短編置き場
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「____ッ・・・・!」
まだ真夜中で夜も明けきらない頃。
花山は飛び起きて外を見上げた。そして暫く呆然とする。
(・・・・・・夢・・・だったのか・・・・・。)
珍しく冷や汗までかく程の嫌な夢。
その悪夢とは。
(・・・・・酷く嫌な夢を見た。
あの花屋の女。名無が。
結婚する夢だった・・・・・_____)
『花山さん。私・・・・名字変わったんです。』
『___・・・・・!!』
『えっと、恥ずかしいんですが・・・・結婚するんです。とても良い人なんですよ。
_____私、幸せになりますね・・・。』
「・・・・・・・・・。」
「・・・・大将?」
「・・・・・なんだ。」
「聞いておられましたか・・・・?」
「・・・・ああ。」
悪夢を見た日。その後もあまり眠れずに結局朝になってしまった。
睡眠不足はさほど問題ではないが、夢の内容をしっかり覚えているのが厄介。
木崎の話も耳に入らずぼんやりとしていた。
「今日も名無さんをお送りになるんで?」
「・・・・・・ああ・・・・。」
「・・・・私の立場で言うのも恐縮ですが、名無さんは一般市民です。
いくら夜道が物騒とはいえ、毎回大将自らが送って行かれるのはまずいかと・・・・。」
「____どうまずいんだ?」
「・・・・・所詮住む世界が違うのです。それを分かって頂きたい。」
「・・・・・・ああ・・・分かってる・・・。」
名無は花屋の一般人。それに花山が惚れているのは木崎も理解している。
けれど付き合っている訳でもなく今は仲の良い友人程度。
もしこれから二人の仲が縮まるのであれば、必然的に名無を裏の世界へ引きずりこむ事を意味する。
(名無が俺をどう思っちゃいるかは知らねえ。だが・・・・。
名無を・・・・俺の傍に置くには覚悟がいる。
その覚悟を・・・名無にさせるのか・・・・?)
嫌でも血を見る稼業。
平和に生きている者を巻き込んでいいはずがない。
そんな思いと裏腹に、今日見た悪夢が囁く。
奪え。拐え。物にして離すな。何処へも逃がすな、と_____
「じゃあ名無ちゃん。先上がるんであと宜しくー。」
「はい、お疲れ様です店長!」
夕方過ぎ。徐々に日が沈んでいく頃、名無は花屋の閉店後その場でじっとしていた。
(今日も花山さん来てくれるんだよね・・・・。・・・・なんだかこうして帰るのが日課になっちゃったけど・・・・。
私・・・・・花山さんとずっと、このままで良いのかな・・・・・。)
花山と知り合ってから暫く。
帰り道で不良に絡まれていたのをたまたま助けてもらった。それ以来ずっとこうして送ってもらっている。
不良に絡まれることもなく花山との仲も深まりすっかり良い友人になっているのだが。
いつまでもこのままで良いと思えなくなっていた。
(・・・・・・本当は出会ったのだって奇跡みたいなものなのに・・・・。
こんなに仲良くなれたのも、実際有り得ないはずなのに・・・・。
私・・・・駄目だ・・・・・。花山さんともっと一緒にいたいなんて・・・・・。)
カバンを握りしめる手が強くなる。
花山の優しさを知り、漢としての強さを知ってからずっと花山に惹かれ続けている。
それが禁断の想いであるのも承知の上で胸を焦がし続けた。
(花山さんは本当は私とは違う世界にいる人で。私なんかが好きになっていい人じゃないっ・・・・・。
・・・でも・・・・離れたくないよ・・・・・。ずっとこのままじゃ嫌だ・・・・。私の分からず屋っ・・・・・!)
「_____名無。」
「___っ!花山さん!?」
想いに更けっていると、突然横から声がする。
いつもならすぐ気付くし、ちゃんと笑いかけるのだが咄嗟のことで一瞬表情が曇ったのがバレたかも知れない。
「・・・・・・・・。」
「___・・・・・有難う御座いますっ。行きましょうか?」
「・・・・・ああ。」
にこりと微笑んでいつもの顔に戻る。
そして帰り道を歩きだした。
「・・・・なんだか・・・花山さんに送ってもらうのも暫くになりますね。」
「・・・・・・そうだな。」
「本当に・・・・感謝してます。」
「・・・気にするな。俺がやりてえだけだ。」
こんな会話を笑ってするのも日常だ。何度笑って、何度感謝して、何度愛しく思うのも。
互いにそう思っているけれど言葉に出来ない。そんな日々を過ごしてきた。
「・・・花山さんっ・・・・。」
「・・・・なんだ。」
「・・・花山さんは・・・忙しい合間を縫って、私を送って下さるんですよね・・・・?」
「・・・・・・?」
「あの・・・・今更なんですが・・・・。どうして、私なんかを・・・・・?」
花山はあまり喋らないので何を考えているかはいまいちよく分からない。
名無からすれば、偶然とはいえこんな仲にまでなったのが未だ理解出来ないでいた。
本当に自分を気にかけるのは何故か。別に気にかかるなら組の他の人でもいいのでは。
____ましてや花山組組長が直々に。通常なら有り得ないはず。
「・・・・・・名無には、花で世話になってる。その恩を返してえだけだ。」
「・・・・でも・・・・それなら他の子達だってそうじゃないですか・・・?
私以外にも花屋の店員はいるんですし・・・・。」
「・・・・・・。」
寂しそうに言ってしまったせいか花山の足が止まる。
何か嫌味にでも聞こえてしまったのではないか。本当はこんな事聞くつもりなどなかったのに。
後悔の念に駆られて俯いていると、花山が切り出した。
「・・・・・・・・俺に笑いかけて花をくれんのは名無だけだ。
他の連中とは違う。・・・・・・・そんなお前ぇの笑顔を、守りてえだけだ。」
「____・・・・・っ!!」
ドキリと心臓が鳴る。真剣な眼差しで告げる言葉が、ただ嬉しくて。
高鳴る鼓動に向けて名無は思う。
(やっぱり・・・・・私、花山さんの事好きだよっ・・・・。)
「・・・有難う・・・・御座いますっ・・・・。変な事聞いてごめんなさいっ・・・・とても嬉しいです・・・・!」
「・・・・・・・。」
顔を紅くして微笑む名無が愛おしかった。その奥にある心の内が知りたい。
知ってはいけないし、触れてはいけないと分かっていても彼女の前だと素直になれる。
ふっ、と微笑んだ花山はゆっくりと瞬きをする。
______一瞬の暗闇の中で思い出したのは夢。所詮夢なのだが、起こり得る出来事。
『……結婚するんです。とても良い人なんですよ。
_____私、幸せになりますね・・・。』
突然名無が自分の元から遠ざかっていく。いずれはこうして送る事もなくなるのだろうか。
彼女の真の幸せを思えば、夢のようになってしまうのが一番なのだが。それは辛い現実でしかない。
「・・・・・名無・・・・。」
「はい・・・・?」
気が付くと名前を呼んでいた。ふと横を見るとまだ顔の紅い名無が自分を見上げている。
ただの友人として自分を見つめているのだろうか。それとも、何か違う思いを秘めているのだろうか。
迎えに来た時の一瞬曇った表情が頭をよぎる。名無は名無で、自分の知らない感情があるのではないか。
_____なんて、思ってはいけないのに。思わずにはいられなかった。
「・・・・・・聞きてえ事がある。
・・・・・・お前ぇは・・・・俺と俺の組を、どう見てる?」
「花山組を・・・・ですか・・・・?」
「・・・・・・・ああ。」
名無からすれば唐突な質問だった。さっき自分も妙な事を聞いてしまったからだと思った。
名無の知る花山組は悪い印象などなく、"組"といえどまともな活動をしているなど店長から聞いていた。
それを体現するように花山もそうで。商店街での評判も良いと聞いた事があった。
「花山さんも、花山組の方もとても素敵だと思います。治安は組の方なしでは成り立ちませんし・・・。
世間の評価がどうあれ・・・・この街の人達は花山組を好きだと思いますよ。」
「・・・・・・お前ぇもか。」
「も、勿論!私も・・・・花山さん達が・・・・・・。
す・・・・好きですよっ・・・・・・!!」
どういう意味かは誰が見ても分かるぐらい紅い顔。
つい質問の流れで言ってしまった。顔が上げられず相手からの返事が怖かった。
「・・・・・・名無・・・・。
____もう一つ聞きてえ。俺の傍で、血を見る覚悟はあるか?」
「・・・・!?は、花山・・・さん・・・・?今・・・なんて・・・・・?」
すると花山から思わぬ返事が。
おそるおそる顔を上げると、そこには今までに見た事ない程真剣な顔で自分を見つめる彼がいた。
「・・・・俺の女になる覚悟はあるか?」
「・・・・・・!!」
時が止まるように感じて。驚いて目を見開く名無。
______嬉しかった。両想いだという事が分かった。
花山も自分と同じなのだと分かって嬉しくて涙が出そうになる。
彼の世界に誘ってくれた事。それもまた泣いてしまいそうな程喜ばしいのだが。
「・・・・・私・・・・・凄く嬉しいですっ・・・・。でも・・・・でも駄目です・・・!!
私が花山さんの世界に行けば・・・・足手まといにしかならないですから・・・。
何も・・・・お役に立てないですっ・・・・・・。」
気が付けば嬉しさは悲しみに変わっていて。自分で言い出したのに名無は泣いていた。
前から一般人である自分が花山の傍にいてはいけないとどこか自覚していた。
それを聞いた花山は真っ直ぐ彼女を見つめて言い放つ。
「・・・・・・構わねえ。それでも名無に覚悟があんなら、傍にいてくれ。」
「・・・・私はっ・・・・・・花山さんが仰ってくださるなら何処へでも行きたい・・・・・。
・・・・けれど私は一般人でっ_____」
言葉が途中で遮られた。
何が起こったか分からなかったが、暫くして気付いた。
「____何があろうと絶対ぇ守る。
・・・・前からずっと見てた・・・・・・好きだ、名無。」
「・・・・花山・・・・・・さんっ・・・・・!?」
抱きしめられた胸の中で温かな声が聞こえた。
守ると。力強く込められたその言葉に花山からの覚悟を感じ取った。
ここにきてようやく、高鳴る鼓動に素直になろうと決めた瞬間だった。
「私もっ・・・・好きです・・・・・・!!大好きですっ!!
初めて会った時から、ずっと好きでした・・・・!!」
「・・・・・・俺の隣にいてくれ・・・・どこへも行くな・・・。」
人通りのあまりない夜。路上で二人はずっと抱き締めあっていた。
この先何があろうと。名無を誰にだって渡してなるものか。
あの悪夢がキッカケで遂に名無を巻き込む形になってしまったが、互いに後悔はなかった。
あんな夢ぐらい跳ね返せる程。二人の覚悟は並ではないのだから_____
fin