短編置き場
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「にゃあー!」
これはあたしが今のおうちにくる前のおはなしね。
うまれたときには木とか葉っぱがいっぱいある、しげみであたしはうまれたの。
その時は名前なんかなくてママとお姉ちゃんとあたしと弟がいた。
ママのとなりはいっつもあったかくて。きょうだいとケンカもしたけどいつも楽しかった。
ごはんはいつも早い者勝ち。あたしはいつもおそかったからあんまり食べれなかったっけな。
「にゃん・・・?」
そんな時にママがここにはあんまり食べれるものがもうない。
よそに行こうって言ってね。あたしたちはお出かけしたの。
ママのあとをしっかりついて来るのよ。ママのくちぐせだったっけ。
\ファーン!! キキィー!!/
おおきな音がした。
みちを歩いたママがまぶしい光につつまれて、おおきなかたまりにぶつかった。
「にゃあ・・・・にゃあ・・・!」
あたしがいちばんさきにママにかけよった。ママはうごかない。どうして?
お姉ちゃんも次に来たけどいくら呼んでもへんじがない。ママ。おきてよ。
そしたらあたしたちの前にまたまぶしい光が来て。その光におどろいてあたしたちはうごけなかった。
\キィー.../
「ねこ!ねこだよ木崎!」
「二代目、よく見えましたね・・・オレぁてっきりたぬきか何かかと・・・。」
「そうじゃない、ケガしてる!こねこもいる・・・。」
光の中。っていうか光を放つかたまりの中から人間が出てきた。
にげようって思ったけどママからはなれたくなくて。でもママはどんどんつめたくなっていった。
「もう親猫の方は無理そうですぜ・・・。というより、こんな所にいつまでもいると・・・。」
「・・・・飼おう。」
「へっ?・・・・今、なんと・・・!?」
「この子猫、うちで飼おうよ。俺が責任持って世話する。
お父さんとお母さんには俺が説得するから!」
「二代目、正気ですか!?野良猫なんか組で飼うなんて____」
\ファー!! プップー!!/
「・・・・~~~~ッッ・・・・・とりあえず話は車に戻ってからです。行きますよ!」
「ほら、おいで。怖くないよ。」
何すんの、やめて!そうやっておねえちゃんとあたしは暴れたけど人間の力にはかなわなかった。
ママも一緒にかたまりに乗せられたけど、後ろの方からにおいだけして。すごく怖かった。
おいてかれた弟とはそれっきりで。今はどこで何をしているのか分からない。
こうしてあたしはこの人間に拾われたの。"花山組"っていうおうちに。
「にゃあお・・・・。」
「んにゃー!にゃー!」
あのあと人間のすむ大きなおうちに連れてこられたんだけど、ママのにおいがなくなっちゃった。
だからあたしとお姉ちゃんはずっとないてた。さみしそうなのがお姉ちゃん。大きな声があたし。
「子猫達は元気そうで良かった・・・・。」
「二代目・・・・本当に飼う気なんですか?」
「うん。絶対説得する。」
「・・・まあ親猫もしっかり埋葬しましたし、大将も話せば分かってくれるかもしんねぇですが・・・。」
人間の言葉はよくわからない。けどなんだかあたしたちの事を言ってるようなかんじがする。
このおうちの人はあたし達にごはんをくれた。味がはっきりしてておいしいのが人の食べものよ、ってママ言ってたっけ。
ごはんがずっと食べられるなんてラッキーだ!食べれない日もあった外よりここの方がいいのかな・・・?
「______薫がそこまで言うんなら飼ってもいいぜ。」
「本当!?」
「大将、本気ですか!?」
「ただし・・・一匹までだッッ!!」
「えー!?」
おおきな声が気になるんだけどなんて言ってんだろ?
子どもがあたしたちを見ておちこんでるようにも見えるけど・・・?
「えーってお前ェ、極道の家を猫屋敷にするつもりかァッ!!こいつら何匹ガキ増やすと思ってんだァッ!!」
「まあまあ大将・・・・外にはあんま出しませんし、手術も受けさせるってのは二代目に言いましたんで・・・。」
「それでも駄目だッ!木崎、最近薫に甘かねぇか?」
「い、いえッッ すんませんッッ!!」
ん?なになに?子どもがじーっとこっち見てる。なによ、きょろきょろしちゃってー。
「んにゃあー!!」
おいしいものでもくれるの!?
______っておもったら子どもはあたしをだっこして笑った。
あたまをなでる大きな手。ふしぎと悪い気はしなかったなあ。
「俺・・・こいつにする!この元気なの!」
「にゃあー?」
「・・・・・はあ、よっし決まりだ。残った奴は誰かが欲しがるだろ。そっちに譲るんだな。」
「うん。分かった。」
なんのことか分からなかったけど、こうしてあたしだけ花山家に引き取られた。
お姉ちゃんは別のおうちに。でもこの時のあたしたちはそれを分かってなくて、しばらくしてからようやく分かったこと。
______時間がたたないと分からないことがいっぱいある。
多分ママも。あの大きなかたまりにぶつかった時死んじゃったんだろうな。
いつか帰ってくる気がしてたんだけど、子猫のあたしは知らずにいた。
「にゃあ~・・・・。」
おなかいっぱいになってふわふわした毛布のうえでおひるね中。
ママみたいであったかい・・・・。そんなあたしを見て、子どもと大人がまた何か話してるみたい?
「・・・・ねえお母さん。こいつの名前なんにしようか?」
「そうねえ・・・・。薫が決めなくていいの?」
「うーん・・・・思い浮かばなーい・・・。」
「確かこの子、女の子だって誰かが言ってたわね。
______じゃあ・・・・名無ってのはどうかしら?」
「_____・・・・名無・・・。・・・・うんっ!
名無にしよう!これからうちの家族だぞー、名無!」
ほっぺをつつかれたけどねむたいあたしにはなんの話かさっぱり。こうしてる間にあたしは名無という名前をもらった。
起きてからあたしを見つめて名無、名無ってみんなが言うからあたしのことだって分かったんだ。
______それからしばらく。あたしには落ち着ける居場所ができた。
「待ってろよー、今おもちゃ作ってやるからな!」
それがここ。あたしが気に入ってる薫の部屋。まわりに遊べそうなものがてんこもり!
それにこのおうちの子どもの薫はたまにおやつもくれる。内緒だよ、ってよくくれるの。好き!
「・・・・ふんッッ!!・・・・な?すごいだろ?鉄だって真っ二つに出来るんだー、俺!」
手でちぎってあたしのおもちゃをくれる。ぎゅ~って手にいれちゃえばボールのできあがり。わあーい!遊ぶぞー!!
コンコンッ ガチャッ
「二代目、失礼しま_____・・・。・・・はあ・・・またおもちゃ作ってんですか・・・。」
「にゃあお!」
「大将が猫屋敷になるって言う意味が分かった気がする・・・・。」
「だって名無も楽しいもんな?」
まわりに鉄のボールとか紙のボールとかボールだったけどボールじゃなくなったおもちゃとかいっぱい!
あれ?ボールばっかり?まあいいや。ここにいると楽しいし、人がきてうるさくなれば他の部屋におさんぽ行けばいいもん。
でもだいたいここでごろごろしてあそぶんだー。
「みぃ~。」
「よしよし、おいで。名無。」
あたしが甘えたい時は薫がだっこして頭なでてくれるの。良い気持ち・・・・。
「本当名無はよくなついてますね・・・。俺が呼んでも来た試しねぇのに・・・。」
「いつも遊んでないからじゃないか?」
「はは・・・・それもそうか・・・。」
______わらう薫の顔をみながらねると、ゆめでも薫に会えるような気がした。
そんなあたしの日々は静かに過ぎるはずだった。
「・・・・・・ううぅ~~~ッッ・・・・。」
でも急に、何かがあたしのからだを走るような感覚。しげみにいた時を思い出させるにおいがした。
それは、血のにおいだってあとで分かった。
最初からそんな気がしてたけど、薫のおとうさんからよくしていたの。
だから近付かれるとつい牙をむいちゃってた。
「ウ~ゥッッ・・・。」
「・・・・名無には分かんだなァ。野生の匂いってのが・・・。」
「大将・・・・・。」
「・・・・源王会ともそろそろドンパチやり合う時が来たかもな・・・・。腹ァくくれと全員に言っとけ。」
「・・・・分かりましたッ・・・・。」
なんでそんな匂いがするのか。なにを話しているのかなんて分からないけれど。
この家はおとうさん中心にまわっている。まわりの人たちからもおとうさんがボスだってかんじがする。
ねこのあたしにだって誰が一番えらいかはよく分かる。だから、そのせいで薫が大人になっていくのも感じていた。
「にゃあ。」
「・・・・・。」
「・・・・・にゃお・・・。」
お父さんが怒鳴る回数がふえた頃。薫はなんだかあまりしゃべらなくなった。
あたしを見て笑ってくれるから根っこが変わらないのは分かるよ。なでる手がやさしいのも知ってるよ。
だんだん成長していくのはあたしも同じ。言葉は少ししか分からない。その分表情で気持ちを理解していく。
あたしも薫の言葉が分かったらな。全部独占出来ればいいのにな。って、思う事が増えたんだ。
「____・・・・!」
それから数年経ったある日のこと。あたしの好きな香りがどこからかして、気が付いたら駆け出していた。
あたしがあんまり来ない部屋。ここはお母さんの匂いが充満してるからこの人のテリトリーなんだと思う。
なんとなく予想はしてたけど、やっぱりそこに薫もいた。
「______おふくろ、誕生日おめでとう。」
「ふふっ。毎年の事だけれど有難う。綺麗な薔薇だわ・・・・。」
あたしはこの花の香りが大好き。このお母さんからも、たまに薫からもこの香りがする時がある。
なんでか照れくさそうに笑う横顔。そういえばこんな時期になると花を渡してるような・・・・?
「・・・・あら、名無も来てたのね?」
「いつの間に・・・・・。」
「きっとこの花束が分かったのね。名無も薔薇の花好きだもの。」
「みゃ~お!」
「・・・・ん。」
抱っこされると温かい。手からいっぱい花の香りがしてちょっとくすぐったいな。悪くないけど。
そっからお母さんの花束を近くで見せられた。
少し揺れてるからパンチしたかったけど、今日はお母さんが主役。だからしないよ。
「にゃー!」
「名無もおめでとうって言ってるのかしらね。」
「・・・・・うん。」
どういう理由で花束がここにあるかなんてあたしは知らないけど、たまにするこんな香りが好きだよ。
毛の逆立つ血のにおいより、このままがいい。
だって・・・・・あれは、あたしがあたしでなくなるから_______
「どけェッッ!!!」
「キャァッ!!」
それから暫くして。あたし達の環境を変える出来事が起こった。
いつも以上に怖い顔で家を出ようとするお父さん。それを泣きながら止めようとするお母さん。
怖いというか、不安というか。あたしはただ鳴くことも出来ず眺めるしか出来なかった。
その最中で薫がお父さんへ近付いていく。とても真剣な顔つきで。
いやだ。薫もどこかに行っちゃうの!?
「にゃあぁー!!」
「・・・・!薫・・・・。」
あたしの声で薫に気付いたお父さん。腕をつかんでお父さんを引き止める。
「何のマネだ・・・?」
「・・・・・・。」
「それが全力か?やるンなら本気でやれ・・・・。
『やらんかァッッ!!』」
次の瞬間。弾ける音と一緒に目の前が赤くなって。人でも分かるような血の匂いが漂う。
それをしたのは間違いなく薫。ボールを作る時の力をそのまま腕にしたんだ。
「フ・・・フフッ・・・・。こいつはケッサクだぜ・・・・。
知らぬ間に、おれたちの息子が・・・・強く育った証拠だ・・・・。」
周りが真っ赤になって。あたしの体にも血が降りそそぐ。
その時野生の本能ってやつがそうさせて。あたしはあたしでなくなった。
「_______ニャアッッ!!」
いつの間にか。そんな気はなかったのに。あたしは薫の足に強く噛みついていた。
肉じゃない。餌じゃない。分かっているけど引きちぎるんじゃないかって勢いで噛んだ。
今思い返せば、ボスに牙をむいたってことと血の匂いで冷静な判断が出来なくなってたんだと思う。
「薫・・・・母さんを頼んだぞ。」
「あんたァァァッ!!あんたァァァッ・・・・!!」
けれど薫は動かなかった。
噛みつくあたしを悲しくなる程冷たい瞳で見下ろして。その瞳で我に帰った。
お父さんはそれから二度と家に戻って来ることはなかったの。・・・ママと同じだね。
「・・・・にゃおっ・・・・・。」
ごめんね。ごめんね。必死になって足の血を舐めた。口の中がますます血の味でいっぱいになる。
そんなあたしをまた見下ろすと今度は悲しそうな瞳をしてた。
他の人からタオルをもらって、自分の怪我より先にあたしの体を拭いてくれたんだ。
そんな事件から家は悲しみに包まれて。そのせいなのか、薫は余計無口になった気がする。
多分それから。顔つきがだんだんお父さんに似てきたの。
いつだか、薫の匂いが消えて帰って来ない日が増えた。凄く落ち着かなかった。
そうして帰ってきたらね。顔とか体に大きな傷がいっぱい出来てて。また血の匂いがし始めた。
_____そっか。あの日から、薫が家のボスなんだね。
「みぃ~・・・・・。」
「・・・・・・・。」
こびりついてしまった匂い。消せない匂い。
最初の内は理性がどっかに行って引っ掻く事もちょっとあった。でもそんな事しても無駄だって分かる。
でも次第に慣れてきたんだ。落ち着いたら血じゃない他の匂いもするって分かったから。
「にゃあお・・・・。」
抱き締められて分かるお酒の匂い。それとタバコってやつの匂い。知らない匂いだってある。
勿論たまにだけれど、好きな花の香りだってするんだ。
ねえ、あたしの知らない世界を薫はいっぱい知ってるんだよね?
薫の感じた事全部知りたいよ。その優しい手と微笑みをあたしだけの物にしたい。
もっと遊んで。もっと触っていいよ。もっと、かまってよ。
「______大将、時間です。」
「・・・・・・ああ。」
行かないで。お願いだから。
ずっと、ずっと傍にいてよっ!!
「にゃあぁ・・・!!」
呼び止めても無駄って分かってる。振り返りもしない。
けれど、帰ってきたら撫でてくれる。遊んでくれるし、笑ってくれる。
だから良い子にしてずっと。貴方だけを見つめてきたの______
「名無。」
「・・・・?」
それからまた暫く。数年くらい経ったのかな。
あたしにどこかへ手招きする薫。あたしも彼のあとに続いて歩いた。
お出かけ?って思ったけど着いたのはお母さんの部屋。ここに来るのもちょっと久しぶりだった。
「・・・・・・・・。」
「______どうぞ、中へ。名無もお入り。」
お母さんとよく一緒にいるお付きの人が部屋に入るのを許してくれた。
最近部屋の周りを警戒されてたからあたしも入っていいんだ。って驚いたよ。
「・・・・・おふくろ・・・。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・昼から事務所行きだ。こっちには、たまに顔見せる。」
「・・・・そう・・・かい・・・・・。」
あたしが入ったのはお母さんの部屋だったはず。姿を見ないと思っていたけど、見た目がだいぶ変わっていた。
お父さんがいなくなってからお母さんに会ってなかったっけ。起き上がるのもしんどそうだった。
変わらないのはあたしの好きな香り。それとお母さんの笑顔くらいかな。
「・・・・・・名無は・・・・・。」
「にゃん・・・?」
薫が優しく抱っこして、お母さんと目線を同じにする。
あたしにはこれがどういう意味かは分からなかった。
「・・・・・連れて・・・行きなさい・・・。
・・・・名無には・・・・薫がいてあげないと・・・・ね・・・・。」
前よりずっと細くなったお母さんの手が頭をなでる。ぎこちないけれど、薫と同じで優しい手。
「・・・・・・ああ・・・・。」
短く返事をして、悲しそうな瞳をした。その後お母さんと何か難しい話をしていた。
そうしてあたしは。この広い家に二度と戻ってくることはなかった。
すぐ新しい家に薫と他の人達でお引越しをした。その他大勢来て、前よりちょっとせまいかな?
でもあたしの部屋は薫と同じ。それは変わらない。彼の行く所にあたしも行くだけ。
大きい部屋にはよく薫と仲の良い人が入って何か話してる事も増えた。
あたしとしては薫以外入ってほしくないんだけど・・・。
「・・・・・なんつーか、名無。あんまりおもちゃに興味示さなくなりました?」
「・・・・こいつも成長してんだ・・・・・きっと。」
せっかく薫に撫でられても眠くてあんまり反応出来ない。
最近なんだか疲れちゃって、遊ぶよりも寝てる時が多くなったかな。
場所は部屋が小さくても大きくても決まって薫の机の上。前からそうだけど、ここがあたしの指定席。
眺めがいいし、薫の匂いがいっつもここにあるから。いない時でも寂しくないから。
「名無ちゃんって言うんスか?かっわいぃッスねぇ~!」
「おい、あんま触ろうとすっと引っ掻かれるぞ。大将にしか懐いてねえからッ。」
「そうだぞー。・・・・・俺と大将が拾った時から、ずっと大将の傍にいた。
名無はな、大将にだけ一途に惚れてんだ。これが人間ならどんなに良い女か・・・。」
「あー、俺も嫁さん欲しいなァ・・・。」
なんだかごちゃごちゃうるさいなぁ。もし薫の悪口なんか言ってたらただじゃおかないから。
眠いのに他人に撫でられると攻撃する時もある。基本薫以外はそうなんだけどさ。
そんなある日の事なんだけどね。あたしもこれは思い出したくない話。
「・・・・・・。」
勉強机って呼ばれるところでじっとして薫が帰るのを待つ。
もうどれぐらいこうして待ってるかな。多分大部屋には行かずこっちに来るはずだけど・・・。
「______・・・・!」
すると遠くから足音が聞こえた。薫が帰ってきた!
どうやら木崎も一緒みたいだけどそんなん関係ないや。
ガチャ
やっぱり薫だ!お帰り!
って思った。・・・・あれ?見た目はいつも通りだったけど、ちょっと待って?
・・・・何。この匂い。薫のじゃない。
「・・・・~~~・・・・!!」
「ありゃ、名無。どしたんで、そんな怒って・・・。」
「・・・・・・。」
すぐに机から降りたけどやっぱり。近寄ったら明らかに薫に纏わり付く嫌な匂い。
なんの匂いか分からないけど凄く嫌だった。
「まさか、大将が"遊んできた"の名無にバレてんじゃないですか?」
「・・・・分かんのか・・・。」
「その"香水"俺でも分かりますから。猫にしてみりゃ、尚更ですかねェ・・・・。」
「______・・・・名無・・・・『ッニャアァ!!』
その匂いしたまま抱っこしようとしないで!!こっちに来ないで!!
久々にあたしも感情的になっちゃった。あまりに嫌だったからその場からさっさと退散してやった。
一体なんなのあれ。強烈な外の匂い。花みたいな匂いだけどあたしの好きな感じじゃない。
言葉はあんまり分かんないままだけど、もしかして。女の人なの・・・・?
前の大きな家にいた時にはお付きの女の人もいた。だから女と男の匂いは分かる。
あの花っぽい匂いと同時に感じたのがその感覚。女の匂い。
「・・・・・・木崎。名無はどこ行った。」
「え?見てませんが、事務所のどっかじゃないですか?」
「____・・・・そうか・・・。」
何があったか知らないけど、外で女の人と一緒にいたんだ。きっとそう。
あの強烈な匂いがする間だけ。あたしは薫に一歩も近寄らなかった。
その日を境にあたしは女の匂いに敏感になった。匂いがする間はあんまり薫の近くに居たくなかったから。
「_____大将、失礼します。
・・・・あ、名無・・・戻ってきたんですか!?」
「・・・・ああ。こいつには全部お見通しらしい。
・・・・・・恐れ入ったぜ。名無には敵わねえよ。」
何故かあたしの名前を呼んで笑ってる。戻ってきたのが嬉しいのかな。
別に女の人と一緒だったのに嫉妬してる訳じゃないよ。そんなんじゃない。
・・・・ただあたしの気に入らない匂いだったから。薫からあんな匂いしてほしくないから。
薫が好きだって言ったあの花。・・・・なんて言ったっけ。薔薇の花かな。
あれがあたしも薫も好きな香り。せめてあんなだったら、あたしも避けたりしないのに。
それがあたしにとって大きな事件だったけど、この家はその後大きな問題に巻き込まれた。
いつか、バタバタと騒がしい音が聞こえたと思ったら男の子が薫とケンカしたの。
あたしは別の部屋に逃げてたから大丈夫だったけど、ケンカの後あたしのお気に入りの机がなくなってた。
男の子が外にふっ飛ばしたんだって。それとか色々あったみたいで薫が物凄く怒ってたの。
あんなに怒った薫見るのって小さい時以来じゃないかな?
「・・・・・にゃあ。」
「・・・・・・行ってくる。」
珍しく部屋を出る時あたしにそんな言葉をかけて薫は外に出た。
真剣な顔してたなぁ。よっぽどその刃牙って子が気に入ったんだね。
それからムショがどうとかで薫は暫く帰って来なかった。最近じゃあんまこういう事なかったんだけどな。
_____それでね、久しぶりに帰ってきた時。薫の雰囲気がいつもと違ってた。
「・・・名無。こっちに来ちゃくれねえか。」
「・・・・?」
珍しくそんな言い方であたしを寝る所に誘った。一緒に寝るなんていつも通りじゃない。
どうしたのかな、って思ったら。横になった時に微かな香りがした。
「・・・・みぃ~。」
「・・・・・・名無・・・。・・・・お前も・・・・薔薇の花が好きだったな・・・・。」
「みい・・・・?」
好きな薔薇の香り。手の平から少しだけした。しかもこれ、お母さんのだ。
お母さんと似た優しい顔をした彼。けれどいつもと違って悲しそうに見えた。
小さい時から泣く事なんてほとんどなかった薫。
涙こそ流してないし、泣きそうな顔でもないけれど。
・・・・・寂しいの?って思った。だから、指先を舐めるとどこか安心した顔をして眠ったの。
お母さんの薔薇の香り。それがしたのはこの時が最期だった。
木の実がおいしそうな秋が来て。冷たい雪が降る冬が来て。
草花が大きくなる春が来て。空に大きな花が咲く夏が来て。
色んな季節をずっと。薫の隣りでいつも過ごしてきた。
あたしはこの頃夢を見る事が増えてきて、その夢のどっかにいつも薫がいたんだ。
『名無、おいでー!』
『わーい!もっと遊んでよ、薫!』
夢の中でも猫だけど、あたしは人間の言葉を喋ってた。そしてその意味が薫にも伝わってた。
いっぱい遊んでくれた子供の時の薫が出てくるんだ。凄く楽しい。
『あたしね、薫の事好きだよ!大好き!』
『うん!俺もだよ名無!』
『二人とも~、ご飯出来たわよ~!』
遠くの方でお母さんの声がした。お母さんの足元にはいつも綺麗な花が咲いていた。
『あ、お母さんが呼んでる。行こう!』
『ちぇー。ご飯食べ終わったらまた遊ぶからね。』
そう言ってあたしと薫はお母さんの元へ急ぐ。
でもいつも先に着くのはあたし。上を見るとお母さんが笑ってる。
振り返ると薫が離れたところで立ち止まってるの。
だからそこで、いつもお母さんがあたしを抱っこして。あたしが言うの。
『・・・・どうしたの?こっち来ないの?』
『_____名無、先に行っててくれ。』
『どうして?』
『俺は・・・・・。・・・・・まだ、そっちには行けねえ。』
少し目を離した間に大きくなった薫が俯いて言う。
あたしは薫がわがまま言ってる。っていつも思ってるんだ。
『ねえお母さん。薫がこっち来ないよ?』
『そうねえ・・・・・仕方ないわ。先にいって待ってましょうか。』
『うん!ずっと待ってるから!薫、待ってるからねー!
この先でいつまでも。ずーーーーっと、待ってるから!!』
『・・・・・・・おふくろ・・・・・名無・・・・。』
遠ざかる彼との距離。ずっとずっと遠くなって小さくなる姿。
けれど顔だけはハッキリと分かっていて。
その顔はいつも。悲しそうな顔をしていて・・・・_________
「_____・・・・・・・。」
夢から覚めると、薫の寝ている部屋だった。
けれど薫の姿はなくて。またどこかへ行ったんだな、って思う。
いつの間にか重くなってしまった体。なんとか言う事を聞く足をゆっくり動かす。
そうしていつも薫のいる大きな部屋へと移動する。目指すはあの机の上。あたしの居場所。
「・・・・・・・・・・なぁお・・・。」
昔のあたしだったら、椅子を伝って上まで登るくらい楽勝だったのにな。
最近はジャンプ出来なくなって誰かに上まで乗っけてもらわないと登れなくなっちゃった。
他の人がいる時は机に乗っけてくれるよう鳴くんだけどどうやら誰もいないらしい。
そんな時は椅子の辺りで丸まって誰か来るのをひたすら待つ。あたしも惨めになっちゃったな。
ガチャッ
「・・・・・・・。」
この足音。ノックもしないで入ってきた感じ。間違いない、薫だ。
良かった、来たのが薫で。しかも今日はあたしと薫だけだ。嬉しいよ。
「にゃ~・・・・・・。」
「・・・待ってたんだな。名無。」
勿論。いつだって貴方だけを待ってるんだよ。
早速抱っこしていつもの場所に乗っけてくれた。ここが一番落ち着くなあ。
今日はお酒を飲むの?それともタバコ?何か紙に書いたりしないの?
「・・・・・・・。」
薫なら何もしないってのもよくあるよね。考え事をしてる時もあるけど。
それなら遊んでほしい。ってちょっと前なら思ったんだけどね。もう傍にいるだけでいいんだ。
「______・・・・・・名無。少し見ねえ間に、随分デカくなったな。
お前を拾ったのが昨日の事みてえだ・・・・。今じゃお前がここの女将だ。」
大きくなったのは薫だってそうでしょう?手だっていつの間に傷だらけになっちゃったのやら。
周りの人達がいつしかあたしを女将って呼ぶようになったんだって。言葉の意味は分かんないや。
「みい・・・・みぃ・・・・。」
久しぶりだし抱っこしてよ。誰も見てないんだから甘えさせて。
言ったら笑顔で、前よりも優しく抱き上げてくれた。手の温かさが心地良い。
______・・・あれ?指先から良い香りがする・・・・。
「・・・・気付いたか。さっきおふくろの墓参りに行ってきたんだ。」
墓参りってのがあたしには何か分からない。けど、お母さんに会ってきたんだね。
やっぱりこの香りが一番好きだなぁ。落ち着くし。
指に頬擦りしたら胸に抱き寄せてくれたんだ。ふふっ、なんだか人になった気分。
「・・・・・・にゃあ・・・・。」
______あのね。あたし、薫に傍にもっといたい。けどもう駄目みたいなんだ。
なんとなく分かるの。今寝ちゃったらあたしはきっと起きれない。
現実から離れて夢の世界にいっちゃうんだ。それまで薫から目を離したくない・・・・・。
・・・・あたし以外に、薫の隣りにいる人は薔薇が好きな人だといいな。薔薇の香りが似合う人。
薫が寂しい時支えてあげれる。優しい人がいいかな。それならあたしも許してあげる。
だから、そんな人をあたし以上に好きになってあげてね。
どうか薫が・・・・このまま笑っていますように・・・・・・・・_________
「_______・・・・・・・・・名無・・・・・?」
笑ってくれたね。有難う。大好き。
「______俺ェッ、俺名無ちゃんの事すっげェェ好きだったんスよォオッ!!
事務所に行くといっつもいるから可愛くて・・・・すっげェ癒やされてッ・・・ううぅ・・・!!」
「おいおい。泣きすぎだぞお前等。そんなんじゃ女将さん浮かばれねえぞ・・・。」
木崎は建てられた猫の墓の前でただ静かに合掌していた。
他の涙する組員達を背にただ一言告げる。
「名無・・・・・・大将を、支えてくれて有難うございやしたッ・・・・・。」
組の中でいつの間にか大きな存在になっていた名無。
人間達が抗争や己の力に頭を悩ます時も、いつだって大将の席から動かずマイペース。
だからこそ。どんな時でも冷静になれたのだと皆口々にそう話した。
大将のいない時にも名無だけはいつもそこにいて。
癒やしであり、支えであり、かけがえのない存在だった。
「_____・・・そういや大将は?」
「あれ。まだ来てねえみたいだけど・・・・。」
「ああ。大将ならもうすぐ来られるさ。きっと・・・・・・。」
某日。新宿商店街の一角。
「いらっしゃいませー!今無料でラッピングのサービスやっていまーす!
_______あ、いらっしゃいませ!お客様、ラッピングいかがですか?」
「・・・・・・・ああ。薔薇の花束を、包んでくれ。
俺が両手で抱えるくれェ・・・・・赤いやつを。」
fin