短編置き場
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
人生、長い間生きとると不思議な事もあるもんじゃ・・・。
奇妙な巡り合わせっつうやつかのう?儂もまだまだ残りの人生楽しめそうじゃわい。
・・・・というのもな。こんな話するのは、数十年くらい前。
面白い出会いが逢ったからなんじゃよ。ちと、聞いてはくれんか?
「___ほいやっ!!」
「ぐああ!」
「・・・・とまあ、こんな感じで。これが合気道・・・相手の力に己の力を加えて返す技じゃ。」
「す、凄い・・・達人・渋川先生の技が生で見れるなんて・・・!」
なぁに。こんなの技の内にも入らんお遊びじゃよ・・・と言おうと思ったが、あまりに皆の衆が関心するので訂正はしないでおくか。
武だけを追い求め、武の高みを目指し日々鍛錬する中で、その技を披露出来る場は極々限られとる。
演芸まがいの技しか見せる場がないのはいささか寂しい。
儂は正直退屈しとるんじゃ。この現状に・・・・。何も変わり映えのしない、平和な景色に・・・・。
道場に来る者にこうして技を教えるのもいいが、儂に見合う相手がいないのはどうも歯痒い。
「・・・・・・。」
ふと視界の端に入った外の景色。もう桃の花が咲いたんじゃったな。もうすっかり春の準備を始めとる。
だからこうして儂の道場にも新たな入門者が見学に来てるっちゅう訳。温かくなるとますます退屈になりそうだわい。
・・・・そんな事を思っとる矢先。退屈させない些細な訪問者があるとは、この時気付かなかったんじゃ。
「・・・・・・はあ。今日は天気が良いのう。お茶が美味しいわい・・・・。」
うららかな春の陽気に包まれて、ある日の儂は縁側でのんびり茶を嗜んどった。
年寄りらしい事に最近目が向いてきたもんで・・・。武を極めるうちのほんの息抜きじゃ。こんな時もたまには必要でな。
呆然と見渡す空に鳥が飛んどる。
気持ち良さそうに飛んどるが、ああ見えても獲物を探す真っ最中なんじゃろうよ。
儂も似たようなもの。合気道は素人目には簡単なようで一朝一夕では成り立たん。
武の道も浅はかになったものか・・・・。
_____ガサッ
「・・・・?」
はて。今庭の近くで何か物音がしたような。
庭に動物でも迷いこんだか・・・?ここいら都心にも最近サルが出るとか聞いたが・・・・。
・・・いや。サルならもっと動くじゃろう。気配があまり感じないが・・・まさか・・・?
「・・・・そこにおるもん。出てきなされ。かくれんぼならとっくにバレとるぞ。」
ガササッ!!
「____・・・・!」
「すっごいっ!!わたしの事お見通しなんだー!!」
目を輝かせて出てきたのは動物でもない。何か人間らしい気配だとはちと思っとったが。
ま、まさか小さな
てっきりよその道場からの偵察かと思ったわい。そんなもん一度も来た事ないが・・・。
「・・・・お嬢ちゃん。かくれんぼの途中かな?」
「えっとね!わたし、魔法使いさんに会いに来たの!!」
「魔法使い・・・?」
服に着いた草木をパッパッと払ってこっちへ来た。どうも見た目からして5~6歳か・・・。
「知ってるよ!おじいちゃん魔法使いさんなんでしょ!?
人をくるくる~って飛ばしたり、魔法で悪い人をやっつけちゃったりするの!!わたし知ってるんだからね!!」
「・・・・!!お前さん、どこでそれを・・・?」
「う~んと・・・この前あっちの方で見たの!おさんぽ中に見えたから!」
少女の指差す方向には儂の道場。この前というのは恐らく入門指導の演技の時じゃな?
滅多にやらんから何故知っとるかと思うたがそのタイミングしかない。
あの時下の隙間か換気窓辺りから覗いておったらしい。
・・・見られておるのは良いが、魔法使いなんて言葉いつぶりに聞いたかのう?
「・・・・か~っかっかっか!!魔法使いさんか!!かっかっか・・・!!」
「・・・・も~お、何がおかしいの?」
「いや~、すまんすまん。こんなに大笑いするのも久しぶりじゃわい・・・。
お嬢ちゃん、お名前は?」
「わたし、名無!苗字名無って言うの!ねえねえ、魔法使いさんはどこで魔法の修行したの~!?」
「しゅ、修行?そうじゃな・・・。えっと・・・。」
あまりに可笑しな少女の登場で、その日の儂の時間を取られてしまった。
相手をしていたら茶を飲みかけだったのを忘れていたんで冷めてしまったわい。
やれやれ・・・まさかこの歳になって女子供の相手をする事になろうとは。自分の孫でもあるまいしのう。
儂の事を魔法使いだと呼ぶあのお嬢ちゃん・・・名無ちゃんじゃったか。
それから儂の縁側にたびたび遊びに来るようになった。
「わたしね、公園の近くの幼稚園に4月から通うんだー!すっごく楽しみー!」
「ほう、そうか・・・。」
「ちょっと前にお引越ししてきてね。ともだちと離れちゃったけど・・・新しいおともだちも楽しみだからいーの。
それに魔法使いさんに会えたから!!わたしここにお引越しして良かった!!」
話を聞く内に、親が仕事の都合上よく引っ越す事・絵本が好きな事・花が好きな事が分かった。
儂も幼い頃は武に向かって進んどったのは間違いないが、色々迷ったりもしたのう・・・。懐かしいわい・・・。
「_____・・・・そうか・・・・。大変じゃったのう・・・・。
・・・・名無ちゃん、お菓子食べるかい?お口に合うかどうか分からんが・・・。」
「いいの!?ありがとう魔法使いさん!!」
この真っ直ぐな気持ちに押されてか。なんだか儂もお嬢ちゃんに少しずつ情が沸いてきた。
魔法じゃなく合気道だと教えてやろうかとも思ったが、こんな小さい子に話してもきっと何も分かるまい。
だから儂はいっそ、この子の魔法使いでええかと思った。幼稚園に通えばいずれ儂の所にも来なくなる。それまでの間だと思った。
「魔法使いさーん!きょうはお花の絵をかいたの!見て見てー!!」
・・・・だが幼稚園に通ってからも変わらず儂のところに来た。親があまり家にいないとかで、家にいてもつまらんらしい。
話は大抵何をしたじゃとか、誰と仲良くなったかケンカしたか。ようある他愛のない話ばかり。
「_____・・・名無ちゃんは、儂の所に来て楽しいかい?」
「・・・・なんで?いつも楽しいよ!!」
「・・・・そうかぁ。・・・・それなら、ええんじゃ。」
儂は名無ちゃんといると退屈しなくなった。こんな好奇心旺盛な子、野放しにしとくのもちと危ない気がしたしのう。
どこか保護者代わりみたいな気持ちもあったのかも知れん。
おかげで名無ちゃんとおるのが息抜きになっとる。
毎日来る訳ではないが、いつの間にか会うのが楽しみになっとるから分からんもんじゃわい・・・。
「それでねー、魔法使いさん・・・____」
「・・・あ、先生。ここにおられましたか。
・・・・・っと、おや。お孫さんですか・・・?」
一応道場の若いもんにも説明はしとる。
たまに儂に用がある時縁側に来るんじゃが、全員には説明しとらんので正直面倒じゃ。だからこういう事を聞かれたりもする。
「いやぁ。近所の・・・・。」
「ねえねえ魔法使いさん!この人も魔法使いさんの"知り合い"?」
「ああ、そうじゃ。この人も"知り合い"じゃ。」
名無ちゃんには門下生の事は詳しく説明しておらん。
決して此奴等は"魔法使い"ではないからな。魔法使いは儂一人で十分。まだまだ半人前な奴等に"弟子"だの"お友達"の称号は渡せん。
せいぜい知り合いレベルじゃ。・・・というのは誰一人説明しとらんがの。かっかっか!
_____そんな名無ちゃんと接して仲良くなったある日の事じゃった。
時に名無ちゃんは儂にこう言ってきた。
「わたしねー・・・・。ずっとかんがえたんだけど、夢はすてきなお嫁さんになることなんだ!」
「ほお、そうか・・・。名無ちゃんならきっとなれるじゃろう。」
「だから!わたしはど~~~~~してもっ、魔法使いさんのちからが必要なの!!」
「・・・・儂のちから・・・?」
今までより一層目をキラキラさせてそう言ってきた。そして傍に置いてあった幼稚園カバンから小さい絵本を取り出した。
最初の何ページかを読み聞かせしてくれて、とあるページで止まった。
「『魔法使いがとなえると、カボチャのばしゃができました!そしてシンデレラのおようふくはドレスに変身しました!』
・・・ねっ!だからわたしも・・・いつか魔法使いさんがお嫁さんにしてくれるんでしょう!?」
「_____・・・・。『お嫁さんに』・・・・この儂が・・・?」
「そうでしょー?わたし、知ってるんだよ!!」
・・・そんな告白じみた台詞を言われたのも一体いつ以来か。と言っても、告白じゃない事は百も承知。
名無ちゃんは儂が魔法を使えると本気で思っとる。
魔法で、綺麗なドレスを着せて、お嫁さんにさせてくれると思っとる。この儂がじゃ。
生憎この子をお嫁さんにさせてあげる事は出来ん。綺麗なドレスくらいなら買ってやれなくもないが"お嫁さん"なら話は別じゃ。
______ここで言うのは名無ちゃんの夢を壊す事になるんじゃろうか。
本物の魔法使いじゃないと。儂のは魔法とは程遠い、遥か険しい武の道じゃと。
「・・・・・名無ちゃん・・・。きっといつか、本物のお嫁さんになれる日が来るじゃろう。」
「ほんと!?いつかって、いつなの!?」
「・・・・そうじゃな。お前さんが大人になって・・・"別の人"が名無ちゃんをお嫁さんにしてくれるじゃろう・・・。」
小さな小さな頭を撫でてやる。まだ世の中っちゅーもんをな~んも分かっとらんひよっ子頭じゃ。
本当に可愛らしい・・・・。だからこそ、儂じゃない他の誰かに託すしかない。
こんな魔法使いの爺さんよりも、遥かにカッコ良い王子様がこの子を待っとるじゃろうからな。
「____・・・・え・・・・・?魔法使いさんが・・・・してくれるんじゃないの・・・・?」
『_____名無・・・?声がしたけど、どこにいるの~?』
「・・・あれ?おかあさんの声がする・・・・。あ、おかあさーん!」
武道場側の縁側から声がすると思ったら名無ちゃんのお母さんが探しに来てたらしい。
ひょっこりと顔が見えると名無ちゃんは走っていった。
親御さんの顔を拝見するのは初めてじゃな。名無ちゃんも、いずれこんなべっぴんさんになるんじゃろう・・・。
「すいません・・・いつも娘がお世話になっております・・・。」
「いえいえ、こちらこそ。お嬢ちゃんが遊びに来るんで楽しいですよ。」
「おかあさん!今日はおしごと早かったの?」
「・・・ええ。今日はもうおじいちゃんにバイバイしましょうね。」
「んー・・・・じゃあ魔法使いさん!バイバーイ!」
忙しいようで長居することなく帰ってった。もうちょいゆっくり出来たらお茶でもしようと思ったのに。
名無ちゃんはやっぱりお母ちゃんが大好きなんじゃな。儂を少し気にする素振りも見せたが、親といる時間の方が大事じゃ。
だからこそ儂はあの子の"近所の爺さん"。その立場で十分じゃよ。
名無ちゃんの将来か。儂とどこまで仲良くしてくれるか分からんが、孫でもないのにここまで気になるとは・・・。
(儂もすっかり考えが爺くさいのう・・・。)
その日はもう休憩する事なく、道場でずっと指導をして一日が過ぎた。
それから土日を挟んでまた平日。いつものお昼過ぎの時間にあの子はやってきた。
・・・・といっても、いつもと現れ方がちと違ったが。
「_____そこにおるんじゃろ?気付いとるよ。」
「・・・・・。」
なんだかしょんぼりした様子で草むらに隠れて出てきおった。
抜け道からここに来るパターンはあまりないんじゃが・・・。
「・・・・どした?今日は元気がないのう?」
「・・・・・あのね、魔法使いさん。わたし、気がついたんだけど・・・・。」
いつも通りにちょこんと儂の隣に腰掛ける。名無ちゃんのカバンにはあの絵本が入っとる。
やっぱり日頃から持ち歩いとるから、よっぽど好きなんじゃな。
「_____この本見せておかあさんとおとうさんに魔法使いさんの事お話したの。
そしたらね、このお話のさいごに出てくる『王子さま』がいつかわたしをお嫁さんにしてくれるんだって・・・。
だから魔法使いさんは・・・きれいなドレスやばしゃをくれるだけで、わたしをお嫁さんにはしてくれないって言われたの・・・。」
ようやっとその事に気付いたか・・・。もっとも儂には、きれいなドレスも馬車も贈ってやれんとは思うが・・・。
親御さんも表看板を見てここが道場だと気付いとるはず。
合気道をどう思っとるかは分からんが、名無ちゃんとは縁のない世界な気がしてならん。
本来なら出会う事もなかったんじゃろうに・・・。
「・・・・・やだぁ!!うそだって言ってよ!!わたし魔法使いさんがいい!!
魔法使いさんがっ・・・ぐすっ・・・・およめさんに、して、くれるって・・・知らない王子さまじゃやだぁ・・・。
わたし、魔法使いさんがいいの・・・!ひっく、まほう、つかいさんが・・・・いいのぉ・・・!!」
「・・・おやおや、泣かんでくれ。泣くとかわいいお顔が台無しじゃよ?」
「だって・・・だってぇ、うわああぁん!!!王子さまなんかいらないもん!!魔法使いさんがいいもん!!」
そう言って儂に縋り付いて泣いてしもうた。ハンカチで拭ってやっても大粒の涙が溢れるばかり。どうにも心が痛い。
名無ちゃんは誰に対しても明るい元気な子だと思いこんでおったが、それも最初の内。
元々人と話すのがそこまで得意な子じゃないらしく、儂を好きなのは草むらに隠れてとるのをあっさり見破ったからなんじゃと。
それだけ儂を本気で信じとるからか。本当に儂が魔法使いだったら、こんな涙すぐに泣き止ませてやるんじゃが・・・・。
「きっと素敵な王子さまが名無ちゃんを待っとるよ。勇気を出せば、きっと知らない人ともお話出来るようになる。
______名無ちゃんは、儂の魔法を信じてくれるんじゃろ?」
「ぐすっ・・・・うんっ・・・。信じてる・・・すごいってわたし知ってるもん・・・・。」
「じゃあ~・・・そうじゃな・・・。このせんべいをお食べ。」
「・・・・・・?」
とりあえず落ち着かせるのも含めてお菓子を食べさせた。良い案が思いついたのもあるが、とりあえずの口実じゃ。
黙って食べ終わると不安そうにまだこちらを見上げる。この顔を明るくしてこそ魔法使いってもんじゃろう?
「・・・・今、儂はこのおせんべいに魔法をかけたんじゃよ。
この先必ず魔法がキッカケで"王子さまと出会える"と。
まだどんな人かは見えんが・・・良い子にして笑っとったら王子さまと会える。名無ちゃんは良い子じゃからな。」
「・・・・・ほんとうに・・・?良いお嫁さんに・・・・なれるかな・・・?」
「ああ。・・・・べっぴんさんになるわい。きっとな・・・。」
「・・・・うんっ。わかった。わたし、良い子にしてる!そしたらいつか会えるかな・・・!?」
「ああ。・・・・魔法が効いていれば、必ずな。」
我ながらよ~おこんなハッタリが思いつくなと関心しとる。
でもこれは儂を信じてくれとるからであって、名無ちゃん以外にこんな真似はようせん。仮に自分の孫がいてもせんわい。
ニコッと笑ってくれたその顔が見たかったんじゃよ。本当はせんべいにかけたのは笑顔にする魔法だったのかも知れん。
______それならそれで良い。いつの間にか大切な存在になった、この子の笑顔さえあれば。
「魔法使いさ~ん!」
それからも名無ちゃんは遊びに来ては魔法をかけて、とよくせがんできた。
特別な時しか出せないというと納得はしたがちょっとしょんぼりしとったな。あんまり多様するとネタがバレそうでなんともじゃが。
幼稚園におる間は暫く儂と一緒におった。本当の孫のように可愛がっておったし、本当の孫以上に可愛い存在じゃよ。
・・・だがそれも幼稚園まで。
小学校になろうかという、また桃の花が咲く季節。
「やぁだーーー!!!魔法使いさんと一緒にいるのーー!!」
「名無・・・わがまま言わないの。魔法使いさんも困るでしょう・・・。」
突然の通達じゃった。お父さんの都合で遠くに引っ越す事になってしまってな。
ある日名無ちゃんが涙ぐみながらその事を話すんで、面食らってしまった。
まあ春は出会いと別れの季節。親御さんが転勤族じゃからいつか来るとは思っておったが・・・・。
なんで今こうしてお母さんが迎えに来とる。なかなか言う事を聞かないんで慰めてどうにか引き取ってはくれた。
「・・・・・。」
その後。夕暮れがせまる頃、縁側に座るとあまりの静けさに逆に集中出来なんだ。
当たり前だった日々に戻るだけ。分かってはおるが、こんな静かなのに少しは己の心の乱れを感じずにはおれん。
これもまた、試練か・・・・。
時が過ぎ行き。桃の花より桜の花が開花しようかという頃。
儂は名無ちゃんの家の見送りに来とった。道場は若い衆に任せてあるし、儂がおらんでもどうという事はない。
「本当に、お世話になりました。名無はいつも帰ったら幼稚園の話より渋川先生の事ばかり話してまして・・・。
なんとお礼をいったらいいか・・・・。」
「いえいえ。・・・こちらも名無ちゃんとおって楽しかったですよ。儂にも孫が出来たみたいで・・・・やはり寂しいもんですわ・・・。
あの子は素直で良い子です。きっと新しい小学校でも上手くやっていけるでしょう。」
お母さんとお話して、儂の事をどれだけ好いてくれとったかが分かる。もう女子供にここまで好かれたら漢としてもちと嬉しい。
こんな事も人生最後じゃろう。まだまだ現役ではおるが、閻魔様に冥土の土産話くらいになるかもな。
「・・・・名無、恥ずかしがってないで出てきなさーい!もう行くわよー!」
「・・・・・・・。」
さっきから姿が見えんと思ったら、物陰に隠れとったらしい。
今にも泣きそうな顔をしてしょんぼりしとる。お別れが辛いのは皆同じじゃ。・・・・儂だってそう。
「名無ちゃん。」
「・・・・・魔法使いさん・・・・。ふええぇ・・・!!」
最後に抱っこしてやるとしくしくと泣き始めた。
もっと大泣きするかと思ったが、少しは我慢強くなったんじゃろうか?
「・・・・ひっく・・・あのねぇ・・・・。
魔法使いさん・・・・これ、あげる・・・・。」
「・・・・・!これは、名無ちゃんの大事なもんじゃろう・・・・?」
取り出したのはいつもカバンに入ってた小さな絵本。
名無ちゃんのお気に入りで、何度も儂に読み聞かせてくれた『シンデレラ』。
どうして魔法使いの儂にこれをくれるんじゃろうか・・・?
「わたしね・・・。魔法使いさんに、魔法かけてもらってばっかで・・・お返しできてないって・・・・ぐすっ、思ったの・・・。
だから・・・・わたしこの話もう知ってるから。あげるの。」
「・・・・お返しなんて良いんじゃよ。シンデレラだって、何もお返ししとらんのに・・・・。」
「シンデレラはね・・・カボチャとか、ネズミさんとかあげてお城に行ったの。・・・・・だからわたしも・・・・。
_______良い子にしてるからっ!またこんど会うまで、魔法使いさんも元気でねっ!!」
そう言って精一杯の笑顔を見せてくれた。あの時、せんべいに込めた魔法がまだ効いとるのかも知れん。
・・・・・この先ずっと。儂の知らんところでも、そうあってくれたらと。
願って儂も笑い返した。儂もいつか来るかも知れん"こんど"の為に、元気でいたいもんじゃ。
「・・・・・ああ。元気でな。」
名残惜しくも別れの時は来る。名無ちゃんからもらった絵本を片手に、引っ越しのトラックを送る。
トラックに乗る前。振り返って涙を拭って笑顔でバイバイした。
強くなったな。名無ちゃん。・・・・・これからも、辛い事があってもああしてほしい。
「またね!!・・・・魔法使いさん、またねー!!!」
いつまでもトラックが見えなくなるまで儂は手を振ってそこに立っていた。
あの子と出会ったのは、武の寄り道程度に考えとった。武とは関係のない日常生活の一つじゃと。
だがあの子は・・・・名無ちゃんはきっと。また武の高みへのぼらせてくれる一欠片だったのかもな。
"魔法使いでいる事"と、武の道の師範でいる事は似ているようで違うかも知れん。
けれど儂にとっては"渋川剛気としての必要な一ページ"。
・・・・洒落た事を言うが、まさにあの子との出会いはそうだったように思うんじゃよ。大げさかも知れんが・・・。
そんな名無ちゃんから貰った絵本は大切な棚にしまっとる。
ほれ、保険証とか印鑑とか。ああいう大事なもんと一緒にな。
あそこに置いとけばな~んか元気でいられる気がしてるんじゃよ。お守りみたいなもんじゃ。
十数年くらい前・・・か。こうして桃の花が咲く頃の話じゃ。
すっかり静かになった縁側。最初は落ち着かんかったがもう慣れた。
今でもあの子が茂みから出てくるような。そんな思い出だけを残してな。
「渋川先生。あの・・・・お客様が来られてますよ。」
「・・・・客ぅ?今日は特に予定なかったじゃろう?」
「私もそう思ったんですが、どうしても会いたいと・・・。」
なんじゃ。せっかくのんびりしとったのに客かいな。
儂は淹れたばかりの茶を置いて、重い腰を上げて玄関へと向かう。
・・・・結論から言うと。まぁたこの茶は冷めてしまったんじゃがのう。かっかっか!
「はいはい、どちらさまで・・・・。」
「______突然お邪魔してすみません。・・・・お変わりないようで、安心しました。」
「・・・・・。」
儂の前に立っとるのは、小奇麗な格好をした若い娘さんじゃった。
最近の若者の洋服を身に纏った子・・・・なんじゃが、物腰はとても柔らかく悪い気が全くしない。
礼儀正しく、それでいて笑顔が眩しい。この娘さんは儂の事を知っているらしい。
「本当は・・・・縁側にお邪魔しようと思ったんですが、お弟子さんに見つかっちゃって・・・えへへ・・・。」
「縁側・・・・?・・・・お嬢様さん、儂とどこかでお会いしましたか・・・・?」
すると。娘さんは頬を膨らませて拗ねたように言った。
「・・・・・もうっ。"魔法使いさん"ったら、私の事忘れちゃったんですかっ?」
「_____・・・・!!」
聞き覚えのある言葉のあと。笑顔で彼女はこう言った。
「苗字名無と申します。私が幼稚園の頃・・・・こちらで魔法使、じゃなくて・・・・渋川剛気先生に大変お世話になりました。
もう十五年以上も前の事なので・・・・覚えていなくても仕方ありませんが・・・・。」
「名無ちゃんっ!!
・・・・・アンタ、本当に名無ちゃんなのかい!?」
「・・・・そうですよっ!また会えて嬉しいです、魔法使いさんっ!!」
不思議な事があるもんで。桃の花のこの季節。また名無ちゃんに会えるだなんて、夢にも思わなかった。
儂以上に大きくなった背丈と、よく見ると変わらない笑顔。
本当にシンデレラのように成長した彼女をまた生きている間に見れるとは。お天道様も罪なお人じゃ。
「ほんに・・・・綺麗になったのう・・・。やっぱりお母さんに似て、べっぴんさんになったんじゃな・・・!」
「よく似てるって言われます。魔法使いさんこそ、あれからだいぶ時が立ってるのに見た目全然変わんないから・・・。
『ああ本当にこの人魔法使いなのかも』ってビックリしちゃいましたっ!!」
「かっかっか!そりゃあけっこうけっこう!
・・・・覚えとるか?引っ越しの時、儂にくれたシンデレラの絵本。まだお守り代わりに持っとるよ。」
「へえぇっ!!?あ、あの小さい絵本・・・!?とっくに捨てたかと思ってました・・・・!!」
「何を言うか、儂の大事な宝物じゃよ。それにあれは名無ちゃんの宝物でもあったしのう~。」
思い出話に花を咲かせるとはまさにこの事か。玄関先だというのも忘れて暫くずっと話しとった。
どうも名無ちゃんは今は一人暮らし。
上京して来たばかりで、せっかくだから思い出の地に住みたいと思うたらしい。
そして儂の事をずっと覚えとったみたいで。ようやく落ち着いたから、と今日わざわざ来てくれたんだとか。
有難い話じゃ。来てくれる事もそうじゃが何より会える事そのものが・・・。
「_____・・・そうそう。ここで本題なんですけど、魔法使いさんは私にかけた魔法。覚えてますか?」
「かけた魔法・・・・。いっぱいあったんで、どれの事やら・・・。」
「『良い子にして笑ってたら、魔法がキッカケで王子さまに出会える』ってやつですよ。
・・・・・・私ね、その魔法を信じてみようと思ってここに来たんです。」
良い子にして笑ってたら・・・・。確かにそれは言った気がする。じゃが魔法がキッカケなんて言うとったか?
言った気もするしそうでない気も・・・・。う~む、どうもこの頃年のせいか記憶が曖昧で・・・・。
「・・・・どうか私に、合気道を教えてくださいッ!!今日はその為に来ましたッ!!」
「・・・・・。
・・・・・・・・・はっ?」
「魔法使いさんは"魔法がキッカケで王子さまと会える"って私に言ったはずです。
それならその魔法は元々合気道。ホームページには『女性や子供にも学べる入門コース』があるじゃないですかッ!?」
「名無ちゃん・・・?本気で、言っとるのか?」
「本気も本気ッ。
・・・・・あ。私、あれから魔法使いさんがキッカケで格闘技マニアになっちゃいまして・・・・えへへ・・・・。
だっ、だから魔法使いさん!!いえ、渋川先生!!私にどうか合気道をご指導頂けませんでしょうか!?
そうすれば、私もいつか王子さまに会えるかもっ・・・・!!」
え、えらく興奮した様子で儂に告げてきた。あまりに気迫にちょいと押されかけたわい。
なんか王子さまに会う目的と合気道を習いたいのとで一石二鳥だとか凄い勢いで言うてきた。
そういう大人になったのか、名無ちゃん・・・。
_____ま、それならそれで。教えてやらんこともないがのう?
「・・・・入門コースは儂があまり関わらないコースじゃが・・・。
・・・・知り合いのよしみで儂が直々に見てやってもよいぞ?ただし・・・・その時優しく出来るかはまた別じゃがな。」
「ぜひっ!!ぜひとも厳しくお願い致しますッ!!!
それにもし・・・・王子さまがいつまで経っても現れなかったら・・・
責任取ってもらいますからね?・・・・私知ってるんですよ?」
「・・・・・へ?」
「・・・なんてねっ!・・・・ふふっ!」
桃の花が散る頃。別れの季節でもあったが、もう出会いの時期でもあった。
人生、長い間生きとると不思議な事もあるもんじゃ。
奇妙な巡り合わせじゃ。どうなっとるかまだまだ儂にも分からん。
・・・・・残りの人生、もう少し楽しく生きれそうじゃわい。
fin