短編置き場
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________俺が大将の変化に気付いたのは、とある朝の日だった。
『失礼しやすッ。おはようござ・・・・・って、あれ?大将は?』
『・・・・?何だ、田中も見てないのか?』
『あー・・・野暮用があったんで一声おかけしようかと思ったんですがー・・・。』
くるりと事務所を見渡すと、いつも居なきゃならねェはずのでかい席は空いている。
大将は俺達組員に黙ってどこかへ行かれるのは日常茶飯事。かつての世話係だった俺にも、情けねえが把握出来ない日は多い。
『・・・・・ここんとこ、大将が部屋におられない日が続くな・・・・。』
最近、大将の姿がこの事務所中心におられない日が目立つようになった。
いつからかは知らねえ。けれども由々しき事態だろう。
花山薫居てこその花山組。そんな超基本的で、子供じゃあるめェし言うまでもねえ事。大将が一番分かっておられるはずだが・・・。
どうにもここ数週間は多すぎやしませんか?・・・大将・・・・?
『いつもの放浪癖だと思うッスけど~・・・。また自室にでも居たりすんのかなァ?』
『・・・・自室に?またってのはなんだ?』
『この前は部屋にいたんスよ。それだけッス。
・・・・まあ今日はいっかァ。大した用でもねェからまた今後にしよ。』
『・・・・・。』
あの大将が自室に?事務所じゃなく、何故自室におられるんだ?
自室なんて寝る時か休む時以外はそうそう寄り付かないはず。
疑問に思いながらも半信半疑で自室へと向かった。
誰もいなくなった事務所。妙な胸騒ぎが俺の身体を駆け巡った。
コンコン
「_____・・・失礼しやす。」
ガチャリ
「・・・・・・・!」
大将の自室に入る時。中から返事がなかったが、鍵が開いていたのでそのまま部屋へ入る。
するとスーツを着用したまま何をするでもなく机に向かう大将がいた。
机の上や周りには飲み終わった酒瓶がいつくか転がっている。かなり散らかっていて、どこからしくねェ光景だと思った。
「大将・・・・?」
「!」
俺の声掛けに、大将は一瞬目を丸くして素早くこちらを向いた。気付いていなかったらしい。
俺だと分かった瞬間。どこかいつも通りのような冷めた目が俺を映す。
「・・・・何故こんなところにおられるんですか?」
「・・・・・・。」
「・・・・事務所へお戻り下さい。最近、大将はおられない事が多い。・・・・・何かあったのですか・・・?」
「_______・・・・いや。」
眼鏡が反射して表情が見えなくなる。大きな身体を動かして、どこか重そうな足取りでその場から離れて部屋へと戻られた。
散らかった自室をしょうがなく片付けながら考える。
どこか掴めないお人だとは思っていたが、その気配が更に色濃く出始めていた。
俺に言われたのをキッカケにか、それから大将は事務所に戻った。あいかわらず無口で、何も喋らねェし何も語らないが。
けれど変わったと言える事が一つだけあった。
『____・・・で、大将。どう思われますか?』
『・・・・・・・・・______』
『・・・・大将?』
『______・・・・・。』
どこかをぼんやりと見上げて、俺達の話が耳に入っていない。
「どうした?」とでも言いたげなその表情。喋らないのはいつもの事としても、物事に集中しておられない様子が続いた。
大事な会議の場であれ。日常会話であれ。組長たるもの堂々として"花山薫らしくない"振る舞いだと思えた。
・・・・大将は、俺の予想をいつも上回る御方だった。誇り高い精神。不変で強固たる肉体。大胆すぎる力とそのパフォーマンス。
俺達花山組の憧れであり、神格化された存在であり、頂点そのもの。実力を具現化したような人だから皆着いてきている。
だがこの頃の大将だけはどうにも、俺にだって怪しいと思える程何かが違って見える。
学生の時とも違う。何か隠している?何か俺達に言えない事があるのか?
・・・・・・ッいいや違う。そんな子供みてェな駄々こねるように装うのは精々それっきり。
大将の"僅かだけれど確実な異変"は、その前後から始まっちまったと思うんだ。
「____さて、と。今日は大将と俺は出かける。毎月の事だが、少しの間お前ら頼んだぞ。」
「うっす!!いってらっしゃっせェーッ!!」
今日は俺と大将。それと昔っからの奴等だけで行く用事の日だ。
この日は誰よりも先にまず大将が支度をなさる。荷物はそんなにないが、出かける時間になると他の奴の準備すらし始める。
何をそんなに落ち着かねえのかというと・・・先代の姐さんの月命日だからだ。
要するに大将のお母上の月命日にあたる。ここに昔からいる奴は、姐さんにお世話になってねえ奴はいねェ。
先代の命日も重んじているが、月命日まで行くのはそれだけ大将が母親想いだった事にある。
あんまり長く語ると・・・しんみりした話になっちまうがな・・・。
「今日はちょっと道が混んでますね・・・。それでもいつもコースで行きますね?」
「・・・・・。」
後部座席の大将は無言でコクリと頷いた。いつも行く道だけはどうも譲れねえらしく、どんなに混んでてもよそのルートへは行かない。
姐さんの好きだった花がとある花屋にしか売っていないというのが根拠だ。
通い慣れた店なので店長とは顔馴染み。大将は花が売り切れにでもならない限りその店以外は行かない御方だ。
「・・・・ここで待て。」
そして必ず、店に着いた後は大将一人で花を買われる。多分直接花を見たいとかそんな理由だとは思うが。
ここんとこ大将の様子がおかしいと睨んでいたんで、なんとなくだが遠目に大将の様子を確認する。
いつものように薔薇を買ってこちらへ戻ってこられる。・・・・やはり変化はないようだが・・・。
「_____・・・・!」
・・・・と思っていたが、今のは俺の見間違い・・・なのか?
あの大将が"一瞬笑っておられた"・・・・ように見えたが・・・?気のせいなのか・・・?
バタンッ
「・・・・・・。」
後部座席に戻られても変化はない。いつもの無表情に戻られている。
当たり前といえば当たり前だが・・・・やはり俺の見間違いか・・・?
俺が大将を心配しすぎるあまり幻覚でも見ちまったんだろうか・・・。あの大将が一瞬でも笑うだなんて。そうそう・・・いや、滅多にない。
目を軽くこすって車を出す。今のはあまり気にしねえようにしよう・・・。とりあえず"今は"だが・・・。
そこから暫く車を走らせても大将の表情は何一つ変わりなかった。
墓の前で手を合わせ、いつものように薔薇の花束の半分は大将が握って香水にする。
それを墓に供える水に混ぜる。これも通例だ。何も変わりはない。
「・・・・・・・。」
俺が気にしすぎ、なんだろうな。姐さんが幻でも見せてんのか・・・なんてな。
それから暫く。大将は部屋におられる時はどこか上の空。部屋におられない日は自室か外出か。
奇妙な時が流れた。外出の際は何故か田中が行方を知っていて街にふらりと出ている。
部屋にいる時はいつも以上に酒を飲んでいる日が多い。俺の勘だが外出先でも飲んでいるんだろうか。
・・・・"俺達のいる部屋で飲みたくない理由"でもあるのか?
いつもの大将ならどこでも構わず飲んでいたはずだが。これも僅かだが確実な異変の一つだった。
「・・・・・____?」
ある日大将が留守の時。大将の部屋の酒瓶を片付けていると変な物を見かけた。
何かの紅い破片。大将が握ったのか、とんでもない硬さになっていて元がなんだか分からない。
やけに硬いのはさておきとして・・・ここいらじゃ見慣れないものだ。
「・・・・・。」
なにかの香りが微かに残っている。薬じゃねえ。自然の香りに近い。
どこかで嗅いだ事のある落ち着く香りだ。まるで大将の好みそうな・・・。
_____ふと、俺の頭によぎった物。
「・・・・薔薇の・・・花びら・・・・?」
大将がいつも月命日で買う薔薇だ。嗅覚ってのは記憶と結びつきやすいとどこかで聞いた。
一体いつどこで?あの時の花だとしたらこっそり持ち帰っていたのだろうか?
何の為に?何を思って大将はこんなに飲んでいたんだ?
謎が深まるばかりだったが・・・やはりあの時一瞬見た"笑み"は間違いじゃねェのかも・・・・・。
大将の行動を解き明かすのに必要なパーツは確実に集まっていた。
それからは大将の行動を見つつも、原因は月命日にあると踏んでその日まで待った。
それ以外の日は探ろうとしても有力な手がかりがない。まだ直接尋ねるのも証拠が足りなさすぎる。
・・・今はあまり刺激したくはなかった。繊細な大将の事だ。注意してどうにかなる御方じゃない。
だからこそ時間をかけてでも探る。組の為。大将の為にも、気持ちを汲み取った上で行動しねェと何が若頭だって話だ。
「_______・・・・。」
月命日の日。車の運転にも少しばかり力が入る。信号待ちをして盗み見る大将は何も変わりがない。
もうすぐ花屋に着く。それだけで先月見たはずのあの笑顔がよぎった。
バタンッ
「・・・・・。」
車を出る際、一声あるかないかはたいして問題じゃない。この程度は恐らく大将の気まぐれだからだ。
どうせ待てと言われようが言われまいが俺はこの車を動かない。それぐらいは大将だって分かっておられるはずだからな。
「・・・・・・・っ・・・!?」
何でだ。普通に花を買って戻ってきた大将。
別にそこは良いんだが、今回は笑ってなどいなかった。
表情も変わらねえ。・・・・じゃあ俺が先月見たあの顔はなんだってんだ?やはり幻だったとでも言いてェのか?
内心困惑する俺の心は誰も知らない。そのまま月命日を無事に終え、今月は何事もなく過ぎてしまった。
_____分からねェ。一体何が基準なんだ。
月命日に何かあると思ったが読みが外れたのか?それともたまたま今月は大将がアクションを起こさない理由があったのか?
考えれば考える程頭が痛くなる。だからといって大将の謎のぼんやりと外出頻度は変わらない。
このままじゃいけねェとは思ってる。駄目だ、焦るな俺ッ。
また次のヒントを見つけるしかなさそうだ。そう思った俺は大将の部屋へと自然に足が向いていた。
コンコンッ
「_____失礼いたしや・・・・す、って。
なんだ・・・・おられないのか・・・。」
大将はあまり部屋に鍵をかけるという事をなさらない。というより、部屋の片付けを他の奴に任せてるからか鍵はかけない主義だ。
また机の上には大量の酒瓶が転がっている。割ったあともあるし、片付けるのは仕方がない。
この前の紅い破片みてェな物があるかも知れねェし。なので早いとこ部屋の片付けを始める。
「・・・・・・・・。」
カチャカチャと瓶をあらかた袋に入れ終えて、すっかり元の綺麗な机に戻った。
スッキリはしたが何か違和感がある。
その違和感っつーのが何か分からなかったが、先月の事を思い出してふと気が付いた。
「・・・・・破片が・・・・ない・・・・?」
机周辺のガラス片をくまなく掃除したが今回はあの紅い破片がなかった。
あれが月命日の薔薇だとするなら、今回は花弁を持ち帰らなかった訳があるのでは。
「・・・・・・・・。」
何か腑に落ちない。これも大将の気まぐれなのか?
もし条件があるんだとしたら重要だ。大将の僅かな発言や行動の違いにも、もしかすると意味があるのかも知れねェ。
とにかく今は組の一大事だと俺は思っている。
誰も気付かねえ。誰も言わねえ。ただ俺だけが気付いてしまった異変だとするなら。
_____なんとしてでも。この身に代えても、突き止めねえと。
「・・・・・・・・。」
よく考えれば、大将は外を見つめることも多くなった気がする。
今もこうして雨の景色を眺めておられる。思うところがあるのか、ぼーっとしたいだけなのか・・・。
「_______________雨、止みませんね。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・最近外を眺めておられるようですが、何かあるのですか?」
「・・・・・・・・。」
そう言うと視線を外してしまう。証拠不十分な今、問いただしても答えは返ってこないだろう。
やはりまた次の月命日まで待つしか出来ねえようだ。今の俺にはそれしかねえ。何も語らない、静かな雨音だけが響いていた。
ザァーーー・・・・・
その月命日は雨の日だった。天気が悪くかろうが行くのは何も変わりない。
花屋も営業している。こう天気が暗いと正直気が重いが、そうも言っていられないからな。
ここからだ。また今月も大将の動向を観察する。
今月は何か動きがあるだろうか。それともまた不発に終わるのか。
考えても仕方のない焦る気持ちばかりだった。
「_______________ここで待て。」
花屋に着いて一言。ようやく言葉を発した。
・・・・そういえば先月はそんな事を言わなかった気がする。だが前は言ったような覚えがあった。
"たいして問題じゃない"と片付けていたが、後にこの一言があるかないかが重要な点だと気付かされる。
「______ッッ!!」
俺は確かに見逃さなかった。
あの大将が。寡黙で滅多に表情を出さない"花山薫"が。
振り向きざまの一瞬だけ、笑みを見せた。
・・・・・何に対してだ?一体何の笑みだって言うんだ?
あんなに穏やかに微笑む理由が何かあるっていうのか・・・・・あの大将だぞ?
俺が動揺しているのを、大将含む他の連中も気付いてはいないようだ。
そこから先は毎月のように何事もなく過ぎていった。
ただその数日後に部屋を片付けに行った時。
また部屋に紅い破片が転がっていた。
_____いや。もうここまで来たらこいつは薔薇の花弁に違いねェ。それ以外有り得ねえんだ。
大将の異変はどうやらこの花や月命日と深い関わりがあるように思えてならねェ。
大将の微笑みとも何か関係があるはずだ。
俺は大将のいない、誰もいない事務所で一人腕組みをして必死に記憶を引っ張り出した。
『_______________ここで待て。』
『・・・・・・最近外を眺めておられるようですが、何かあるのですか?』
『・・・・・・・・。』
・・・そもそも大将は、言わねえでも動かねえ俺等に何故「待て」とわざわざ言うんだ?
毎月じゃねえが、あの微笑みがある時とない時で言ったり言わなかったりだが。
「・・・・・・・まさか・・・。」
俺達が"来たらまずい理由"でもあるのか?
花屋に来られちゃまずいとでも言いてェのか。それとも、大将が自分で花を選びたいからじゃねえのか?
「・・・・・待てよ。そもそも、大将は自分で花なんか選んでるのか・・・・!?」
店員と会話する素振りも最低限しかなかったはずだが。というか、花を選んでいるような指示もなかったはず。
それは前から変わらねえ。いつも花屋の店員に任せて花束を作らせているはずだ。
この前だって______
「・・・・・・・・・っ!!」
一つ。俺の記憶によぎった"違い"。
俺は今、とんでもねェ事に気が付いちまったのかも知れねェ。
そう思ったら確認したい衝動に駆られて車を花屋まで走らせていた。
「・・・名無ちゃん、休憩行ってきていいよ~!」
「・・・・はーい!じゃあ少しお願いします!」
車を花屋の近くに止めて。わざと花屋の前をゆっくり通り過ぎた時に聞こえた会話がそれだ。
ちょうど、今休憩に入った女。間違いねえ。
いつからかは分からねえが、先月大将の接客をした女だった。
・・・・俺の記憶では昔。大将は店長とのやり取りしか見た覚えがねえ。
それがいつの間にやら。この女と接客するようになった。
俺の予感がもし的中してるなら。
大将は、多分・・・・・・。
「・・・・・・・・・。」
証拠らしい証拠がある訳でもねえ。憶測でしかない。
俺の
だがもうこれ以上時間をかけても可能性がここしかなかった。俺は重い足取りで組に戻ることにした。
「失礼・・・・しやす。」
事務所に戻るとちょうど大将がいらっしゃった。
何をするでもなく呆然と座っている。
俺に気付いたが特に何も変わらず。だがどこか、纏う空気ってやつが重い気がしてならなかった。
「_______________大将・・・・。お尋ねしたい事があります。宜しいですか。」
「・・・・・なんだ。」
今は俺と大将の二人だけで、都合が良かった。
また大将がふらりとどこかへ行っちまわねェ内に答えを聞いておきたかった。
コトン…
「・・・・・・これが何だか、大将はお分かりですか。」
「・・・・・・!」
俺が大将の机に差し出したのはあの紅い破片。
捨てられたと思っていたのか、見ると分かりやすく一瞬目を見開いた。
「俺の予想ですが・・・・・これは月命日に持っていかれる薔薇の花・・・。
で、お間違いないですか・・・・・?」
聞いてもこの方はうんともすんとも言わねえ。だが、それで良い。
「部屋を片付けてる時、何度か見つけました。これは今月の物です。
・・・・・・大将は・・・・ここ最近ぼんやりとされる事が多い。
どこか上の空な原因を、勝手ながら俺一人で探らせていただきました。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・その原因ですが・・・。
・・・・新しく入った、花屋の女が理由なんじゃないですか・・・・!?」
俺も緊張しているのか唾を飲み込んでから言葉を発した。
自分では無意識だったが、手に汗握って大将に問い詰めるなんて。よく考えたら動揺しない訳ない。
「・・・・・・・・・。」
長い、長い沈黙が続いた。
違うなら違うで何か動作をするはず。
ただ部屋には雨の音だけが響く。俺は一時も大将から目を離さなかった。
「・・・・・・。」
「____________!」
ふと、大将は苦笑いを浮かべて軽くため息をついた。
そして一言。小さく呟いたんだ。
「_________________・・・・・・苗字名無。
俺の惚れた、女の名だ・・・・・。」
「大・・・・将・・・・・。」
そうして机の上の破片を手に取る。破片を見つめながら、大将はゆっくりと語り始めた。
「・・・・良い
おふくろには悪ィと思ったが・・・あいつがよこすもんだからか、いつの間にか持って帰っちまった・・・・・。
・・・・・・・・お前ェが何言いてェのか、嫌でも
「・・・・・本当に、そうだとは思いませんでした・・・・。
自分も確信があった訳ではありません・・・・。ですが"そういう事"で・・・・よろしいんですね・・・・・。」
「・・・・・・・。」
大将は思い詰めるように目を伏せた。その行動と、先程の言葉からどれだけ本気かが分かっちまった。
嫌な予感は当たってしまった。
_______大将は、カタギに惚れちまったんだ。
カタギは俺達とは対極の存在にある。んなもん"俺と先代"がどれだけ大将に教え込んだか分かりゃしねェ。
だからこそ、今の大将の心境はとてもお辛いはずだ。
そうでなきゃ姐さんにやるはずの花が・・・・こんな変形してる訳ねェんだ。
「・・・・・・それでも、あの花屋に行かれるのですか・・・?」
「・・・・・・おふくろの為だ・・・・。」
「・・・・良いんですね、それで・・・・・。
・・・・・ずっとあの女があそこにいる保証はない。見守るしか出来ない。
これから先ッ、ほんの一瞬しか会えなくてもッ!!」
「十分だ。・・・・
そう言って笑う大将の顔は、とても穏やかだった。
まるで花屋の時に見えた笑顔のように・・・らしくない顔で。
けれどどこか満足している表情に、俺は何も言い返せなかった。
長い、長い、梅雨。
外で降りしきる雨の音が、やけに部屋中に響く気がした。
俺だけじゃねえ。同じ部屋にいる・・・・大将の方がきっと。この雨音は響いてるのかも知れねェんだ・・・・。
______雨はまだ止まない。7月に入ってもまだ外では雨が降り続いている。
目を閉じると、微かに薔薇の花が香っていた。
fin