短編置き場
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鐘の音が聞こえる。協会の音。幸せの音色。
私の前には牧師様。そして隣りには将来旦那様となるであろう、ベールでもやがかかったような男性の姿。
この牧師様の語りのすぐあとに。誓わなければならない。言わなければならない。
_____いやっ・・・・。本当は言いたくはない・・・。
決めたはずの覚悟を揺るがすように、私の思い出が走馬灯のように過ぎていく・・・・・。
『_____名無。貴方は私達夫婦の願いなの。だから、それにふさわしい振る舞いをなさい。良いわね・・・?』
『はい。お母様。』
『良い子だ、名無。じゃあ明日の塾の予習、ちゃんとしておくんだぞ。』
『はい。お父様。』
私は世間的に見て"お金持ち"という括りの裕福な家庭に生まれ育った。
幼い頃から塾の行き帰りは当たり前。家庭教師にも、塾の先生にも、そして親にも点数を付けられて育ってきた。
私にとってそれが常であり、親が願う偉いお医者さんになる為には仕方のない事だと思っていた。
「・・・・。」
年長さんになってから塾へ行く途中。公園で楽しそうに遊ぶ同年代の子がずっと目に入っていた。
あの子達は塾の時間終わったのかな?でも学校が終わってすぐのはず・・・?
イケナイ子達なんだ。勉強が終わってないのに遊んでる。
私もいつか・・・・。塾の時間が終わって、宿題も予習復習も終わって、そうしたら公園で遊べるのかな・・・・?
それって・・・・いつになるのかな・・・。
そう思いながら、塾のカバンを握りしめていた。あの頃は本当に辛かった・・・。
私は小学校に上がって暫く。ある時から塾の帰りにこっそり公園に立ち入るようになった。
でも塾の帰りなんて誰もいない。夜は暗くなると流石に怖いから、決まった曜日の夕方に数十分だけ遊んでいたの。
「・・・・・。」
塾に行く時見えてた子は皆帰っちゃって。砂がつくと遊んだ事がバレちゃうから、いつもブランコか地面に絵を描くぐらいしかしてなかったけど。
正直、楽しかったのかどうかはあまり覚えていない。いつだって、一人で遊ぶなんてつまらないもの。
_______あの子が来るまでは。
「・・・・・~♪」
塾の帰り。この時私は、テストの点数が良かったから機嫌良くブランコに乗って歌を唄っていた。
勢いよく漕ぐなんて勇気がなくて、足元で少しぷらぷらと揺らしていただけだった。
「・・・・・それ、なんて曲?」
「っ!!」
急に誰かから話しかけられた。ビックリして振り返ると、ななめ後ろから男の子が私に話しかけてきた。
お友達のいなかった私は話す事に慣れていなくて。なんて返したらいいか分からずその場で固まってしまった。
「え・・・・っと・・・。」
「あー・・・びっくりさせちゃったかな・・・?」
「・・・・・。・・・音楽の授業で習った・・・んです。・・・・良い曲だなぁと思ったから・・・・です・・・。」
「・・・?そっか。じゃあ俺の学年じゃあまだ習ってない曲なのかも・・・・。」
そういうと彼は不思議そうにしながら私の隣りのブランコへ座った。
他の子と最低限関わる時は失礼のないよう敬語で。なんて教えられていたから同年代の相手でもずっと敬語だった。
「ねえ。一緒に遊ぼうよ!」
「・・・。・・・あと、12分くらいなら・・・大丈夫・・・・です。」
「12分かあ・・・ブランコぐらいしか出来ないかなァ。まあいいや。」
腕時計をちらっと見て弱々しく答えた私。男の子はあんまり気にする様子もなくブランコを勢いよく漕いでいた。
私はどう返すのが正解なのか分からず、さっきのように足元で少しだけ漕ぐ。
「ねえ君。名前は?」
「・・・・苗字・・・名無、です・・・。」
「俺は花山薫だよ!多分近所の子だよね?」
「ええ・・・・。塾が終わったんで・・・・その帰りにちょっとだけなら遊んでいいかなって・・・思いまして・・・。」
「塾?・・・ああ、そのカバン。そうだったんだ。ウチは家庭教師みたいなのが居るから塾行かなくていいんだー。」
「みたいなの・・・?」
話を聞くと家の使用人みたいな
予習復習するとか、習い事が色々多い事を話すとブランコを漕ぐのを緩めて物珍しそうに私の話を聞いてくれる。
「俺勉強嫌いだから分かんないけど、名無は偉いなーっ!」
「えっ・・・えぇっ!?あの・・・その、えっと・・・・!」
名無。と急に下の名前で呼ばれてかなり焦った。親以外に呼ばれた事がないから、なんだか違うような気がする。
俯いて顔を上げられないでいる私を覗き込むように彼はブランコを止めた。
「そ・・・その呼び方は・・・・は、はしたない気がしますっ・・・!」
「はしたない・・・。そ、そっかな・・・?」
「そもそも・・・貴方は何年生ですか・・・?私は四年生です・・・。」
「俺は三年生だよ。・・・ああ、じゃなくて・・・三年生です。」
「なら・・・・せめて、さん付けで呼んで下さいっ・・・。緊張・・・してしまいます・・・。」
少しずつ顔を上げると、まだ彼は不思議そうな顔をしていた。
けれどもすぐ笑顔になって。ニカッと笑って私のすぐ横に、姿勢良く立っていた。
「じゃあ・・・そっか。『名無さん』・・・ならいいですか?」
「・・・・はい。じゃあ・・・私は『花山くん』と呼びます。」
「今日から友達ですね!」
「・・・"お友達"です。まだ少し敬語がなっていないようですね・・・。
よろしくお願いします。私はたまにしかここに来られないですけど・・・。」
「別に良いですよ!俺家が近くなんでよくここに来ますから!」
「・・・・。・・・じゃあ、楽しみにしてますね。」
この時初めて出来たお友達。花山薫くん。彼のおかげで、誰かと遊ぶ事の楽しさに気がつけたの。
そのあととっくに12分以上おしゃべりしてたの気付いて私は慌てて家に帰った。
門限は大丈夫だったし、なんとか親にも心配されずに済んだ。あの公園が近くで本当に助かった。
それからも決まった曜日だけ公園に立ち寄ると花山くんがいた。
最初は彼との距離感が分からなくてもじもじしてしまったけど、彼が慣れない敬語を使って私に話してくれるのがなんだか嬉しくて。
学校で誰かと話すよりずっとずっと楽しく思えたの。
「・・・・えっ。花山くん・・・おうちここなんですかっ・・・!?」
「そうですよ?すっごいお屋敷でしょー!」
「私の家・・・・。・・・お隣りなんですけど・・・・。」
「・・・・・えぇえ~~!?あのおっきいお屋敷名無さんちだったの~ッ!?」
実はこれもあとから分かった事で。一緒に帰ろうってなった時に、ずっと帰り道一緒だから不思議に思っていた。
そうしたらまさかのお隣同士。しかもすごいお屋敷のお坊ちゃんだった事が判明したの。
家庭教師がいるとか、ご家族が多いと聞いていたからどんなおうちかなって思ってたけど・・・。本当にビックリした・・・。
だから嬉しくなって。花山くんとはもっと仲良くなれた。
学校でお上品に振る舞うより、塾で上辺だけの会話を交わすより。花山くんと居る時が一番素直になれた気がしたの。
「じゃーん!これ、俺がちぎったんですよッ!」
「・・・・?これは・・・なんですか・・・?」
「実は、これ元は空き缶なんですよ!」
「空き缶って・・・なんですか?」
「えっ!?ほら、あそこの・・・自販機で売ってるやつ!あれです!」
その時私は自動販売機すらもよく知らなくて。何かのオブジェだと勝手に思い込んでいたので、あれから飲み物を買えるのだと教えてもらった。
彼の知ってる世界は、私の知らない世界。一般常識をあまり知らなかった私に色々な知識や経験をたくさんくれたの。
「このジュース・・・美味しいですね・・・!」
「でしょ?俺もこれ好きなんですよ!」
「果汁が3%しか入ってないのにとても不思議ですね・・・・。」
「このシュワシュワするのが旨いなァ~!あっ・・・美味しいです!」
「・・・・ふふっ。花山くん、自分の感想くらい敬語でなくても大丈夫ですよ?」
「えへへ・・・・。でも、名無さんの前だから俺もしっかりしなきゃなーって思ってますから。」
そう言って照れくさそうに笑う横顔。たった数十分だけれど、そんな顔を見れるだけで私の何気ない一週間に色を付けていく。
成長していくにつれ、勉強や生活に疑問を持ち始めた私にとって。彼のもたらす行動に感化されて灰色の日常が少しだけ色めくようになる。
(あれ・・・・。花山くんとこの前飲んだジュースだ・・・。通学路の途中にも自動販売機あったんだ・・・・。)
そんな日々がとても楽しかった。多分、人生の中で一番楽しかったのはこの時なように思う。
______小学校高学年。この頃になってくると流石に公園で遊ばなくなってきた。
それに、お互い自分達の将来の事を真剣に考えるようになったので会う機会も少なくなる。
たまに塾帰りで出会った時に少し話す程度。なんだかこの頃から何故か彼は口数が少なくなっていたのを肌で感じていた。
「花山くんは、将来の夢とかあるの?」
「夢・・・というか・・・。自分は家を継ぐ身なので、それ以外は・・・・。」
「そう・・・。」
いつかたまたま会った夕暮れ時。公園のベンチで彼と話した事は、今でも私の胸深くに刻まれている。
「・・・・名無さんは、医者になるのが夢なんですよね。」
「・・・・・。私・・・というより親の願いよ。特に医療関係に興味があるわけでもないの・・・。
・・・・本当は私、何になりたいのかしら・・・。もしかすると・・・ずっとこのままなのかな、って・・・時々考えているの・・・・。」
「・・・・・・・。」
「・・・・花山くん。貴方は・・・・本当に家を継ぎたいと思ってる・・・・?それが・・・自分のやりたいことなの・・・?」
すると彼は、立ち上がって前を向いたまま。真剣な眼差しで呟いたの。
「・・・俺は俺のやりたいよう生きるだけです。・・・・自分の道は、自分でしか決めれませんから。」
「・・・・・・・。」
答えになっているような、なっていないような。言葉をどうにか紡ぐようにして彼はそう結論付けた。
今思えばこの言葉も嘘ではなく。半ば私に向けた言葉なのかも知れない。そう思えた。
_____中学校に上がって暫く。
もう花山くんとたまにしか会う事はないのかな、と思っていた矢先。
中学校2年。そんな事もないのだと知る。
「・・・・あれ・・・・花山くんっ・・・?」
「・・・・名無さん・・・・。」
なんと家が近いからか、中学校への通学路が途中まで一緒だった。
学校はあいかわらず違っているので道の途中まで。
けれど親に内緒で、数十分ない間だけでも私は花山くんと一緒に登校していた。
「別々の学校でも一緒に登校出来るなんて・・・。本当に偶然ですね。」
「・・・そうですね。」
「ふふっ・・・。公園でなくても出会うものなのですね。」
「・・・・これで退屈せずに済みそうです。」
「・・・!そう言ってもらえると、なんだか嬉しいです!」
ニコリと少しだけ笑う彼に、心が弾んだ。
実はこんな事"本当はしてはいけない"と分かっていたはずなのに・・・。
親の事だけじゃない。もしかしたら私は、"反社会的な行動"をしているのかも知れないという自覚があった。
_____中学校に入る時には既に。彼が暴力団の息子であると知っていたから。
いつか母に聞かされた事がある。
『お隣の家。・・・・大きな声じゃ言えないけれど、暴力団の家なのよ。
藤木組系列の花山組・・・・貴方もテレビで聞いたことあるでしょう?』
『そこの息子が貴方と同い年くらいの男の子なの。
話しかけられたら逃げなさい。そうしたら、私がすぐ警察に通報してあげるわ。』
・・・何も言い返せなかった。ただいつものように「はい。」と頷く事しか出来なかった。
頭の中は酷く混乱していたし、関係がバレたなら"私はこの家にいられなくなる"とすら思ったの。
世間から見てもおおごとだと思う。そして私の親は友人ですら選別して作らせないような親。
そんな親が花山くんとの友人関係なんかもってのほか。縁を切れと言われるに決まっていた。
_____けれど私はやめなかった。
やめたくなかった。花山くんとの関係を。
誰になんと言われてもいいから。"私は私で決めたお友達だから"。
暴力をされた事などない。勧誘された事も、恐喝された事もない。
ましてや親から言われるまで気付かない程に、彼は一般人の中に溶け込もうとしているのが私には分かった。
・・・彼には何も言っていない。私が気付いていても、この関係が続けばそれでいい。
「・・・・っ・・・・!!」
けれど運命はそうもいかなくて。学校が休みで塾へ向かう昼間の事。
シャツ一枚と簡素なズボンだけを身に付けて、家から出てくる花山くんが見えた。
シャツは前が開けられている。薄っすらとシャツ越しの肩に見えたそれは。
紛れもない刺青だった。
「___・・・!!・・・・名無さん・・・。」
「・・・・花山くんっ・・・それ・・・・。・・・というか・・・えっ・・・?
どこかへ・・・行くのですか・・・!?」
動揺して少し声が震えてしまった。私は驚きのあまり塾のカバンを地面に落としていた。
花山くんはこちらへ近付いてくる。
そしてそのまま。塾のカバンを手に取り、私に手渡してくれた。
「・・・・・俺は、今からコイツを完成させに行きます。」
「・・・・行くって・・・・どこに・・・。」
「富沢会・・・親父の
「・・・・!!」
その台詞も衝撃的だったが、彼が"コイツ"といったのは肩の刺青ではなく。
もっと背中一面に彫られていた刺青のことで。少しだけ後ろを向いて見せてくれた。
_______花山くんは、こんな時でもいつもとあまり変わりない態度で接してくれている。
バクバクとうるさい心臓の鼓動が。目の前の出来事が非日常的であると悟らせる。
「・・・無茶ですっ、そんな・・・。死んじゃいます・・・!」
「・・・・死にません。」
「だって、お父様の
首を横に振って、彼の薄いシャツを掴む。掴んだと同時に、いつの間にか逞しくなっていた彼の身体に余計涙が溢れてくる。
すると花山くんは少し目を細めて。私を宥めるように頭に大きな掌を置いた。
「・・・・必ず帰ります。・・・名無さんに、会いにきます。」
「・・・じゃあ!じゃあ・・・次会ったら・・・その、完成した刺青を見せてくださいっ!!
必ず・・・・生きて帰ってきて・・・っ・・・貴方の"生きた完成"を見せてくださいっ・・・!!」
「・・・・約束します・・・。完成した姿をお見せすると・・・・。」
そんな風に、何もない時みたいに笑わないで。どうしてこんな状況で、貴方は穏やかに笑えるの。
その帰って来れるという自信はどこから来るの。・・・なんて、聞けない質問ばかり頭によぎっていた。
非日常である彼の姿と、年下なのにあまりに大きく見えた彼の身体付き。
私はこの時。"漢の人"というのがどういうのか分かってしまった。
花山くんは、もうお友達ではない。"漢の人"なんだと。
______数週間後。
辺りも薄暗い、塾の帰り。ちょうど前なら公園で遊んでいた時ぐらいの時間。
「・・・・!!花山くんっ・・・!!」
「・・・名無さん。」
花山くんは、無事に帰ってきた。あいかわらずの穏やかな瞳で私を見つめる。
私はカバンの中が前後に揺らめくのも気にせず彼に駆け寄った。
「っ・・・よかった・・・・。本当に帰ってきたんですね・・・!お帰りなさいっ・・・!!」
「・・・この曜日だと、そろそろ帰ってくる時間だろうと思って待ってました。」
「良かったぁっ・・・!!ほんと、に・・・ぐすっ、良かったですぅ・・・!!」
花山くん側の敷地の少し先。彼と私しかいない場所で、私は初めて喜びの涙というのを流した気がする。
泣いてる私を見下ろして、また静かに目を細める。
「・・・約束の。今ご覧になられますか?」
「・・・・っ・・・・。」
そういえば完成した刺青を見せてくれる約束をしていた。
彼の静かで低い声が、今からする事への覚悟を問いかけているよう。
私は少しの間を空けて、小さく頷いた。
「・・・・っ・・・これが・・・・。なんと、言いましたか・・・・?」
「侠客立ちです。俺の家に伝わる彫り物で、代々家長の背に刻まれています。」
最初見た時、シャツの上からでしか見えなかった彫り物は巨大な人の形をしていたのだと初めて分かる。
そしてその顔は、当時なかったはずの刀傷で異様に切り刻まれて全体がズレていた。
「触れても・・・いいですか・・・・?」
「・・・ご自由に。」
自然と口走った自分の言葉に少し驚いたが、おそるおそる背中に触れる。
筋肉でゴツゴツとしている。というより刀傷のせいで無数の凹凸が出来ている。こちらを睨みつける鋭い侠客立ちは、世間との断絶の証。
そうまで理解していながらも、私の口からは笑みが溢れていた。
「______素敵です・・・。これが・・・貴方の選んだ人生なのですねっ・・・。
花山くんが選んだ・・・いえ、花山くんにしか選べない道・・・。花山くんの選んだ道を・・・私は尊重します。」
少しだけ額を侠客立ちに付けて擦り寄せる。なんだか彼の事が羨ましく感じたから。
自分の人生に誇りを持っている。そんな生き方誰でも出来る訳じゃないもの。
私のように親の敷いたレールの上をただ歩くだけではないから。・・・私は・・・きっと親の道具にすぎないのだから・・・・。
「・・・・名無さんに認めてもらえて・・・・光栄です。」
彼はそう言って振り向いた。その笑顔に私は首を横に振る。
私は偉くも何もない。ただ彼より一つ年が上というだけ。他には何もない。
私の人生は、彼のように胸を張れるものだろうか。このまま医者になったところで、親の言う通りそれが正しい生き方なのだろうか。
・・・・私のしたい事は・・・一体何なのだろうか・・・・。
_______そうして時が過ぎ。高校に進学すると、電車通学になって花山くんとは会わなくなってしまった。
会う暇さえ与えられない忙しい日々が続く。増える課題。減っていく時間。曜日の感覚さえなくなりそうな目まぐるしい毎日。
そんな状況で、更に私を追いつめる出来事が水面下で進んでいた。
「・・・・お見合い・・・っ・・・!?」
「そうよ。もうこの年ですもの。本当は中学の時から決めても良かったのだけれど、名無が我侭言うから・・・。」
違う。私の我侭ではない。至極全うな意見を親に言っていただけだ。
『もう少し自由時間をください・・・これでは世間を何も知らないのと一緒です!』
『何言ってるの!テストの点もまともに取れないのに自由時間!?
貴方ね、世間は厳しいのよ!!皆一生懸命勉強して知識教養を付けた上で社会に出るの!!』
『私にっ・・・もっと色んな世界を見せたいとは思わないのですか!?
私は他の職業の事も知りたいし、将来の為に他の選択肢も知っておきたいだけで____』
『名無っ!!貴方はお医者様になる以外の選択肢なんてないのよっ!!
私達両親への親孝行をしたいとは思わないのですか、この親不孝者!!』
中学生の時、花山くんとの一件もあって将来への在り方を真剣に考えていた。
ただでさえ両親への不信感があったので、成長にするにつれ私は反発する事が多くなった。
・・・なのに今度はお見合い。私の人生とは何?私は人を好きになる権利すらないとでも言うの・・・?
「・・・どうして・・・・。」
「皆さん学歴も職業も申し分ない方達ばかりよ。きっと貴方も気に入るはず。」
「・・・嫌です・・・。私は、どなたにも会いません。」
「名無。私達もお見合いで出会ったんだ。けれど一度も喧嘩した事がない程仲が良い。そんなに決めつけるものじゃないぞ。」
「嘘ですっ!!お父様もお母様と仲良く繕っているだけよ!!私は知っています!!
二人共都合が悪いと黙り込んで一言も口を聞かなくなる・・・ただ喧嘩する行程を飛ばしてなかった事にしているだけだわ!!」
「名無っ!!お前の為に言っているんだぞ!?」
「何が私の為なのですっ!?私の意見を・・・まともに聞いてくれもしない癖にっ・・・!!」
どうやら私があまりに言う事を聞かなくなってきたので、将来医者になる可能性が薄いと判断してのこれ。
それならいっそ、医学のお勉強だけさせてくれればいいのに他にもやるべき課題が多すぎるからついていけない。
これだけ説明しても両親は"教養だ"と言って聞く耳を持たなかった。私はもう限界だった。
・・・・そんな厳しい高校生活の中で。一度だけ、また彼と会う事が出来た。
学校の帰り。あまり家に帰りたくなくて出来るだけゆっくりと歩いて時間稼ぎをしていた。
「・・・!」
道路を挟んだ視線の先。私の家に着いたのと同時に、彼もまた家に帰ってくるのが見えた。
高校生の制服。一度も見た事がなかった。とても大きくて、顔つきも変わっていて、そして・・・・
「・・・・・_____」
また私に話しかけてくれそうだった。
本当は駆け寄って。今すぐ色んな事を話して。彼に全てを話してしまいたい。
けれどそんな事叶わなくて。だから少しだけ笑おうとしたけれど、不意に涙で視界が曇る。
泣き顔なんて見られなくなかったから、急いで家に入ってしまった。
その日は家庭教師が来る日だった。なので一度も外の様子を見れずに一日が終わってしまう。
____花山くん。貴方は今、どうしていますか?高校生活は楽しいですか?
こんな・・・・泣き腫らした目をしていては貴方に会えませんね・・・。
自室でようやく寝る前に、そんな事を思ったの。
______時は進み、
私は結局。運命に抗えなかった。
親と問答をする事に疲れた私は、為すがままに時を過ごす。
お医者様になる夢は私が医科大学に落ちた事で潰えた。
両親からは散々罵られたし、貶されもした。けれどそれも良いお医者様のところへ嫁げば許してくれるそうだ。
ここまで来てもまだ諦めていないらしい。このままだと自分の子供や孫にも同じ事を言うのだろうか、あの人達は・・・。
何度か本気で自殺してしまおうと思ったのだけれど、そんな勇気もなかった。
結婚式を行う数日前。私は自分の思いを紙にしたためていた。
『拝啓 梅雨入りして長雨の季節が続きますね。いかがお過ごしでしょうか。
改まって手紙を書くのもなんだか気恥ずかしいですね。花山くんはお元気ですか?
突然ですが、私はとある家に嫁ぐ事になりました。お相手はとある有名なお医者様です。
私は お医者様になる事が出来ませんでした。両親には親不孝者だと言われてしまい、返す言葉もありません。
夢を叶えられなかった代償を、これからの人生で償っていく。それが私の生きる 道になりそうです。
私は、貴方と話していた時が一番楽しかったです。そして、花山くんに出会えた事を心から嬉しく思います。
私はきっと。貴方の事が好きだったように思います。
いつか貴方が見せてくれた侠客立ちに私は心を奪われました。貴方の人生のように、私も自分の道を全う出来たらどれほど良かったでしょうか。
貴方の誇り高い生き方に幸あらん事を、心より願っております。私のように____』
気がつくと、最後の一文が濡れていた。
私は自分が泣いているのに気付いて紙をよけた。
だから最後をどのように書こうとしていたのか忘れてしまい、ちょうど滲んでしまったのでそのまま敬具と書いて強引に締めくくる。
この手紙を出す事などない。これは私の懺悔。
届きもしない手紙を書いて、その中にだけ思いの丈をぶつけてみる。ただそれがしたかっただけ。
だからひとしきり泣いた後。くしゃくしゃにして窓の外から放り投げてやった。
『_____・・・として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?』
「はい、誓います。」
そんな長いようで短いような思い出がよぎったところで、私の意識は戻ってきた。
そうだ。私は結婚式の最中だったんだ。もう思い返しても仕方のない事。
もうどうにもならない場所まで来てしまったんだと。嫌に胸が熱くなった。
「新婦・・・____」
牧師様が私への誓いを語りだそうとした時。
傍らに黒いスーツの男性が入り込んできて、何かを話している。
会場が少しどよめく。一体どうしたというの・・・?
『ご来場の皆様にご連絡致します。新婦の名無様のブライダルメイクに不備がございました為、今暫くお待ち下さい。』
「・・・・え・・・?」
会場にスタッフさんの声が響いた。鳴っていた音楽も止まってしまい、更に会場がどよめく。
さっきの方はどうやらスタッフさんだったみたいで、私も黒いスーツの方に案内されて控室へ戻る。
「・・・一体どういう事ですか・・・?」
「・・・・名無さん。今日の結婚式は中止とさせて頂きます。」
「えっ・・・!?」
中止・・・?それって一体どういう事なの・・・!?
何がなんだか分からない。そうする間に先程メイクをした部屋まで案内されてしまった。
「詳細はお部屋に戻ってください。そうすれば全て
黒いスーツの人がドアノブを捻る。そうして中に入ると、白いスーツを身に纏った男性が立っていた。
「____っ・・・!?花山・・・・くん・・・!?」
見間違うはずがない。目の前にいるのは、体格こそ大きくなっていたが間違いなく花山くんだった。
その瞬間、後ろで扉が閉まった事に気付いてはいたが。目線をそらせないでいる私には関係のない事だった。
帽子を外し。彼が私の前で深々と頭を下げた。
「・・・・・・名無さん。お久しぶりです。
こうして貴方に会いに来た自分の無礼を、どうかお許し下さい・・・。」
「会いに来たって・・・。・・・さっきのメイクの件はもしかして貴方が・・・?」
「そうです。俺が仕向けました。
・・・・貴方の手紙を、拝見させて頂いたからです。」
「・・・・・っ!?」
嘘。手紙って、まさか数日前に私が外へ投げたもの・・・?
どうして。届くはずなんてなかったのに・・・・。
ゆっくり頭を上げた花山くんが語り始めた。
「・・・・・昨日。
俺はもう事務所に行っちまって、家とは距離があるんで気付くのが少し遅れちまいましたが・・・。」
「あっ・・・あの手紙は・・・。私がくしゃくしゃにして外へ放り投げたはずです!
どうして貴方の元に・・・・。」
「・・・・俺にも分かりません。ただ数日前、風が強かったらしいんでたまたま庭先に転がってきたんじゃねェかと言ってました。
・・・名無さん。手紙を読ませて頂いて、俺はここへ貴方を迎えに行かなきゃならねェと思いました。
・・・・俺と一緒に、ついてきてくれますか。」
そう言って視線をずらすと窓が開いている。今はジューンブライドの季節だというのに、たまたま晴れていて庭先に光が差し込んでいる。
「・・・ついていくって・・・・それはっ・・・。」
「・・・・俺は"惚れた女を泣かせるような漢"じゃありません。俺は、きっと貴方以上に名無さんに惚れてます。」
「っ・・・!!」
これは、夢なのだろうか。幻ではなく、本当の事なのだろうか。
溢れ出る涙を拭っても拭っても消えない。真っ直ぐ、私を見つめる彼が消えないでいてくれる。
私に色を。世界を教えてくれた彼が、私を想ってくれていた。
そんな奇跡に・・・手を伸ばしてもいいのですか・・・?
「・・・・私の人生に・・・喜びをくれた貴方が・・・・。
これ以上の・・・・幸せをくれるというのですか・・・・?」
「・・・・ええ。」
「・・・・信じていいですか・・・?私は・・・・花山くんの事が、好きですっ・・・!!」
走り出して、ようやく胸に飛び込む事が出来た。受け止めてくれた腕の温もりがこんなにも愛おしい。
その拍子に頭に乗せていたベールが落ちる。だからこそ、彼の掌をまた感じる事が出来た。
「____大将ッ!!そろそろ周りの奴が気付き始めました!!」
「・・・・名無さん。掴まっててください。」
「ひゃっ!?」
声を共に視点ががらりと変わる。どうやら私は彼に抱きかかえられているようで、彼の顔を見上げた。
その真剣な顔に、また今までとは違う苦難が待っているのだろうと私に予感させた。
社会からの冷たい目。一歩間違えば私も刑務所で過ごす事もあるかも知れない。
きっとそれは、どれだけ苦しく、辛いのだろうかと。
「走ります。行きますよ。」
「・・・・ええ。どこまでも、連れて行ってください。
私達のこれからの人生に。後悔のないよう・・・共に行きましょう。」
「・・・当たり前です、名無さん。」
それも乗り越えられると信じている。だから彼に振り落とされないよう、必死で太い首筋にしがみついた。
窓を飛び越えて走り出す。雨上がりの水溜まりも気にせずに、そのまま一気に景色を置き去りにして。
「・・・・あ。」
少し、彼の笑顔の奥を見ると。
晴れ間から鮮やかな虹が掛かっていた。
fin