短編置き場
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12月末。すっかり日々の気温も低くなり、辺り一面コートやマフラーで溢れかえる新宿。
クリスマスの25日。この日も寒くて雪が静かに降り積もっている。
「おはようございます。今日も寒いですね~・・・。」
「名無ちゃんおっはよぉ~!クリスマスだからって冬将軍本気出しすぎだよね~!」
「はは・・・そうですねぇ。」
白い息で職場に来た名無。先に来ていた同僚の女子は暖房に手を当てている。
こんな日をホワイトクリスマスと呼んで歓迎する人が多いから、花屋にはまたとない書き入れ時。
クリスマスプレゼントに花を選ぶ人も多いので名無はイブもクリスマスも仕事場にいた。
「・・・・あっれ?そういや店長いなくね?どこ行ったんだろ~?」
「確か、今日は商店街の集まりがあると言ってましたよ。午後には戻られるはずですね。」
「へえ~、抜け出してパーティーやってたら承知しないー!良いお土産持ってこーい、なんつってね!」
「ふふ・・・そうですね。一応今日クリスマスですし、サンタになって帰ってくるかも知れません。」
内心お土産なんてさほど期待していないがこんな時だ。クリスマスなのに仕事に来たんだから何かご褒美が欲しくなる。
・・・なんて同僚と話しながら午前の仕事を済ませていった。
「_____彼氏さんもきっと喜ばれると思います!有難うございましたー!」
「・・・・ふぅ~、見事に降るねェ今年の雪・・・・。お疲れー名無ちゃん!」
「あ、店長!お疲れ様です。やっぱり今日もポインセチアが売れてますよ。」
正午を過ぎた辺りで店長が戻ってきた。差してきた傘も一面白くなっている。量は多くないが雪はずっと止まない。
奥から出てきた従業員も口々に挨拶。ブーツの雪を落としてから店内奥へ入る。
「あぁ~、昨日もそうだけどやっぱりか。入荷しといて良かった~・・・。
・・・・そうそう名無ちゃん、ちょいと来て。他の子も中おいでー!寒いしー!」
「・・・・?」
まだ午後の仕事が始まったばかり。けれど店長はニコニコしながら従業員を事務所へ集めた。
お客さんが来たらベルを鳴らしてもらうのでその時は別に心配ないが。
手招きされて温かい室内へ従業員達は集合。寒いのと仕事があるのとで皆足早に。
「_____えっとね・・・・っじゃーんッ!!精肉店の人からケーキ丸々一個貰っちゃった!!
先着1名様早い者勝ちだよ、中身はチョコだけど誰かいらない!?」
なんと店長は本当にお土産を持って帰ってきた。精肉店の店長がケーキを買ったはいいが娘と被ったので急遽いらなくなったらしい。
箱を少し開けて中を覗いてみると、美味しそうなチョコレートケーキがホールで入っている。
これはまたとないチャンス。皆欲しがるだろうから、と名無は手を挙げなかった。
「・・・・あれ?み、皆いらないの・・・?」
ところが予想ははずれて皆手を挙げない。首を傾げたり残念がったりする者もいる。
その理由はというと、人それぞれ違っていた。
「・・・私このあとパーティー呼ばれてるんでぇ、そこで食べるんですよね~・・・。もう注文しちゃってて・・・・。」
「欲しいけどチョコは・・・。フルーツのってるのだったら貰ったんですけど・・・。」
「私ダイエット中なんでパス。・・・・・うぅ。」
「一切れなら欲しいですけどホールは流石にデカいッスよね・・・。俺でもちょい無理みたいな?」
皆ダイエット・既に予約済み・味が好みじゃない・大きすぎるなどの理由で皆却下していった。
店長はそもそもケーキを食べないらしく、他に譲るしか手はない。でもこんな立派なケーキを捨てるだなんて絶対勿体無い。
残るは名無ただ一人。確かに大きくて食べれそうにはない。けれどチョコケーキは嫌いじゃないし、どこかで予約もしてなかった。
「名無ちゃんどうする?貰ってくれないかな・・・?」
「ええっと・・・欲しいですが、サイズが・・・・。」
「_____そうだっ!!名無ちゃん花山さんと食べればいいんじゃね!?」
「あ、そーだよ!それが良いッ!」
「ッッ!?」
まさかの提案に名無はたじろいでしまう。
この商店街の一部の人と、この花屋の従業員は花山と名無が恋仲にあるのを知っている。
確かに彼を呼べばケーキもなくなるかも知れない。がクリスマスは仕事があるので会う予定はなかった。
仕事があると言ったせいなのか、向こうからもデートに誘われなかった為すっかり諦めていた。
いい口実ではある。・・・でも断られそう、他にも案があるのでは?と色々迷ってしまう。
「で、でも・・・花山さん、来られるかどうか・・・・来てくれるか分かんないですし・・・。」
「大丈夫ー!!はたから見てもあの人名無ちゃんにベタ惚れしてるから来てくれるって!!はいこれ宜しくッ!!」
「わわっ!・・・・あ、有難うございます・・・うう・・・・。」
結局否定の言葉が浮かばず、周りと店長から押し付けられてしまった。
美味しそうではある。食べられるのは嬉しいが、それ以前にどうしたものかと思考回路をフル回転させるのが何より先だった。
(確かあの子は彼氏とデート・・・。あっちはダイエット中だったし、この子は・・・・あっ、そもそも旅行とか言ってたっけ・・・!?
ま、まずい・・・・。やっぱり友達もクリスマスの予定埋まっちゃってるよね・・・・というか当日だし、当たり前か・・・・。)
仕事終わり。少々の残業で辺りも暗くなってしまい、もう友人達は既にクリスマスを楽しんでいる真っ只中。
声をかける前にそれぞれの予定を思い出して断念。そもそもクリスマス当日なのだから無理もなかった。
最後の連絡先の画面は花山になっていた。けれど連絡するのにも勇気が入る。
(_____・・・・仕事だって言っちゃってたのに、こんな当日になって急に連絡するなんて悪いよね・・・。
花山さんだって今どこかでパーティーしてるかも知れないのに・・・。・・・というかあの人ならしてても全然不思議じゃないなぁ・・・。)
花山自体はとてもパーティーで騒ぐタイプではないし、むしろ性格は真逆だと思う。
けれど彼は組長だ。どこかのパーティーにお呼ばれされていてもなんら不思議ではない。そうあって当然な気もする。
時刻は7時半を過ぎている。夕飯時だし、民家の明かりが余計に不安を募らせる。
(・・・・・でも・・・・声かけてみよっかな・・・・。断れたらそれでいいや・・・・食べきれなかったケーキはあとでどうにかしよう・・・・。)
恐らくネット上には似たような理由でケーキを余らせる人もいるはず。
そんなサイト巡りでもしようと諦めムードで花山に電話をかけた。
prrr.... prrr...
『・・・・俺だ。』
「はっ、花山さん!・・・・あの・・・今ってどこにいますか・・・?」
『・・・・
電話越しの声は意外と静かだった。てっきり騒がしいかと思ったがいつも通りに聞こえる。
勇気を振り絞って、少し緊張しながら本題を伝えてみる。
「・・・・い、今仕事終わったんですが・・・・。・・・・・~~~ッッ、良ければ助けてください!!ケーキ一人じゃ食べきれないんですッ!!
店長が商店街の人からチョコレートケーキをホールごと貰ったんですが、誰も食べなくて私に回ってきちゃって・・・。
・・・・あの・・・・そういう訳なんで、今空いてたら・・・うちで食べませんか・・・・?」
『・・・・ああ。今すぐ行く。』
「えっ・・・!?今すぐって・・・良いんですかっ!?有難うございます!!」
意外な事に彼からOKの返事が。しかも迷う様子もなく即決。
思わぬ来客に嬉しくなって軽く体が浮きそうだった。そうと決まれば早く家に帰らなければいけない。
『飯はどうするんだ?』
「あ・・・途中で買って帰ります。チキンとか、何が良・・・___」
『俺の所の余りがある。持ってちまって良いんなら、それでいいか?』
「へ、えぇっ・・・!?悪いですよ、そんなっ!?」
『昨日の余りを今日食うつもりだった。仕事終わりのお前ェに、無理はさせたくねェ。』
「・・・花山・・・さんっ・・・・。」
これまたさらりと言ってきて夕食も決定してしまった。ドキリと高鳴る胸が温まっていくのが分かる。
どうやら主なパーティーは昨日やって、今日は残った物で飲み食いしようかと思っていた矢先だったらしい。
タイミング良く彼も夕飯前だったようですぐに来てくれるとか。
仕事終わりだったが声をかけて正解。喜びで走って帰ろうかと思ったがケーキが崩れたら困るのでそれはとりあえず止める。
「じゃあ待ってますね!ふふっ・・・それじゃああとで!」
『ああ。あとでな。』
ツー... ツー...
(良かった、花山さん来てくれて・・・!クリスマスに会えると思わなかった・・・嬉しいな・・・・。
______・・・・あれ・・・?クリスマス・・・・って事は、そういえば・・・・・。)
「あ・・・・あぁぁ、ど、どうしよう・・・!!?」
ガチャッ
(花山さんはまだ来てない・・・。良かった、来る前に帰ってこれて・・・。荷物はとりあえずこっちと、あと何か用意するものは・・・。)
家に戻った名無は、とりあえず荷物を置いたりケーキを冷蔵庫にしまったり。
取り分けの皿やグラスも用意してそわそわ。出来る限りクリスマスっぽい雰囲気は出したいので試行錯誤してみる。
ピーンポーン♪
「あ・・・もう来ちゃった!・・・・はーい!」
そうこうしている間にどうやらお目当ての彼が。準備は間に合ったようなそうでないような。
でも急遽揃えたにしては普通にディナーらしくなっているのでまあまあの完成度と言えるはず。
ガチャリ
「花山さん!急なのに来てくれて嬉しいです・・・本当に良かった・・・!」
「ん・・・邪魔するぜ。」
大きな袋をいくつか下げて花山はやって来た。にこりと微笑む辺り機嫌もかなり良いと見える。
そのままテーブルへと進み、紙袋の中からチキンやサラダを並べる。次々と出てくる物はどれも未開封に見えた。
「これが昨日の余り・・・ですか?」
「ああ。買いすぎたっつってたな。」
「ああ~・・・・。・・・・私、今日は花山さんに断られると思ってたんですよ。てっきりどこかにお呼ばれされてると思ってて・・・。」
「昨日からウチで騒いでただけだ。どこにも行ってねェ。」
本当は花山の事務所で2日連続の盛大なクリスマスパーティーが行われていた。
と言っても飲んだり芸をしたりだの、普段とあんまり変わらない内容だったが。
名無が仕事だと分かっていたので、一緒に過ごせない大将を元気付けようと組員達が気を回した上でのパーティーだった。
そこで今日も、と思っていたら名無からの電話である。
「・・・・俺だ。」
『はっ、花山さん!・・・・あの・・・今ってどこにいますか・・・?』
「・・・・
(・・・なあ、あれって姐さんからだよな?電話!?)
(ああ、絶対そうだ。大将が開口一番「俺だ」って言う時と「どうした?」って時は絶対姐さんだ!!)
『____・・・・あの・・・・そういう訳なんで、今空いてたら・・・うちで食べませんか・・・・?』
チラリとソファーを見ると組員と目が合う。すると一人が親指を立ててキラキラと瞳を輝かせていた。
その様子を察した花山はすっと立ち上がる。
「・・・・ああ。今すぐ行く。」
『えっ・・・!?今すぐって・・・良いんですかっ!?有難うございます!!』
「飯はどうするんだ?」
直後。ドタバタと紙袋の用意や台所方面へと走る組員達を横目に、雪の降る外を眺める。
こんな寒空の下で今電話している名無を思うと、花山の口から自然とこんな言葉が出てきた。
「_____昨日の余りを今日食うつもりだった。仕事終わりのお前ェに、無理はさせたくねェ。」
そして現在に至るという訳だ。名無には一部しか話していないが、特に間違いでもなかった。
少し冷めてしまった料理は温めて並べてみる。それだけでもクリスマスパーティーの雰囲気は出ていた。
「・・・それじゃあ、クリスマスなんで・・・・乾杯っ♪」
「・・・・ああ。」
カチン、とグラスを合わせる音がする。花山はいつもの酒をグラスに移して飲んでいた。
名無は酒があまり飲めない方だが今宵は別。なんとか飲める物をちびちびとマイペースに飲む。
それだけ特別な日で嬉しかった。お酒は雰囲気で飲むものだとどこかで聞いたし、現に食事もお酒も美味しく感じた。
「花山さんが来るって前から分かってたら・・・もっと賑やかにしたんですけどね・・・。
クラッカーとかサンタ帽とか買えば良かったかなー、なんて・・・。」
「・・・・被った方が、良かったか?」
「へっ?」
「・・・・サンタ。」
「い、いえいえっ!!花山さんじゃなく、私が・・・!そういうつもりじゃなくてですね・・・・ふふっ・・・。」
そんな真面目な顔で戸惑われては面白くて仕方がない。組にはサンタ帽やクラッカーくらい山程あったし、持ってくるべきだったか?と。
無理して盛り上げなくてもこうして食事をしているだけで楽しい。
分かっているはずだが、特別な事をした方がお互いの為じゃないかなんて。いらぬ気遣いをしてしまう所だった。
・・・・だからと言って、別に彼のサンタ姿が見たくない訳ではなかったが。
「ん~!このチキン美味しい・・・!柔らかくて食べやすいし・・・クリスマスにこんなの食べれて幸せです~・・・!」
「・・・?・・・・そうか。」
「サラダも思ったよりシャキシャキしてるし・・・あ、これってもしかして・・・特製のオードブルセットですか・・・?」
「・・・・・・・。」
食べている物は名無からして美味しい物ばかり。スーパーで売っている物ではないような、そんな気がした。
それもそのはず。花山は値段こそ知らないが、花山組で食べるクリスマスのご馳走と言えば一般人のよりそこそこ高い。
なんせシェフに作らせた料理をそのまま持ってきているから。だからちょっと冷めてレンジでチンしても品質は保たれている。
・・・・なんて事をこの二人は知らないまま。花山は返事に困って少しだけ首を傾げた。
いつも二人の食事は名無が何か喋って、それを聞いて花山が答える。そういう会話だけで成り立っていた。
テレビは一人でいる時以外は付けない為何気ない彼との会話を楽しんでいる。
花山は普段木崎や組員との会話も口数が少ない為聞き手に回る方。
けれど名無との会話は心穏やかでいられるので、自分から語る事も気持ち多かった。
「______・・・そういえば花山さん!商店街の大きなツリー見ましたか?」
「ああ。いつも人がいるな。」
「あれ綺麗ですよねぇ・・・。仕事終わりにちょっと寄るとライトアップされてて・・・最近雪が降ってるからツリーも輝いてて!」
名無の花屋も参加している商店街の系列。真ん中には吹き抜けの大きなツリーが飾られていた。
学校の子供達が作った飾り付けや、商店街のマスコットもぶら下げてあって。この時期ちょっとした人気スポットになっている。
「あのツリーの根元・・・よく見ると子供たちが置いてった雪だるまがあるんですよ!可愛いですよね~・・・癒やされます~・・・!」
「・・・そうなのか。」
「私もよく雪だるま作ったなぁ・・・。花山さんも作った事ありますか?」
「ああ。・・・・雪っつーか、ボール球だが・・・。」
「ボール・・・?・・・・あぁ!雪合戦ですか!」
「・・・まあ、それもだが・・・。」
何故か言葉の端を濁す花山。それを不思議だとは思ったが、ふと気付くとすっかり料理がなくなっている。
話していたらいつの間にか全部食べていたらしい。
美味しいからあっという間になくなったのか。無意識に楽しいからか。答えはきっとどちらもだ。
「ちょっと待って下さいね・・・。ケーキ適当に切り分けますね~。」
「・・・・・。」
目の前の空の器を下げて、ケーキを切り分けて持ってくる。良いお店のなのかやはり美味しそうだ。
これはこれで食べたくなるのが別腹というやつ。切り分けた分をフォークで一刺しして豪快に食べる彼にまた笑いがこみ上げてきた。
「えっと・・・花山さん、サンタさんと雪だるまどっち食べますか?」
「・・・?ああ・・・・名無の好きにしてくれ。」
「じゃあ~・・・・。今日は私にとって花山さんはサンタさんだから、サンタさんどうぞ。私は雪だるまでっ!」
ケーキの上にちょこんと乗った砂糖菓子。これを誰が食べるかで揉めるところがあったりなかったり。
勿論この二人で揉める事はまずないので平和的に名無におまかせ。幸せそうに雪だるまを頬張るとカリコリと音が響いた。
「・・・・・さっきのだが、雪だるま作ったら俺のだけ暫く溶けなかった。」
「え?何でですか?」
「・・・・リキ入れすぎたんじゃねェかと、思うんだが・・・。」
花山は幼い頃から握力が半端ない為、握る雪の玉がそこら辺のより頑丈な強度になっていた。
なので雪だるまを作っても雪が圧縮されている為何日も溶けずに残ったらしい。それが当時誇らしかったのだとか。
「す、凄いです・・・!!半永久雪だるまですか!?」
「永久でもねェが・・・。そんなんだから雪合戦禁止で、木崎や他の奴にどやされたな・・・。」
花山の超ド級の握力により作られた雪玉は最早そこら辺のボールと大差ないであろう硬さだった。
それがいくら幼い頃とはいえ、下手すれば凶器。だから組員や木崎は雪の日が怖かったらしい。
『二代目は雪合戦禁止ですッ!!怪我人が出たらど~すんですかッ!?』とこっぴどく叱られたのが雪の思い出らしい。
「ふふふっ・・・花山さんらしいです・・・。花山さんみたいな幼馴染がいたら、小さい頃もっと楽しかっただろうなぁ・・・。
私は今よりずっとおてんば娘で、雪が降った日は寝ても覚めても遊びたくてしょうがなかったです。
だからああいう小さい雪だるま見ると思い出すんですよね。懐かしいなぁって・・・。」
「・・・どこも似たようなもんだな。」
「花山さんの小さい時って可愛かったんでしょうね~・・・。
なんかお話聞いてるとやんちゃだったみたいですし?」
「・・・・まあな・・・。」
お互いに幼い頃の思い出が蘇る。まだ何も知らなかった時期。将来の事よりも過ぎる一分一秒が楽しかった頃。
大人になって知り過ぎてしまった事もあるけれど、それでも雪は変わらず、その日々を思い出させてくれるようだった。
「_____・・・・そういえばまだ雪降ってますね・・・・。」
ふとカーテンの隙間から見える景色はまだ雪が降り積もっているのだと分かる。むしろ夜になるにつれ止む気配がない。
「・・・花山さん。今日泊まっていきませんか?・・・なんだか今日は・・・まだ話足りないです。」
「・・・ああ。・・・そうだな・・・・。」
静かにコクリ、と頷いてくれた。翌日名無は仕事が入ってないのもあったので、このまま二人で語り明かす事にした。
「うわぁ・・・・ほ、本当にケーキなくなっちゃった・・・!有難うございました!」
「ああ。旨かった。」
そうこう話しているとケーキはなくなっていた。それだけ時間が過ぎたような感覚もなくて、とにかくホッとする名無。
_____洗い物もささっと済ませると、途中ふと思い出した事が。
「えっと~・・・確かこの辺に・・・・。
_____・・・・あった!これこれ!」
戸棚から引っ張り出してきたのはアルバム。あるページを開いたままソファーに座る彼の元へ。
「私が小さい頃、雪が降った時に写真撮ったな~と思って・・・。探したら見つかりました!」
「・・・・ほう・・・・。」
引っ越した時ぐらいからずっとしまっていたアルバム。まさか次に出す時がこういうタイミングだとは思わなかった。
恋人の前で写真を見せるなんて照れくさい気もするが、こんな時でもなければ機会がないのでちょうど良い。
写真には小さい時の名無が降る雪の中で嬉しそうに笑っている。そんな写真が何枚もあった。
「あ、この写真ちょっとぶれてる・・・。私が急に走ったからかな・・・?」
「・・・・どれも楽しそうだ。」
「ふふ・・・これ、両親が撮ってくれたんです。ピースしてるし、雪で遊ぶの楽しかったんです・・・。」
「_____・・・・・俺んとこには写真はそんなねェから・・・羨ましいな。」
「・・・あ・・・・・。」
そういえば彼は極道。平和な日常の中で忘れかけている変えようのない事実。
花山の中で写真といえば、家族や親戚一同の集合写真のイメージしかない。堅苦しい物だと思っていたので名無の写真には癒やされた。
一方名無には少し罪悪感が。嫌な事を思い出させてしまっただろうかとか、撮りたくても撮れない思い出があったのだろうか。
と、一瞬でも色々考えてしまった。
「ご・・・ごめんなさ______」
「次。・・・見せてくれ。」
アルバムを閉じようとする手に、花山の大きな掌が重なった。良いのだろうか?と彼を見上げると穏やかな顔をしていた。
彼の表情を見て、彼が望むのなら。と少しでも思えた。なのでまた次のページをめくっていく。
「・・・・雪の写真は・・・こんなところですけど・・・。・・・・これがお花見行った時ので、この横に写ってるのが近所のお友達で・・・___」
「・・・・ああ。・・・そうか・・・・____」
それから暫く名無の思い出話は続いた。春夏秋冬。巡る季節の中で、幼い名無がどう過ごしてきたか。
笑った写真ばかりだったが、時には泣いたのもあって。それはそれで今となっては良い思い出で。
時には彼も一緒にページをめくる事もあった。いつものように優しく包む掌がとても愛おしく思えた。
最後まで見終わると、なんとも言葉には言い表せないけれど胸が温かくなる。懐かしさと、感謝と、笑顔で胸がいっぱいだった。
「・・・・結局雪の写真だけ見るつもりが、全部見ちゃいましたね・・・・。」
「・・・ああ。楽しかったぞ。」
「私・・・・。両親の元から離れて、上京して・・・・。思ったより大変な事もいっぱいあって、挫けそうな事も・・・時々あって・・・・。
・・・・でも今は良かったと思えるんです。お花屋さんも苦労はするけど、良い人達に恵まれましたから・・・・。
そして何より、花山さんに出会えました。お付き合い出来てるのが奇跡なのに・・・今もずっと寄り添ってくれるのが嬉しくて・・・。
両親と離れて寂しいって思う事もありますけど、私は今幸せです。花山さん・・・っいえ、薫さんと思い出・・・作っていきたいですから。」
そう言って彼を見上げる名無の笑顔は、さっきの写真と何も変わっていないように見えた。
花山の中でこみ上げる温かな思い。いつか名無にも家族の写真を見せてやろうと、密かに決意した。
勿論、思い出も一緒に重ねて。
「ああ・・・。名無となら、作れそうだ。」
「・・・っ・・・!」
気がつくと名無は花山の胸にすっぽり収まっていた。アルバムを持ったままだが特に気にしていない様子。
いつもと同じくドキドキして、今後もこうしてずっと彼の胸にいたいと強く願った。
とりあえずアルバムをテーブルの上に置こうとゆっくり置く。それとほぼ同時に、携帯に通知が来て現在の時刻が見えた。
「あ・・・あぁあ~~~!!!しまったあっ!?」
「・・・・?」
「ちょ、ちょっと待ってて下さい!!い、急いで取ってこないと・・・!!」
すると素っ頓狂な声を上げて彼の胸から脱出。慌てて自分のカバンをあさりだした。
時刻はもうすぐ日付が変わろうかと言う数十分前だった。
「花山さんっ!!あのっ・・・・・今日ってクリスマスじゃないですか・・・。でも私、会えると思ってなくて・・・・急遽用意した物なんですが・・・
_____これっ、クリスマスプレゼントです!!良ければ受け取ってくださいッ!!」
「・・・・・・・。」
名無が思い出したのはクリスマスプレゼント。彼が家に来ると分かった電話の後。何も用意してなかった名無はとにかく焦っていた。
何が欲しいかなんて分からなかったし、前持って聞いてもいないから本当に悩んでいた。
小さな袋を手渡された花山は、成る程それでか。と内心思いつつも袋を開けてみる。
「・・・・これは・・・・。」
「えっと・・・。ぽ、ポケットチーフ・・・です・・・・。花山さんのスーツに、似合うかどうか分からないですが・・・。」
ポケットチーフとは花山がスーツに刺している飾り用のハンカチの事。
咄嗟にプレゼントが思い浮かばなかった名無はまだ開いているお店に急いで駆け込んだ。
すると洋服屋でポケットチーフを見かけて、名無なりのセンスで選んだのをプレゼントにしたという訳だ。
「・・・明日から使う。有難う、名無。」
「良かった・・・喜んでもらえて・・・!本当はもっと凝った物にしようか迷ったんですけどね・・・。」
「十分だ・・・。
・・・・・名無。目、閉じてくれ。」
「・・・・?はい・・・・。」
彼がソファーから立ち上がった後、目を閉じるよう指示が。
暫く目を閉じていると、何やらガサゴソと音が聞こえる。
(花山さんもプレゼント・・・かな?でもプレゼントそんな急に用意出来たのかな・・・。
ま、まさかあげるフリしてキスされて『プレゼントは俺だ』なんて展開じゃ・・・!?ってな、何考えてるの私!?)
ロマンチックというか乙女チックな事を悶々と考えて一人恥ずかしくなる。
ちょっと長く待っていた為つい妄想に耽ってしまった。
するとガサゴソ音が止まる。ふと肩の辺りに何か触った感覚が。
「・・・・もういいぞ。」
「_____・・・・・うわあ・・・!?こ、これ・・・ストールですか・・・あったかい・・・!!」
目を開けると首元にはストールが巻かれていた。落ち着いた色合いでとても温かい。
花山はクリスマスには会えないと思っていたが、今年中のどこかで会う予定を考えていた為遅めのプレゼントとして用意していた。
今夜誘われたことによって予定通り渡す事が出来たのは花山にとって好都合だった。
このストールがけっこう値が張る物だと名無が気付くのはまだ先の事である。
「花屋は外だしな・・・・。良けりゃあ付けてくれ。」
「はいっ!勿論っ!流石花山さんです・・・・花屋さんってけっこう寒いですから・・・・有難うございます・・・・!!」
実際花屋の防寒着は個人の自由となっているが、コートの上からエプロンを付ける訳にもいかないし、何枚か重ね着しないといけない。
ネックの付いたセーターを着たとしても首回りはたかが知れている。だからこそこのストールは有難かった。
「ふふ・・・・凄く楽しいクリスマスでした・・・・。花山さ______」
またお礼を言おうと思った名無の言葉は続かなかった。
何故ならいつの間にか屈んでいた彼に、優しく唇を奪われていたから。
「・・・っ・・!?んん・・・!!」
抱き寄せられて啄むキスをされる。さっきの妄想がこんなすぐに現実になろうとは。
出来るだけ背伸びして、彼に無理させないよう必死になる。キスの味はさっき食べたチョコレートケーキの甘さだった。
「・・・・はぁっ・・・あの、花山さ、ひゃあっ!?」
ようやく解放してくれたかと思ったらまた名前を呼ぶ声は途切れた。今度は一瞬の間にお姫様抱っこされていたから。
驚いて声を上げた名無を全く気にする事なく、向かう先は名無の自室。
「あの、ちょ・・・!?ま、まだお風呂入ってないです・・・!!」
「気にすんな。」
「私は気にするんですって・・・!もうっ、薫さんってば~!!」
ジタバタする名無を物ともせず、二人にとっての第二のプレゼントはこれから。
時刻はもうクリスマスを過ぎて26日になっていたが、二人の聖夜はまだ終わりそうになかった。
______その翌日。
「・・・・どうだ?」
「・・・・プレゼントした私が言うのもなんですが・・・・良いですね。似合ってますっ!」
慣れた手つきで昨晩貰ったポケットチーフを刺してみる。
鏡で見ると普段と少し違う雰囲気だが、なかなかに似合っている姿。これには花山も満足気だ。
「じゃあ次は大晦日ですね!楽しみに待ってます!」
「ああ。俺もだ。」
今後会う約束は大晦日。年末年始を一緒に過ごせそうだと分かって、早くも次会うのが楽しみになっていた。
ほんの数日の我慢。けれど我慢というより、名無にとって会えない数日は少し楽しみな事があって。
_______その数日後。
「いらっしゃいませ~!」
「・・・・あれ?そういや名無ちゃん、そのマフラーどしたの?」
「店長ぉ、最近の子はストールっていうんですよ。これ。」
「え、そうなの?」
雪がしんしんと降り積もる中。とある花屋の一角。
温かな顔をした名無は、笑顔で振り向いて一言。
「_____とびきり温かい、お気に入りのストールなんです!!」
「おんやぁ~?名無ちゃん、もしかしてそれ・・・・。」
「あ、そうだ。もういっこ、いつぞやのケーキ。あれ食べれた?」
「はいっ!店長、有難うございました!
・・・とても感謝してますっ!」
今日も楽しい思い出を紡いでいく。それは一人だけじゃない。皆と、それから。
これからも、この先もずっと。温かい彼と一緒に。
fin