第一章
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秋が終わり、吹く風も空気も冷たく感じる季節がやってきた。
雪は降っていないが木々も葉を枯らして冬支度。動物もあまり見なくなる頃なのだからせわしなく行き交うのは人くらいだろうか。
はあ、と息を吐けば白く。寒さから防寒着を身に纏う人ばかり。
「・・・・・・・・。」
すっかり名無の部屋から見える庭も緑が消えて寂しくなる。といっても人工的に植えてあるものを除いてではあるが。
名無は何をするでもなくぼんやりと庭を眺めていた。手元には読んでいたはずの本が閉じてある。
(_______________・・・・あれ・・・・・?私は、一体何をしようとしてたんだっけ・・・。
・・・・・・いつの間にかけっこう時間経ってる・・・・。なんだか、眠いような・・・・。)
宿題を終えたあと、楽しみにしていた本を読むつもりが何故かぼーっと時を過ごしてしまった。
寝ていた訳でなくただ庭を眺めていたような。机に伏せてこんな時間の過ごし方をするなんて名無らしくなかった。
本の続きを開くも文章がどうも頭に入らない。内容も分かっているはずなのにどうにも集中出来ていなかった。
「_______________失礼致します。お嬢様、お食事の用意が出来ました。」
「・・・・・・。」
「・・・・・?お嬢様・・・・?」
「・・・・・あ。えっと・・・・何・・・・・?」
部屋に入ってきた世話係にも気付いてはいた。だが何を言われたかいまいち理解出来なかった。
世話係から見た名無はやはり様子がおかしい。いつもより疲れているような、顔色がよくないような気がする。
「・・・・・お嬢様。大丈夫ですか・・・?
・・・ちょっと失礼します・・・。」
「・・・・・・・?」
「___________・・・・これは・・・・熱があるじゃありませんか!?大変っ・・・今すぐ横になってください!」
「ね、つ・・・・?」
傍でおでこに手をやるとかなり熱い。明らかに高熱だった。
世話係の予感は的中した。すぐに名無を寝かせて体温計や医者の手配をする。
一方名無は自覚症状があまりなく、いつもより少しおかしい程度にしか思っていなかった。
「何故こんな高熱になるまで放っておいたのですか・・・・。」
「ごめんなさい・・・・。熱だと本当に分からなかったの・・・・反省してるから・・・・・。」
「反省より今は安静に、ですよ。・・・・・39度もあるんですから大人しくしていてください。明日学校には連絡しますから・・・・。」
「・・・・ええ、そうね・・・・・。お願い・・・・・。」
布団に横になるとなんだか一気に体のだるさが分かる。いつもより地面に重力が働いているような、自分の体が自分じゃないような。
のちに来た医者によればインフルエンザではなくただの風邪らしい。
一瞬友に連絡をしようかと思ったが心配をかけてはいけないと思い止めた。
それに携帯を持つのすら億劫に思えるくらい疲れているので、食事もそこそこに眠りについた。
数日後。
「_______________まだ熱ありますね・・・・。ピークは過ぎたようですがあまり動ける状態でもないかと・・・。」
「そんな・・・・・。」
一度上がった熱はなかなか下がってはくれなかった。
医者の薬も効いてはいるが、それでもまだ顔色や体温から回復しているとはとても言えない。
学校の授業や友から来る連絡で早く行きたいと思っているだけにもどかしい。
ふと携帯の日付が目に入るとある事を思い出した。
「__________・・・・ちょっと待って・・・・・。
・・・・もしかして、お兄様が来るのって明日じゃなかった・・・・!?」
「・・・・・?・・・・そうですね。坊っちゃまにもお伝えしておきますので、安心してお休みくださ・・・」
『ッ薫お兄様には言わないで!!あの人に伝えたら、きっと心配して様子を見に来る・・・。
それだけはっ・・・・それだけは絶対に駄目っ!!!』
「お、お嬢様!?落ち着いてください!!」
ふと兄の事がよぎると最も心配させてはいけない相手だと分かった。
優しい兄だから、風邪を引いたと聞けば確実に部屋に来るだろう。そうでない時でも来ているのだから絶対心配するに決まっている。
わざわざ寝ていた体を起こしてまで世話係に言い放った。
「あの人は花山組の組長よ・・・・・この組の誇りよ!?そんなあの人に万一の事があったら・・・・
妹ごときの為に"大将"が風邪だなんて冗談じゃないわ!!
だから、お願、っ・・・・_______________」
言いかけた瞬間、体がふらりと倒れそうになった。
無理をして熱くなったからだろうか。世話係に危うく受け止められそうになる。
「分かりましたっ!分かりましたから、ご無理をなさらないでください・・・!」
名無がここまで血相変えるのだから世話係も気が気ではない。
まだ無茶も出来ない身体なのでとにもかくにも大人しく安静に。半ば強制的に布団へ横にされる。
名無からすれば自分の身よりも兄の身がどうかなる方が体調を崩しそうなのだ。
だから絶対に"自分とは違う兄"はここに来てはいけない。
会えない寂しさもあったが、来月元気になった姿を見せればいい。それだけの事だと思った。
「・・・・・・・。」
その翌日。名無の部屋の周りは異様な静けさに包まれていた。
というのも数日前からそうなのだが、自分の部屋以外の様子が分からないとここまで静かなのだと再認識した。
今は冬なので鳥の鳴き声も聞こえず、風もそんなにない日だった。ただ自分の息遣いだけが聞こえてくる。
布団に寝ている以外やる事がないので傍らには読みかけの本が置いてある。
だが読む気の起きない今はただの飾りになっていた。
(・・・・・もうすぐお昼か・・・。あまりお腹がすいてる訳じゃないけど食べなきゃ仕方がないよね・・・。
薬だって飲まないといけないし、早く元気にならないと・・・。)
寝て起きてを繰り返していると時間の感覚が分からない。時計を見てようやく時刻を把握するくらいだ。
だからいつ起きたものか、それともまだ寝ていようかとぼんやり考える。
風邪の時は世話係が来てから起きているのでやっぱり数十分くらいは待とう。と思い再び目を閉じた。
「・・・・・・・・。」
けれど、それから目を閉じてもなかなか食事が来る気配がしなかった。
忘れられてることはないと思うがいつも運んでくる時間はとうに過ぎている。
あまりお腹も空いてないから問題ないような気もした。自分が寝てばかりだから数十分がやけに気にかかるだけかも知れない。
______そんな時だった。
ガラッ...
静かに襖の開く音が聞こえた。やはり数十分なんて大した感覚ではなかった。
そう思いうっすら目を開けるとそこには。
「_____・・・・っ!?」
自分の昼食であろうお盆を持ってきた人物。いつものお盆がこんなに小さく見えるなんて、一人しかない。
部屋に入ってきたのは紛れもない。兄だった。
「・・・・・・・・・。」
名無が驚きに目を丸くする中、兄は何も言わず静かに襖を閉めて名無の隣へ座る。
思わず話しかけそうになったが"兄に風邪をうつしてはいけない"。そんな考えがよぎって黙り込んだ。
「・・・・名無。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・食えるか?」
「・・・・・・・・・・。」
兄の低い声が部屋に響く。けれど名無は何も言わない。むしろ言えないという方が正しいのだろうか。
何故兄がここにいるのか。何故昼食を運んできたのか。世話係はどうしたのか。
聞きたい事はあっても喋ってはいけないので、バツが悪そうにそっぽを向く。
「・・・・・・・・。
・・・・・・また、だんまりか?」
「・・・・・?」
「・・・・・・前にもあったな。覚えてるか・・・?」
隣から小さいため息が聞こえた。呆れたような、けれどもどこか優しい笑みを浮かべて名無に問いかける。
名無にはその『だんまり』に思い当たる節がなかった。
花山の言う"また"とは、名無が花山にべったりだった幼少期に遡る。
『_____・・・・・・・。』
『名無。具合はどう?』
『・・・・・・・・・。』
名無が花山に心を開いてから暫くした日のこと。
風邪を引いてしまった名無は布団に横になり今回のように黙り込んでいた。
『・・・・・しゃべれないほど、のど痛いの・・・?大丈夫・・・?』
『・・・・・・・。』
すると名無は無言で首を振る。熱もまあまあ落ち着いた頃だったし、ピークに比べると体調も落ち着いているはずだった。
けれど何を問いかけても名無は喋らない。当時の世話係や医者にも頑なに何も喋ろうとはしなかった。
『・・・・・いつもはおしゃべりなのに・・・。風邪ってそんなに辛いのかな・・・・。』
『・・・・・・ちがう、の・・・。』
『・・・・えっ・・・?』
『・・・おかぜ引いた時はね・・・・おしゃべりしちゃダメなの・・・・。
みんなに・・・・・うつしちゃうから・・・・・。絶対、しゃべっちゃダメなの・・・・・。』
やっと口を開いたかと思えば、布団を深く被って小さな声で言った。
喋れなかった理由は今回のと同じだが、根本的には前の両親の躾の影響だった。
名無の場合は躾というより虐待に近いのは言うまでもないが。
この時も咳が出るタイプではなく熱からくる風邪。それなのに厳しすぎる言いつけを守って甘えられなかった。
_____看病される側が我慢するだなんて、一体どんな家庭環境だったのだろうか。
『・・・・・名無。ここではしゃべっていいんだよ?みんな、名無の事が心配なんだよ?』
『・・・・・そうなの・・・?』
『そうだよ!・・・・・なんか食べたいものとかある?おれ取ってくるよ!』
こうしてこの時は名無も徐々に喋っていったのだが、その事をすっかり忘れていた今の名無。
記憶が蘇ってきて目を細めて一言呟く。
「_______・・・・思い出した・・・。
・・・・でも今は、薫お兄様にもしうつったらと思って・・・。」
「俺が風邪引いたことあったか?」
「・・・・・・。ない・・・・けど・・・。」
あまりに優しい口調で問いかけるのでつい反論出来なくなってしまう。
怪我なら日常茶飯事だが確かに風邪なんて一度もない。というかよく考えれば兄がそういう要件で寝込むのすら想像できない。
屈強な体つきの人はそもそも免疫細胞がどうとかで風邪を引きにくいとテレビで見た。
なので仕方なく、兄に支えられて起き上がった。
「・・・・・・。」
「・・・・自分で食べれるから大丈夫。
・・・それより、なんで薫お兄様が持ってきたの?というか、なんで私が風邪だって知ってるの・・・・?」
兄が持つとただでさえ小さなレンゲが余計に小さく見える。
おかゆを食べさせてくれるようだったが流石に名無もそこまで体調は悪くないので断る。
名無が質問すると、花山はポツリと語りだす。
「______・・・・見えたんだ。たまたま。」
それは母屋に帰ってきて暫く。
昼時なので母屋で食べるか外で食べるかと考えながら廊下を歩いていた時だった。
『・・・・・?』
名無はそもそも学校でいないと聞いていた。
だが老いた女中がどこかへ粥を持っていこうとするのが見える。
その行き先は、名無の部屋方面だった。
『・・・・・待て。』
『_____!』
『・・・・誰のだ。それ。』
『・・・・・・。』
振り返った女中はいかにも気まずそうというか。何か隠しているというか。
花山組の大将を前にして隠し通せる訳もなく。女中は観念して全ての事情を打ち明けた。
なのでお盆を持って代わりに来たという訳だ。
「・・・・・・そうやって心配して来てしまうから、言いつけたのに・・・。」
「・・・・今日は俺が名無の世話する。そう言っといた。」
「そんな・・・。私の風邪なんて他の者に言いつければ済むのに・・・。
・・・・私は、お兄様の為に言って_______________」
「名無。」
言葉を遮るように名前を呼ばれる。そうして見た兄の顔は真剣そのもので。
「・・・・・・当たり前だろ。」
どうして兄は。こんなに真っ直ぐな瞳で私を見るのだろう。
多分それは兄が本当に自分を心配しているからで。"心配に足る存在"だからで。
それが余計に胸をざわつかせ、高鳴らせた。熱があるせいか、いつも以上に鼓動を感じていた。
「_______________ごちそうさま・・・。」
それから暫く。兄との会話もそこそこにお粥を食べ終わる。
普通に完食出来たし薬も無事飲んだ。このまま本でも読むかそのまま寝てしまうか。
でも薬の影響で眠くなるだろう。だからそれまでは兄と話がしたくて体を起こしたままだった。
「・・・早く学校に行きたいなあ。授業内容分からなくなったら困るし・・・・。」
「予習は・・・・もうしてねェのか。」
「うん。最近は本ばかり読んでるから。・・・でも勉強が嫌いになった訳じゃないの。
やっぱり授業受けてこその学生って気がするし・・・。」
他愛のない話でもいつもより兄が近く感じる。縁側の時よりも部屋の方が閉鎖空間だからだろうか。
それとも"兄が自分を看病しているから"という明確な目的あってのことだろうか。・・・なんて難しい事をぼんやりと考えた。
(・・・・なんだろう。薬のせいか喉が渇いてるような・・・。
・・・・・・まだお水残ってる。ちょっと飲もうかな・・・?)
ふと傍らのお盆に目をやるとまだコップの水は残っているらしい。
少しだけ手を伸ばして、そのまま掴もうとする。
「_______________・・・・っ!」
が。体を傾けた瞬間、ふらりとした感覚に襲われる。
世話係と話していた時のような。あの浮遊感だった。
パサッ…
「・・・・っ・・・!!」
てっきり倒れたかと思った矢先。耳に入ったのは何か布生地の擦れる音。
そして目の前が暗くて、見上げると兄の胸の中だというのに気がついた。
「・・・・薫・・・・お兄、さ・・・・ッ!!」
すると兄が屈んで、おでことおでこをくっつけてきた。
_______________近い。
吐息が。瞳が。体温が。あまりに近い。
一時兄は目を閉じると、おでこをつけたまま呟く。
「熱・・・・まだあるじゃねェか・・・・。」
「・・・・・ぁ・・・・。」
目を閉じようにも閉じれない。目を離すことが出来なかった。
睫毛も、疵も、声も、兄の肌身の感覚が伝わる。
このいつもよりドクドクとうるさい鼓動に気付かれているのではないか?
そう思える程身体中に響いていた。
「・・・・・・おにい、さ・・・あっ!」
すると片手を優しく捕まえられて、背中に逞しい腕の感触が。
そのままゆっくりと体を横にされる。けれど兄との距離はあまり変わっていない。
______つまり名無を見つめたまま押し倒したような形になった。
そうだと分かってしまい、名無の体を風邪の熱以上に焦がした。
「・・・・寝てろ。」
そう一言告げるといつものように微笑んで体を離した。
寝てろ、と言われてもこんな状態では暫く眠れそうにもない。
名無の心臓はいつまで経っても治まる気配がなかった。
「・・・・薫お兄様っ・・・・・?」
「・・・ん?」
そのあと、薬の効果かじわじわと眠くなっていくのが体で分かった。
先程の事があって暫く目を合わせられなかった名無。隣を見ると兄は何もせずにただ座っている。
「・・・・・今日は・・・いつまで、いるの・・・?」
「・・・一日だ。泊まっていく。」
「そ・・・・う・・・・。」
それなら、このまま眠ってしまってもまだ隣にいてくれるだろうか。
風邪だけれど何も食べたいものなんてない。食欲より、睡眠より、ただ欲しいのは一つだけ。
「ねえ・・・手・・・・。いい・・・・・?」
布団から兄の方に向けて片手を出す。
すると迷う様子もなく即座に大きな掌が握り返してきた。
優しく、温かく、兄の手だからこそ安心した。
「・・・・・・・。」
だから程なくして名無は、穏やかに笑うとまた眠りについた。
_______________それから数時間後。
「・・・・・・・。」
ゆっくり目を覚ますと、隣にはまだ兄がいた。
だが流石に何もせずにいると眠かったのだろうか。兄もまた寝ていた。
勿論手は握られたままである。
(・・・・優しい薫お兄様・・・。こんなにも長く一緒にいてくれて、嬉しいっ・・・・。
・・・・・今私は、お兄様を独り占めしてるんだ・・・・。今こうしている間だけは、誰でもない私だけの・・・・・。)
普段は花山組組長として。家に戻っても花山家当主としてそれなりに振舞っている兄。
けれど寝ている今この時くらいは、名無だけが知る兄の姿。
だからこの空間が愛おしくてたまらない。せめてこんな安らかな時がずっと、ずっと続いてほしいと願った。
(・・・・薫お兄様・・・・。大好きですっ・・・・愛しています・・・・。
どうか今だけは、目を開けずに・・・私だけのお兄様でいてっ・・・・。)
そっと顔だけ近付けると、兄の手に一つキスを落とす。
本当に触れるだけ。1秒もない程のキス。
ただそれだけでも名無にとってはこの時の証だった。
こんな些細な思い出だけで、また次の一ヶ月を待ち遠しく思えるのだった。
「_____有難う、薫お兄様・・・・。もう寝るから大丈夫・・・・。
今日はずっと居てくれて嬉しかった・・・・。」
「・・・・ん。無理するなよ・・・。」
結局そのまま兄は夜まで一緒に居た。今も名無が眠るまで布団の横に寄り添っていた。
途中世話係も来たが、廊下でタオルの水を替えたりお盆を下げるだけで直接は会っていない。
_____本当に寝ても覚めても、兄は傍にいてくれた。
事情が風邪でもいつもより長くいられたから。それが名無にとって忘れられない出来事となった。
辺りはすっかり夜。もう寝なければいけないので名残惜しくも兄と別れる。
「おやすみなさい・・・・。次会う時はきっと元気だから・・・・またね。」
「・・・・・ああ。おやすみ・・・・名無・・・・・。」
そう言うと、少しおでこに手を置いてから頭を優しく撫でる。
兄が遠ざかるのを見たくなくてそのまま目を閉じた。途中襖が閉まる音が微かに聞こえたが、今の名無には関係ない事だった。
(・・・・お兄様っ・・・。今日という日を私は忘れない・・・・。
今までで一番・・・・・薫お兄様を近くに感じれた、この日を・・・・______)
今まで抱き合う事は何度かあっても、あんなに間近で顔を見たり、吐息を感じたり出来たのは初めてだった。
それだけ"兄が自分に心を許しているから"。流石の名無でも他人相手にあそこまでしないはず、とどこか分かっていた。
『・・・・・・当たり前だろ。』
ああして言い切ってくれた事で、精神的に兄とは近いのだと確信出来たから。
たとえそれが義妹としての距離だとしても。こんな事は今後もう起こり得ないのだとしても。
______名無にとっては十分すぎる距離だった。
ガラッ....
名無の部屋の襖が静かに開いた。外は太陽が顔を出すか否かの早い時間。
勿論入ってきたのは花山だった。
出る前にもう一度、名無の熱の様子を見に入ってきたのだった。
「・・・・・・。」
そっとおでこに手を置くと熱は下がっているようで。なんとなく顔色も良くなったように見えた。
「 ・・・・・にぃ さ、ま・・・・・」
耳を澄ましていなければ聞こえない程の声だったが、花山にはしっかり聞こえていた。
名無は夢を見ているらしい。起きている訳ではなく寝言のようだ。
「 ごめん・・・ なさい・・・・・ ごめん、なさいっ・・・ 」
かき消えそうな言葉と共に一筋の涙が頬を伝い落ちた。
花山は名無が悪夢を繰り返し見ている事は知らなかった。けれどそんな事知っても知らなくても同じ。
起こさないように涙を指で拭おうとした。
「 ブラ・・・・ コンな・・・・ いもうとで・・・・・
ごめん・・・・・ なさっ・・・・・ 」
その時。
いつも名無の涙を拭ってきた太い指は。
残り数mmのところで止まっていた・・・・_________
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