第一章
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とある秋の涼しげな午後。
夏も過ぎ、木々が紅く模様を変える頃。
勉学の秋、なんて言葉はないがいつもの通り名無は自室で予習をしていた。
(・・・・よし。ちょっとだけ休憩しよう・・・・。)
キリの良いところでノートを閉じて縁側へ足を運ぶ。
そこで見上げた遠い遠い青の空。
気晴らしに見上げた世界はとても綺麗に見えた。
誰も届くはずのない空は、名無にとってみれば尚更遠く思えた。
「・・・・・。」
最近景色を眺めてのんびりするなんてなかったように思う。机にばかり向かっているからか、空を仰ぐことなんてなかった。
そういえば花山家に拾われるまでの空はあまり名無の記憶にない気がして。いつもたらい回しのどこか暗い天井だった。
名無はここに来てからの青さしか知らない。
温かく、時に穏やかな気持ちになるけれど。どこか慣れない感じがする。
(・・・気分転換って言っても・・・・。私にはこの方法は合わないかな・・・。)
_____無意識ではあるが、空に義理の親への想いを重ねている。
名無は青い空が苦手だった。
眺めても何もならない。ただぼーっとしてる自分がいるような気がして、身にならない事はしたくなかった。
結局ほんの少し外に出たけれどまた部屋に戻る。
なんとなく心地良い陽気で眠かったので、仮眠を取る方がマシに思えた。
『_____・・・て・・・・待っ・・・!・・・・待って・・・!』
暗い道。けれど光る一筋の道をただ走っていた。
物心ついたぐらいの幼い頃。その時にはいないはずの今の兄の姿。
ただひたすら、兄の背中を追いかける。振り向きもしない。ただ遠ざかる兄の背中を。
『やだ・・・・置いてかないで!っはあ・・・ねえってば・・・!
いい子にします、言うこと聞きます・・・・!はあ・・・はっ・・・だから、だからぁっ・・・・!
どこにも行かないでっ!!お願い・・・っ!!行か、ない・・・・で・・・・・______』
手を伸ばしても届くはずない程遠い。泣きじゃくっても叫んでも顔を見ることすら叶わなかった。
「______・・・・・・・。」
目を開けると同時に夢だと気付く。時計を見ると数時間経っているらしい。
夢を見るのは深い睡眠になってないから、という話を思い出した。
(・・・・・こんなにハッキリ覚えてなくてもいいのに・・・。寝過ぎたのかな、逆に疲れたかも・・・・。)
夢なのに走っていた時の感覚や自分の息遣いがすぐ思い出せた。
夢だから痛くないなんてのは正直まやかしだと思った。
だからか気だるい感じが身体中を巡る。流石に走っただるさではないがそれでも嫌な感覚。
昔から夢を見るのが嫌いだった。希望のない眠りなんて欲しくなかった。
いつも似たような夢ばかり見てしまい、世間ではそれを悪夢と呼ぶことを最近知った。
そんなだから仕方なくまた勉強に戻る。だがあまり集中出来ない。
フラッシュバックするかのように夢を思い出しては深いため息をついた。
「はあ・・・・。」
机に伏せてこんなんじゃ駄目だ、と首を振る。予習なので強いてしなくてもいいのだが何かしていないと落ち着かない。
ぼんやりしていると兄の事を考えてしまうので勉強している、なんてのも名無は無意識で気付いていない。
正直名無には趣味と言えるものがなかった。
たまに友と食べ歩きするのが楽しいが、相手から誘われない限りは行かないので趣味とは言い難い。
(・・・・・そういえば薫お兄様・・・。オムライスのお店探すのが好きだっけ・・・。あとは煙草とお酒・・・・。
お店に行っても、私はお兄様と違って多く食べれないし・・・・。
煙草とお酒・・・・は私未成年だし・・・。って、お兄様も本当は駄目なんだけど・・・。)
たまたま昼寝したが為に自分自身の楽しみのなさに気付く。
いつも言われるがまま過ごしてきたので自分から何か行動を起こす事がなかった。
高校まで趣味に触れなかったのはそれまで余裕がなかったからだろうか。
友と出会い、兄と語り、それで少しずつ視界が開けてきた。
いい機会なので、これから趣味を探してみようかと決意した。
「_______________へ?名無ちゃん、今まで趣味なかったの?」
「はい・・・。なので今更ながら探してみようかと・・・・。」
「勉強ばっかしてるよりもそっちの方がいいよ~!楽しいことは多い方が良いもんね!」
名無の相談相手は決まって友だ。
自分に広い世界を教えてくれた彼女なら何か良いアイデアがあると思えた。
「う~ん・・・・ゲーセンとかどう?散歩がてらふらっと寄れるし体動かすのもあるよ!」
「んー・・・・・・私流行に疎いですし、あまりピンと来ないですね・・・。」
「じゃあスイーツの食べ歩きは!?季節の変わり目は美味しいのが山ほどあるよ~!」
「それも考えたんですが・・・せいぜい1・2件がいいところなので・・・・・。」
「んじゃあ~・・・・・・スポーツ?私テニスとか好きだよ!!」
「・・・・・えっと~・・・。」
(鍛えるこたァ女々しい。俺はそうしてきた。)
「・・・・・ちょ、ちょっと苦手ですかね・・・・元から・・・・。」
いくつも候補は上がるがどうにも興味を持てそうなものが現れない。
挙句スポーツといえばそもそも兄が好まないのを思い出して苦笑いしてしまう。
ああでもない、こうでもない、と頭を悩ませている内に休み時間が終わってしまった。
「う~ん・・・・名無ちゃん、あたし授業の時に考えたんだけどさ。今って秋じゃん?」
「そうですね。・・・それがどうかしましたか?」
昼休憩の時もいつも一緒にいる名無と友。
昼食を済ませたところで腕組みした友が切り出した。
「なんとかの秋~とかいうの聞いた事ない?」
「・・・・食欲の秋とかですか?」
「そうッ、それッ!!芸術の秋とかスポーツの秋って言うじゃん?
だから趣味を見つけるには今ちょうどいい時期なんだよー!!芸術の秋とかどうかな?名無ちゃん似合うかも!!」
「芸術・・・・。」
名無の中で芸術とい聞いて浮かんだのはピカソやゴッホなど有名どころの絵画。
よく分からないジャンルなだけに全然ピンとこない。
「・・・・美術館とか学校行事でしか行った事ないですよ・・・?」
「真面目だな~もお~ッ。芸術なんてそこまで意味不明なのじゃなくていーの!
漫画のイラストとか風景描くのとかああいうのだって立派な芸術だよ!・・・・・多分。」
「・・・・そうですよね・・・・・。芸術とは実に奥深いものですから・・・・。
_____・・・・・・やってみようかなぁ・・・。」
気が付くとボソッと呟いていた。自分でも無意識で言ったので少し驚く。
一から何か作り出すのを得意としない名無だが、不思議とイラストなら挑戦してみる気になった。
「よっしゃー!きーまりぃー!アタシもたまには絵とか描いちゃおっかな~・・・。
イラストってさ、漫画とかを模写するだけでも十分練習になるって聞いたことあるよ!やってみよっ!」
「そうなんですか?なら私でも出来そうかも・・・・有難うございます、友さん。」
「いやいやぁ、良いってことよ!そうと決まれば帰ってお絵かきしたくなってきたぞー!!」
何故だか名無よりも友の方が燃えているように見えた。
運の良いことに次の日は休み。名無もじっくり研究する良い機会だと思えた。
(・・・えっと・・・・。この辺かな・・・・?)
だが次の日。名無は何故か図書館へ足を運んでいた。しかも一人で。
漫画を借りにきた訳ではなく、何か芸術への入り口というかやり方を見つける為に来ていた。
こうでもして石橋を叩いて渡らないと気が済まない性格。今頃友はどうしているだろうか、と内心気にしていた。
(・・・・風景画の書き方・・・?地平線を描いて、それで対角線を・・・。・・・・・本当に私に出来るかな・・・・。
_____・・・・・念の為、芸術家の本も借りた方がいいかな・・・。分かんないと思うけど・・・・。)
結局3・4冊の本を借りて足場を探ることに。漫画を借りなかったのはあまり興味が持てなかった為。
それよりも自然の風景が気になったのでその関連と、芸術家の作品解説のような分厚い本。
何気に帰りが重たくなってしまったが自業自得だと思う事にする。
返す時は返却用のポストが街のあちこちにあるので大変なのは行きだけだった。
自室に戻ると縁側の良い景色が見える。
名無はいつも見ているが、よく見ると新緑の青さ。木目の濃淡。
砂利の色合いに至るまで絵になる構図だと思えて。慣れ親しんだこの場所を最初に切り取ってみようと決めた。
(その前に本を読んでから・・・。えっと、はじめから・・・・。)
黙々とページを開いて、縁側と本の説明を重ねつつ読んだ。
そうして全部読み終わった頃。気になるページを開いたままにして白い紙とペンをいざ手にする。
「・・・・・・・んー・・・・。」
だが本を読んだ程度で風景画は容易くなく、なかなか思い通りのバランスが取れない。
まだ色も付けていないが奥行きが難しくて消しゴムのカスがあちこちに散らばった。
どうにか輪郭だけでも描こうとするがあまり納得がいかない。そうこうしている内に少し疲れてくるのが自分で分かった。
(はあ・・・・・。いきなりレベルが高かったのかな・・・・。けっこう難しいな・・・・・。
_____・・・・・・・・。)
軽くため息をついて縁側を落ち着いて眺める。
瞬きした一時。
太陽が少しだけ雲に覆われて影が出来た。そうするとまた違った景色を見せる縁側。
そして忘れたかった思いが、ふと名無を襲う。
(・・・・・・何でだろう。・・・・何故こんな時に、お兄様の背中を思い出しているの・・・・?)
幻覚を見た訳ではない。けれど兄の広い背中をその縁側に思い描いた。
頭の中だけだが、隣りで楽しそうに話す自分の姿まで思い出す。
思い出というのは厄介なもので一度蘇るとなかなか消えない。そんな事が嫌で、こうして絵や勉強をしているというのに。
(・・・・・駄目ッ!!・・・・私は今・・・・風景を描こうとしていたはずなのに・・・・。
こんな事じゃいけない・・・。・・・・・そうだ、まだ本があったっけ・・・・読んで落ち着こうかな・・・・。)
らしくなく首をぶんぶんと横に振って正気に戻ろうとする。いつまでも脳内の幻影に捕らわれている訳にはいかない。
借りた芸術家の本。これが帰る時重たくなった原因だと思える程中身は文字と写真でぎっしり。
読めるかどうかも怪しいのに、趣味の為とはいえこんな本を借りたのを帰り道でちょっと後悔していた。
今も机の上に置いただけで勇気が入りそうだ。これならまだ教科書を読む方が楽なのでは?と思わせる程。
(まあ・・・借りてきた本だしせっかくなら読まないと勿体ないよね・・・。
・・・・・作品の概要は、っと・・・・・。)
最初は芸術家について研究を進める専門家の挨拶から。
歴史を紐解くのは地道な作業だが、こうした研究が芸術家の残した謎を解き明かす鍵となる。とかそういう挨拶から始まる。
それからその人物の生まれ・性格・芸術家に至るまでの経緯などなど。なかなか作品の紹介へはいかなかった。
こうした考察や最新技術云々のくだりが多い為か本は分厚くなっていく。人によっては骨の折れる作業だろう。
しかし名無は読み始めるとすっかり本の世界に入ってしまい、意外と楽しくなって読んでいた。
「______失礼します。お嬢様、お食事の用意が出来ましたよ。」
「・・・・・。」
ガラッ
「・・・・・お嬢様?」
「・・・・あら・・・・。・・・・何か言った?」
「お食事の用意が出来ました・・・・。
・・・・まあ、お嬢様がそんなに熱心に本を読まれるなんて珍しい!キリの良い所で宜しいですよ!」
世話係は反応がないので寝ているのかと思ったが、勉強以外に精を出す名無にえらく感激したようだった。
扉を開けたままご機嫌に立ち去った世話役に名無は呆然。
外を見るともう夕焼けが遠くてほとんど夜。途中から本が読みにくい気がしたのはそのせいだ。
あまりにも夢中になっていたので、途中まで読んでいたところに風景を描きかけた紙を挟む。
あとで冷静になって気がついたのだが、時を忘れる程夢中になれたのは勉強以外に初めてだったかも知れないと。
その週明けの学校にて。
「お、おはよう~・・・名無ちゃん・・・・。」
「おはようございます、友さん!
・・・・・どうしました?元気ないみたいですが・・・?」
「あ、ああ・・・えっと、あとで話すわ・・・・はは・・・。」
遅刻ギリギリで滑り込んだ友はいつもより疲れた顔。
対して名無はいつにも増してご機嫌だった。
友に話したい事があって待っていたのだが、残念ながら朝礼がすぐ始まったので休憩でお喋りする事にした。
「名無ちゃーん、あのさ・・・。これなんだけど・・・あたし、絶ッッッ対絵の才能ないなって思って・・・・。」
「そう・・・・なんですか・・・?」
「家族とかに見せたんだけど・・・・いや見られたんだけど、最近の小学生の方が上手いって爆笑されて・・・・。
自分でも上手くないと思ってたけどやっぱ他人に言われると突き刺さるわー・・・。」
「そ・・・それは仕方ないですよ・・・・。初心者なんですから・・・。」
友はぐったりしながら描いた絵を渡してきた。何か勇者のような人物が書いてある。4コマ漫画のような絵柄だった。
名無からすればなんとなく可愛いと思えたが、描きたい絵には程遠くて挫折したらしい。
まるで風景画に挑戦した時の自分を見ているようだった。
「私も風景画を描こうと思ったんですが全然上手くいかなくって・・・・。
でも私、気が付いたんです!風景画の書き方と一緒に借りた、芸術家の本が楽しくてつい夢中になっちゃったんですよ!」
「へえっ?芸術家の本!?バッハとかヒューストンの!?」
「友さんそれ、どっちも芸術家じゃないです・・・。とにかく面白くて帰ってから読むのが楽しみで・・・・。
私こっちの趣味の方が合ってる、って思ったんです!!友さんのおかげですよ!!」
「ほえー・・・。芸術の秋じゃなくて読書の秋だったか・・・・。
それも名無ちゃんに合ってるかもね~、良かったじゃん趣味見つかって!」
思わぬ形ではあったが楽しめる趣味が見つかった。
無理して一から絵を描くより、元からある本を自分のペースで読む面白さに気付けたのは大きかった。
これからは予習も程々にして本を読む時間を増やしたいと思えた。
「あたしどっかで聞いたんだけど、授業でスポーツ嫌いだった人もあとで自分のペースで運動すると好きになるんだって。
だから名無ちゃんそのタイプだったのかもね~。」
「そうだったみたいです。授業だとどうしても勉強目線ですから・・・。
そういえば私も国語関連は昔から苦手でしたけど、これなら好きになれそうです!」
「あたしは絶対寝ちゃうけど、名無ちゃんなら有名どころとかもっかい読んでみたら楽しいかもね!」
「有名な作品、か・・・。______そうですね。なんだかまた図書館行きたくなってきました!」
そう言った名無の笑顔はいつもよりも明るく見えた。
前よりも友人に気を使わなくなってきた笑顔なのは分かっていないようだ。
友もそんな顔を見ていて、自分は自分らしい食欲の秋でも楽しもうと密かに決断したのであった。
数日後の夜。
借りた芸術家の本を読み終え、返すのと同時にまた新たな本を数冊借りてきた。
結局あの話のあと我慢出来ずに学校帰りに図書館へ。明日も学校だが寝る前に本を読んでいた。
(・・・・電気付けなくても今日は月明かりで読めそう・・・。・・・・ちょっとやってみようかな・・・?)
昔の人は電気もない時代、こうして月明かりで勉強をしていたらしい。
そんな先人に思いを馳せながらページをめくる。勉強では味わえない楽しさに心踊る気持ちになっていた。
....ギシッ
(____・・・・・・・?)
夢中にページをめくると、ふと机の端に何か大きな影が。
そういえばさっき縁側で何か物音がしたような気もしたが、それは何秒、何分前の事だったろうか。
「・・・・・っ・・・!?」
縁側を見ると、あるはずのない姿が。
白いスーツ。大柄な身体。座って月を眺めているようだが。
何故?まさか幻?と思って目をこするが消えない。
「・・・・薫、お兄様・・・・っ・・・!?」
「____・・・・・やっと気付いたか。」
振り返ったのはやはり兄だった。今日はまだ会う日ではないはず。
日にちを間違えたのか、いや違う。何かの用事か。色々な可能性が浮かんだがここは本人に聞くのが早い。
「・・・・どうしてここに?まだ1ヶ月経ってないんじゃ・・・?」
「ちと野暮用だ。・・・・もう寝ちまったかと思ったが、本に夢中で声かけんのもな・・・。」
「ビックリしたぁ・・・。遠慮しないで声かけてほしかった・・・。」
組の用事らしく夜だけふらりと寄ったらしい。元々ここは母屋なのだから帰ってきても全く不思議ではないが。
どうやら名無の部屋の襖が開いていたのが見えてわざわざ来たんだとか。
「今日は泊まっていくの?」
「ああ。・・・名無が起きる頃にはいねェだろうが・・・・。」
「そっか・・・。・・・私もそろそろ寝ようとは思ってたんだけど、もう少し読んだら寝ようかな・・・・。」
「あんま、夜更かしすんなよ?」
「お兄様に言われたくないですー。」
珍しく戯けて笑った名無。それだけ機嫌が良くて、尚且つリラックスしている証拠。
花山はその冗談に少し驚いたが、すぐ笑って月を見上げた。
兄が来ているが本の続きが気になって読んでしまう。けれど話もしたいなんて思う中途半端な状況だ。
「・・・・・薫お兄様・・?」
「・・・・?」
「・・・今日は月が綺麗ね。本が読めるくらい明るいから。」
「・・・・・ああ。そうだな。」
名無は本を見つめたまま兄に話しかける。花山は振り向かずに素直に答えた。
とても穏やかな時間が流れる。本をめくる音だけがして、何をするでもない。他愛のない時間。
たまに話をする、それだけでも幸せだと思えた。兄の近くは空というより月明かりのようで、優しい気持ちになれる。
「____・・・・・・。」
やがていつの間にか眠気に誘われて。けれどまだ本も読みたくて。
読みかけのページを開いたまま、兄の方を見つめて机に伏した。
このまま気持ちよく微睡んでいけば悪夢を見ないで済みそうな気がした。
目の届く傍に兄がいる。ただそれだけで。良い夢が見られるという希望が持てたから。
「・・・・・おやすみ、名無・・・。」
いつの間にやら眠ってしまった名無に掛け布団を被せる。花山が優しく頭を撫でると微笑んでいた。
良い夢を見ているのだと思って、安心してそっと襖を閉める。
その内パラパラと自然に閉じていった本には『夏目漱石』と書かれていた。
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