短編置き場
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脱獄した死刑囚が日本に来ている。最初に知ったのはテレビから流れてきたニュースだった。
どいつもこいつも凶悪そうな顔の奴が五人もいる。しかもどういう訳か全員揃って東京に集まっている。
もしかしたらどっかで鉢合わせるかも・・・・なんて、この時はさほど重大に捉えていなかった。
「今、なんて・・・。克巳さんが死刑囚に襲撃された・・・ッ!?」
けれど神心会は戦う団体。こういった奴らにはめっぽう強いはずだったんだけれど、克巳さんや館長が早速手痛いダメージを負ったと聞いた時は只事じゃないとようやく理解した。
なんだか奴らの目的は開口一番『敗北を知りたい』らしい。
それって、完全にあたしら狙われてるじゃん・・・・?
神心会女子部のリーダーとして成す事。それは女子部の門下生達に「会ったら迷わず逃げて」と伝える事だった。
愚地館長や克巳さんでさえ仕留められなかった相手だ。あたしですら勝てる気がしない。
死刑囚なら万が一女を狙ってくる事も有り得る。人質にされたり、ろくでもない事に巻き込まれる可能性が一番高いのはあたし達女だ。だからこの注意喚起は真っ先にした。
神心会本部道場が襲われた事もあって少年部と女子部は半ば解体状態。
護身術だけ習いに来てるような子達は外出自粛だし、あたしは自分のトレーニングもそこそこに克巳さんのお見舞いや後処理に追われていた。
「______館長、その手・・・!」
「ああ。やっこさん、ずる賢くてなあ。おいらの腕持っていかれちまった・・・。」
道場に戻ってきた館長の左手がない。怪我をした人間を見ると本能的にゾッとするけど、流石に血の気が引いていくのを感じていた。
・・・・・それを見てあたしの隣りの同期は、固く拳を握りしめていた。
「・・・・・誰ですか。その、館長の拳取った野郎は。」
「ドリアンっていう、アメリカから来た奴だ。あの、髭生やしたデケェ方な。」
「・・・・ほう・・・・・。」
明らかに頭に血がのぼってる。清澄は今にも飛び出していきそうな顔してた。
気持ちは痛い程理解る。けれど、冷静になってそんな化け物にあたし達が適う見込みなんてない。
「落ち着いて清澄・・・。ここで怒ってもしょうがないよ・・・。」
「・・・・・・。」
「これは俺の予感だが、あいつの事だからまたどっかで会うだろうよ。」
当の館長は窓の外を見つめながらどこか笑っていた。なんだか楽しんでいるようにも見える。
命の危機。人間の本能。そういったもの全部を逸脱してるのが達人だ。
いつかの地下闘技場に出た連中はそういう奴ばっかりで、ここにいるあたし以外の奴はそっち側なんだと。その時は忘れていた。
だから・・・・。この時清澄が、怒っているようにも見えたけど。同時にどこか楽しんでるってのを、理解ってあげられたら良かったのかも知れない・・・・。
それに気付いたら・・・・。・・・・でも気付いたとしても、どうにもならなかったのかな・・・・。
______神心会襲撃から暫くして。
数少なくなった女子部員と稽古をしてる時だった。何やら上の階が騒がしい。
なんだか妙な胸騒ぎがする。上に事情を聞きに行こうと扉の方へ向かったが・・・・・
『名無さんッッ!!大変ですッ、加藤がッッ!!!』
「烈さんッ・・・!?清澄が何か・・・・」
「重傷を負っているッッ!!早くこちらへ!!!」
「っ!?」
扉を開ける前に烈さんが勢いで駆け込んできた。
ただならぬ様子で慌てて烈さんと一緒に上がると、床に寝かされた清澄が血の気のない顔で倒れている。
よく見たら全身ボロボロでっ・・・囲っている門下生達もどうしていいか理解らないみたいだった。
「清澄ッッ!!!・・・ねえどうしたの?なんでこんなっ・・・・
ねえ息してよお願いッッ!!目を覚まして清澄ッッ!!!」
「輸血の準備は!?」
「とりあえず出来ましたッ!!」
「名無さん、今はあまり触れない方がいい。全身複雑骨折で、それ以外にも複数の打撲が・・・・」
「理解ってるッ!!・・・・理解ってるけどっ・・・!!」
この前まであたしの隣りにいたのに。清澄は上で稽古してるもんだと思ってたら、目を離した隙にこんな姿で帰ってくるなんて・・・。
烈さんから聞くところによると、清澄はサンドバッグに詰められていて瀕死の状態だった。
かろうじて生きてはいるが、いつ死んでもおかしくない。
あたしの目から見ても理解る。手を握ろうにもその手すら折れてるのが理解って握れたものじゃなかった・・・
間もなく来た救急車にあたしは乗り込んで、集中治療室の前で佇むしか出来なかった・・・・。
「清・・・・澄・・・・・・・ッ」
今目の前で包帯という包帯に巻かれて、ベッドに寝ている清澄が信じられない。受け入れたくない。
手術が終わって、どうにか一命は取り留めたけど絶対安静が言い渡された。いつ目覚めるかも理解らないと医者に伝えられる。
______清澄、アンタ馬鹿だよ。
館長の仇だったんでしょ。アンタならそうするだろうけどさ、勝てる訳ないじゃんか・・・・。
許せなかったんだ。悔しかったんだ。無理だと理解ってても、自分の実力を試したくてこの漢は・・・。
「・・・・・やっぱ、アンタには敵わないよ。あたしがいつになっても勝てない理由が、今理解った・・・。」
神様。どうかこの馬鹿を帰してください。このまま死なれたら、あたしはもう空手をする理由を失います。
どうかまだ。この馬鹿の隣りにいさせてください・・・・っ。どうか、神様・・・・・。
あたしは静かにベッドの横で祈りを捧げた。
_____それからいつの間にか夜が明けて。
清澄の病状を報告する為神心会へ出向いた。
既に病院の門下生からも連絡がいってるようだったけど、清澄の荷物を取りに行くついでもあって上層部へ出向く。
応接間に居るのは克巳さん・烈さん・愚地館長・末堂の四人。神妙な面持ちで何か話し合ってるようだった。
「わざわざ報告有難うな・・・・。加藤があんななるまでやられるなんて・・・・。今、団体総動員で奴の行方を追ってる。
女子部や少年部には無理しないよう言ってるが、お見舞いの花束貰ったんで代わりに届けてやってくれ。」
「皆・・・・昨日の今日なのに作ってくれたんだ・・・・。・・・・・清澄はまだ寝てるけど、ちゃんと飾っておきます。有難うございます、克巳さん。」
「礼なら落ち着いてから名無が直接言やあいい。」
椅子に綺麗な花束がそっと置かれている。『神心会女子部・少年部一同』の文字に、清澄がけっこう人気あった事を思い出す。
克巳さんが言うには、どうやら昨日既に決起集会が行われていてドリアンを神心会総出で探し出す為指名手配したようだ。
少年部・女子部は直接関わるのは危険だと判断したので連絡が来ていない。せめてあたしには連絡くれても良かったのに・・・。
でも相手が相手だし、こればかりは仕方がないか・・・。
「・・・・・それで、今は奴を誘き出した時の話し合いって訳ですね。」
「ああ・・・・。ここで決着をつける。」
机には地図が広げてあり、末堂が指さす場所をよく見るとあたしも知っている場所だった。
戦いに向いてる場所なのかとかそういうのはよく分かんないけど・・・。
「ここって・・・芦田さんとこの遊園地じゃん・・・・。」
「ああ。許可は貰ってる。」
「そういう事じゃなくて・・・・。」
この遊園地は芦田さんが遊園地を開業した時、同期三人で遊びに行った場所だった。まだあの時はあたしと清澄も付き合ってなかったっけ。
たまには羽伸ばそうってあたしが誘って・・・。チケットあるからって二人も来てくれて・・・・。
・・・・芦田さんから年甲斐もなく風船貰った・・・。・・・・あたしら同期の、思い出の場所だった。
この企画の発案者が末堂で。戦いに赴くのもこいつなんだ、ってのは言わなくても伝わってきた。
「・・・・末堂。アンタ・・・・・・死ぬ気でしょ・・・・。」
「・・・・んな顔すんなよ。いつもの顔はどした。それじゃ、あいつも意識戻らねえぞ。」
呆れたように、いつもみたいにあたしを見下ろす。
少し諦めのような。でも悲しいような。言い得ない感情のあたしは今どんな顔をしているんだろうか。
「同期がやられたからって、アンタが勝てる訳ないじゃん・・・。」
「______名無。こういうのはよぉ、言い出したこいつが一番聞かねえの。理解ってやってくれや。」
「館長・・・・・。」
ボソッと呟いたけど館長が少し離れたところで訂正する。周りの皆も一切口出しはしなかった。
それどころか"理解ってやれ"と言わんばかりの空気感に、本当どうしようもない馬鹿ばっかりなんだなって思ってしまった。
「清澄が勝てないのに・・・・・力とか足速いからって、あんたが勝てる訳ないのに・・・・ッ
・・・・・・あたしイヤだからね。同期が二人いっぺんにいなくなるなんて、そんなの絶対・・・・!!絶対嫌だからッッ!!」
「・・・・・あいつはあれぐらいで死ぬような奴じゃねえだろ?ななしが信じねえでどうすんだっての。」
「ならアンタも死なないで・・・。ここで戦うんなら、また遊園地行くからッ!!三人で遊びに行くって約束してッ!!
あたしは清澄とデートだけど、アンタ荷物持ちでふらふらになるまで付き合わせてやるんだからァッ!!!」
泣きじゃくるあたしを、末堂は軽く宥める。何も言わずになんとも言えない優しい顔してあたしの肩をぽんぽんと叩いた。
ここで涙を拭ったり、抱き締めたりしないのはあたしが清澄の彼女だからってのも知ってる。末堂は誠実バカだから。
______結局最後まで。末堂は「約束する」とか「必ず帰る」とは一言も言わなかった。
・・・・・死ぬ気なんだ。本当に。
刺し違えるつもりなのかな。もう決心が着いてるんだろうな。
そう思える程に鬼気迫る横顔に。あたしは何も言い返せなくなってしまった・・・・。
「清澄・・・・。あんたの為に、神心会全体が立ち上がってるよ・・・。
・・・・そんな事しなくて良いってあんたは言いそうだけど・・・・。ここまで来たら引き返せないよ。誰も・・・・。」
ベッドに横たわってかろうじて息だけしている相手に言ってもしょうがないけど・・・。
かつての先輩や後輩も仇討ちの為に総出で動いてる。意識がなくてもこの熱意は伝えなきゃね。
今清澄の傍にいてやれるのはあたししかいない。同期として、清澄の彼女として・・・。
伝えたら。一瞬清澄の手がピクリと動いた気がした。
「清澄・・・?」
心電図にも変化はない。けど・・・何か無意識でも伝わったのかも知れない。そう思う事にした。
数日後。あとでお医者さんにも手が動いたかもって言ったけど「そんな訳ない。診断に異常はないですから。」ときっぱり否定されてしまった。
そんなもんかな・・・。と思って落ち込んでたけど、一緒にいた男の看護師さんがワンテンポ遅れてこっそり伝えてくれた。
どうやら本部じゃない別の地区の神心会門下生らしい。
「加藤先輩のお噂はかねがね・・・。この人の事でしょうから、目に見えない闘志か何かをきっと感じ取っているはずです。」
「闘志・・・。」
「あっ。非科学的ですよね?理解ってますけど・・・。こんな時ぐらい、希望があって良いんじゃないかって思ってます。押忍。」
「・・・・有難う。君のその言葉も、清澄に伝えておくね。」
「有難いです。押忍。」
なんだか心強い味方がこんな近くにもいるようで嬉しかった。
それも清澄に伝えたけど、特に反応はない。当然だけど、何か一つでも伝わっているのなら言って損はないと思えた。
それからまた数日後。あいかわらず清澄は目覚めないけど、ドリアンの居場所が分かったという報告が門下生に行き渡る。
それから例の遊園地へ奴を案内する手筈。・・・・私は行っても役に立たない事が目に見えてしまっている。
だから今日も清澄の隣りに居る。多分今日の夜くらいには遊園地で末堂と死闘が繰り広げられるのだろう。
・・・・清澄。寝てていいの。同期が戦うんだよ。
重体なこいつに言ってもしょうがないけど・・・。なんだか落ち着かない日になりそうな気がしたんだ。
______その夜。
『・・・・!』
『・・・・・・・』
『・・・!』
・・・・・・?なんだろう、消灯時間は過ぎているはずなのにどこかの病室が騒がしい。
・・・・いや。病室っていうか外?誰かが話しながらこっちに向かってくるような・・・。
ガラッ
「正気かね君は!?その責任者の元に私も連れていきなさい!!」
「・・・・お医者さん?何をこんな夜中に・・・。」
「君も確かー、神心会かね?君らの総帥が、今から加藤君を外に出せと言って聞かんのだよ!!」
「・・・総帥って・・・・。館長が・・・!?」
「押忍ッ。苗字先輩ッ。良かったら先輩も同席してください。」
部屋に入ってくるなり怒ってるお医者さん。そして本部の門下生一人と看護師さんが話しながら来た。
確か今は末堂とドリアンが戦ってる頃・・・かな。そんな時に清澄を・・・って、館長は何かあてがあるのかな・・・。
お医者さんは正気じゃないって物凄く反対してるけど、門下生と看護師さんは引く気がない。そら館長直々の命令だもん。引けないよね。
「・・・お医者さんが着いてるなら、あたしも行きます。館長には何か考えがあるんでしょう。」
「考えも何もこんな重体患者を外に連れ出すなどもってのほかだ!!」
「まあまあ。責任者に話はつけてありますから・・・。とにかく行きましょう。」
本当はお医者さんの許可がないと外出しちゃいけないし、なんなら患者の身を考えるならここでじっとさせとくのが良いんだろうけど・・・。
責任は全部愚地館長にある。館長なら・・・みすみす清澄を死なせるような人じゃない。
「車椅子持ってきますね。点滴とか最低限のはそっちでお願いします。」
今は館長を信じるしかない。清澄の傍にいてやりたいから、そのまま門下生の車に乗せて遊園地へ向かった。
______夜に煌々と光る遊園地。綺麗だけど今は全然そんな気分じゃないな・・・。
末堂との戦いは終わってるみたい。門下生が言うにはすれ違い様で病院に搬送されたらしい・・・。
遠くに見えるのは館長とドリアンだ。あいつ館長にコテンパンにやられてるようじゃない。
「苗字先輩・・・行ってあげてください。」
「良いの・・・?あたしで・・・?」
「恋人に背中を押された方が、加藤先輩も喜ぶと思いますから。」
車を止めて、意識が戻ってないどこか虚ろな眼差しをした清澄の車椅子を押す。
そして館長達の元へゆっくり案内してやる。
『か・・・ッッ 加藤ォッッ!!』
この様子だと烈さんと克巳さんは何も知らされてなかったみたい。
驚いていないのは待ってました、と言わんばかりの館長ぐらいだ。
「どういうつもりだ君ら!?重体の患者をこんなところへ引っ張り出してッッ!!」
車から降りるなりお医者さんは館長と言い争っている。
そりゃあ常識を逸脱した行為だよね。見殺しと言われてもしょうがない気がする。
「闘わせる。」
「・・・・・・はい?」
「あそこでヘバってるでっかい白人を、加藤がとどめを刺すのさ。」
・・・・ああ。だからその為にわざわざ清澄をここに連れてきた訳ね。
そんなの出来るはずない。てっきり見学させるのかと思ったら、意識がないこいつにんな事出来っこない。
・・・・・とため息をついて下を見ると。
清澄は自力で点滴を力任せに引き千切って、ドリアンの元へ歩いていた。
「・・・・・・・清澄・・・?」
「ちょっと道をあけてもらえるかい。
意識のない
確かに意識があるようには見えない。でも確実に、あいつは自分の意志でドリアンの前まで歩いた。
あんなに何しても動かなかった奴が。いつ目覚めるか理解らないとまで言われたあいつが。
_______自分の闘志だけで、そこに立っていた。
「ダメージは五分といったところだ。加藤。
ブチのめしてやれいッッ!!!」
『雄雄雄雄雄ーーーーーーーーッッッッッ!!!!!』
「わたしの敗けだアアッッッ!!!!」
今にも正拳突きをお見舞いしてやろうって清澄の気迫に、ドリアンは敗けを認めた。
・・・・・凄い。とてもさっきまで車椅子に乗ってたとは思えないくらい。清澄は復讐してやったんだ。
その場で大泣きしたドリアンはもう見る影もない。
館長は清澄がこうしたいのを見越してたのかな。それなら動くって信じてたんだ。
・・・・流石だよ。館長も。清澄も。
「わ、っとと・・・!」
その後糸が切れたように後ろに倒れそうになる清澄を車椅子へ戻してやる。
看護師さんやお医者さんが慌てて点滴を付け直したりしてた。
夢みたいな出来事だったけど・・・。これなら清澄が目覚めてくれる日も近いはず。
起きたらこの事覚えてるか聞いてやろう。あたし達や館長の思いが・・・ちゃんと届いてたかどうかってね。
無事に病院へと戻ってこれたあたし達はすぐ清澄の容態を確かめてベッドへ寝かせる。
幸い新しい怪我もないみたいだし脳波にも特に異常はない。
一時期はどうなる事かと思ったけど、睡眠薬が効いてよく寝てる。
・・・・・良かった。これでとりあえずは一件落着______
「______!!!」
病室の扉が静かに開く。てっきりお医者さんが寝る前に様子でも見に来たのかと思ったけど。
そいつは、まるで見舞いに来た一般人みたいな顔して平然と入ってきた。
"負けを認めた"んじゃなかったの・・・・!?
「ドリアン・・・!!」
「・・・・・君は。加藤君のガールフレンドかね?」
「・・・・さっき言ったよね。『私の負けだ』って・・・・。」
「あの場ではそうだが・・・今の私はこの場に立っている。
これが君たちの弱点だ。」
ガタッ!!
音を立てて椅子から立ち上がる。咄嗟に構えを取ったがあたしに勝算はない。
でもこれ以上こいつを傷つける訳にはいかない・・・!!
「・・・もう勝負はついた。女性に手を上げる事は出来ればしたくないな。」
「・・・アンタがこれ以上、清澄に攻撃しようもんならあたしは戦わざるを得なくなる。
・・・・理解ってほしいな?」
「・・・それなりの実力者のようだが、生憎私も手負いだ。病室で暴れるのはよそう・・・。
加藤君が夢から覚めたら伝えたまえ。君の負けだと。」
そう言ってあたしの横を素通りする。窓に手をかけたかと思ったらそのまま飛び降りた。
・・・何が手負いよ。そうやって逃げれるくらいの体力残ってるくせに。
ここ三階なのにあいつスタスタ歩いてるじゃない。血はついてるけど大した怪我じゃなさそう。
おそらくドリアンが本当に手負いだとしても、今のあたしじゃきっと勝てなかった。
逃げてくれて助かったなんて思いたくないけど現にそうなのよね・・・・。
ガタリとまた椅子に項垂れて自分の実力の無さに情けなくなる。
「・・・・・・清澄。ドリアンはああ言ってたけど、あたし達の気迫に押されてあいつは逃げた。
・・・・そういう事にしておこうか?」
勝ち負けを決めるのはあんたじゃない。生き残ったあたしだ。
命あっての物種って言うじゃん?なら清澄も末堂も、まだ生きてるならこっちの勝利よ。
・・・そう思いたいね。あたしは・・・・。
_______騒動から一夜明けた翌日。
あのあとドリアンは館長の元へ向かって、手首の爆弾で館長の顔を吹き飛ばしたと聞いた。
一瞬脳裏にあの時止められなかった後悔がよぎった。
でも仮に止めれる程の実力があったとしても・・・その爆弾とやらであたしも清澄も只じゃ済まない。
二人共死んでたかも知れないと思うと、やっぱ今かろうじて生きてる館長って化け物なんだわ・・・。
結局奴は、その後烈さんと対峙して何故か別の病院にまた送り込まれたとか。
その時何があったか知らないけど・・・奴はすっかり戦意喪失して幼児退行?したって聞いた。・・・でも聞いてもよく理解らなかった。
とりあえず烈さんが決着つけてくれたみたいで良かった。
・・・・こっちの遭わされた被害を考えたら全然良くないけどねッ。館長含め何人が病院の世話になってるのやら。
「・・・ま。生き残れただけ幸運ってことかな・・・。」
しっくり来ないけどドリアンとの対決はこれで終わり。
他にもまだ捕まってない死刑囚はいるから油断出来ないけど・・・。一段落はついたのかな・・・。
「_____・・・・名無・・・?」
「・・・・!!清澄・・・やっと起きた!!あたしの事理解るッ!?」
「・・・・俺・・・。まだ生きてンのか・・・・?」
数日後。ぼんやりと意識を取り戻した清澄は不思議そうに天井とあたしを交互に見つめる。
まだ体は固定されてて動かせないけどようやく起きてくれた・・・!!すぐにナースコールを押してお医者さんを呼ぶ。
記憶障害もないみたいだしとりあえず無事で良かった・・・。
お医者さんとの質問で徐々に自分の置かれた状況がだんだんと理解出来たみたい。
「・・・俺、
「君は覚えていないのかね?遊園地での夜の事を・・・?」
「遊園地・・・?・・・・・・ドリアンが泣き喚いた夢を見てたんだが・・・あれはあいつの催眠術じゃねえのか・・・?」
「それ、夢じゃないよ。実際に傷だらけのあんたがドリアンに正拳突きかまそうとしたの。館長の一言でね。」
「館長・・・・・。・・・・何か言われた気はするんだが・・・・・~~~~ッッなんだか上手く思い出せねえ・・・・。」
清澄はドリアンの催眠術で敗れた事もあって、いまいちあの時の状況が夢か現実か理解っていないらしい。
まああたし達からしても随分現実離れした光景だったけど。清澄からしたら尚更実感湧かないのかも知れない。
その後詳しい診察があるとかでベッドごと運ばれていった。
あたしは泊まる理由もとりあえずなくなったから、その日から稽古の合間にお見舞いだけする形になった。
清澄はどこか晴れない顔つきのままで。せっかく目が覚めたのになんだか心配になってしまう・・・。
_____一方その頃神心会本部では、烈さんが死刑囚の一人を医務室へ運んできたり。それがきっかけで神心会を爆破されたりと色々あった。
幸いあたしはその場にいない事の方が多かったからあまり被害は受けてないけど、最早病院の方が安全な気がする。
館長の看板吹き飛んだやつ、清澄や末堂が見たらどう思うかな・・・。
「・・・・ってな訳で。こっちも色々大変だったのよ。」
「そっか・・・。とんでもねェな・・・死刑囚の奴等・・・。」
「あと末堂がこの前目覚ましたよ。記憶には異常ないし、後遺症も特になさそうってさ。」
「何日ぐらい寝てたんだ?あいつ。」
「えーっと・・・。多分アンタよりは早かった気がする・・・。」
「だぁーくっそ!!負けたかー!!」
「んなとこ張り合ってどうすんのよ・・・まったく。」
清澄もだいぶ調子が戻ってきて顔の包帯も今日で取れる。雑談出来るくらいには回復してきて、食事制限ももう特にないみたい。
治りが早いから嬉しい。そうこう話してる内に看護師さんが来た。
「押忍。では顔の包帯、取らせていただきますね。」
丁寧に消毒して慎重に剥がされていく包帯。
清澄の顔には、鼻筋から口元にかけての傷。そして唇を跨ぐようにして顎へ付けられた痛々しい傷があらわになった。
病院に運び込まれる前一度見てるから、その時よりはだいぶマシにはなってるけど・・・。それでもやっぱ傷残っちゃうんだな・・・。
「どうですか?加藤先輩?」
「・・・・ま、良い勲章が出来たんじゃねェの。」
「痛くない?大丈夫なの、それ・・・・?」
「ななし、心配すんなって。確かもう触れんだよなこれ?」
「押忍ッ。大丈夫です。強く押したりしなければ触っても問題ないです。」
「だとよ。」
看護師さんが言うんだからそっか・・・。ととりあえず納得する。
清澄の顔、わりと男前で好きだったんだけどな・・・。今でも格好いいけど、やっぱり痛そうだなという印象の方が今はまだ大きい。
人は傷痕を見て何があったか勝手に想像してしまう。聞いた話だとビール瓶での傷だから思わず顔をしかめてしまう。
看護師さんは軽い説明をしたあとすぐに部屋から立ち去った。
ずっと心配そうに見ているから清澄がたまらず声をかけてくれた。
「・・・ななし。そんなに不安なら触ってみっか?」
「え・・・。・・・いいの・・・?」
「いつまでもんなうじうじした顔してんなよ。おら、今だけだかんな。」
つんつん、と誘うようにほっぺをつつくので引き寄せられるようにそーっと触れてみる。
若干凹凸の残る傷口。赤みは引いたけど、やはり近くで見るとよりリアルで肌が切れているのが理解る。
「・・・本当、消えない勲章だね・・・。」
「嫌か?」
「・・・多分慣れると思うけど。もう少し時間かかりそうかな・・・。」
「・・・・ななし。」
ふと名前を呼ばれて至近距離で清澄と目が合う。その瞬間。
ちゅっ
「・・・・っ!!?」
腕を強く引き寄せられてキスをされた。それで唇の内側まで切れているのが理解ったけど、それどころじゃない。
「・・・っな・・・。ここ病院だって・・・!!」
「・・・・心配かけたな。もう大丈夫だっての。」
腕に伸ばされた手はいつの間にかあたしと手を繋いでる。
手の包帯はまだ取れてないけど、それでも力強く握られている。
「・・・遊園地の時さ。お前、確か居たよな?」
「・・・理解ってたの・・・?」
「意識ははっきりしてなかったが・・・確か後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた気がした・・・。
それに・・・夢の中でも何度かお前が出てきて心配そうにこっち見てたんだよなァ・・・。」
意識が戻るまでずっと傍に居た。何度も声をかけたし、暇さえあれば柄にもなく神に祈ったりもした。
・・・・それが夢の中で。清澄の無意識の中に・・・届いてたんだ。ずっと・・・・。
「・・・・有難うよ、名無。」
あんまりお礼なんて言わない清澄が言うなんて。それだけ死の淵だったんだ。
心配してたけど・・・もうとっくに元気なんだね。もう、元の清澄に戻りつつあるんだもんね?
ちょっと嬉しくなって涙ぐんじゃって・・・。でも泣かないようにどうにか笑う。
「・・・・どういたしまして。完全に治ったら、また一緒に稽古だからねっ!!」
「ああ。ランニングでもなんでも付き合ってやるよ。」
本当は抱きつきたかったけど、まだ骨折治ってないから軽く手を握り返して笑いあった。
まだ完全じゃない。でもちゃんと復帰出来たら、またあたしも稽古に身が入るようになる。
いつの間にか心配してた気持ちは消えて。どこかその日からあたしもまた明るくなった。
傷は男の勲章って聞いた事あるし。なんだかんだ館長も復帰した時顔に凄い火傷の痕が残ってたけど本人全然気にしてなかったもんね・・・。
克巳さんに至っては髪丸焼けになったけど早く髪生えねえかなーって楽観的だったな。あたしも皆の前向きな精神見習わないと・・・・。
_____そんなこんなで死刑囚の騒動が終わりを迎える頃。清澄は完全復活を果たした。
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