短編置き場
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「_____お、いたいた。ストライダムさーん。」
「・・・・来たか、刃牙。」
「ご無沙汰してます。」
ある日の穏やかな午前の河川敷。この辺では見慣れない軍人のような格好をした男が一人、階段に座り込んでいた。
その男に慣れた様子で話すごく普通の少年。周りから見たら少し不思議な光景だが、所詮日常の一ページ。
高名な軍人・ストライダムと。地上最強の生物の息子・範馬刃牙。この二人がこんな女子供が遊ぶような場所で会うのもまた日常。
他愛のない風景に、他愛のない話。刃牙にしてみればいつも通りのはずだった。
「____で?今回はまた何の用だ?」
「たまには親父と世間話を、とか思ってさ・・・。
親子だし、それぐらいの用件で会うのに不思議じゃないだろ。」
「はあ・・・・まあそんな事だろうと思ったが・・・。
刃牙、これからは俺じゃなく勇次郎へのコンタクトはこっちにしてくれ。」
「・・・・・え?」
ストライダムが懐から差し出した名刺。知らない女性の名が書いてあった。
横で溜め息をついてる辺りあまり気が進まないようだがこんなの聞かない訳にはいかない。
「俺も忙しいんでな。勇次郎目当てに毎回呼び出されちゃ敵わん。」
「これ・・・・『苗字名無』って・・・誰この人・・・?」
「言いたくないが・・・・。・・・勇次郎のメイドだ。」
一瞬で頭の中が真っ白になる刃牙。
今なんと言った?メイド?あの地上最強の生物、範馬勇次郎がメイド?を雇ったと?
メイドといえば頭に浮かぶのは主人の世話をする家事全般に長けた女性。もしくは秋葉原の萌え萌えなんとか~、とかいうアレ。
明らかに前者なのは間違いないだろうがあの赤子でもひねり殺すであろう勇次郎の傍にメイド。全く想像が出来ない。というか無理だ。
想像力にはいくらか自信のあった刃牙だがそれでも頭の回転が数秒追いつかない程困惑した。
「メ、メイドォッ・・・!!?って、あの・・・・主人の身の回りの世話する女の人・・・?
それを親父が・・・?何でッ・・・!?」
「詳細は・・・・・あー、本人達に直接聞くんだな。俺の口から聞くより早いだろう。電話番号も載ってるだろ?」
「そういう問題じゃ・・・・~~~~~ッッッ」
頭をガシガシと掻いて悩む刃牙にストライダムは当然だろうな、と少し呟いて笑った。
最初聞いた時は誰もが耳を疑い、驚きを隠せない。アメリカのプレジデントでさえそうだ。と話していたが刃牙の耳には届かなかった。
「24時間365日連絡OKだそうだ。まあ、頭の整理がついたら連絡するといい。」
「はあ・・・・そうですね、そうします・・・・。」
「半信半疑なようだが本人に会ってみたら一目瞭然だぞ。」
「別に、躊躇ってる訳じゃねェよ・・・・。」
「・・・・・・好きにするといい。じゃあ、俺は次の予定があるんだ、じゃあな。」
「ああ、それじゃ・・・・。」
刃牙の頭で渦巻く疑念。ストライダムの言う通り会えば何もかも分かるのだろうが、その前に自分で予習しておく。
といってもイメージを膨らませるだけだが、何の為のメイドか。本当に主人とメイドという関係なのか。
恐らくだが、普通のシンプルな主従関係ではない。あの範馬勇次郎の事だ。何かの企みなしにしてはこんな事態にはならない。
勇次郎に女。と聞けば嫌でも思い出したくない事までよぎる。強い奴と会う時の興奮や高揚感ではなく、言い知れぬ靄がかかる。
「・・・・・・・・・。」
ともかく連絡しなければ始まらない。ストライダムが去った後、暫くしてから刃牙も河川敷から立ち去った。
トゥルルル... トゥルルル...
『______はい、もしもし。どちら様でしょうか?』
「あ、っと・・・・。苗字名無さん・・・・の番号で良かったですか?」
『はい。そうですが・・・・。』
電話先から聞こえたのはなんとも可愛らしい女性の声。物腰柔らかな応対にどうしても範馬勇次郎を浮かべられない。
電話で話すのにあまり慣れてないので少したどたどしくなってしまう。
「その、俺・・・範馬刃牙っつーんですけど・・・・親父は____」
『まあ刃牙様ッ!?お噂は聞いております!!勇次郎様にどういったご用件でしょうか!?』
急に相手方のテンションが上がる。流石に息子の話は知っているのかかなりご機嫌な様子。
「え、えっと・・・親父と世間話を、とか思ったりして・・・・。」
『かしこまりました、こちらの居場所と連絡先を申し上げますのでメモの御用意を!』
「ああ、ちょ、ちょっと待って・・・。・・・・・・メモねえや、やっぱそのままで・・・・。」
探してみるがそういえばメモなんかあまり使った試しがない。普段から持ち歩くほど几帳面でもなかった。
幸い記憶力は良い方なので長いホテルの名前や行き方も分かった。ホテルの連絡先まで教えてもらったが聞いたところでかけはしない。
丁寧な言葉遣いに勇次郎に会うという用件を忘れそうになる。といっても、メイドの存在を知った時点で用件はすり替わったも同然だが。
『_____・・・では刃牙様。私も勇次郎様も首を長くしてお待ちしております。それでは、失礼します。』
「ああ、どうも・・・・。」
...ツー ツー ツー
(・・・・・・調子、狂っちゃうよなァ・・・・・。)
頭をポリポリと掻いて軽く溜め息一つ。こうやってペースを乱されるのもある意味相手の思うつぼなのか。
自分を迎える勇次郎は多分普段と何も変わらないだろう。腹の
と、一人でぶつぶつ言いながらホテルへと向かうことにした。
空が紅く染まる夕暮れ時。そこまで迷う事なくホテルへと辿り着いた。
ホテルの受付に勇次郎のいる部屋番号を言うと、今は屋上に。と冷や汗を流した状態で言われた。
勇次郎の名前は言わなかったがどんな奴がいるかは従業員全員が理解しているらしく、青ざめた顔をした者ばかりだった。
屋上へ昇る長いエレベーターの中でどんなものかと何十回目かの想像をする。多種多様のパターンを考えては自然と身構える。
静かに目的の場所へ着いた時。扉のドアノブがやけに冷たく感じた。それほど自分は熱くなっていたんだろうか、なんて思いながら。
「_____・・・・・あっ、刃牙様・・・・ですね!わざわざお越し下さって有難う御座います!」
「あんたが・・・・苗字名無さん・・・?」
「はいっ、初めまして。苗字名無です。以後お見知りおきを!」
後ろ姿から正面まで。着飾られたロングのメイド服。そして一見少女のように見える可愛らしく、優しい微笑み。
女性というより、女の子と言った方がしっくり来そうな出で立ちだ。丁寧にこちらに礼をする姿にこっちもつられて礼をする。
「写真などで拝見しておりましたが、やはりどことなくお顔が勇次郎様に似ておられますね。ふふっ。」
「・・・・あれ・・・・親父は・・・?」
「それが少し前からお散歩に出られてまして・・・・。もうすぐお戻りになると思うので、ここでお茶でもいかがですか?」
「・・・ああ、そうする。」
「お飲み物何がよろしいですか?何でもございますよー?」
「別に何でも・・・。」
ご機嫌な様子で奥の広いテーブルへと飲み物の準備にへ向かうメイド。終始笑顔な辺りよほど刃牙の事を楽しみにしていたらしい。
刃牙はそんなメイドを横目に適当な椅子へ腰掛ける。来客用なのか良い素材なようで座り心地が良い。
「・・・・お待たせ致しました、お紅茶になります。」
「・・・・・・あのさ。ちょっといい?」
「はい・・・?」
「親父が帰ってくるまでアンタと話したいんだけど・・・・いいかな・・・。」
「私と・・・ですか?・・・・ええ、構いませんよ。むしろ喜んで。」
笑顔を絶やさない姿勢にはやはり慣れない。昔母の元にもメイドは居たが、それとは何かが違う。
気の抜けない感覚。相手を警戒しているからそう思うのか、勇次郎の元にいる存在だからなのか。真意はまだ掴めない。
それでも質問しようと紅茶を飲もうとカップを手に取る。
「・・・・苗字さんは、親父とどう_______」
「勇次郎様と・・・・どうかされました?」
「_____・・・・・。苗字さん、これ・・・・何淹れたんだ・・・?」
「ハーブティーですよ。特製ブレンドの。」
あっけらかんと答える彼女だが、この紅茶には何か違和感があった。
というか何故か山籠りしていた頃の記憶がふと刃牙の脳内に蘇ってきた。人の五感というものは直接記憶に結びつく場合もある。
紅茶の香りの中にあの険しい山の気配を感じ取った。それは直感でもあり、経験でもある。
0.2秒の合間に辿った記憶が告げるようだ。この紅茶にはブレンドしてはいけないものが入っているのでは、と。
「・・・・俺葉っぱの事詳しくねーけどさ・・・・まさか神経痺れる系のもんとか調合してない?」
「あら?刃牙様は都会育ちと伺っておりましたが・・・・あっさりバレちゃいましたね?」
いやいや。そんな料理の隠し味みたいに言われてもッ。
悪びれる様子もなくあっさり答えるのでどうやら正解らしい。
「山籠りしてた時期とかもあるんでね。・・・・やっぱただモンじゃねェっぽいな。アンタ・・・・。」
「______私の事は名無で宜しいですよ刃牙様。
もっと毒性の少ないものだったら気付かれなかったかも知れませんが、嬉しいです。流石勇次郎様の息子さんです。」
気配、というか瞳の色がガラッと変わった気がした。漫画やアニメで言うところの闘気とでも言うべきか。
先程まで穏やかだった空気も一瞬で張りつめた。彼女の振る舞いは来た時から何も変わってはいないのに笑みの意味がかなり違ってくる。
「・・・そのドレスもさ。長い袖とかスカートの中、何か入ってそうだよな。内側に仕込んだり隠すにはもってこいだ。」
「ふふっ、女性の嗜みです。綺麗な薔薇にも棘があるのは刃牙様も分かっておられるのではないですか?」
「親父のメイドなわけだ・・・。何でそうなったかは知らないけど・・・・。」
「・・・・?ストライダムさんから聞いておられないのですね・・・・。・・・・・知りたいですか?」
事情を知らないのに少しだけ驚いた顔をした。けれどすぐ表情を戻してまたもや笑顔で問いかける。
その笑顔がなんとも楽しそうに見えるのは、自分がどうかしているのか。それとも相手がどうかしているのか。
「・・・・すっげェ気になる。というか、今日俺がここに来た理由がそれだし。」
「なら!私と遊んでくださいませんか?最近勇次郎もつれなくて・・・・欲求不満なんです。」
ロングスカートの端を広げてチラリと足元を見せる。俗に言うこれが色仕掛けというやつか。
今から起こる遊びがどの程度のものかは分からないがこれも日常の内。
平静を装って余裕な風に答えた。
「・・・・・。女の人とはあんまやった事ないけど、いつでもどーぞ。」
その刹那。どーぞ。のぞ。を言いかけた瞬間に彼女の胸元から銃が飛び出した。
バァンッ!!!
開始の合図とばかりに顔を掠めていった銃弾。躱した刃牙の早さに銃は効かないと瞬時に判断して適当に銃を放り投げた。
すると袖から短めのナイフ。早速向かってくる刃牙を狙うがやはり当たらない。蹴りと同時に踵に仕込んだナイフが光るがこれも不発。
次のナイフを出そうと胸元へ手を伸ばす。
「____っ!」
が、そうはさせまいと刃牙が蹴り上げナイフがあらぬ方向へと飛んでいってしまう。
だが瞬間に刃牙を本物だと認めてか、今日一番の笑みを浮かべた。
袖のナイフも役に立たないと思いそれもその場で放り投げた。次にテーブルの端に見えた包丁を手に取りリーチを広げる。
これもまた避け続けるので、ならばとテーブルの傍にいた時隠し持っていた紅茶を瓶ごと投げつける。
上手くいけば目潰しになるし、一瞬隙が出来ると思ったようだが。
「きゃっ!?」
一瞬刃牙の姿が消えたと思ったら視線の下に。気付いた時には足元を蹴られて転んでいた。
けれど運良く転んだ先に最初投げた銃が落ちていたのでこれを拾って速攻へ撃つ。
\ ドガァアアンッッ!!!! /
が、銃声は鳴らず。その数歩手前で出入り口付近から強烈な音が建物中に響いた。
『貴様等ァッ!!!俺抜きで遊ぶとは、殺されたいかァッ!!!』
「___お・・・・親父っ・・・!」
「あっ、勇次郎様ぁ~!!お帰りなさいませ~!!」
勇次郎が散歩から帰ってきた。怒号と共に登場したからか髪の毛が逆立っている。
そこそこ頑丈に出来ていた扉が粘土のようにひん曲がってしまった。
刃牙が呆然とするのをよそに、何事もなかったように銃を胸元にしまって嬉しそうに勇次郎に駆け寄る彼女。
「勇次郎様っ!刃牙様はやはり凄いです、想像以上ですっ!
私もついつい夢中になってしまって・・・。あっ、それはさておきっ。お飲み物は何に致しますか?」
「・・・・・・ふんッ。52年の樽の酒をすぐ持って来い。妙な物を混ぜたら命はないと思え。」
「はーい!ただいまー!」
刃牙はよくあの状態の勇次郎に近付けるもんだと関心していた。その内に勇次郎の髪の毛はだんだん落ち着いていった。
これまた笑顔で走って下の階へと降りる彼女に呆気にとられてしまう。
「なあ、親父・・・・俺の居ぬ間に何・・・?あの人・・・・?」
「見て分からねェか。付き人だ。」
「何でまたメイド・・・・。俺なんにも知らねェんだけど・・・・・。」
「ストライダムから聞いてないのか?だから名無と遊んでたのか?」
「そんなとこ。もうちょいしたら聞き出そうと思ってた。」
フン、と短く鼻を鳴らすと先程自分が座っていた椅子よりもう少し立派なテーブル近くの椅子へどかっと座り込む。
いつも通りと言わんばかりに頭で腕を組んで寛ぎながらちらりと刃牙を見る。
「名無は一度始めると諦めが悪い。恐らくもう2~3分は続いていただろう。」
「親父相手でも?」
「その日の赴くままだ。」
「・・・・・・・。」
本当は勇次郎も自分も、本気の本気を出せば手こずる相手ではない。ものの数分で息の根を止められるだろう。
だからこそ分からなかった。彼女を生かす理由、傍に置く理由、その真意が。
「___________お待たせ致しました、勇次郎様。刃牙様も、おつまみで宜しければどうぞ。」
「名無。こいつにお前の話をしてやれ。聞きたくてしょうがねェらしい。」
「・・・私の話ですか?そういえば先程も私と話したいと言っておりましたね・・・。
私が何故勇次郎様の傍にいるのか、ですよね・・・?話すと長くなりますが、お時間よろしいですか刃牙様?」
「・・・・・ああ。今日はその為に来たんだし。早く聞きてェな。」
ニコリと変わらぬ微笑みで勇次郎へ酒を注ぐ。そのあと刃牙にその辺へ座るよう促した。
先程じゃれ合った残骸と淡々と片付けながら、彼女は何だか楽しそうに話し始める。
「_______________勇次郎様とお会いしたのは、忘れもしない二年前の事です。」
彼女は一見日本人のような見かけだが育ちは海外らしい。というのも、親の顔を知らないで捨てられた為国籍は日本じゃないらしい。
名無はとある国のスパイだった。気がついたら闇の世界で買われ、殺し、殺されかけて。
一国の重要機密を担う人物を幾人も闇に葬ってきた影の実力者。
腕には誇りと自信を持っており、いつしかそこに生き甲斐を見出すようになった。
けれど。名無は退屈していた。
(まだ・・・・まだ足りない・・・・。こんな役人を葬るだけの任務なんて最早仕事ですらない・・・・。
_______誰かッ。誰かいないのッ?私を愛してくれる・・・・殺してくれるような奴は・・・・・。)
この感情は死にたいというより、誰かに殺されたいという夢だった。
己の力でもどうする事も出来ない、絶対的な力で死ぬ事を強く願っていた。
その力は権力などではなく、出来るなら武力のような戦いの果てにある力で。
自分の全力をぶつけても倒れない程強大な存在がほしかった。ある訳もないのに居てほしいと思った。
そんな力がもしあるのなら、一生の望みを叶えてくれる相手ならば。生涯で一度きりの恋の相手と同義だった。
普通の恋愛などはなから求めていない。今更刺激のなさすぎる恋とも無縁だったから。
『アメリカめ。何をこんな奴一人に怖じ気付いているのか全く分からんッ!』
そんな折。国から一つの大きな命を受けた。
依頼は"範馬勇次郎を始末せよ"。
その国はアメリカの脅威、曰く地上最強の生物である勇次郎に狙いを定めた。
あまり大きな国でなかったのが幸か不幸か。半信半疑に思っていた為に勇次郎の実力を試したかったのだ。
______一番喧嘩を売ってはいけない相手だった。
結果は火を見るより明らかだが、名無のいた国は全盛期の規模の半分以下にまで勢力を落とした。
戦力の大半を勇次郎に根こそぎ持っていかれたのだ。無理もない。
だがそれともう一つ。大きな要因があった。
「く・・・・ぁ・・・・・っ・・・・!」
「・・・・・・・・・。」
周りは血と死体の海。ところどころ人同士が重なって一部山とも呼べるだろうか。
足元に転がる武器は戦い尽くした証拠。結局目の前の漢には何一つ通用しなかったので遊び飽きた玩具のように捨てられていた。
勇次郎に片手で首を絞められ、殺されるのに屈辱という気持ちは沸かなかった。むしろこの時勇次郎に惚れてしまっていた。
自分の技術をいくら駆使しても立ち上がるその漢。もっと彼と戦いたい。彼を殺してみたい。
けれどもう叶わないならいっそここで殺されてしまおう。と笑顔で諦めたように力を抜いた。
(_____________嗚呼、私はこうして死んでいくのね・・・・。嬉しい・・・・・私の全てを受け止めてくれた人がこの世にいるなんて・・・・・。
こんな強者の手で果てれるなら本望・・・・・・ね・・・・。)
最期まで名無の気持ちは変わらなかった。
「・・・・・・・・・・おい。何故笑う。」
「・・・・・・?」
と思った矢先、首筋の力がピタリと止んだ。
数秒経ってからようやく話しかけられた事に気付いてうっすらと瞳を開く。
「・・・・これから死に行く時に、何故笑ってんのかと聞いた。答えろ。」
「・・・・・・私・・・・・は・・・・。」
勇次郎に思いもよらない言葉を投げかけられ少し戸惑った。
「・・・・なぜ・・・・って・・・・。私を、ここまで追いつめたの・・・貴方が初めてだったから・・・・。
そんな素敵な貴方に・・・・・殺されるなら嬉しいって・・・。だから・・・・惚れた貴方に殺されるから・・・・笑ったの・・・・。」
すると勇次郎は首を絞めるのではなく器用に掌にだけ力を込めて血管を浮かび上がらせた。そうしてまた問うてきた。
「_____お前は俺に殺されたいのか?それとも、俺を殺したいのか?どっちだ。」
彼がくれたこの問いはチャンスだと思った。
一歩間違えば殺されかねない状況だが自分の気持ちを素直に言うチャンス。
なのでまた笑って返す事にした。
「・・・・・私は・・・貴方を殺したい・・・。殺しという形でしか愛を表現出来ないの・・・・だからどうか、愛させて・・・・そして殺させて・・・。
けれど貴方様は・・・・。勇次郎様はそれを決して許しはしない・・・。
なら、いつか私が勇次郎様に殺されるその日まで。出来れば・・・・貴方の女に、なりたかった・・です・・・!」
涙を流して懇願するのに偽りはなかった。今まで殺してきた相手や、従ってきた者とも違う感情。殺したい。殺してみたい。
そんな愛の形をこの漢にならぶつけてみたい。全力でぶつけられたのに。そう思ってしまったから。
勇次郎はそれを聞いて、暫くすると静かに口角を上げた。
「・・・・・・・ふっ。この俺がお前のような小娘を女にしろだと?・・・・阿呆らしくて鼻笑いしか出来ねェな。
_______逆だ。この掌、首にかけた時点でものの数秒で生命を握り潰せる。貴様の願いは聞かん。
・・・・だが今は殺さないでおいてやろう。
精々俺の機嫌を損ねんよう俺を殺しに来い。俺の暇潰しの欲求を満たせぬようなら、それまでだ。・・・・・いいな?」
そう言うとすっと手が離れて、そのままどこかへと歩き出した。
すとんと身体が床へ滑り落ちて。その瞬間にようやく彼の言葉の意味を理解した。
ある意味で夢が叶ったようだった。あまりに嬉しくて。生きている現実と、彼に仕えられる喜びで一杯だった。
急いで勇次郎のあとを追いかけて、息を切らしながらさっきとは違う笑顔で叫んだ。
「・・・・はいっ・・・・勇次郎様・・・・・!!貴方のご期待に沿うような女に・・・精進致しますからっ・・・・!!」
「______俺の隣りにいるにふさわしい・・・良い女になれ。名無。」
機密情報を知り得、地上最強の生物に寝返った重要人物苗字名無を失ったかの国は今や見る影もないのだという。
国の裏切り者として一生追われても、勇次郎の元にいれる幸せは何者にも変えられない。
たとえどのような結末になっても。彼女は笑って死んで行ける自信があると微笑んだ。
「______という訳です。ご理解いただけましたか?」
「・・・・・・・・・・。」
終始無言で聞いていた刃牙。その場で色々悩んだような表情をして、結局普通の表情に戻ると一言。
「7割。当たってたかな。」
と呟いた。
「そうですか。なら70点ですね。」
「ストライダムさんが話したがらねェ訳だ。長いし、スパイだし、面倒だよ。」
何かのスパイだろうとは思っていたが国一つを破滅させた重大な歴史まで付いてきた。
なんのニュースにも載らず、アメリカも日本も恐らく知らない世界の事実に"地上最強"を改めて理解する。
「・・・・・んで親父。名無さん、俺の新しい母親にでもすんの?」
そんな愛だのなんだのとここまで名無が一途に思っていて、メイドにまでなれたのだからいずれその可能性が浮上するのでは?
となんとなく思ったので興味本位で聞いてみる。
勇次郎はある程度グラスの酒を飲むと、刃牙を見つめるでもなく名無を見るでもなく。
酒のボトルに笑いを映しこう言い放った。
「______微塵もねェなァ。あと3・4年費やしてもたかが知れている。」
「・・・・・。」
普通、本人の前でそれ言う?と内心思った刃牙。
ふと名無を見つめると彼女は先程と同じく笑っていた。
「そうですよ?私はまだまだですし、勇次郎様のメイドってだけですから。」
「・・・・・・そ。俺が言うのもなんだけど、頑張って。」
「刃牙様にそう言われると凄く励みになります!頑張りますねっ!」
そう微笑んだ彼女は出会ったさっきよりも何だか可愛くて、同時に瞳の奥に野望のような炎が見えた気がした。
怖いではないけれど、これ以上刺激するとまたストライダムさんの厄介事が増えるような感じだ。
「ところで刃牙様。晩御飯はどうされます?すぐご用意出来ますけど?」
「いや、ここで食べるとある意味帰れなくなりそうなんで・・・いいや・・・。」
「そうですか・・・・ならお送りしましょうかー?」
「いやッ、いいです!じゃあな親父ー!」
「あっ!刃牙様、お車すぐに御用意できますよー!?」
途端に用事を思い出したかのように急いで階段を駆け下りる刃牙。
それを女性の走り方なのにそこそこのスピードで名無も追いかけた。
まさか一人ぽつんと屋上に残された勇次郎は、独り言でボソッと呟いた。
「・・・・・名無の奴、刃牙に浮気か?」
名無に好奇心の対象を一人増やしただけな気がした今日。
ビルの谷間に吸い込まれるように暮れていく夕日は、彼女の気持ちのようにいつまでも長く居るようだった。
fin