第一章
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何が起こったのか。理解するまでに少しだけ時間がかかる。
兄の声でふと我に返り、腕の中にいる事にようやく気付いた。
いつもより強く。けれど掌の温もりはこんなにも優しくて温かい。
「・・・・相手は、一度お前を捨てた奴だ・・・・。お前の親かも知れねェが・・・俺には信用ならねエ・・・・。」
「お兄・・・様っ・・・・・。」
「・・・・お前を、渡したくねえ。」
降り注ぐ兄の言葉に、名無の鼓動は熱くなり早まっていく。全身が熱くなり、頬が紅潮しているのが自分でも分かった。
けれど現実は非常で。こうして兄が引き止めるのも急に現れた"本当の親"という存在が原因な訳で。
名無自身もまだどうしていいか分からず、また自分から距離を置きたいなどと言ってしまった手前困惑していた。
____答えが出てこない。いくら考えてもどうにも出来ず、ただ目の前にある兄の服を握りしめる。
「・・・・っ・・・分からない・・・。私は・・・・今、どうすべきなのか分からないの・・・・。」
「・・・・名無は、どうしてえんだ。」
自分の心と向き合う。ついこの前も、同じような事をしたはずなのに。今度は兄の腕の中で考えてるなんて。
本当の親なんて、今更会ったところでどうだというのだろう。向こうが会いたがっても、こちらには会う理由などさらさらない。
でも元からこの家に自分がいる違和感のようなものを感じていて。嫌という程振り返った現実が自分を脅しにきている気がしている。
その現実は今抱くこの感情もそう。恋という気持ちに振り回されて、このままではいけない気がする。と必死に足掻いている。
本当を言うなら名無もこのままでいたい。このまま、兄とたまに会って、笑って、たまに甘えて、心穏やかに過ごせたならどれだけ幸せだろうか。
でも心を乱す出来事があって。それは恋愛の意味でも、そして義理という関係そのものが引き金で全て狂い出し、歪に変化する。
何も考えずにいれたら良かった。何も気付かずにいれたら良かった。ただ兄と、一緒に居れるだけでいいのに。
「_____・・・・ごめんっ・・・。今は、考えられないの・・・・。
・・・・だから、もう少し・・・・このままでいていい・・・・?」
「・・・・・。」
そう言うと、静かに兄は背中を撫でた。返事の代わりの腕は、抱きしめる力を弱めなかった。
その時少しだけ安心して、名無も静かに抱きしめ返す。溢れ出す多幸感と裏腹に、色々な事が頭をよぎり切なくて胸が苦しくなった。
どうしても届かない。触れているはずなのに。こんなに近くにあるのに。
今抱きしめているはずの腕は、いつかは離さないといけなくて。今頭で考えられない事も、いつかは結論を出さなければならなくて。
(どうしようっ・・・・。お兄様・・・・。一人で考えなきゃいけないのに・・・。私は・・・・いつもお兄様にばかり甘えて・・・。
でも・・・これが、最後かも知れないの・・・・?こうしてお兄様の温もりを感じていられるのも・・・。
そんなの・・・・嫌だよ・・・。そんなつもりじゃ・・・なかったのにっ、どうして・・・・?)
二人して目を閉じて。温め合うようにして、暫く寄り添った。
そうしてどちらともなく離すと。名無は決意を込めた顔をしていた。
「少しだけ・・・・考えさせて。・・・3日以内に必ず結論を出すから・・・。
ちゃんと決断するから。・・・・だから・・・。
今後どうなっても・・・お兄様は、私を・・・______」
顔を上げると、兄は何を言う訳でもなくただただ頷いた。
二人の中にあるのは言葉を紡がずとも分かり合える空間で。
『信じてほしい』と言うつもりだったのだけれど、兄はとうの昔から自分の味方だと名無には信じられた。
「有難う・・・・お兄様・・・・。」
数日後。学校が休みの日だったので、兄の居なくなった縁側に一人座り込んでは見慣れた庭を眺めていた。
「・・・・失礼します。」
「・・・・私が呼び出したのは、なんの用か分かるかしら・・・?」
「・・・・お嬢様・・・・。」
静かな冬の空気。世話役を呼び出したのは名無からで、あまり視線を合わさずに遠くを見ながら問いかけた。
気まずそうというよりは、どこか心配する世話役の顔をあまり見ようとはせずに。
「・・・言わねばならないと思っていました。けれど、名無様の心情を思うと・・・。私事ですが、躊躇ってしまいました・・・。
その、"苗字"と名乗る方は事務所に何度も足を運んでいて・・・必死な様子だったそうです・・・。」
「・・・・私が聞きたいのは、そういう事ではないの・・・。貴方は私の世話役。私に対して、組に対しての情報を教える義務があるのよ。
・・・・私に気を使ったのかも知れないけれど・・・正直。お兄様から聞かされるより、まずは貴方から知りたかったの・・・・。」
兄と夜話している事は誰にも知られてはいない。だから夕方頃に聞いた、とそれらしい嘘をついた。
世話役も今朝の名無の顔つきや雰囲気で何があったかを察するのは容易だった。
・・・というより。世話役でなくとも遠くを見つめる回数が増えたり、口数が極端に減っている。
それでいてこの呼び出しならば気付かない訳もなかった。
「・・・申し訳ありません。どうか、こればかりはお許しください・・・。」
「・・・・。・・・大丈夫。私も、少し言い方が意地悪だったわね・・・ごめんなさい・・・。
でも先に知りたかったのは・・・少し本当だけれど・・・。
___私・・・・ここに来る前の記憶があんまりなくて・・・。苗字が変わったり、ろくな扱いをされてこなかったから・・・上手く思い出せないの・・・。
でも・・・私の記憶に"苗字"という名前はない。・・・きっと、一番始めに・・・"私を手放した親"なのだと思うわ・・・。」
「・・・事務所やこちらの方で、名無様の経歴を調べました。勿論、これは今に始まった事ではなく貴方をこの家に迎え入れた時からです。
・・・言いづらいのですが・・・名無様は生まれた当初から数件の家に売買されており・・・。・・・仰る通り、苗字家はその最初の名です・・・。」
庭で鳥が鳴いている。一羽、二羽、三羽。けれどどこかへ逃げてしまった。
その鳥は、たまたま餌を求めて集まった鳥達だったのか。ばらばらに飛んでいってしまい、庭には一羽しか残らなかった。
話を聞きながらも名無はその鳥を目で追っていた。なんの意味もないけれど、一羽が鳴いているのをずっと見ている。
「・・・・名無様。この際ですから、はっきりと言わせていただきます。今回の件、嫌なら嫌と仰って下さい。
貴方は・・・今やこの花山家においてなくてはならない存在。『花山名無』様としての人生を歩まれています。
無理して会う必要はどこにもありません。・・・身勝手な相手方の事情など、名無様には何も・・・_____」
「関係ない。けれど・・・私を中心に物事が起きてるなら・・・・私がけじめをつけなければいけないと、そう思わない・・・?」
「名無様・・・!!」
そう言って振り返った名無は何故か笑顔で。どこか吹っ切れたような表情をして、冬空の庭と同じく澄みきっていた。
世話役は名無の自己犠牲の精神を知っている。心情まで全てを把握出来ている訳ではないが、人一倍我慢強く。人一倍強がりで。
_____きっと。環境がそうさせてしまったのもあるかも知れない。
「・・・・・っ名無様・・・・薫坊ちゃまは、なんと仰られてましたか・・・?」
「・・・お兄様も、会うべきではないと仰ってました。・・・木崎とはまともに話していないけれど、多分同じ事を言うでしょうね・・・。」
「ならば何故、無理をしてでも会おうとなさるんですか!!どうして・・・名無様を捨てた親に・・・貴方が出向かねばならないのですか・・・?」
庭の鳥は、いつの間にかいなくなっていた。
鳥は羽ばたき、また次の餌を求めて飛び立つ。
いつだって一羽で。自分の考えで、誰にも頼らず飛び立たなければならないから。
「だから私が・・・会って断りをいれなきゃいけないのよ。実の娘から言えば・・・流石に言う事を聞くんじゃないかしら・・・。
・・・私だって、会いたくはないけれど・・・。でもきっと・・・私が出ないと、この話はいくら断っても平行線になりそうって・・・思えてしまって・・・。
大丈夫。私は意外と落ち着いてるわ。・・・だから、私から一度会って話したいと伝えて頂戴。・・・・お願い。」
名無の瞳は真っ直ぐで、嘘偽りはないように見えた。一番動揺してるであろう本人が言うのであればしょうがない。
これが紛れもなく名無が決めた事だった。
「・・・・畏まりました。お伝えしておきます。日時は後ほど追って連絡します・・・。」
「・・・有難う。私の為を思って、心配くれて・・・。
貴方と話していたら気持ちが落ち着いてきたわ。これは本当よ?」
「光栄です。・・・私は、名無お嬢様のお側に付き従うまでです。
これからも、ずっと。変わりはしません。・・・・では失礼します。」
襖の閉まる音。まだ静かな午前中だった。
兄を始めとする色んな人々が味方なのだと、ここ数日間で改めて感じていた。
自分の居場所はどこなのだろうと彷徨っている気がして。芽生えてはいけない気持ちに何度も手を当てて苦しんだ挙げ句の出来事だった。
(でも・・・・私は向き合わなくてはいけない。・・・それに、"ここでヤケになるのは違う"。
お兄様への思いと・・・今回は全くの別件。私は・・・『花山名無』なのだから。
それ以上でもそれ以下でもないのよ。・・・・そうやって、誇りを持たないと。・・・お兄様のように。)
他人。恋愛。兄妹。
複雑な感情が入り混じって辿り着く先に何があるのか分からない。
だがあくまでも"自分が自分でいる為"に。そうして誇り高いこの家の一員でいる為にも。
今の名無は前を向くしか出来なかった。
それから一週間もしない内に、話はわりと早い段階で進んでいた。
会う日時や場所が決まるまでそう長い時間は要さなかった。まるで決断をしろと言わんばかりに時計の針は早足で進む。
苗字と名乗る人物と会う場所は事務所の応接間。何があっても大丈夫な場所。
車に乗り込み、日頃と違う道を通るだけで名無の心はざわつく。
けれど事務所に着いた時にはもう『花山名無』としての表情が整っており、妙に冷静で程よく緊張もしていなかった。
実は名無自身、あまり事務所に赴く用事がないので本格的に入るのはこれが初めてだった。
(こんな事がきっかけで事務所に来たくなかったわ・・・。
どうせならお兄様に用事がある時に・・・って、考えても仕方がないわね・・・。)
一人で会わせるなんて危険な真似は出来ないので花山組組長・側近の木崎・見張りも何人か信頼出来る者がつく事になった。
兄が傍にいてくれる頼もしさは名無にとって心地良かった。兄がいれば"絶対危険な事にはならない"からだ。
・・・といってもたかが一般人相手にここまで警備を厳重にするのだからむしろ相手の方が肝が座ってるといえる。
_____それだけ相手も本気という事なのだろうが。
コンコン
「・・・失礼します。・・・お兄様、本日はご迷惑をおかけしますが・・・宜しくお願いしますね。」
「・・・ああ。」
「お嬢様、先日ぶりです。・・・体調や気分は問題ありませんか?」
「ええ・・・木崎も心配してくれて有難う。私なら大丈夫・・・。むしろここに来る途中の事務所の方々が緊張しているように見えたけど?」
「はは・・・。初めてお嬢様をお見かけする連中も多いですから、それででしょうね・・・。」
他愛のない話で少し場が和む。束の間でも安心感を得られたのは皆にとって良い事だった。
時間が近づくと次第に口数も減っていき、名無と兄は別々の椅子に座る。目線の直線上にはいなかったが横を向けばいる距離だ。
コンコン
「___失礼します。お客人が入られます。」
「・・・・入れ。」
花山薫の一言で扉が開く。黒服に連れられきてきたのはカタギ二人。中年の男女で、服装は小綺麗に見繕ってきた感じはあった。
入ってきて早々。名無の姿を見ると女性の方が一言。
「______『名無』・・・!」
ゾクリ。"身の毛がよだつ"とはまさにこの事か。
窓は空いていない。空調も効いている。だが確実に寒気がした。
知らない相手に名前を呼ばれる。だがその声色はまさに"愛おしい我が子を呼ぶそれ"で。
まだ座っても居ないのに目を合わせただけでうっすら涙を浮かべる女性が急に怖くなった。
「・・・どうぞ・・・・お座り下さい。」
向かい側に座っただけでも目をそらしたい気持ちが湧いてくる。
相手からしたら感動の再会なのだろうが、名無からすれば赤の他人が自分へ異常な感情を持っているように思えてしまう。
知らない人。他人。本当の親?今の今まで冷静になっていた気でいたけれど、こんなの何を話せと言うのだろう。
「・・・逢いたかったよ、名無。大きくなったねえ。・・・ごめんね・・・・本当に、ごめんなさいね・・・・。」
暫く見つめたかと思えばハンカチを取り出して泣き出してしまった。隣の男性は女性の背中をさすってうんうんと頷いている。
_____分からない。なんの情も湧いてこない。今の素直な気持ちがそれだった。
「・・・・落ち着いて下さい。私は、花山名無と申します。・・・・貴方達が、苗字さん・・・ですね・・・?」
「ええそうよ・・・。・・・一目見たら分かったよ、名無。貴方は私の子だって。
こうしてっ・・・会えて嬉しい・・・。でもごめんねっ・・・本っ当にごめんなさいね・・・。辛い思いをさせたね・・・ごめんね・・・。」
何度も謝る女性に何も言い出せず。ただただ困惑するしかない。
とりあえず事情を聞かなければ始まらないので、ここに至った経緯を話してもらう事にした。
・・・あまり聞きたくはなかったがしょうがない。
「貴方を産んだ時・・・。あの時は裏の人から借金するぐらい・・・とてもお金に困っていたの・・・。
そうしたら相手が『そこの子供なら高くしてやってもいいぞ』って・・・言われたの。」
「まさかテメェ・・・。それで実の我が子を売りに出したってのか!?」
「・・・・・仕方がなかったんですっっ!!元夫が拵えた借金は増える一方で、あの時はそうするしかなくて・・・!!
おかげで借金はいくらかマシになりました・・・。けれど・・・何もなくなった部屋に一人でいて・・・・そこで、自分のした罪の重さに気が付きました・・・。
あの時売らなければ良かった・・・。私は後悔に後悔を重ねました・・・。教会に行って手を合わせたり、ひたすら名無の無事を今日まで祈り続けました・・・。
捜索願いも当てにならなくて・・・でもこの前ようやく、貴方がお友達と話している姿を見かけて。調べたの。
そうしたらこの組にお世話になってるって聞いて・・・!!私は、生きてきて良かったと・・・神様に感謝したわ・・・!!」
涙ながらに話すその有様に、名無は顔色一つ変えずに眺めていた。
せいぜい反応したのは"友達"という単語。どうやら友と遊びに行っている時にどこかですれ違ったのだろう。
____ずっと、知らない劇を見ているような感覚だった。
自分の生い立ちというか、売られた経緯だというのにどこか他人事のような感じがしてしまう。
泣き笑う親役。支える現夫役。オーディエンス。そして自分は見ているだけの傍観者・・・?
許さないとか、もっと泣き喚く場面なのかも知れない。会えて良かったとか言うべきなのだろうか。そんな台詞は自分にはない。
実の母親という感覚が、名無には全くなかった。話を聞いても尚、ピンと来る気配すらない。
赤子の時に引き渡されたのならもうそれは"産んだだけの他人"。そんな気がしてしまって、何も言わずに黙っていた。
「・・・"名無"。貴方の名前を付けたのも私よ。女の子が産まれたら、この名前にしようって決めていたの。
だから私達・・・もう一度やり直せないかしら?烏滸がましいかも知れないけれど・・・もう一度貴方と歩みたいの・・・。」
「私は今の夫です。再婚した身なので、詳しくは知りませんが・・・。けれど、こいつは日頃から名無ちゃんの事ばかり思って、やっとの思いでここまで来ました。
俺はこの件にあまり関われないですが・・・それでも、こいつの思いの強さは本物です。どうか、お願いします。」
「・・・・私と共に歩むって、実際には何をお望みなんでしょうか・・・。」
「貴方と一緒に、もう一度家族屋根の下で暮らしたいの。」
ガタンッ!
「_____お二人さん。ここがどこかお忘れですか・・・。」
「・・・・木崎。」
「止めないでください大将・・・。さっきから黙って聞いてりゃあ、名無お嬢様の気持ちを考えてねえみてぇだな苗字さんよ・・・?」
珍しく大人しい木崎が、初めて見せた激情だった。なんの音かと思ったら壁に穴が少し凹んでいる。
木崎でもこんな事をするのか・・・と名無は驚いていた。
「ここは泣く子も黙る花山組。・・・んで目の前にいらっしゃるのは、花山組組長の妹、名無お嬢様だ。
いくらカタギとはいえ言葉には気をつけた方が良いですぜ・・・。自分の意見ばっか述べて、同情誘って許されると思うなよッ!?
それに名無お嬢様をそのまま持って帰ろうなんざ絶対許さねえ・・・。この御方はこの組の重鎮だ!!今やなくてはならねえ存在、そんな御方を侮辱するならこの俺が許さねえ・・・!!」
「木崎・・・落ち着いて。二人共怖がってるわ。私なら大丈夫だから・・・ね。」
誰に向けてか祈るポーズで震えるカタギの二人。今にもドスを構えようとする姿を見れば誰だってこうなるだろう。
ここが"そういう場所"なだけに何が起こっても不思議ではない。当の本人がその気がないのでなんとかなっているが一触即発の空気が漂っている。
「・・・うちの者が失礼しました。どうかお許しください。
ですが彼の言う通り、いくら本当の親とはいえ貴方達お二人と暮らす事は出来ません・・・。お引き取り下さい。」
「どうしても駄目かい、名無・・・・?そんなに私が憎いのかい・・・?」
「いえ・・・そのような感情はありません。強いて言うのなら、突然本当の母親と言われましても今更なんの思いも湧きません・・・。
ですから私の事はそっとしておいてください・・・。」
目を伏せて俯く。名無の本心だった。
散々自分を苦しめてきたきた事実をここで突きつけられてもこれ以上どうしろと言うのだろう。
今更本当の親と暮らすのは最早同情でしかない。名無も高校生で子供と言える年ではないし、なかなか身勝手な話だ。
_____そもそも淡々と拒絶しても引き下がらない熱意が、何より不気味に思えてならなかった。
「もしかして、本当の母親か疑ってるのかい?なら血液型でも誕生日でもなんでも言うよ?
母子手帳もあるし、法律で親子の証明だって出来る。
・・・確かに名無の今いる場所よりは貧乏だけれど、それでも出来る限り支えるから・・・約束するよ。」
「・・・っ・・・どうしてそこまで私と暮らしたがるのですか。それが償いとでも言うのなら私には逆効果です・・・。
本当の親なら・・・娘の幸せを思うのなら、元気にしている姿では駄目なのですか・・・?」
「・・・名無は本当に今、幸せなのかい?」
「・・・えっ・・・・・。」
いかにも心配してる素振りを見せて、中年女性は少し身を乗り出す。
それは質問ではなく。最早問い詰める形に近かった。
「・・・私は言わせてもらうよ。引き取られた先が花山組だと聞いて、正直おっかなかったよ・・・。
普通と違う暮らしで、名無も苦しんだ事があるんじゃないのかい?ここでこのまま暮らして、名無に"真っ当な幸せ"があるのかい?
元々名無の居場所は"ここじゃない"んだよ?本来関わっちゃいけない人と関わって・・・"普通に生きたい"って、思う事はなかったかい?」
「・・・っ・・・!!」
「私達と暮せば"普通"に戻れるよ。・・・過去は決して消えないけれども、今からやり直す事は出来るからね。
今からだって、普通の生活に慣れれば良いんだよ。・・・だから名無は、今からだってやり直せるんだよ?」
走馬灯のように駆け巡る過去の記憶。幾度となく己に問いただした過去のしがらみ。
普通ではない。友人の友や、中学の時の学校でのやり取りを思い出しては普通ではない価値観に胸を痛めた。
正直、今回の一件はせいぜい話を聞いて追い返すぐらいの考えでしかなかった。だが現実は自分の今後の人生を左右する重要な局面だと思い知らされる。
普通でなければ兄に救ってもらえなかった。普通でなければ、兄に言い知れぬ感情を抱く事もなかった。
世間との違い。許されない恋。普通に生きていれば、きっと存在すら知りもしなかったはずの未来。
「・・・っ・・・・何をっ・・・。普通、って・・・普通な事が・・・・っ・・・そんなに幸せだとでも言うのですか・・・?」
「今後の名無の為に言ってるんだよ?成人して大人になったら、どんな職業にだってなれるさ。
名無には"夢"があるかい?夢を持ってもいいんだよ?無理をしてこんな場所にいる必要はないんだよ・・・。」
「私はっ!!私はっ・・・・『花山名無』として生きています!!そしてこれからもっ、この名を背負って生きていくと決めているんですっ!!」
思わず震えた拳で立ち上がる。目の前の親と名乗る女性に、何も言わせたくない。
これ以上何も聞きたくなかった。たとえそれが"普通の考え"であったとしても。
「・・・私はね、今後何があっても・・・貴方を『苗字名無』として接していく。諦めはしないよ。」
「・・・っは・・はっ、はぁ・・・・どう、して・・・・どうしてぇっ・・・!!はぁっ、はーっ・・・うぅっ・・・!!」
「お嬢様、大丈夫ですかっ!?」
名無はあまりの押し寄せる現実に耐えきれず、その場で過呼吸になって蹲ってしまった。
咄嗟の出来事に木崎含め数人の黒服が駆け寄る。涙を流して、視界にぼやけたソファーが微かに映る。
『花山名無』に誇りを持っていた。だがその誇りは、いくつもの普通を犠牲にして積み上がった"本来の名無にはないもの"。
名無の夢は兄、花山薫の隣りを支えられる存在である事。名無は"夢ですら普通ではない"。
無理をしている訳ではないと言えたら良かったのに。ここがそれだけ世間から外れた日陰の存在であると分かっていたはずなのに。
_____まるで、ここに居るのは異常だと言われているようで。今の存在そのものを否定された気がしてしまった。
「お嬢様を早く医務室へ運ぶんだ!!早くしろ!!名無お嬢様、しっかりしてください!!呼吸を!!」
そのまま名無は過呼吸が一向に収まらず、その日は絶対安静を余儀なくされてしまった。
それだけの精神的損傷を負わせた本人は、心配する様子もなく真っ直ぐ運ばれて行く様子を眺めていた。
もう一人の現夫は心配そうな顔はしていたものの、あたふたしているだけで特に何も言わなかった。
バタン...
「・・・良いのかい?あの子・・・。お前の言い方がきつかったんじゃないのか?」
「・・・全部本当の事だよ。名無には辛いかも知れないけど、それも今だけ。あの子はきっと分かってくれるよ・・・。」
「_____それが、子への愛か?」
・・・・そしてもう一人。微動だにしなかった漢がいる。
大将の椅子に座ったまま。ほとんど何も喋らなかった花山が突然問いただした。
驚きもせずに、女性は顔だけ向けて花山へと口を出す。
「ええ・・・。こうして厳しくするのも親の務め。いくら組長に脅されようとも、名無は私の子です。必ず納得させてみせます。」
すると、椅子からゆっくりと立ち上がり。女性の隣へと立った。
怯えたようにしているのは現夫のみで、女性は冷ややかな視線だけを向けている。
「・・・・名無を苦しめてきた、親の吐く台詞がそれか。」
「・・・あんなにあの子が取り乱すなんて、一体どんな躾をされたのか・・・。考えただけでも悍ましいわ・・・。」
「______『花山名無』は渡さねえ。
あいつは生きるも死ぬもここだ。これ以上、名無の
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