第一章
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「名無ちゃん、おっはよー!」
「おはようございます、友さん。」
あれから暫くして。高校では名無に仲の良い友達が出来ていた。
友達の名前は友。
人付き合いがそこそこ出来るようになった名無は、高校に入ってようやく親しいと言える友達が出来た。
「ねえねえ名無ちゃん。今度の日曜どっか遊びに行かない?」
「日曜・・・。・・・・多分大丈夫ですが、どこへ?」
「おいしいパフェのお店があるの!良かったら一緒に行かない?」
「・・・・・・家のものに聞いてみます。そしたらまた今日中に連絡しますね。」
「分かったー!待ってるね!」
「えっと・・・そういう事なのですが____」
「良かったじゃありませんかお嬢様!!楽しんできてください!!」
家に帰って世話係に言うと二つ返事でOKが出た。
あまりにもすんなりいったのできょとんとしてしまう。
「・・・行って・・・いいの・・・・?」
「勿論です!名無お嬢様もたまには息抜きなさらないと、勉強ばかりでは持ちませんよ。」
「うーん・・・。・・・じゃあ送り迎えだけお願いね・・・。」
「かしこまりました!」
むしろ名無より世話係の方がなにか嬉しそうなので少し不思議に思った。
ずっと殻にこもっていた名無がこんな要件で出かける機会は今回が初めてといっていいだろう。
名無の事を思えばこそ、世話係が嬉しくなるのは当然だった。
「ご、ごめーん名無ちゃん!待った?」
「いいえ、さっき来たところです。」
日曜日。待ち合わせに数分遅れてきた友と合流し、早速例のパフェを食べに行く。
「_____美味しい。」
「でしょー!ここけっこう有名なお店でね、隣町の人もたまに来てるらしいんだー!!」
「そうなんですか・・・今までに味わったことのないクリームの味わい・・・。
更にフルーツも甘すぎずバランスも良さそう・・・。」
「おっ、名無ちゃんコメンテーターだねぇ~。」
パフェを食べるの自体、外に出ない名無にとって何年かぶりの味だったのだが相当気に入ったらしい。
素直に感想を述べると真剣な眼差しでグラスまで観賞していた。
「名無ちゃんってさ、あんまり外出ないんだよね?」
「ええまあ・・・。出不精なもので・・・。」
「ならさ、これを機にあたしが町案内してあげるよ!他にもおすすめの所いっぱいあるんだー!」
学校の時と変わらず終始笑顔でキラキラと輝く友は凄く楽しそうだった。
そんな彼女の世界に興味を持って友に町を案内してもらう事にした。
「___ええ、じゃあお願いします。」
「ふはー!!楽しかったー!!やっぱ名無ちゃんってゲームの才能あるよねぇ!!」
「そう・・・ですか?」
「自覚ないみたいだけど、極めれば凄い所までいきそうだよ・・・・プロも夢じゃないって絶対・・・。」
あれから色んな場所を巡ったが、最後に行ったゲームセンターで才能が開花。
中学の頃よりその片鱗はあったものの操作さえ覚えれば難しいことでもすぐこなしてしまうようだ。
「また名無ちゃんと遊びたいなー。・・・また連絡していい?」
「___勿論。私も新鮮で楽しかったです、また誘ってください。」
「やったあ!んじゃあまた明日ねー!!」
元気に手を振る友に、名無も軽く手を振る。
その後の自宅にて。自室にて一人ポツンと呟いた。
「___・・・・・・あ、そうだ。宿題しないと・・・。」
その翌日。
「・・・は、はいぃ・・・・・・すみません・・・・。」
「明日持ってくるんだぞー。」
「はいー・・・。」
翌日の学校。授業開始初っぱなから怒られる友がいた。
「はは・・・いやあ、宿題とかすっかり忘れてたよ・・・・・。」
「昨日は楽しかったですものね。」
「そうなのよー・・・帰ってなーんか忘れてる気はしてたんだけどまさか宿題とは・・・・。」
そう言って机にうなだれる友が名無には不思議に思えた。
勉強熱心な彼女にとっては宿題は通過儀礼のようなもので、その後の勉学こそが本番のガリ勉人間。
やはり友が別世界の住人に見える。
「んでー・・・・・・なんか今日も午後からなにかあった気がしたんだけどなんだったっけ・・・。」
「・・・もしかして小テストですか?」
「それだああ!!!やってない!!ああダメだ・・・・・お先真っ暗だあー・・・・・・・・。」
「____・・・よろしければ一緒に復習しませんか?今からならまだお昼に間に合うかも知れませんし。」
『いいのッ!?』
「い、いいですよ・・・私も復習したかったですし・・・。」
「有難う名無ちゃーん!!学年1・2の成績を争うノート見せてー!!」
「い、いえそんな・・・。・・・いいですよ、はい。」
友の名無に対する態度はいつも明るく、真正面から思う全てを口にするストレートタイプ。
中学校では皆よそよそしく話していたので名無にはこういう素直なタイプがとても嬉しかった。
「どうでした?小テスト・・・。」
「な、なんとかなったかなー・・・!?名無ちゃんの復習がなかったら危なかったかも・・・命拾いしたよー・・・。」
「それなら良かったです・・・お役に立てたようで何よりです。」
「これから分かんない所とかあったら聞いていい?正直先生から聞くよりずっと耳に入りやすかったもん・・・。」
「・・・・・ふふっ、私でお役に立てるのなら。」
「やったー!」
こうして名無の高校生活は明るく楽しいものとなった。
これだけ毎日友達といるのが楽しいと一日・一週間なんかはあっという間に過ぎる訳で。
「____!明日は、お兄様が来る日・・・・・・。もう一ヶ月経つのね・・・・。」
兄に会える日も早まった気がした。
「____そうか。名無にも、ダチが出来たか・・・。」
「うん、それで毎日楽しくって・・・。」
兄と本格的に話すのは決まっていつもの縁側だった。
ここで自分が何を学び、何を喜び、何を悲しんだか。
そんな全てを素直に打ち明けられる素直になれる場所とも言えた。
それは勿論、兄がいてこそだが。
「お兄様にもお友達はいるの?」
「・・・・・・まあな。」
「どんな人なの?」
そう言われて少し空を見上げる兄。
少しだけ口角が上がっているようにも見える。
「・・・・・・・・。俺から言わせりゃ、俺を慕う奴は全員ダチみてえなもんだが・・・。」
「お兄様らしい・・・。」
「・・・・・・アイツは、面倒見が良くてな。族の隊長をやってる。」
「へー・・・。隊長さんかあ・・・・。」
彼が思い浮かべているのは柴千春の事である。
よく二人で飲みに行く姿も目撃されていて、新宿界隈では有名な二人だ。
「・・・・・・・お兄様のお友達か・・・・会ってみたいなぁ・・・・。」
「・・・・?何でだ。」
首をかしげた兄に少し目を伏せながら呟いた。
「___・・・・・・私、気付いたんだけど・・・・・よく考えると薫お兄様の生活というか・・・・。
普段どんな事をして過ごしているとか、薫お兄様の世界を知らない・・・・・。」
「・・・・名無・・・・・。」
「______いつか、お兄様の世界を知ってみたい。そして、私もお兄様の世界を理解出来るような・・・。
・・・・・・うまく言えないけど、そんな存在になりたいな・・・・。」
自分の生活が充実し始めて気づく兄の生活。
前々から気にしてはいたが、心に余裕が持てるようになったここ最近は特に気にしていた。
極道と一般人では住む世界が違う。名無は一般人ではないが極道の全てを把握している訳でもないと思えた。
喧嘩師としての兄の事情をまだまだ理解出来ているとは言えない。
「・・・・・・お前が、知らねえでいい世界もある。」
「・・・でも・・・。」
「・・・・・傍にいてえのは分かる・・・。だが・・・名無には無理だ。」
「・・・・・・・。」
やはり傍にいたいと気持ちもまた見抜かれてしまった。
兄の世界を知れば、少しは近くに寄り添えると思ったのだがやはりそれも駄目だった。
そんなしょんぼりと俯く名無に、隣でぽつりと呟く。
「・・・・・・だが、それ以外なら教えてやれる。」
「・・・・・え・・・・・?」
「・・・・・・・・・この前秋葉原に行ったんだが、そこの飯が旨かった・・・・。」
「何食べたの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・オムライス・・・。」
「!お兄様まだオムライス好きだったの!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「____ふふふっ・・・・。昔っからお兄様も変わってない・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
楽しそうに笑う名無を少しだけ睨む。それを見て名無はニコニコと笑った。
「私も好きだし、相変わらずで安心したもん。場所はどこら辺なの?」
「・・・・・・確か商店街の・・・・・つきあたりだったか・・・。」
「・・・・。でも秋葉原ってメイド喫茶?とかいうのが多かったはず・・・・・・。
____薫お兄様、そういうのが好きなの?」
「・・・・・・違え。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
なにか目をそらす兄がえらく可愛く見えてしまって、またくすりと笑った。
そうやって他愛のない話をする内に、愛しい時間はすぐに過ぎてしまった。
「・・・・・名無。そろそろ・・・。」
「___・・・!あら・・・もうこんな時間・・・。」
気付いたら夜もかなり更けていた。
毎回の事だが兄との時間はいつも早く感じてしまう。
「・・・・・・じゃあな・・・。」
そう言って立ち上がる兄に、追いかけるように自分も立ち上がる。
そして一言。
「あっ、あのお兄様_____」
思わず立ち上がってから口走っていた。
「・・・・・・・?」
「あ・・・・・・・あのっ・・・。・・・・・じゅっ、10秒でいいので・・・・・その・・・・・・・・。」
なにか恥ずかしそうにもじもじとする姿に相手の足が止まる。
そしてすぐに分かったのか名無に近付く。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・薫お兄様っ・・・!」
近付いてから数秒後、手を伸ばして大きな胸に飛び込んだ。
すぐに頭の辺りに手の温もりを感じ、目を閉じてゆっくり10秒数えた。
「有難う・・・・・・・薫お兄様っ・・・・・。おやすみなさい・・・・・・。」
「・・・・・・・ああ、おやすみ。」
「____名無ちゃん、なんか今日機嫌良いね?」
「え・・・・?そ、そうですか?」
「うん、今何もない所に向かって微笑んでたよ・・・なにかあった?」
「えっと・・・・ま、まあ・・・。」
兄に会った次の日。こちらも毎月のことではあるが学校でもかなり機嫌が良かった。
名無自身は無意識なのでこの微笑みは指摘されるまで気付いていない訳だが。
「・・・・実は、私には離れて暮らす兄がいるのですが・・・・その兄と久々に会ったので、嬉しくてつい・・・。」
「へえー、名無ちゃんお兄さんいるんだ!私も上にお兄ちゃんいるんだー。」
「そうなんですか?」
「うん。そういう所も名無ちゃんと一緒だねぇ~。」
「それもそうですね。」
意外にも友との共通点はそこそこ多く、やはり気の合う仲間だった。
凸凹に見えてもどこか上手くやれている友との学校生活。
_____そんなある日。疑問は生まれた。
「_____なるほどぉ!これでこの英文になるんだ!?」
「ええ。微妙につづりが間違っていただけだったんです。惜しかったですね・・・。」
「そうだねぇ・・・・ははは・・・。」
昼休み。
友のテスト結果を復習しながら反省会をしていた。
「___complex・・・・・・っと・・・・・。
そういえばね、これ見て思い出したんだけどうちのお兄ちゃんほんっとシスコンでさあー!
もうやんなっちゃうのよー!!」
「・・・・・・・シスコン・・・・・・?シスコンって何ですか・・・?」
「へ?名無ちゃん知らない?シスターコンプレックスの略だよ。」
「シスターコンプレックス・・・・・・?」
「・・・・・・・はっはーん。名無ちゃん勉強熱心だけどこういう単語には疎いんだ?」
にやにやと笑う相手にどうにか思考を巡らせる。
だが名無の中にはその単語の意味がさっぱり浮かばなかった。
「___シスターコンプレックスってのはね、自分の妹とか姉の事が好きすぎて
まるで恋人のように接しちゃうそれはそれは面倒くさい奴の事なのよ!!」
「・・・・・・・それは、兄や弟が・・・女兄弟を好きになるという事ですか・・・・・・!?」
「そう、そんな感じー。逆に男兄弟の事を姉や妹が好きになるのはブラコン。ブラザーコンプレックスの略ね。」
「______っ!!」
刹那、脳裏に甦ったのは逞しい兄の姿。
昔から変わらず、いけない気持ちだと分かっていたがその気持ちに明確な名前があるのはこの時初めて知った。
「他にも父親の事が好きなファザコンとか、母親の事が好きなマザコンもあるよー。
んでお兄ちゃんがあたしの心配ばーっかりでさ!ベタベタして本当嫌なのよねえ~、女々しくって!!」
「・・・・・・そう、なんですか・・・・・・。
ちなみにそのシスコンやブラコンの類いは・・・・・・血の繋がらない相手でも・・・そう呼びますか・・・・?」
「・・・血の繋がりない?うーん・・・・多分、そうじゃないかな。一応兄弟なら。」
「・・・・・・っ・・・・・・・。」
一瞬ではあるが名無の表情が曇る。学校では絶対見せない表情で、友にはなんの事かよく分からなかった。
血の繋がりない兄妹だが、改めて自分の行動を思い返すとやはりブラザーコンプレックスに当て嵌まる。
ここ最近になって兄に本音を話せるのは好きな相手だからで。
兄に会ったらいつも抱き着いてしまうのは心底落ち着くから。心が満たされてしまうからで。
知りたくなかった事をまたもや学校で知ってしまった。そんな考えがまた頭をよぎってしまった。
その月末。
毎月のように兄はいつもの縁側で名無を待っていた。
いつもなら本音を話して、今月は何があっただのと話せる機会なのに。
今回ばかりは見つめていると本音を話してはいけない、と。逆の事を考えるようになった。
「____お兄様・・・・。今月は何か面白い事あった・・・・?」
「・・・・いつも通りだ。何も変わりねえ。」
「そうですか・・・。たまには薫お兄様の喧嘩の話でもいいのよ?」
「・・・・喧嘩な・・・・。言う程しちゃいねえ・・・・最近は仕掛けてくる奴も少なくなった・・・・。」
「そう・・・・。他の勢力も落ち着いてるの?」
「・・・・・そんな所だ。」
本音を悟られまいと、今回は兄の話を聞くのに専念した。
ここ一ヶ月。ブラザーコンプレックスという言葉を知って以来自分のしてきた事を悔やみ、憎み、つくづく自分が愚かに思えて自分を責め立てた。
だからこそ自分のこんな気持ちを隠したくて。悟られる訳にはいかなくて。
「______そういう名無は、どうなんだ?」
「へっ・・・?」
「何かあったか?」
だが兄はあまり口数が多い方ではなく、自分から話をするような人ではなかった。
どちらかと言うと聞き手に回るタイプで。薄々分かってはいたが相手にばかり喋らせるのは限度があった。
「・・・・私もそうだな・・・・。学校も、いつも通りかなー・・・・・。」
「・・・・・・そうか。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
二人の間に暫く沈黙が流れた。
今まで本音を語ってきた分、いざとなると悟られるのが怖くて何も言えなくなってしまう。
名無はだいぶ兄相手に嘘をつくのが下手になっていた。
「・・・・・・・・名無・・・・・。」
「・・・・っ・・・・・何・・・?」
「____・・・・・・・。何か、あったか?」
「・・・・何かって・・・・・・?」
「・・・・・・考え事でもあるのか・・・?」
「______そう。そうなの。テストが近いから、今晩お勉強した方がいいかなって・・・・。」
「・・・・勉強か。学生らしいことだ。」
ふっ、と笑う兄。とっさの嘘が上手くいったように思えた。
「・・・・だが徹夜より早起きの方が良いだの言ってたお前が、そんな事を言うとはな。」
「___っ・・・・!」
「・・・・・・・・・名無・・・・。」
ピクリと反応したのもバレてしまい、嘘は筒抜けとなってしまった。
こんなにもバレバレになってしまうなんて、昔の自分の方がまだ嘘が上手かっただろうに。
________兄に甘え過ぎだ。素直になりすぎた。そう思えた。
「・・・・・・・何かあるんなら、相談に乗ってやる・・・・・。俺で良けりゃあ・・・・。」
「・・・・いや、でも・・・・お兄様には言えない事・・・だから・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・お兄様に・・・・ずっと、甘えてばかりだから・・・・・・・。
この問題は・・・・・自分で解決しないといけないから・・・・。」
「・・・・・・・無理強いはしねえ・・・・。」
口では自分で解決すると言ったものの、肝心の兄あってこその問題でもある気がした。
かと言って誰か他に言える訳でもなく。友にもこんな複雑な事情が話せる程の度胸はないし、身内なら尚更だ。
また殻にこもってしまうのもありだとは思ったが、兄とこれから顔をあわす以上。
無理をまた見破られるのは時間の問題だろう。
「_____お兄様は、何だと思う?私の悩み。」
「・・・・・。」
珍しくそんな問いを投げかけてみた。どんな答えを望んでいるのかなんて自分にも分からない。
苦笑いで尋ねて、その兄の反応は。
「・・・・・さあな・・・見当もつかねぇ。」
と不器用に笑うだけだった。
心のどこかでこの苦悩を分かってほしいだなんてありもしない気を望んだ。
「・・・・・お兄様に、いつか話せるようになったら話すね。いつか・・・・分からないけど・・・・。」
「_____ああ。」
自分でも何を言っているんだろうと思った。
話してはならない事だと痛い程分かるのに、いつかは話したいと口から出た。
その時はきっと。
もう互いに大人になっていて、兄も自分も違う道へ歩いた時なんじゃないか。
他に大切な人が出来た時?こんなにも辛いのに?とてもそんな日が来るなんて信じたくない、信じられない。
そんな将来を思い描くだけで今にも泣きそうになる。悲しくなって、顔を伏せて相手が直視出来なくなっていた。
「・・・・・ごめん・・・今日はもう寝るね・・・。おやすみ______」
「____名無。」
「!」
そのまま自室に入ろうとした時。兄の声に振り返る。そうしたら何か言いたそうに佇む姿。
手を伸ばし、いつものように抱きしめる態勢になっていた。
「・・・・・今日は、いいよっ・・・。・・・・・おやすみなさい・・・・。」
嘘をついて襖を閉じた。本当なら、今にもあの胸に抱きついてしまいたい。あの腕に包まれたい。そう思った。
暫くして「・・・・・おやすみ」と兄の声が聞こえて、泣き出しそうになりながら眠りについた。
翌朝。
あまり眠れずに学校での休憩時間ずっと机に伏せていた。
眠れるかと言われたらそうでもないが、それより泣きそうな顔を周りに悟られたくないだけで。
「・・・・名無ちゃん・・・?」
「____・・・・友さん・・・。」
「今日元気ないね・・・・何かあった?」
「・・・・・。」
心配そうに覗きこむ友に返す言葉が思い付かない。何か弁解をしなければいけないのだが上手く喋れない。
「____ちょっと、寝不足で。なんとなく眠いだけです。」
「そう・・・?・・・・・・なら良いけどさー。」
作り笑いをして眠そうに目をこすってみた。涙はあくびしたせいなのか、それとも違うのか。
友は不思議そうな顔をしたが特に気にしていないのだろう。深く問いただしてこなかった。
「・・・・・ところで友さん・・・・ちょっと聞きたい事があるんですが・・・・。」
「何?答えられることなら何でも言うよ!」
「_____・・・・私・・・・兄と別々に暮らしているので、一般の兄妹関係というのが分からないんですが・・・・。
普通の人は・・・・兄や妹とどう接しているんでしょうか・・・・?」
表向きに困った顔をした名無だったが、内心は暗く重い影を落とす。
幼い頃を思い出しては、兄をあの時から好きだったのだろうと考えるばかり。
それが今でも変わらないというのは果たしてどうなのか、と気になってしまう。
「普通・・・って言われてもねー。人それぞれじゃない?
あたしのお兄ちゃんシスコン野郎だから聞いても仕方ないかも・・・。」
「・・・・・そ、それでも良いんで教えて下さい。その・・・シスコンというのも気になりますし・・・・。」
「あー。うちはね・・・・お兄ちゃん自慢の妹だのなんだの言ってすっごいベタベタしてくる。
あれはあっちが異常ッ!!確かにお兄ちゃん若干イケメンだけど、性格ってか行動が正直引くー。
あたしとしては自分の空間に入ってほしくない。ウザイ。お兄ちゃんの気持ち全ッッ然分かんない。
・・・・って感じかな~?」
「・・・・・・・・・・。」
実の兄に対して友が嫌悪感を抱いているのに悲痛な想いを抱く。
向こうの気持ちが分からない以上、想像でしかないがこんな事を思われていたらと不安がよぎる。
兄は優しいからああなのであって、自分が好きだと言えば兄が離れていくのが目に見えるようだった。
「名無ちゃんとこは?お兄さんと仲悪いとか?」
「・・・・えっ・・・・そう、ですね・・・・・。」
そんなショックから冷めない内に友からの質問。動揺を悟られないよう返す言葉を探した。
「・・・・仲は悪くないです。あまり会わないせいか、兄はとても優しくて・・・物静かだけれど芯の通った強い人で。
そんな兄を尊敬しています。向こうはどうか・・・・分からないですけど・・・。」
「へえー・・・・。名無ちゃんは尊敬してるけど、お兄さんが冷たいとか?」
「いえ・・・。むしろ優しすぎるくらいで・・・・家に帰った時はお互い何があったとか話すんです。
・・・兄も忙しいでしょうに、わざわざ時間を作ってくれて、必ずお話してくれるんです・・・。」
「・・・・・・。」
その時の名無の横顔は凄く穏やかだった。学校では真面目な顔しか見ないが、心から笑っている。
友もこんな顔を見るのは初めて。だからよほど仲の良い兄妹なのだと察した。
「仲が良すぎるって意味で心配してたのねー。なら全ッッ然問題ないよ!!健全な兄妹だ、うんうんッ!!」
「健全・・・ですか・・・。」
会った時は必ず兄の胸に飛び込んでいるだなんて絶対言えない。これを知られたら健全とはとても言えないだろう。
少しヒヤッとしたが次の友の言葉で固まってしまった。
「でも・・・・なんか遠距離恋愛してる恋人同士みたい!ロマンチック~!!」
「_____へっ・・・?」
「わざわざ話したいが為に時間作って密会するって・・・きゃ~~~!!!素敵_________」
『お、お兄様と私はそんな関係じゃありませんッッ!!』
「・・・・お兄、様・・・?」
「・・・・・・・・はっ・・・。あ、あの・・・えっと・・・・。」
突然妙なことを言うので思わず真っ赤になって否定してしまう。相手は勿論冗談のつもりだ。
まさかの学校で素が出てしまい、気付けばもう手遅れ。
「・・・・へえ~、名無ちゃんお兄さんのこと『お兄様』って呼んでるんだぁ~・・・・かっんわいぃ~!!」
「ち、ちち、違っ・・・!!兄とは別にそんなんじゃ____」
「・・・もしかして名無ちゃんって・・・・お兄さんの事好『もうっ!からかわないで下さいっ!!』
「にゃはは!そんなムキにならなくてもー、ごめんごめん!」
本当はばっちり正解で、つい調子が狂ってしまった。怪しまれてるが果たして乗りきれただろうか。
気が気じゃなかったが授業のあと。兄の話題に戻ることはなかった為どうにか大丈夫だったと思う事にした。
_____本気だとバレたなら友に引かれてしまうのでは。せっかく出来た友情が壊れるのが怖くなった。
「_____・・・・薫お兄様・・・。」
それから暫く。毎月のように縁側で待つ兄の姿。遠目に見て複雑な気持ちになってしまう。
というのも普通の兄妹の接し方でないなんて気づいてしまった今、なんとなく兄の元へ近付いていいのか躊躇っていた。
「・・・・・。」
「・・・・ねえ、お兄様。一つ聞きたいんだけど・・・。」
「・・・・なんだ?」
「お兄様は何故・・・帰ってきた日は必ず私の元へ来るの・・・?」
隣りに座って、いきなりだが質問を投げかけた。
かなり今更な質問。シンプルすぎて返ってくる答えなんか想像するまでもない。
「・・・・・・俺が名無と話してえからだ。」
「・・・・でしょうけど・・・。
薫お兄様にとって、貴重な時間を削ってまですることなのかなって・・・・思っちゃって・・・・。」
いきなり会った直後にこんな事を言うなんて随分失礼だ、と言った自分がよく分かっていた。
向こうが話したいと好意的に来てくれているのに。これではまるで拒否してるよう。
一般の感覚とずれているのが不安で仕方がない。それだけで名無の意思はあまりに崩れやすい。
「・・・・俺の時間なんざ、あってねえようなもんだ。名無といる時が俺の時間だ。」
「・・・あんまり答えになってない気がする・・・。」
「・・・・・・・。」
困った時に何も言わなくなってしまうのは兄の癖。いつしかそうなっていた気がする。
けれどさっきの言葉は名無にも薄々意味は分かっていた。
やはり兄の意思で会いに来ている。自分のしたい事を貫いてきた兄だから、妹に会うのもしたい事の一つなのだろう。
「・・・・とても嬉しいけど、このままでいいのかな・・・。普通の感覚じゃあないんじゃないかな・・・。」
「・・・・・・?」
「普通の兄妹って・・・・もっと遠い距離感を保ってるというか・・・・。私達が違う____」
「当然だ。俺達は周りとは違ェ。・・・・今更どうした、名無?」
突然言葉を遮られて驚いた。口数の少ない兄でも流石に黙っていられなかったのだろうか。
普通とは違う。極道であり、血の繋がりはなく、ましてや言えない恋愛感情まで。
分かってはいるが"当然"と言い切られるとその発言に重みを感じる。
「・・・・・。なんとなく、私は普通の人と違うってこの頃思うようになったの・・・。
家庭のこともそうだけど、本来の兄と妹って何だろう・・・・私達は兄妹らしくないのかな・・・・。」
「・・・・よく分からねえ。このままじゃいけねえのか?」
「・・・・・いけない、のかな・・・・。私も何言ってるんだろ・・・・。
普通の兄妹みたいにならなきゃいけないような、言い知れない恐怖みたいな・・・・。
お兄様は本来、私とこうして話すより・・・ここに帰ってきたなら、ゆっくり自分のプライベートを過ごす方がらしいのかなって。
・・・・・組長として・・・その方が気が休まるんじゃないかって・・・。」
呟いたその時。何かため息のような声が隣りで聞こえた。
声のあった方を振り向いた瞬間、顔は見えなくて。
「_______・・・っ・・・・!?お兄・・・様っ・・・・!!」
代わりに抱き締められてることに気がついた。
「名無。」
呼ばれて上を向くと綺麗な兄の瞳に不安な自分の顔が映って。
「・・・・・うちはうち。よそはよそだ。」
「・・・・!・・・薫お兄様っ・・・・その言葉、凄く懐かしいけど・・・・子供の時言われた事でしょう・・・。」
「ああ。ガキの頃、散々木崎や親父に言われたもんだ。・・・・・俺も、お前も・・・。」
「ずるいっ・・・・ずるいよ・・・。それ言われたら懐かしくて・・・。もう高校生なのに、私が駄々こねて泣いてるみたいじゃない・・・。」
いつも通り優しく頭を撫でる兄。久しぶりに優しすぎる笑みと温もりがあった。
二ヶ月ぶりの事だったし、本当に親の顔まで浮かんできて余計に泣けてしまった。
「似たようなもんだ。・・・・・普通じゃねえと嫌だの、勝手に俺の気まで読もうと肩張って。
_____学校で何があったか知らねえが・・・周りに歩幅合わせる程、名無が無理する必要どこにもねえ・・・・。」
「・・・・今まで通りでいいの・・・?周りから見て変でも、薫お兄様は私と会ってくれる・・・?」
「当たり前だ・・・・。俺と名無は何も変わらねえ。」
「・・・・お兄様ぁっ・・・・そんな事言うと・・・また甘えちゃうんだからっ・・・・。」
ぎゅうっと抱きつくと包み込むように抱きしめ返してくれて。久しぶりの温かさに身を委ねた。
______たとえこの感情がいけない気持ちであっても。結局兄にまた頼ってしまうなら。
いつか頼れなくなる、誰かのものになるならせめてその日が来るまで。ずっとこうしていたいと兄の胸で泣き続けた。
Next...