第一章
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『・・・・ひっく・・・・・お兄様あ・・・・どこなの・・・?ねえ、誰かいないのお・・・・・・!?』
気がつくと、名無のいる場所は闇ばかりだった。
周りを見渡しても闇。叫んでも泣いても周りに誰もいない。
自分の手足は見えているのに、何故かどこまでいっても暗い世界が続いている。
『お母さあん・・・・お父さあん・・・・!誰か・・・誰か、ひっく・・・・私をここから出してー!!
良い子にするから!!もう、悪い事しません!!だからぁ、うわあぁああーー!!!』
「____________・・・・っ!!」
自分の叫び声とともにバチッと瞳を開く。そこには見慣れた自室の天井。
急に視界が変わった事に少し動揺したが、すぐに夢だと分かって冷静になった。
名無はいつまで経っても幼い日の夢を見ていた。変わらない悪夢。夢ではいつも一人。
現実で楽しい事があろうと、嬉しい事があろうと、夢の世界の名無は悲しみに満ちていた。
状況はそれぞれ違うが基本は『兄がいない』『一人ぼっち』『置いていかれる』など孤独に関する夢。
(・・・・・・目覚まし鳴ってないけど、もう起きてしまおう・・・・。)
名無は"いつもの事"だと受け流して布団から抜け出す。ぼんやりと悪夢を思い出している暇があるならさっさと起きた方がマシ。
名無が朝に強い本当の理由を知る者は、誰一人としていなかった。
「_______________ああー・・・眠い。ドラマ録画してたのに見た私が馬鹿だったあー・・・。」
「大丈夫ですか友さん?このあと体育ですから目も覚めますよ、きっと!」
「名無ちゃん、この前まで風邪引いてたはずなのにもうすっかり元気だねえー・・・。
なんか病み上がりなはずなのに前より元気じゃない?」
「ふふっ・・・そうでしょうか?」
一限目の終わり。まだ眠いと言う友にたいして名無はこれからだと言わんばかりにやる気に満ちている。
あれから名無の風邪もすっかり良くなり、むしろ前より明るく元気な印象さえあった。
それは授業でもそうでない時間でも同じで。その後のバレーボールの授業も。
「友さん、パス!」
「おっしゃー!任せてー!」
バシイッッ!!
『そこまでーッ!白組の勝ち!』
「やったぁー!名無ちゃんナイスッ!」
珍しく名無の連携もあって勝つことが出来た。体育は苦手だと言っていたのに、ボールに触れたのですら凄い事。
勉強するにも体育をするにも。何事も笑顔で取り組んでいる。学校での名無は絶好調だ。
「有難うございますっ!」
(初めてパスが決まった!!・・・・次会った時、また薫お兄様に言わなきゃっ!!)
_______________理由はあの風邪の出来事があったから。
誰にもあの事を話せはしないが、それもまた"秘密"という感じがして幸せだった。
どんなに悪夢を見ようとも、名無は日々の些細な喜びを感じていた。
全ては兄に報告する為。あの微笑みを、あの掌を、あの大好きな兄と一秒でも長く一緒にいたいから。
きっと兄も義妹と居て楽しいのなら。もし相手も、次会う日を待ち遠しいと思っているのならば。
「友さーん!次は移動教室ですよー、早く行きましょー!」
「ま、待っておくれ名無ちゃーん!な、なんでそんなめっちゃ元気なのー!?」
自然と駆け足になり、自然と笑顔が溢れる。きっとこんな月日をこれからも過ごしていけるのだと。
誰よりも信じて疑わなかった。次に待つ、その日までは。
「・・・・・・・・。」
兄に何を話そうか、何から話そうかとぼんやり考えながら歩く廊下。
あっという間に兄と会う日は訪れた。時の流れを『長いようで短い』とはよく言ったものである。
今日は一日中曇りだった為月は出ていない。空を見上げても星一つ見えない夜だった。
あいかわらず冬の空気は冷え切っている。温かい寝巻きではいるものの、あまり長居をするとまた風邪を引いてしまいそうだ。
兄と話せば寒さなんてあまり感じなくなる。なので長居しないよう余計にどうしたものかと思っていた。
「・・・・お兄様っ!」
「・・・・・・・・・・・・。」
「もうすっかり元気になったよ。友さんに『前より元気じゃない?』なんて言われちゃった。」
「・・・・そうか。」
縁側に座る兄はいつも変わらない。こんな冬なのにあまり厚着しているようにも見えない。
流石外を歩く時でも年中スーツでいるだけの事はある。兄の身体の丈夫さに関心する。
そう思いながらもゆっくり隣りへ腰掛ける。
「・・・・・あのね。風邪治ったあとの体育で、私と友さんの連携が決まって試合に勝てたの!!
私は打たなかったけど、パスが綺麗に決まったの初めてでね~・・・。」
「・・・・・・・・・。」
ついこの間の出来事を詳細に伝える。嬉しい記憶だから数週間前でもハッキリと覚えている。
兄は試合よりも勝負の世界に生きる人だから、こんな事を話しても・・・と思わなくもない。
だが何も言わずに聞いているので特に気にしていないはずだ。
初勝利というのは試合でも勝負でも喜ばしいものであると信じたい。
「・・・・他にも色々あって、私が日直の日誌書いてたら先生に褒められたんだ。『書き方が丁寧で分かりやすい!』って。
ふふ、現代文の成績はまあまあだけど本読んでるおかげで少しは文章も上手くなったのかな?」
「・・・・・・・。」
「・・・って、調子に乗りすぎるのも違うよね・・・。ただ読んでるだけだし・・・・。
_______________・・・・・・お兄・・・・様・・・・・?」
淡々と話を進めるも、肝心の兄の様子がおかしい。いつも何かしら返事をくれるはずだが、先程から言葉が返ってこない。
隣を見ると口元は笑っているがどこか自分とは違う方向を見ている。
見ているというよりうわの空。何故か考え事をしているように見えるが。
いつもと違う表情に少し困惑してしまう。
「・・・・・・・薫お兄様?・・・・聞いてる・・・?」
「・・・・・・・・・ん。」
「・・・どうしたの?何か気になる事でもあるの・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
兄は肯定も否定もしなかった。こちらをチラッと見たかと思えばまた視線を下げてしまう。
兄は無口で、何かを自分から語る事は少ない。だから組員も表情を読み取ってから何かを察する者が多い。
名無も兄の様子を伺って行動する時もない訳じゃない。だがそれは幼少時代の話で、最近では珍しい事だった。
というのも"様子を伺う程の沈黙"がなかったから。二人の会話はそれなりに弾んでいるケースが多かったから。
けれど、そんな珍しい沈黙は続いた。冬の静かで冷えた空気の中。
自分の指先が寒さを感じ取って、手を擦ろうかと思った矢先。
「_______________・・・・名無・・・・。
ブラコンってのは・・・・・なんだ・・・?」
「・・・・・・・え・・・・・・?」
今、兄はなんと言ったのか。耳を疑った。
頭の中が白くなって、何も考えられなくなった。
まるで脳みそをまるごと凍らされたような感覚。けれど、雪が溶けるように次第に言葉の意味を理解しようとする。
_______________何故兄が?何故その事を知っている?
それは一番知られたくなかった。"兄からは"絶対聞きたくなかった言葉で。
「な・・・・・んでっ・・・・・?」
驚く程小さな声で問いかける。このまま冬の空気に紛れて掻き消えてしまいそうな程に小さな呟きだった。
自分を見つめる兄の目が、余計に不安を煽る。
「・・・・・・前、寝込んだ時に聞こえたんだ・・・・。俺に謝ってるみてえだった・・・・。
聞かねェでおこうとも思ったんが・・・・忘れられなくてな・・・・・・。」
・・・・寝込んでいる時。というとこの前の風邪の時以外思い当たらない。
けれど自分が万が一にもそんな言葉を口走った記憶はない。言う訳無い、言える訳が無い。
"聞こえた"と言うのならまさか寝言?だが夢の内容なんて覚えていない事が大半。
仮に覚えていたとしても、だいたい昼過ぎには忘れている事も多い。夢とは常にそういうものだから。
そんな言葉をうわ言で呟いたであろう自分が惨めで、憎くて、恥ずかしくて。あまりの悲しみと辛さでやりきれなかった。
「・・・・・・・。」
「・・・・お前は、あの時泣いてたんだ・・・・。なんで泣いてんのか俺には
・・・・名無。・・・・・・・俺に何か出来るんなら、協力してェんだ・・・・。」
真剣な眼差しで。心配する眼差しで自分を見つめる兄に。いつもとは違うズキリズキリと刺すような鼓動が身体中を巡る。
兄の言葉を何度も記憶に刷り込ませて。いち早く理解しようとフル回転させる。
そして、呼吸を整えようと深く息を吸う。
_______________もしかしたら、兄は"ブラコン"という言葉を知らないのではないか?
かつての自分がその意味を知らなかったように、それが『兄を好き』という意味まで恐らく辿り着いていないのでは?
そうでなければ"協力したい"なんてちぐはぐした答えが出てくるはずない。きっと真意を知らないまま何か誤解しているのだ。
『義妹が寝言とはいえ泣いていた。それが気になるから協力したい。』と言ったところだろうか。
(そう・・・・・よね・・・・・。私が泣いていた理由が分からないってことは、まだ気付いてないんだ・・・・。
・・・・・その原因が、『お兄様が好きだから』って・・・・事も・・・・・。)
少し、ホッとした気持ちもあった。けれどどこかざわつく胸の内。複雑な心境で"落胆している"自分もいた。
落胆なんて絶対あってはいけないのに。一度気付かれてしまったと思ったのに、結局気付いていない事への悲しみがあったからだ。
_______________・・・けれどそれは一瞬。そんな気持ちはすぐ掻き消そうとする。
まずはこの状況で自分が何を言うべきか。誤解した状況を、本心を悟られずに打開出来るかどうかを必死で考えた。
「・・・・・薫お兄様・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・ふふふっ。
あっはははは!!お兄様っ、そんな言葉本当にあると思ったの?あははははっ!!」
「・・・・!?」
名無は何を思ったか急に大笑いし始めた。真剣に見つめていた兄もこれには驚いた。
そんな兄を気にする素振りも見せず、笑顔でさらっと言ってのける。
「ぶらこん・・・って一体なんだろうね?寝言なんだから、私夢で何かしてたのかなー?」
「・・・・・・・。」
「夢の内容なんて覚えてないし、聞いた事ない言葉の意味聞かれても分かんないよ!
・・・・はあ。なんか寒い・・・・。今日は冷えるといけないからもう寝ようかなあー・・・・・。」
あっけらかんとした態度で背伸びをするとそのままゆっくりと立ち上がった。
さも自然な流れ。なんの違和感もないような会話のテンポで淡々と話を進める。
"寒いから。" "また風邪を引くかも知れないから。" 理由はどうだっていい。
ただこの話をなかった事のようにして。一刻も早くこの場から立ち去りたいだけだった。
「じゃあ・・・・・おやすみなさ______」
「_____________名無・・・。」
襖に手をかけようとした瞬間。低い声に呼び止められる。
自分の手に兄の大きすぎる手が重なっていて、まるで『行くな』と言うように感じる背中の温もり。
要するに抱きしめられていた。後ろから、あまりにも優しく。
「・・・・・俺は、お前が泣かねェ為にここにいる・・・・・。
・・・・・・・やれるこたァやりてェんだ・・・・・・・忘れるな。」
囁くように降りそそいだ言葉に、耐えきれず涙しそうになる。
やはり見抜かれていた。無理に笑った。無理に繕った。偽りの姿をいつだって兄はすり抜けてしまう。
やれる事と言っても何を?こんなにどうしようもなく、兄を好きな自分に何を持って救いと言うのだろう?
だから辛くて。優しさが仇となって、剣が心に突き刺さるようで。
「・・・・本当に・・・・・知らないよっ・・・?」
「・・・・・・・・・・・。」
「離してっ・・・・・お兄、様・・・・・。」
「・・・・・・・駄目だ。」
静かに首を横に振っても、兄の手がまた少し力を込めた。
それなのにあいかわらず声は優しくて。掠れるように自分にだけ聞こえる声で言うのだからずるい。
_____けれど、ここで言う事なんて絶対に出来ない。
あってはならない。それだけは避けたい。
もし言葉の意味をここで明かしてしまえば、兄が離れる。自分を嫌いになってしまう。
それに自分の身の上を考えれば尚更。真実を告げるなんて選択肢だけは。名無の中になかった。
「・・・・・・・お兄様っ・・・・・覚えてる・・・・?
前・・・・・私の、悩みを聞こうとした時・・・・・『無理強いはしない』って・・・・言ったよね・・・・。」
「・・・・・・ああ・・・・・。」
自分もあまりに小さな声で、兄へ呟く。兄のように囁きではなく、独り言のようにポツリ、ポツリと。
言っている途中で視界が歪んでいく。自然と声が震えて涙声になっていくのを止められなかった。
「・・・・・・・ならっ・・・・薫お兄様が、私の事を・・・・本当に思うのならっ・・・・。
この問いだけは・・・・!聞か、ないでっ・・・・お願い・・・・っ・・・・!!」
襖にかけた自分の手と、重なる兄の手に雫が零れ落ちた。
大粒の雫がゆっくり瞬きをする度に落ちていく。視界は地面すら霞んで見えない。
気付いたら肩を震わせ嗚咽する程泣いている自分がいた。真っ直ぐ下を向いたまま顔なんて上げられない。
「・・・・・すまねえ・・・・・。・・・・・逆効果になっちまったな・・・・・。」
何か聞こえたと思ったら、大きな指が瞳を中心に覆う。
襖の方にあった手が離れて涙を隠すように拭っていたのだ。
________この時脳裏によぎったのは、皮肉にも"本音を言えた"日の思い出。
『___ずっと言いたかった・・・。・・・・・・・すまねえ・・・・・・キツかったろ・・・・・・。』
『・・・・・・・おにい・・・・・・さまっ・・・・・・・・・。』
『・・・・・・遅くなっちまったが・・・・・・・・・
______・・・・もう、無理すんな。』
あの時。何年も兄に会えなくて、無理に成長しようとしてた自分を見抜いた兄。
あの優しさと洞察力。それが自分を素直にさせて、今のこうして月一度の関係がある。
『・・・・お兄様ぁ・・・・・薫お兄様あああっっ!!!』
_____あまりに似ていた。後ろから抱き締められて、こうして涙している状況が。
けれどあの時とは一切真逆で。今は"本音を言えない"からこそ、振り向けもしないし顔も上げられない。
「ごめん・・・・なさいっ・・・・お兄様・・・っ・・・・!」
兄に謝らせてしまったのもどこか似ていた。だからこちらも泣きながら謝るしか出来なかった。
悪いのは全部自分。優しい兄は何一つ悪くないのに。好きになったのも、悩みを言えないのも。全部身勝手な自分が悪いのだから。
泣いている背中を見ていられなかったのか、兄は少し強引に振り向かせてまた抱き締めた。
兄の胸はいつだって。こんな冬だって温かかった。その温もりすらも愛おしいのに、また甘えてしまってる自分が嫌だった。
「お兄っ・・・・・さまあ・・・・!!」
結局この日は、疲れ果てて泣き止むまで兄の胸にいた。何も言い出せぬままで本音は語れなかったが。
兄は泣き腫らした顔を少し見つめたかと思うと、何を言うでもなく頭を軽く撫でる。
そして辛そうに目を細めては、ゆっくりとその場をあとにした。
布団に入ってもまた零れた涙に『あんなに甘えさせてもらったのにまた泣くなんて』と思って、それもまた辛くて泣いていた。
~♪
「・・・・・・・・。」
翌朝。目覚ましのアラームが鳴って重たい目をこじ開ける。眠るといっても、夢も見れなかったくらい一瞬のように感じた。
この日の学校は休み。友とスイーツを食べに行く約束をしている。
だが昨晩の事が頭から離れない。ぼーっとして思い返しては、正気に戻る。またぼーっとしての繰り返しだ。
(私は・・・・・どうしたら・・・・・・・。)
あんなに泣いたあととはいえ、ブラコンという言葉を知られたのは事実。意味を調べられたら真実に辿り着くのは時間の問題だろう。
優しい兄の事だから聞かれたくないと義妹が拒絶したことを本人には聞いてこないはず。
けれど、あんなに泣いてしまった事により更に気になってしまったのではないだろうか。そう考えればもう手遅れなのかも知れない。
戻せない時間。もうあの望んだ距離で居られなくなるかもという不安。
次に会った時どんな顔で、どんな心情で、兄に接すればいいかも分からない。
下手をすれば兄が来月縁側に来ている保証すらない。それだけあの涙は深刻だと思わせてしまったから。
「・・・・・名無ちゃん?」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・どうしたの?・・・・なんか今日ずっとぼんやりしてるよ?パフェ口に合わなかったかな?」
「・・・・・いえ・・・・そういう訳では・・・・・。」
友に会ったあとも、とてもパフェの味が分かる状態ではない。
名無が考え事に耽っているのでスプーンは握られたまま。そういえば朝食の味もよく分からなかった気がする。
「・・・・・名無ちゃんが元気ないと心配だよ・・・・・何かあったの・・・・・?」
「・・・・っ・・・・・。」
友に心配されるのも正直辛い。かと言って、何もかも全部を話す訳にはいかない。
_____だが、もしも友なら。自分と違う彼女なら何か良いアイデアをくれるかも知れない。
悩みの一部でも話せる友人の存在。赤の他人でもここまで信頼出来るのは友しかいない。自然と名無の口は開いていった。
「・・・・友さん・・・・質問していいですか・・・・・?」
「うん・・・何・・・・・?」
「・・・・・もし、友さんは・・・誰にも明かしたくない秘密が・・・・暴かれそうになったらどうしますか・・・・・?」
「・・・・秘密?・・・・・んー、シラを切ってでも隠し通すかな・・・・。」
「それが・・・一番見抜かれたくない相手に、見抜かれそうになったら・・・・?」
名無の眼差しは下を向いたまま。とても深刻で、悲しげに見えた。
今にも泣きだしそうな表情。誰が見てもそう言えるだろう。名無のこんな顔は友も初めてだった。
「・・・・どうしても見抜かれるなら、あたしは観念して言っちゃうかな。勘が鋭い相手には嘘なんて通じないもん。」
「それじゃあ駄目なんです・・・。どうにかして・・・・隠さないといけないんです・・・・!!」
「えっと・・・・その秘密ってのがどういうレベルかにもよると思うけど・・・・。
それって何・・・・・?あたしにも言えない事、かな・・・・?」
「・・・・・・・・。」
友にはバツが悪いので目をそらしてしまう。言いたくないのではなく言えないから。
兄といい友人といい、何度こんな事を繰り返しては思い悩むのだろうか。先の見えない不安に押し潰されそうになる。
「・・・・じゃあさ。秘密が何かは分かんないけど・・・・・一番見抜かれたくない相手ってのは誰なの?
親?それとも友達?・・・・って、あたしに話してるんだから友達って線は薄いか・・・・。」
「・・・えっと・・・・・。」
本当はそれも言えるかどうか微妙なラインではあった。友がたまに見せる勘の良さに気付かれたらおしまいだと。
この相談は名無にとっても半分賭けだ。ブラコンだの義理の兄だのとバレたなら友情が壊れる可能性がある。
兄に気付かれる事の次に避けたい事態。けれど一人で背負い込みきれないから誰かに相談がしたかった。友情とは危険な綱渡りだ。
「・・・・・・・例えば・・・・好きな人とか?」
「・・・っ・・・・!」
「・・・・そっか・・・。なんとなくそうかなーとは思ってたけどね・・・・。」
これは友の勘というよりは女の勘。恋愛話が好きな女子なら誰だって聞くし辿り着く終着点。
半ば当てずっぽうのようなものだが当てられては仕方がない。目を見開いて顔を合わせた段階で完全に気付かれた。
「名無ちゃんの好きな人って聞いた事ないからよく分かんないんだけど・・・。
確かマザコン疑惑かシスコン疑惑のある人じゃなかったっけ・・・・?」
「・・・・・・・・・。」
「あ、ご、ごめん!!思い出したくないかも知れないけど・・・・あたしはあの時しか名無ちゃんの好きな人情報知らないの!!
だから憶測でもの言ってるのも謝る・・・。でも真剣に考えたいんだ・・・名無ちゃんとその人の事・・・。」
全然良い思い出じゃないだけに少し友を睨みつけてしまった。多分今のは怖がらせてしまっただろうか、という程無意識に。
けれどあの喧嘩した時の話を引っ張り出さないと確かに情報はない。あまり納得はいっていないがその路線で話を進める他ない。
「んで、その人に秘密をバラしたくないんだよね・・・。もしバレたらどうなっちゃうの?」
「・・・・・どうなるんでしょう・・・・。・・・・・今までの関係全てが、壊れてしまって・・・・一緒に居られないんじゃないかなって・・・。」
「そんなにヤバい秘密の方がやっぱり気にはなるけど・・・・。ていうか、そもそも名無ちゃんとその人はどういう関係なの?」
「・・・・・一応は信頼関係になる・・・と思います。詳しくは言えませんけど・・・好きになった私の方が、悪いんです・・・きっと・・・・。」
「・・・・・・。」
信頼という言葉もあながち嘘ではない。兄妹だけでなく、師弟関係、親子関係、何にでも通じる無難な言葉。
それに本当に信頼し合っていた。信頼出来ていた。ただそれが"恋"というもののせいで醜く歪んでしまう。そんな風に感じていた。
「・・・・・さっき『見抜かれそうになったら』って言ってたけどさ。それ秘密をバラしかけたって事?」
「いえ、違います。私からは間違っても言いません・・・・・。
けれど、私の知らない内に知っていて・・・・・というか、知りそうになっていて・・・・。
・・・・っ何故あの言葉に辿り着いてしまったのか・・・。一番知られたく、なかったのにっ・・・・。」
「・・・それは第三者からバラされたって事?」
「いいえっ。それも違います・・・・誰にも言っていませんから・・・・。」
俯く途中、パフェのアイスが溶け始めて器を伝っていくのが見える。早く食べなければ、とどうにか手を伸ばすもあまり進まない。
器越しに見える友の手元が歪む。不透明な視界。全部を話せないから、友の見える世界と自分の世界は違うのだろう。
友は暫く頭を悩ませた後。難しい顔でひねり出すように問いかけた。
「・・・・・・うーん・・・・。今までの話をまとめて、あたしなりに解釈してみたんだけど・・・・・。
違ってたらごめんね。んでまた失礼な事だったら怒っていいから。」
「・・・はい・・・・。」
「・・・・・・名無ちゃんの秘密にしてる言葉って、もしかして『マザコン』とか『シスコン』に関する事だったりする?」
「・・・・・・!!」
「んで、相手にはその自覚がないけどどこからかその言葉を知りかけた。それを名無ちゃんは気付いてほしくない。
何故なら気付いたら相手はそっちに行っちゃうから。・・・・・・的な感じでどう?」
_______________凄い、と純粋に思った。
少し違ってはいるものの、6~7割当たっている。今までの少ない情報で何故ここまで近付けたのか。
もっと『隠す相手が兄』だとか言っていたらもっと核心に迫っていたかも知れない。それだけ的確な考えだった。
「だいたい・・・・・・合ってます・・・・。
でもどうして・・・・・そこまで分かったんですか・・・・・?」
「・・・・・あのね。名無ちゃんは喧嘩した時も今も、マザコン系の言葉に凄い敏感だからさ。
だから好きな人がそうだけど名無ちゃん認めたくないのかなーってね・・・。
怒るというか、追い詰められたような顔してるからさ・・・・そういう感じかなぁと・・・・。」
「・・・・やっぱり友さんは凄いです・・・・。流石現代文得意なだけありますね・・・。」
「いやいやぁ、それより推理系の漫画読むの好きだからむしろそっちからかな?あははっ!!」
褒められて照れながらもニコッと笑った。このいつもの友らしい笑顔がどこか安心する。話して良かった、と思わせた。
友の考えとは差があるものの、近い状況だと思われたのは好都合だ。
_______________だがここからが問題。友はまた真剣な顔に戻ると、紛れもない事実を突きつけてきた。
「・・・・でもね、名無ちゃん。そういうの・・・・・隠し通せるもんじゃないよ。」
「・・・・・えっ・・・・!?」
「マザコンにしてもシスコンにしても、けっこうメジャーな言葉なの。だからさ・・・・隠してもいつかはバレるよ、それ。」
「そ・・・・・んな・・・・・。」
「まあ、その人がどれだけ世間に疎いのか知らないけど・・・・。今の世の中、ネットで調べればいくらでも答えが出てくるんだよ。
だからいずれ・・・・言葉の意味なんてすぐ、バレるんじゃないかなぁ・・・・・。」
名無はショックを隠しきれなかった。友の前でさえ、もう素をさらけ出していた。
薄々分かっていた。気付かないようにしていたがやはり手遅れか。遅かれ早かれ、兄は名無の真実に気付く。
それはすなわち今までの関係に意味を持たせてしまう事になる。
手を握りたくてダンスに誘い、涙の理由は恋愛感情、抱き着くのは女として甘えたいから。
そうなれば、きっと幻滅される。気味悪がられるだろうし、もう会ってはくれなくなる。名無の心の頼りを失う結果になる。
「・・・・・・・・・私っ・・・・・私は・・・・・!!一体、どうすればっ・・・・・!!
あの人と・・・・・ただ一緒にいたいだけなのに・・・・・。それだけで・・・・・良いのに・・・・・!!」
「名無ちゃん・・・・・。」
ポロポロと名無の目から涙が落ちる。静かに、溜めきれなくなった雫が重力に負けて落ちていく。
兄の前以外で涙を流すのは初めてかも知れない。幼少期を除いて、恋というものを知ってからは一度も人前で泣いていない気がした。
「・・・・そんなに好きなんだね。その人の事・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・でもね。どうにかする方法、一つだけあると言えばあるんだけど・・・・・。」
「・・・っ!?・・・・それって、なんですか・・・・教えてください・・・!!」
少し目をそらして呟いた言葉を名無は聞き逃さなかった。藁にもすがる思い、というのはこういう事だろうか。
自然と前のめりになる体。沈黙の間、カフェの喧騒の中で耳を澄ます。
そして。覚悟したように真っ直ぐ目を見つめて。友は言い放った。
「それはね・・・・・。名無ちゃんが"告白する"って方法だよ。」
Next...