短編置き場
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とある月のとある日。
毎月花山さんはこの日になると決まって私のお店に来てくれる。
「名無。」
「花山さん、いらっしゃいませ!今日もいつもの薔薇ですね!」
「ああ、頼む。」
ここの花屋さんに務めて、花山さんと出会ったおかげだろうか。こうして薔薇の花束を包むのも手早くなった。
こういう何気ない日常が私にとっても嬉しい。
「お待たせしました~。」
私の薔薇の花束と大きな手から一万円札を交換する。
付き合いだしてからは手渡す時に笑ってくれるようになった。
仕事中でも花山さんの笑顔があるだけでもっと頑張れる気がする。
「またな。」
「はいっ!有難うございました!」
ここまでは毎月変わらないいつもの光景なのだが。
(・・・・・あれ・・・・?)
遠ざかる彼の姿。いつもなら付き合う前も、付き合ってからも口元は笑って去っていくはずだった。
けれど今日、この時だけ。
どこか寂しげな横顔に見えた。口元も笑っていない。
_____ほんの一瞬、そう見えた。
(気のせい・・・だったのかな・・・・?)
思い返してみても、花山さんのあんな表情は初めて見るもので。
気のせいかなと思ったけれどそんなはずない。何かあったんじゃないか。私の知らない事情があるんだろうかって。
別に私が悩んでも仕方がない事だろうに、彼の表情一つで深く深く考えこんでしまう。
(本当は深く考えちゃいけないんだろうな・・・・。
・・・・・花山さん・・・・・・何か悩み事とかあるのかな・・・・____)
結局花山さんと次会うデート日まであの表情を忘れる事が出来ずにいた。
「あれ・・・・・雨・・・・・?」
デートの前日。仕事帰りからぽつぽつと雨が降り出した。
明日は花山さんとのデートなのに天気が暗いなんて。
窓の外に降る雨を見つめて、明日だけは晴れてほしいって都合の良い願い事をした。
「・・・・・・雨、まだ降ってるなぁ・・・。」
でも結局。願い事は無駄だったようで雨が降りしきる。
デートへ出かける準備をしつつ外を眺めるが止む気配は一向にない。
こんな暗い天気だと花山さんの前で明るく振る舞えないんじゃないか。そんな根拠の無い事までよぎる自分が嫌になる。
______そんな時。
ピンポーン♪
「・・・・はい?」
ネガティブな気持ちになっていた時、玄関から高い音が響く。
今から出かけるというのに何だろうか。宅配も頼んだ覚えはなかったし。
そう思いながらしぶしぶ扉を開ける。何かあった時の為にチェーンロックだけはしたままで。
「・・・・・・はい、どちら様で______」
「・・・・・・・・。」
隙間から見えたのは白いスーツ。そして大柄な体つきとネクタイ。
優しく笑う口元。まさか、まさかって驚いて固まってしまった。
「は・・・・・花山さんっ!?」
「・・・・・名無。・・・・・雨降ってるし、逢いてえと思って我慢出来なくてな・・・・・。」
ガチャガチャとチェーンロックを外して扉を開けるとそこにいたのは愛しい彼の姿だった。
おまけに逢った途端嬉しい言葉が返ってきたので顔が紅くなってしまう。
「い、いえそんなっ!!
・・・・はっ、ちょっと待ってて下さい!!部屋が散らかってるので・・・!!」
出かける前だったので服も散乱していたはず。
突然だけど嬉しくてドキドキしてるのも確かで。花山さんには少し玄関前で待ってもらい、ささっと部屋を片付けた。
「お待たせしましたー!」
「出かけねえで良かったのか?」
「大丈夫です。花山さんに会えるならどこでも・・・・・___」
「・・・・・。そうか、邪魔する。」
ついポロッと出た本音に花山さんは優しく笑ってくれた。
やっぱり優しい人だなあ、って思って。本当にこの人は極道なのだろうかと思う事が何度もある。
白いスーツとか、顔や体の傷が何よりそうだと物語ってはいるけれど。
「花山さん、飲み物何にしますか?」
「特にねえ。」
「じゃあとりあえずお茶にしますね~。」
なんてことない他愛のない会話をしながら台所でお茶を淹れる。
花山さんはソファーに座ってくつろぐ態勢になってくれてるようだ。
「・・・・・・。」
「____お待たせしまし・・・た・・・。」
お茶を持ってきたその時。彼はただ一点だけを見つめて目を細めていた。
それはテーブルの上に挿してあった一輪の薔薇。
この薔薇は花山さんがいつも買うのと同じ薔薇で、この花を見ると私は花山さんを思い出す。
だからこそいつも飾っている大切な花だ。
「・・・・・それ・・・・花山さんが買ってくれる薔薇と一緒なんですよ。」
「・・・・そうじゃねえかと思った・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
そう呟いた横顔は。いつもの笑みではなくて、あの時に見た寂しげな表情に見えた。
どこか遠くを見つめるような瞳。口元は笑っているけれど何かが違うって思えた。
______聞いちゃいけないかなって何度も思ったけど。聞きたくなってしまった。
「・・・・・花山さん・・・・。あの・・・・・・。」
「・・・・・?」
「この前私のお店に来た時も、この薔薇の花束を買いましたよね。いつもの通りに。」
「ああ。」
横に座る私に短く返事して見下ろす。そのまっすぐな瞳に向き合うようにして私も顔を上げた。
「_____・・・・・・・・・変な事聞いちゃうんですが・・・・。花山さん、あの時・・・・。
どこか、横顔がいつもと違うというか・・・・何かありました・・・・?」
「____・・・・!」
その事を聞くと花山さんは珍しく驚いた顔をした。と言っても少しだけれど、それでも一瞬目を見開いていた。
やはり何かあったのだろうか。花山さんの答えに耳をすませるべく私は暫く黙った。
______沈黙が続いた後。薔薇の方を眺めて花山さんがぽつりと話しだした。
「あの日・・・・・・・。おふくろの命日だったんだ。」
「・・・・・・・・・。」
「あの花は、おふくろの好きだった花でな・・・・。あれで作った香水をよく付けてた。」
「・・・・・とても優しい香りのする花だと思います。あの品種は特に、品のある香りがしますから。」
「・・・・名無にバレるくれえ、俺は神妙な顔しちまってたんだな・・・・・・・。」
軽く鼻で笑って見せる彼。なんとなく花山さんらしくない顔に見えた。
でも。私にとって"らしくない"と言っても、それは彼の新たな一面という感じがした。
「・・・・・ごめんなさい。変な事聞いてしまって・・・・。でも・・・・花山さん・・・・・。
神妙な顔というか、私には・・・・寂しい顔に見えてしまって・・・・。それでどうしても・・・・聞きたくなってしまったんです・・・。」
「・・・・・・・・・。」
花山さんは、そこから何か考えこむように目を伏せた。
特に何も言わなかったけど、何故か亡くなったお母さんの事を思い出してるのかなって。そう思えた。
極道の家庭なのだから普通の一般的な親子と違う関係だったのかなとか。それでもお母さんの事が大好きだったのかなとか。
想像の域を出ないけれど、毎月お墓参りに行って花束を手向けるぐらいなのだから、特別な存在なんだろうなと察した。
「_____花山さん・・・・。」
「・・・・・・何だ。」
「おこがましいって・・・・私じゃあ変われないって、そう思うかも知れませんけど・・・。」
_____彼の寂しげな表情に。我慢が出来なくなったというか。
なんだか彼の役に立ちたい。そう思ったからした事だった。
だから私は、花山さんを自分の胸に抱くようにして抱きしめた。花山さんが、私にしてくれる時とは逆に。
「・・・・・・貴方が貫こうとしてる"女々しい"って事になっちゃうかも知れません・・・。
でも・・・・でも、寂しくなったりとか、悲しくなった時ぐらい・・・・!せめて、泣いたって良いんじゃないですか・・・・?」
「____・・・・名無・・・・・。」
「私で良ければ・・・・・甘えても良いんですよ・・・・?」
自然と泣きそうな声になってしまった。本当に悲しくて寂しいのは花山さんのはずなのに。
感極まってしまい、甘えて良いと言いながらもぎゅっと彼を抱きしめる。それはいつも抱き締められてる時のように。
「______有難う・・・。」
不意に、聞こえた声。いつものハッキリとした口調で聞こえた。
声が聞こえたかと思うと、大きな腕が背中に回ってきてそのまま抱き寄せられた。
これは一応私が抱きしめてる事にはなると思う。胸に頭を押し付けているのだから多分そう。
「・・・・・お前で良かった。」
そういうと甘える子猫みたいに頭をちょっとだけ擦り寄せてきた。
声色から想像するしかないけれど、嬉しそうに聞こえて。きっと笑ってるんじゃないかって思えてきた。
「・・・・・・好きな人には、素直でいてほしいのは当たり前じゃないですか・・・・。」
「・・・・・・・お前も、素直に泣いたらどうだ?」
「へっ・・・・い、今は泣きませんっ!むしろ花山さんの方が泣いてくださいっ!」
「無理すんな。」
「・・・・~~~~っっ・・・そんなんじゃないですぅっ・・・・!!」
ぎゅっと力強く抱き締められる。見た目は私が抱きしめてるはずなのに抱き締められてるなんておかしい。
今まで花山さんはよく私を抱きしめて、それで抱きしめ返していたけれど。よく考えるとこういう事だったのかな。
花山さんも私も、お互いそうする事で寂しさを埋めてたんじゃないかって。そんな気がしてきた。
抱きしめ合いながら胸元で笑う彼。そんな彼がこうしてくれている事がとても嬉しくて。
これから毎年。この時期、この日になっても。彼が寂しい顔をしなくて良いように願って。
目一杯私は、力を込めて抱きしめ返したのであった__________
fin