っていた。
神社に行ったあの時。花山が秘密だと言った願い事はこれだった。
自分の強さに誇りがある花山にとって、組の安泰は願うまでもない当たり前のこと。
何より心から願うのは名無の存在ただ一つで。
口に出さないつもりだったが、こんな時だからこそ本音が出てしまった。
(今年も名無が、隣りで笑ってくれるように・・・・・。)
(今年も、花山さんと一緒にいられますように・・・・・____)
「・・・・・はいっ・・・!私も・・・・ずっと・・・これからも、花山さんと一緒にいたいです・・・!」
今年だけ、なんて言わずに。この先ずっと。
お互いにこの笑顔を見れたらこれ以上幸せなことはないから。
庭から差した光が二人の姿を照らす。
すっかり名無の色に染まった着物は輝いて、温もりはいつまでも消えないままでいた_______
fin