短編置き場
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鳥の囀りが聞こえて朝日が眩しい。今日という一日が始まる頃、皆揃って学校や会社へ向かう。
そこに気だるそうにしてマイペースに歩く漢・範馬刃牙。隣には同級生の梢江も一緒だ。
いつも通りの登校風景なはずだが、今日は制服の流れに逆らうようにうろうろしている影があった。
「_____________あ、いた!!刃牙お兄ちゃーんッ!!久しぶりーッ!!」
「わ、ッと・・・・名無!?来てたんだ!」
高校生に混じって私服の少女が刃牙に抱きつく。周りの生徒何人かが振り返るが特に気にしていない。
梢江は親しげに刃牙と話すこの少女に見覚えがない。
「・・・・・?刃牙くん、この子は・・・?」
「え、あぁ・・・。俺の妹の名無。」
「初めましてっ!範馬名無ですっ!」
「い・・・妹ォッ!?刃牙くん、妹がいるなんて初めて聞いたけどッ!?」
「はは・・・・・・色々あってね・・・・。」
元気いっぱいにペコリと挨拶する名無。梢江は刃牙と名無を交互に見つめては心底戸惑った。
ポツリと意味深に呟いた刃牙の横顔はなんだか複雑そうに見えた気がした。
「名無がここにいるって事は、親父も・・・?」
「うんっ!パパがお兄ちゃんの顔見てきていいーって言うから!」
「そっか・・・・。」
目を輝かせて抱きつく名無を軽く撫でる。
梢江から見て名無は中学生くらいだろうか。皆が学校に行く時間に私服で一人うろついているのには違和感がある。
これには複雑な事情がありそうだ。
「お兄ちゃん今から学校でしょ?頑張ってね!」
「はいはい・・・・。名無はこれから用事は?」
「うーんとね、パパとデートのお約束してるッ!」
「そっか。じゃあ俺、もう行かないと・・・またね、名無!」
「まったねー!ばいばーい!」
ほんの数分だったが顔を見に来ただけ、というのは本当らしくすぐに走ってどこかへ去っていった。
刃牙は笑顔で見送ると特に変わった様子もなくそこからまた歩き出す。まるで何も起こらなかったように。
「刃牙君。・・・・あとできっちり説明してもらうから。」
「説明?・・・名無の事はちょっと話すの面倒なんだけど・・・・・。」
「そう言われても聞かなきゃこっちの気が収まらないっ!」
「はは・・・・参ったな・・・。遅刻しそーだし走ろっと!」
「あっコラ!待ちなさいってばーッ!?」
はぐらかすように走った刃牙。やはりあの子の事情は深い根が張っているらしい。
せめて学校でなくてもプライベートのどっかで絶対教えてもらおうと粘り強く後を追いかけるのだった。
その頃名無はというと、とあるホテルに着いていた。
入り口からフロントを駆け抜けてエレベーターまで一度も立ち止まらず一直線に一室へ向かっていく。
「パパー!たっだいまー!」
「戻ったか、名無。刃牙の奴に会えたか?」
「うんっ!学校行く途中だったよ!」
扉を開けるとちょっと息を切らして勇次郎に抱きつく。
添えられる大きな手が頭を撫でる。この感触が名無にとって心地良い。
「なんかね、お兄ちゃんの隣に彼女みたいな子がいたよー。」
「______・・・・ほう?・・・どんな女だ?」
「黒髪のねー、可愛い子だったかなぁ。私の事知らないみたいで凄く驚いてた。」
勇次郎は想像を膨らませてクスクスと笑いだした。そしてどこか嬉しそうにそうか、と口にする。
刃牙に会った時の状況を話すと父はいつも喜怒哀楽豊かになる。そういうのも込みで報告するのは一つの楽しみだ。
「どんな女か今度会いに行ってやるか。
さて・・・・頃合いだな。そろそろ出かける支度をしてこい。」
「分かった!!ふふっ、ちょっと待っててねパパー!!」
楽しそうにウインクするとすぐに自分の荷物が置いてある部屋へ直行。
名無はいつも行動が早い。直感や感覚ですぐ行動するところは一体誰に似たのやら。
少しすると小綺麗なパーティー衣装に身を包んだ名無が部屋を訪れた。
メイクのせいではなさそうな紅い顔で可愛く勇次郎へ問いかけた。
「・・・・・このお洋服ね、前にパパがアメリカ行った時に買ったの。ブランド物っていうか、あくまで私のセンスで選んだんだ。
・・・・に、似合ってるかな・・・・?」
「・・・・・・上出来だ。俺の隣りを歩くに相応しい。行くぞ。」
「_____!うんっ!!」
いつも違い風変わりなジャケットと羽織った勇次郎。これはお決まりの場所へ行く時のスタイル。
ゆっくりとマイペースに歩き出す勇次郎に、名無はさっきと違いゆっくり後ろをついていくのだった。
学校の昼休憩。屋上で外を眺めながら刃牙は梢江に話し出した。
「_____・・・・拾われたって・・・。養子とかじゃなくて、本当にそうなの・・・!?」
「ああ・・・・。親父曰く、そうらしいよ。」
フェンスの外を見上げる刃牙はいつもと変わらない気だるい顔をしている。
周りにもちらほら生徒はいるが、刃牙の声のトーンが低い為恐らく聞き取れているのは梢江だけのはずだ。
「ジャングルの奥地で赤ん坊の名無を拾ったんだって。
そのあと、その地域は紛争地帯になったとかで捨てられた理由はなんとなく想像出来るけど・・・。
親父が『いつ喰われてもおかしくねェ場所で生き残った身を讃える』とか言ってたなァ。」
「・・・・・・・。」
まるでどこかの国の御伽話を聞かされているようだった。
実際東京ドーム地下の出来事にしろ、刃牙の生い立ちにしろ、梢江にとっては夢物語のような出来事が多すぎる。
けれどそれを証明する事柄はいくつもあるのだから名無のこの話も嘘ではないと信じれた。
「それで、あのお父さんのところで?」
「ああ・・・。拾われてからずっと、名無は範馬勇次郎の元で暮らしてきた。
だから・・・・あの子はアイツの世界しか知らない。名無にとって範馬勇次郎こそ世界の全てなんだ。」
「・・・・・・・。」
そんな子もいるんだ、と素直に思った。それならあの時間に私服でいるのもなんとなく説明がつく。
日常と逸脱した非日常。と言っても相手にとっては当たり前の世界。
母と二人で暮らす自分と意外と変わらないのかも、と思ってみたりした。
「_______________だからさ。親バカで困る。」
「・・・・へ?」
「名無は見りゃ分かるけど、親父も名無の事大好きだからさ。・・・・相思相愛?」
急に話のトーンが変わる。へらっと笑って見せた表情は、普通のお兄ちゃんって顔をしていた。
・・・・・ように梢江には見えた。
ところ変わって都会の高級ホテルが立ち並ぶビル街。
セレブ達が優雅な一時を過ごすような場所に名無と勇次郎は居た。
『・・・・・ごゆっくりどうぞ。』
緊張した面持ちのシェフ直々に運んできた豪勢な料理の数々。
昼時なのに広々としたフロアに空席ばかり。眺めのいい場所に二人しかいない貸切。
原因は100%勇次郎にあるのだがこれは親子にとって特に何でもない話。むしろ人がいる時の方が珍しかったりする。
「________今日のお昼は少しさっぱりとした味付けね。軽く済ませたかったからちょうど良かったわ。」
「・・・・・・・・。」
「"お父様"はどう?お気に召したかしら?」
先程とはうってかわって別人のように微笑む。
まるで雰囲気はテーブルマナーの似合うお上品なお嬢様だ。
「・・・・・名無。前から疑問だったが、その外でころころ口調を変えるのは何だ?」
「・・・・?」
「この前は"お父上"。今日は"お父様"。ですわだのかしらだのと、この頃随分飾るようになったな?」
普通の人間なら竦み上がる低い声で話す。真剣な顔つきだが別に怒っている訳ではない。
それを言われた名無は少し拗ねてマナーそっちのけ、フォークをくわえて勇次郎を睨む。
「・・・・だって・・・・・。パパはどんな女性が好みなのかなー、って・・・・。
お淑やかな人がいいのか、それともお上品な人が好きかなーと思って・・・。」
「・・・・・。ふんッ。自分の意志も貫けん、相手に擦り寄る女は少なくとも目に入らん。」
「えーッ!?だっていま目に入ってるじゃん!!お話してるじゃん、私!?」
頬を膨らませて急に立ち上がるとガチャンッと皿やナイフが僅かに揺れる音がした。
口調を変えたにせよちゃんと会話してくれた事実を突きつける。
「俺に嫌われるのがイヤなら、そんな女になるなという意味だ。
「むー・・・・・。パパがそのままで良いっていうならそうするけど・・・・・。
パパのお嫁さんになりたいから。パパの一番になりたいからした、っていうのだけは・・・忘れないでね・・・・?」
「・・・・・・・・。」
親子同士でなんという大胆な告白。上目遣いで大人しく座り直した娘に、勇次郎は何を思ってか表情はさっきと変わらない。
普通ならこんな事を言うのはせいぜい幼稚園か小学校低学年くらいだろう。けれど名無は年齢的に中学生2・3年。
こんな年になってまで父親大好きなのは環境というこの漢のせいなのだろうか。
「・・・・名無も俺に色目を使う年頃になったか。」
「いろ、め・・・?色目って何?」
「男の気を引くような仕草をする女の
どうも勇次郎は娘の成長、というか娘が女として自分に向ける眼差しが嬉しくてたまらないらしい。
怪しくニィッと口角を上げる姿は他人からしたら恐ろしい事だろう。だが名無にはそれが効かない上に逆効果でしかないが。
「・・・・私もパパみたいに技使ったの!?強くなったかな・・・・・ちゃんと私らしく強くなってるかな!?」
「ああ。女として、女らしく。・・・・お前らしくな。」
「_____________~~~~ッッ!!もっとパパの期待に答えるね!!
その為にも、これからはお外でもマイペースにするッ!!」
とびっきりの笑顔で言うとまたテーブルに座って食事を再開した。
マナーはちゃんとしていながら喜怒哀楽はハッキリと。これが名無の食事だと言いたいらしい。
勇次郎は先程と変わらず。怪しく、そして楽しそうに口角を上げたままだった。
帰り道の高級車の中。運転手は軍人キャプテン・ストライダム。勇次郎の友人で、この親子関係も承知の仲だ。
また今日も疲れた顔をしたストライダムをよそに親子は会話する。
「・・・・名無。お前は俺の嫁になりたいと言ったな?」
「そうだよ!・・・・今日のパパ質問が多いね。ご機嫌だから?」
「ああ…ご機嫌だ。嫁になるという事は、俺の身の回りの世話をしてェのか?それとももっと戯れたいのか?」
「んーっとね・・・・・。」
「勇次郎ッッ!年頃の娘に近親相姦紛いの言葉を吹き込むなッッ!!」
足をぷらぷらさせて考える名無。横でニヤける勇次郎。たまらず叱るストライダム。
会話内容がぶっとんでるだけあってどっちが名無の保護者なのやら分からない。
「______________私はパパの傍にずーーーっといたいッッ!!お嫁さんになるっていうのはそういう事だと思うからッ!!」
「・・・・・やはりな。それなら今と何も変わらん。嫁になる意味をもっと理解したら、また聞いてやる。」
「えーッ、何それ・・・お嫁さんの意味・・・!?な、何だろう・・・・・ストライダム分かる?」
「・・・・知らんッ。お前等の親子関係には付き合いきれんッ。」
「何それ・・・意地悪ッ。また難しい宿題が出たなぁ~・・・。」
勇次郎曰く良い女になる為のステップとかでたまに宿題が出るらしい。今回もそんな宿題の一貫だと理解した。
こんな答えにいずれ辿り着いたらと思うとストライダムの方がヒヤヒヤする。彼もまた名無を見守ってきた一人なので心配していた。
_____どういう意味で急にそんな事を言いだしたのか。勇次郎の思惑は二人の届く位置になかった。
「・・・・勇次郎。本当に名無をどうするつもりなんだ?」
「・・・気になるのか?」
「範馬名無は確かにお前の娘だが、血の繋がらない存在だ。・・・なにか良からぬ考えがあるんじゃないだろうな・・・・?」
ホテルのそれぞれの部屋へ戻ってきた勇次郎達。
名無は自室で過ごしているが、ストライダムはどうしても気になったので勇次郎の部屋に来ていた。
勇次郎は今日も外の景色を映す窓に反射して笑う。この漢はいつも通りだ。
「・・・貴様が何を想像しているかは知らんが、俺はただ父親としての責務を果たすまでだ。」
「父親としてのォ・・・・?」
どうにもピンと来ないので首を傾げる。この漢から父親なんてまともな概念があるとは正直思っていない。
だからこそ疑問。真っ当な答えが返ってくればいいがあまり良い予感はしなかった。
「________名無は俺が育てた。拾った日から
そんなアイツがこの頃独自に俺にもっと気に入られようと工夫を凝らしてきやがった。
俺好みに・・・・俺が思う最高の女を目指してやがる。父親冥利に尽きるってもんじゃねェか?ストライダム?」
「・・・・・・・・・。」
「名無が俺と結ばれ、尚遺伝子を残したいと言うのなら喰っちまってもいい。・・・だがそれを拒否し、他の漢を見つけてきた場合。
・・・・どんな漢を見つけてくるか楽しみだ。"俺に近い"奴を見つけてくるか、それとも"俺の逆"を往く奴を見つけるか・・・。
今までアイツの十数年の月日を、俺に注いだ全てに惚れ込む漢がいるのなら・・・・・行く末まで見守るのが父親ってもんだ。」
勇次郎からすれば名無はまだガキもガキ。
そんな名無が結婚・出産・母という未知の領域を知るのは当分先の事。その未知を勇次郎と共に歩くか、他の漢と歩くか。
そこまでの覚悟が名無にあるか?女という自覚と血の繋がらない故の葛藤でどこまでの人生を
良い女に育て上げるのも、この先にある名無の成長が目当て。どう動くか試したいが為にこの漢は名無を傍に置いてきた。
「・・・・やはり近親相姦じゃないか・・・。刃牙やジャックが知ったら、と思うと俺は気が重いぞ・・・・。」
「ふんッ。血がない時点で奴等は察しているはずだ。そんな事も分からん馬鹿ではない。
それに、そうならねェかもと思ってるから俺はこうして心浮かれている。娘を思う故だ。分かるか?」
「分かりたくもないが・・・要するに今の父親LOVEな状態からどう裏切ってくれるかを期待しているんだな?
・・・・名無もお前に拾われたばっかりに・・・・どんな人生を歩むのやら・・・。」
頭を抱え込んで深い溜め息をつくストライダム。勇次郎と出会ってから、この男の苦悩は尽きない。
娘を思うが故に娘の成長を期待する。それが勇次郎なりの責務らしい。難しい話だが、これも全て名無に託された宿命と言えた。
...コンコンッ
『パパ・・・・私だよ。入っていい?』
「・・・・ああ。」
噂をすれば張本人が扉を叩いた。扉をそ~っと開けると何やら深刻な顔をしていた。
戸惑っているというか、悩んでいるような。どうやら質問の答えにもう辿り着いたのだろうか。
一緒にいたストライダムの事は全く名無の視界に入っていないようだが、ストライダムは気が気じゃない。
カチャリ、とオートロックの扉を閉めるとそのままボソボソと呟いた。
「______あのね・・・・お嫁さんの事、なんだけどっ・・・。」
「・・・・・。」
「私・・・・どう受け入れていいか分からない・・・。
今すぐって言うんじゃなくて、私の覚悟が出来てからに・・・なると思うんだけど・・・。」
「や、止めろ名無ッ!!それ以上言うなッッ!!」
ストライダムは思わず身構えて叫んでいた。
慌てて冷や汗を流す姿は完全に保護者のそれだ。
「私・・・・・・。
_____パパから離れてッ、一人暮らしするッッ!!」
「ッッ!?」
「・・・・・ほう・・・?」
「・・・・良いお嫁さんになるには、一旦パパから離れてお嫁さん修行した方が良いと思ったのッ!!
それに・・・旦那さんってある程度放って置かれた方が気楽みたいな記事見つけちゃったし・・・。
・・・・・・パパはずっと私の傍にいてくれた。ずっと私を育ててくれた。それは凄く感謝してる・・・。
・・・・だからッッ!!刃牙お兄ちゃんやジャックお兄ちゃんみたいに一人で暮らして、必ず良いお嫁さんになって戻ってくるからッ!!」
キラキラとその瞳は輝いていた。名無の考えた嫁の意味はまさかの花嫁修行に直結した。
勇次郎が思い描く嫁の意味とはやはり遠いようだが、肝心の勇次郎は・・・と恐る恐るストライダムが横を見ると・・・・。
「______見ろ、ストライダム・・・・。
やはり名無は最高の女だと思わねェか・・・・!?」
これまで見た中でもにんまァ~ッと嬉しそうな笑顔をしていた。
これも勇次郎の言う裏切りの一つなのだろうか。確かに想定外ではあったが、どちらにしろ"花嫁"修行なのだから不安は拭いきれないが。
「・・・・・・この、親バカめッッ。」
希望に満ちた娘。嬉々とした父親。それを見守る仮の保護者。
親子の今後の成り行きにますます目が離せなくなってしまった。
さっきとはまた違ったパターンの深い溜め息をつくストライダムなのであった。
fin