第一章
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部屋に閉じこもり、散々泣き喚いた後の名無。
落ち着きを取り戻した頃、冷静になって皆に謝罪して回った。
「_____ごめんなさい・・・・。先程は、取り乱してしまって・・・・本当に、申し訳ございませんでした・・・・。」
「名無お嬢様!そんなに謝らないでください・・・・!」
泣きじゃくった後というのはだいたいこんな形で反省を示すのが名無のやり方だった。
前の両親からの教えなのか、本当に大人から見ると良い子というのが名無の良い所であり悪い所でもあった。
その後、中学校にも無事通い何事もなかったかのように周りと接した。
好きな人を問いただされようとも微動だにせず。己の事情は誰にも話さなかった。
____それから"数ヶ月"。"数年"経って尚。
兄に会える機会はやはり訪れず。
大好きな兄の姿を思い出してはひっそりと人知れず涙する日々は続いた。
「・・・・二代目は?」
「それが、また来てはすぐにどこかへ・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「_____っ、名無お嬢様・・・!?いつからそこに・・・・!?」
「・・・・・・・いえ、何も。
・・・・・・・・お兄様は、また行ってしまわれたのですね・・・・・。」
「・・・・・すいやせんっ!!自分が連絡しようとしたのですが、もうその時二代目は車に___」
「いいの。・・・・・・・・・・もう、いいの。」
『・・・・・・・・・・・。お嬢様、もう泣かないのですね?』
『そう言われれば、確かに暫く見てないな。』
『もう二代目の事諦めたのでは?』
『まさか・・・・名無お嬢様に限ってそのような事が・・・・!?』
『ここ暫く会っておられない。学校も楽しいようだし、このまま忘れてもらった方が平和ってもんじゃないか?』
『コラッ、お嬢様に聞こえるぞ!』
『あ、すまん・・・つい・・・・・・・。』
こんな陰口が聞こえてしまう時だって少なくなかった。
「・・・・・いっそ忘れられたら・・・・・・・私だって・・・・・・・。」
そんな時もまた一人部屋で声を殺して泣いてしまう自分がいた。
人前で大人しくなっただけであり、名無の泣き虫はいつだって変わる気配などなかった。
そんな折。
あまりにも突然ではあった。
最愛の母が亡くなったのは_____
「お母様・・・・お母様、目を開けて!!お母様ぁああ!!!」
5年もの間床に伏せて病と戦ったが遂にその日は訪れた。組全体が悲しみに暮れた。
温かだった日は沈み、暗い夜が訪れたようだった。
葬儀も執り行われたがその場に何故か兄の姿はなかった。
「薫お兄様っ・・・・・どうして・・・・?どうしてこんな時に来てくださらないの・・・・・?
お母様が・・・・・私達の、大切なお母様が・・・・・・亡くなられたのに・・・・・・・・。」
「二代目は・・・・今服役中でして・・・。」
「服役中・・・・!?捕まったってこと・・・!?」
「ええ。地上最強の生物に挑んで、返り討ちにあったりで・・・色々ありまして・・・。」
その頃運が悪い事に、兄は範馬刃牙・範馬勇次郎との戦いで騒ぎになり刑務所にいた。
母が亡くなったという事実は騒ぎが大きくなるという理由で花山自身には服役期間が終わるまで伝えられなかったのだ。
そんな事実を名無が聞かされたのは葬儀が終わったその日の出来事。
もっと早く知っていれば面会に行くなり出来ただろうに、今は悲しみにくれる暇もない程慌ただしかった。
「・・・・・・・・・ねえ、皆。聞いてくれるかしら・・・・?」
「・・・・・・・?」
名無は遺品整理の途中。
家にいる組の団員を過半数を呼び出して、静かにこう告げた。
「・・・・・・・私・・・・・お母様が亡くなってとても今は悲しいです・・・・・。
けれど今、悲しみに暮れる暇がないのも分かります。これからはこの母屋を仕切るのは私になるでしょうし
薫お兄様の・・・二代目の妹としての役目はしっかりと取らせて頂きます。・・・・・でも・・・・・・・でもこれだけは聞いて。
私、強くなりますから。今までのように泣いたり喚いたり、皆を困らせるような真似ばかりしてきた過去とは
決別します。・・・・・・・だから・・・・・・・・・・せめて、二代目の重要な事ぐらいは私に教えて下さい・・・・・・・。
私は今後一切あの方を追いかける事も致しません。二代目にどんな事があろうとも、私はこの家から離れません。
そう約束します。・・・・・・ですから・・・・・・ですからどうか。私をこの組の仲間と認めてください。
差し出がましいのも分かります。けれど・・・・・私も皆さんと同じ・・・・・・『花山組』なのですから・・・・・・・・。」
零れ落ちそうな涙を心で食い止めた。そのせいで表向きは一切涙を見せる素振りなく皆へ伝達出来た。
その決心を聞いて、組の団員達は心より名無への忠誠を誓う。
それから徐々に名無の陰口を言う者もいなくなった。
組の中でもどこか厄介者として浮いていた名無だったが、この時より初めてと言っていいぐらい皆から受け入れられた。
______この言葉に名無も偽りはないつもりだった。
本当にそのつもりだったのだが、その夜。
「・・・・・・・・・。」
自分の言った事を改めて振り返ってみるとそれは兄との決別の意味に思えた。
同じ組同士なのに。血を分けてはいないとはいえ。兄と妹なのに。
ずっとずっと会えないまま。会えないまま決別の意を示してしまった。
いずれ会う日が来た時は、兄にどんな顔をして会えばいいのだろう。妹としての私とはなんだろう。
____自分の、名無としての心はどこにあるのだろう。
もうこの家に来てから心を殺さずに済むと思っていた幼少期をふと思い出す。
だが蓋を開けてみればここも同じような場所だったのかも知れない。
兄と、花山薫と出会ってしまったせいで心を殺さなくてはいけないとさえ思った。
いつからか兄を憎む事さえあった。心より愛するあまり、その心を打ち明ける日は来ない。
そんな一向に会えない兄を恨んで。姿を見せない、見せれない事情まで知っていて尚恨んだ。
だが結局、声を殺して泣いて、泣いて、泣いて。
その先に声にならない声で呟いた言葉は
「 ・・・薫 ・・・・・・・ お・・・・ 兄、様 ・・・・・・・。」
吐息のように聞こえない声で呟いて出るのはいつも兄の事だらけで。
母が死んで変わってしまったのだけれど、やはり兄の存在の大きさだけは変わりようがなかった。
流れる時というのはあまりにも早くて。数年の月日が流れた。
あっという間に名無が中学を卒業したその年。
見事にすれ違い続けた二人は未だに会えないでいた。
名無は高校に進学し、更に教養を身に付けるべく勉学に励んだ。
勉学に没頭して一日が過ぎるのが日課になってしまったせいで今更引き返す気もなかった。
_____名無が進学してから数ヶ月経ったある日の事。
「____!!名無様、名無お嬢様!!」
「何でしょう・・・?騒がしいわね・・・・・。」
「薫坊ちゃまがいらっしゃったんです・・・!!とうとう会えますよ、名無お嬢様!!」
「______えっ・・・・!?」
世話係が急いで駆け込んできたかと思えば、嬉しそうな笑みで告げた兄の帰宅。
あまりに突然の出来事で驚いて呆然としてしまう。
けれど、ずっと。待ち望んでいた。
何年も待ち焦がれたその日は遂に訪れた。
「ささ、お嬢様こちらへ!」
「あっ、待って・・・そんなに急ぐと転んでしまう・・・・。」
「薫坊ちゃま!!名無お嬢様を連れて参りました!!」
「_____っっ・・・!!」
玄関に入ってきたのは紛れもない。白のスーツを身に纏った凛々しい姿。
服の上からでも分かる、昔とは比べものにならない程増えた身体中の傷。
けれどあの頃と瞳は全く変わらない。目の前にいるのは______
「_______名無。」
低い声。優しい眼差し。傷のある微笑む唇。
「・・・・薫お兄様・・・・・・・・・・。」
久々に見る兄の姿に目を奪われた。
容姿こそ多少変わっている気がしたが、芯の部分は何も変わらないとさえ思える優しい兄。
前の名無ならばここで泣きながら抱きついていたに違いないのだ。
「_______お帰りなさいませ、薫お兄様。お久しゅう御座います。」
そこには前の名無の面影はなく。深々と兄に向かい敬意の礼をする名無がいた。
周りの皆もこれには驚いた。
だが一瞬だが目を丸くしたのは花山薫その人で。
「・・・・・たでえま・・・・・・・。」
ポツリと言い放つと玄関をぬけ、名無の横を何も言わずに通り過ぎた。
何か声をかけるつもりだったのだが互いに何も言わず。
今度こそ本当にすれ違ってしまったのだと。名無は心より思った。
「今回は坊ちゃま泊まって行かれるそうですよ。良かったですねお嬢様。」
「そう・・・・・・あまりお変わりないようで安心したわ・・・・・・・。」
「・・・・・・・お嬢様・・・・・・・。」
名無の部屋にて。世話係や木崎が嬉しそうに声をかけるも、名無の反応は冷ややかだった。
うっすらと笑みを浮かべる程度でその表情には影がある。そんな風に見えた。
「・・・・・・・・・・木崎。貴方も随分と久しぶりですね。今回の用件は何?」
「・・・・ああ、はい。いつもの定例報告のようなもんで・・・・。」
「____分かったわ。多分明日の朝にはもうおられないのでしょうね。」
この会話してる最中でも、さっきの礼でも名無の様子はだいぶ変わってしまったのだと木崎も感じた。
「お嬢様。・・・・・・・・久々に会われたのですよ、嬉しくはないのですか?」
「ええ、とても嬉しいです。お元気そうで、何よりです・・・・。」
振り向いて見せる笑顔が偽りのものだと見抜けるのは木崎と世話係くらいのものだろうか。
もし他に見抜けるとしたならば、それは確実に。
「_____お嬢様。二代目・・・・いや大将は、ずっと会えないでいる名無お嬢様を大変心配されておいででした・・・。
ずっと会えないでいた原因は、管理が不十分だった私にも・・・・・。」
「・・・・・・・・いいえ、仕方のない事だったのです。木崎・・・・自分を責めないでください・・・・・・・。」
あまり表情を変えず、演技のように振り返る今の彼女には何を言っても届かないと感じた木崎。
これ以上何も言わないでおこうと静かにその場を後にした。
そっとしてほしいと言わんばかりだったので、名無の周りから自然と人は下がった。
名無はたった一人になり、目の前の勉強に専念した。
その夜。誰もが寝静まろうとした静かな夜だった。
自室に戻って休もうとした名無の視線に何かが入る。
_____廊下の所に誰かいる。名無のお気に入りの縁側の前に誰がか座っていた。
言うまでもなく、その姿は間違いない。
「・・・・・・・・・薫お兄様・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
白いスーツを纏っていないプライベートな服装でじっと座っていた兄。
自室に入るには、目の前の縁側を通らなくてはいけない。
それに名無以外の部屋がこの辺りにあまりない為物音がするなら名無以外有り得ない。
なんにせよ気付かれる位置だ。
「______お兄様・・・・。」
「・・・・・・・・名無。」
「・・・・・・・もう夜も遅いです。今日はゆっくりおやすみください。・・・・・・おやすみなさい。」
名無は優しい笑顔で、何も心配いらないと言うような顔で兄に微笑んだ。
その顔は、花山にどんな色で映ったのだろうか。
「・・・・・・・・・名無。
_______お前と、話がしてえ。」
「_____!」
背を向けて部屋の襖を閉める寸前だったのだが、後ろからの声に指が止まる。
震える手を見えないようにして。振り返って言った。
「・・・・・・・・二代目に言われては、断る理由もありません。」
先程木崎達にしたのと同じ笑顔で。前とは少しだけ距離を置いて隣に腰を下ろした。
「・・・・・あれから随分と経っちまった・・・・・。」
「二年くらい・・・でしょうか・・・・。」
「二年半は経っちまったな・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
久々に話す兄のトーンは沈んでいた。
だからなのかも知れないが、一段と低い声が心に響いた。
「・・・お袋の葬儀にも行けなかった・・・・・・手間かけさせたな、名無。」
「いえ、お兄様が謝る事はありません。何も滞りなく終えたのですから・・・・・・。」
二人して目を閉じ、在りし日の母を思い浮かべる。
兄の温かい笑顔は母親似だったなと、名無は今になって思った。
「・・・・・・・・お袋は、最期どんなだった・・・・・?」
「・・・・・・お母様は・・・最期は苦しむ事なく、眠ってしまわれました・・・・・・。
とても安らかに・・・・。」
「・・・・・・・・・そうか・・・。なら良かった・・・・・・。」
泣き虫なはずの名無はこんな話題でも泣く素振りを見せなかった。
終わった事だと割り切っているのか。それともただ我慢しているのか。
そんな考えを花山が巡らせている時、名無がポツリと切り出す。
「・・・・・・・私・・・お母様に・・・・お嫁に行く姿を見せると言ったのに、結局出来なかった・・・・・・。
・・・・・・辛い嘘をついてしまった様に思います・・・・。」
『嗚呼・・・私は、幸せだった・・・・・。出来れば名無のお嫁さんの姿を見たかったわ・・・・』
『・・・・見せれます・・・きっと、見せれますから!!だからお母様!!』
「・・・・・・嫁か・・・・・。・・・・そこまで生きれるとはお袋も思っちゃいなかったんじゃねえか?・・・あの口ぶりだと。」
「・・・・・それは、そうかも知れませんが・・・・・・・。」
「・・・・名無が気に病む事じゃねえ。」
「・・・・・・・・・。」
亡くなったのはわりと前なはずなのに、やはり愛した母を思い出すと悲しくなるのは仕方のない事で。
花山の考えは後者の方が正解だった。ただただ強くなると決心したあの日より、我慢強くなってしまっただけだ。
「_____それに・・・・・嫁にやるのが勿体無え程、綺麗になった。」
「____え・・・・?」
「・・・・・・ほんの数年会ってねえだけなのに・・・・すっかり大人になっちまってよ。」
「っ・・・・!?」
突然のことに驚いて顔を上げると、そこには温かい眼差しで名無を見つめる兄。
しかもゆっくりと大きな手が伸びてきて頬にそっと触れられた。
突然の行動に名無の頬は紅くなる。
「・・・・・そんな事ありません・・・・・。私は、まだとても未熟です・・・・・。大人になどなりきれていませんっ・・・。」
「そんな風には見えねえ・・・少なくとも、ここにいる連中はお前の実力を認めてる。」
「___・・・・・・いえ・・・・私は、まだそんなっ・・・・・。」
照れ隠しでふいっと顔をそむけるとまたゆっくりと大きな手は離れていった。
本当は、心の奥底ではもっと触れてほしいのに。先程から成長した兄の姿がまともに見れてはいなかった。
「・・・・・それを言うなら薫お兄様こそ。数年前と違って更に強くなられました・・・・。
身体中に傷も増えたようですし・・・・・・花山組の大将として皆とても誇らしいです。」
「・・・・・・有難う・・・名無。だが俺は・・・・・もっと強くなりてえ・・・・。」
花山の頭によぎったのは範馬勇次郎に負けた記憶。
強さに自信を持っていた花山が命の危機を感じる程の相手で、あの強大な力を漢として追い求めた。
「今だって・・・。・・・・・・いいえ、薫お兄様は昔から強かったです。
・・・・・・・本当に強くならねばならないのは私の方で_____」
「___名無・・・・・背伸びしねえでも、とっくに強くなったんじゃねえか?」
「っ・・・・・・・そんな事ありません・・・・・・。
花山組を背負う妹としてまだまだ私程度じゃ___」
「・・・・・・・・。
どうも嘘だけは達者になったな・・・・・。」
「・・・・・・・嘘・・・?」
軽いため息が聞こえたと思ったら、その言葉に顔を上げる。
兄は呆れたような、それでいてどこか真剣なようななんとも言えない顔で名無を横目に見つめる。
「なんつーか・・・・帰ってきてからずっとそうだ・・・。
強くなるだの・・・嘘ついてるようにしか聞こえねえ。お前らしくねえ・・・・・・。」
「・・・・・・・・・嘘ではありません。私の本心です。」
「本心か・・・・・・・・そうかも知れねえが、俺の知ってる名無ならもうちっとマシな言い方出来たはずだがな。」
「・・・・・・お兄様、何を仰りたいの?」
その時、横目に見ていた兄の目が鋭くなった。
「・・・・・・・・・変わったように見せても、内心何も変わっちゃいねえ。
名無は昔っから今まで俺の知ってる名無だって話だ。」
この言葉に名無の顔色が変わった。
拳を強く握り、今にも振りかからんとする勢いで立ち上がった。
その表情はいつか組に本音を言った頃と同じ顔なのかも知れない。
「・・・・・・私が・・・まだ今までと変わらない・・・?薫お兄様にはそう見えるの・・・・?
私は、昔の花山名無ではありません。私を子供だと思わないで下さいっ!!」
「いいや変わらねえよ、そういう所・・・。」
「何がです!?こう見えてもお兄様の知らない私になったつもりです!!
私の事を・・・・分かったような口を聞かないで下さい・・・・!!」
ここまで名無が怒りをあらわにする時は決まって譲れない何かを抱えてる時だ。
兄の知らない自分。それは決別を示した事でより強まった気持ちで。
自分で成長していかないととやっていられなかった日々を思い出し、思わず怒りがこみ上げた。
「____じゃあ聞くが・・・・。・・・・・俺にまで気を張る程、お前は強くなったんだな?」
「___っ・・・!!」
先程の喋り口調とはまた違う、真剣で少し恐くなるような低音に戸惑う。
____見抜かれている。これまで兄と会わない間成長しようと無理をしてきた事は筒抜けだったようだ。
「___ええ・・・・・強くなったんです・・・・。もう貴方に甘えていた過去と決別する為、私は強くなったんです・・・・・。」
「・・・・・・手が震えてるぞ。」
「これはっ!!・・・・・・これは違いますっ・・・・・・!!
薫お兄様がっ・・・・・・・・憎いからっ・・・・・。分かってくれない薫お兄様が憎いからっ!!
その怒りで震えているんですっ・・・・!!」
この言葉が半分真実で半分嘘だというのを、言った名無自身が一番よく分かっている。
口にしてはいけない想いを抱え、その寂しさや悔しさを埋める為耐えてきたというのに
兄はまだこうして真っ直ぐ自分を見つめている。
それが愛おしく思えて余計に憎く、見抜かれた事もまた憎らしかったから。
「・・・・・・・・・。
悪かった・・・・・・妹の気持ちも理解出来ねえなんて、駄目な兄貴だな・・・・・・。」
「・・・っ・・・・・。」
「俺は・・・・・・お前が寂しい思いしてるんじゃねえかとずっと思ってきた・・・・・・。
だが・・・・・本当にそう思ったのは、名無じゃねえ・・・・・・俺の方だった・・・・・・。」
「___・・・・!?」
兄の思いもしない言葉に目を見開く。
あの屈強な兄から"寂しい"だなんて。
そんな言葉が出るなんて。
「お兄様・・・・・・寂しかったの・・・・・・?」
「・・・何度かお前目当てにこっちに来た事もあった・・・・・・。
それでも、いつまで経っても会えねえままで・・・・・・。
二年半以上も会わねえ内に・・・変わっちまったんだな・・・・・・・。」
らしくなく目を細めた兄の姿に心が揺れた。
寂しいと思うのは同じはずなのに、勝手に決別しようとした自分が馬鹿らしく思えてしまった。
本当は何もかも正解なのに。気持ちを無理やりねじ曲げ兄の前でさえ嘘をつき不正解にして。
少しずつ視界が滲み始めたのを悟られない為とっさに後ろを向く。兄から背を向けた。
「・・・・・・変わったんです・・・・・・・っだから、もう心配なさらないでください・・・・。」
声が涙声になっているのに気付く。
涙が頬を伝う感触が伝わってきて、余計口先で嘘を重ねる。
「・・・・・・・っ・・・・もう・・・・・・・大丈夫ですからっ・・・・・。」
「・・・・・・・・名無・・・・。」
「・・・っ・・・・・・だから・・・・。」
「・・・・・・・こっち向け。」
「いやです・・・・・・いや・・・・・!」
後ろからする声はあまりにも優しく。多分もう気付かれているのだろうが、それでも引き返す気はなかった。
ふるふると首を横に振る名無の小さな背を見つめ、花山はポツリと呟いた。
「___お袋からあの時『名無の涙を受け止めてくれ』と・・・頼まれたんだ・・・・・。
・・・・俺もそうしてえ・・・・・・。」
『薫。名無の涙を受け止めてあげて・・・・そして、名無の幸せを、願ってあげて・・・・・・。』
「・・・・・・泣いてません!泣いてません、から____ っ!」
不意に目の前が暗くなる。それと同時に背中から大きな温もりを感じた。
少ししてから、目の前にあるのが兄の手だと分かって。後ろから抱き締められていた。
「___ずっと言いたかった・・・。・・・・・・・すまねえ・・・・・・キツかったろ・・・・・・。」
「・・・・・・・おにい・・・・・・さまっ・・・・・・・・・。」
「・・・・・・遅くなっちまったが・・・・・・・・・
______・・・・もう、無理すんな。」
「・・・っ・・・・!!お兄、様っ・・・・・・・・薫お兄様ぁっ・・・・・・!!」
ゆっくりと振り返って見ると、一回り大きな指先が名無の涙を拭う。
その優しい仕草に秘めた想いを堪えきれなかった。
「ぅっ・・・うわああああっっ!!!私っ、わた、しっ・・・ごめんなさい・・・・・・!!ごめんなさい!!
結局っ、お兄様に嘘・・・ついてっ・・・・・お兄様と決別するって言ったのにっ・・・・それも出来なかった・・・・・・!!
私は嘘つきですっ・・・・・・悪い子です、ごめんなさいっ・・・・・・!」
名無を胸に抱きながら、どこか安心したような笑みを浮かべる兄。
その表情は名無に見えないが、優しい口調でなんとなくだが読み取れた。
「お前は昔っからそうだった・・・・・辛ぇ事があっても嘘ついて、バレたら泣いて周りに謝りたおして・・・・・。
そういう所、何一つ変わらねえ・・・・・。」
胸で泣きじゃくる今の名無に嘘偽りはなかった。
「本当は・・・・・・本当は、私も寂しくて・・・・・・薫お兄様に・・・・・・ずっと、ずっと会いたくてっ・・・・。
でも!!甘えてばかりじゃいられないって・・・・・・その方が組の為に_____」
「今はいい。・・・・・・なんだって構わねえ。これからはひと月ごとぐらいには帰れるようになる・・・。
せめてそん時くらい、俺の前では気張る必要はねえ・・・・・。」
「・・・・お兄様ぁ・・・・・薫お兄様あああっっ!!!」
その場で名無は暫く泣き倒した。今まで流してきた涙以上に泣いて、泣いて、泣いた。
兄はやはり変わらず受け止めてくれる優しさがあって。その優しさに、今だけは存分に甘えようと身を委ねた。
それから落ち着きを取り戻した名無は、縁側に座り兄の肩に寄りかかっていた。
「・・・・・・お兄様にはなんでもお見通しなんですね・・・・。」
「・・・・だいたいの事はな。」
「やっぱりお兄様には嘘はつけません・・・・・。」
眉を八の字にして笑う名無に兄もつられて笑った。
先程からずっと肩に置かれた大きな手は、幼い頃からずっと名無を支え続けていた証にも見えた。
「・・・ねえお兄様・・・?もう敬語使わないでもいいかしら・・・・・?」
「____ああ。」
「良かったぁ!どうも堅苦しくて仕方なかったの!」
「・・・・・・。
・・・・・・・・明日は、朝から戻る。」
「・・・・・そっか・・・・・また会うのは一ヶ月後・・・・・。」
「・・・・・寂しいか?」
「ううん!むしろ楽しみ!今までずっと会えなかった頃に比べると嬉しくてしょうがないから!!」
元気になった名無の笑顔に、何度目かの安心そうな笑みを浮かべた。
そしてゆっくりと肩に置いた手を離す。
「・・・・・そうか。なら今日はもう遅え。寝るか。」
「うん・・・・・。おやすみ、薫お兄様・・・・。
・・・・・・有難う・・・。」
「ああ・・・・・・おやすみ。」
こうして二人共それぞれの自室へ帰っていった。
部屋へ戻った名無は布団に横になる。
自然と瞳が潤んで。兄の温もりの残る自身の体を抱きしめ眠りについた。
____その翌日。早朝から事務所へ戻る兄を名無は見送りに来ていた。
「・・・・・・行ってくる。」
「行ってらっしゃいませ、お兄様。お気をつけて。」
名無が兄に敬語を使うのは表向き。だけれど二人っきりの時だけは敬語を使わない。
特に話し合った訳でもないが、二人だけの秘め事のようで。
その証拠に、二人は昨日と違って微笑み合っていた。
Next...