第1章
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淡く燃えるように紅いグラデーションを纏う空。日が沈むと人はそれぞれ、自分の帰るべき場所へと家路を歩く。
そんな夕暮れから少しして。遠くの星達が近付いてくるような夜と夕方の合間の頃。
名無は一人、稽古終わりに本部神心会ビルの出入口で橙と藍色混じりの空を見上げていた。
(夕焼け・・・・。もうそんな時間か・・・。最近ほんと稽古も集中出来てないし・・・・・思いきって長期の休みでも取ろうかな・・・・。
でもそんな事してもなんにも解決しないよね。それにますます家から出られなくなる・・・。健康にも良くないし、皆心配しちゃうかな・・・・。)
現在進行形の悩みは、長い間連絡していない加藤と克巳にどう断りを入れたらいいものか。またどのタイミングで言い出せばいいのか。
自分では会いたいはずの二人なだけに、こればかりはどうも上手く言葉が出てこなくて。特に克巳に対しては失礼な事を言うわけにはいかないので尚更悩んでいた。
送信するメッセージを考えては消して。考えてはため息をついて。有耶無耶にしたくない気持ちが渦巻いて心苦しい日々が続いていた。
「あたし・・・・けっこう不器用だったんだな・・・・。」
「______誰が不器用なんだ?」
独り言を呟いた瞬間、背後から聞き慣れた声が聞こえた。
驚いて瞬時に振り返り距離を取る。そこには見知った大柄な男が不思議そうにこちらを見ていた。
「っ!?
・・・・・末堂・・・・と寺田・・・・。」
「押忍っ!お久しぶりでーす!」
「どしたんだよ、んな警戒して・・・。なんかあったのか?」
そこには同期の末堂と、後輩で仲の良い寺田がいた。この二人とはたまに飲みに行ったりする間柄で女子部のメンバーよりは素を出せる関係だ。
ちょうど稽古終わりだったのか二人して機嫌が良さそうに見える。少しだけ構えた拳をだらりと元の位置に戻した。
「いや・・・何でも・・・・。二人も今終わり・・・?」
「おうッ。今から久々の飲み会すんだ。俺と、コイツと、加藤も来る。んで克巳さんも少ししたら合流するらしい。
ななしも来るか?なんか加藤が最近お前と連絡取れねえってグチってたけどよ・・・・。」
「元気ない時は飲むのが一番ッ!!パーッといきましょパーッと!!」
どうやら元気がなさそうというのは二人からしてもバレているようで、少し気を使われた気がした。
誘いは嬉しいがメンツの都合が悪い。仮にそうでなくても今は飲み会なんて気分になれそうにないが。
「・・・・ごめん。あたしはいいよ。最近色々調子悪くてね・・・・・。皆で楽しんできなよ。」
「お、おう・・・・マジか・・・。・・・・言っとくけど、加藤と喧嘩でもしたのか?
アイツ怒ってんじゃなくマジで心配してっから。さっさと仲直りした方がいーぞ?」
「______有難う・・・末堂。でもね・・・今本当に、誰とも会いたくないんだ・・・・。」
口元は笑っているのに。どこか淋しそうに。そしてどこか悲しそうに。伏せ目がちに言った名無の言葉に末堂は何も言い返せなかった。
控えめに「じゃあね」と手を振って名無はそのまま帰ってしまった。
寺田はなんの事だか分からずポカーンとしていたが、末堂は意味深な名無の笑みに答えを見い出せず。同期として軽くため息をつき、心配するのだった。
______数時間後。神心会からほど近い某居酒屋にて。
「んじゃ、皆お疲れー!」
『押忍ッ!乾杯ッ!』
克巳の掛け声で飲み会が始まった。この飲み会のメンバーは珍しくもなんともないいつもの漢達。
たまに自身の息抜きも兼ねて不定期に行われるもので、なにも不自然な事はない。
ただ一つあるというなら、克巳と加藤が道場以外でまともに顔を合わせるのはあの骨を折った一件以来だと言う事。勿論末堂と寺田はそれを知らない。
多少気まずいライバル同士ではあるが、別に普段から道場でも会っている。"あの件に触れる"でもない限りこの二人はそれなりの関係性を保っていた。
「・・・どした、加藤?浮かない顔して?」
「・・・いや、何でもねー・・・。ちと考え事してただけだ・・・・。」
末堂に言われて少しハッとして料理を黙々と食べる。考え事の原因はスマホに映った名無への連絡。
飲み会の事も一応言ってみたがやはり返信というか反応すらない。なので半ば諦めてポケットへスマホをしまい込んだ。
「考え事なァ。お前といいななしといい喧嘩ならさっさと終わらせとけよー。」
「そうっスよ。あの人が元気なかったの俺初めて見ましたからね。」
「!?」
「ッ!?」
それを聞いて克巳と加藤。二人の箸がほぼ同時に止まる。
「・・・・・お前ら。俺最近名無見てないんだが・・・会ったのか・・・!?」
「え?克巳さんもですか?」
「末堂、寺田。どこでななしと会ったんだ・・・?つーかアイツ神心会に来てんだよな、オイ!?」
「ちょっ、なんだよっ!?揺らすな揺らすなッ!!」
急に血相を変えて加藤は末堂の肩を掴んだ。そのまま問い詰めるようにぐわんぐわん揺らすので末堂は逆に手を掴み返す。
克巳も一気に瞳が真剣になる。なにせ心配しまくっていた相手の話が意外なところから飛び込んできたのだから。
寺田はいきなり
「ここに来る途中玄関口で会って、ちょうど帰る途中だったみたいだったですよ?」
「んで誘ったんだけど断られて・・・・すっげー元気なさそうだった。
なんか一人で不器用がどうとか呟いててよ。・・・終いにゃ『今は誰とも会いたくないんだ』って言われちまった・・・。」
「・・・・っ!!」
「・・・・・・。」
それを聞いて二人の脳裏によぎったのは"怪しげな三人組"の存在。
あやふやだった情報が確信に変わる。"やっぱり名無は何か騒動に巻き込まれている"と。
連絡しない原因もだいたい予想はつく訳で。それを聞き終わると二人して音も立てずに箸を置いた。
「____寺田、ちょっと手出せ。」
「え?なんスか?」
「・・・ほらよ。今日の飲みほ代。俺ちょっと用事思い出したわ。」
ニカッと笑った克巳の瞳には既にこの景色は映っていなかった。
それと同時に加藤も席を立ってどこかへ行こうとする。
「・・・オイ待てよ加藤!お前ななしになんかしたのか?喧嘩じゃねえのか!?」
「・・・・悪ィが、その辺話すとちょっと長くなる。
喧嘩じゃねェよ。ななしがへそ曲げてるから、俺が連れ戻してやるってだけだ。」
「「____じゃあな!」」
二人してそう言い残すとあっという間にいなくなってしまった。
何がなんだか分からないまま。食卓には頼んでいたバターコーンとユッケがようやく並べられていた。
「・・・オイ加藤?便所はこっちじゃねェぞ?酔ってんのかお前?」
「克巳さんこそ用があるんですよね?なんで俺と同じ方に走ってんですか?」
「うっせェな!!なんで俺と同じ発想してんだよッ!?」
「そっちこそなァんでアイツの家知ってんだってのーッ!?」
居酒屋を出た後。お互い張り合うようにとある方向へ一直線で走っていた。
暴風の如く走り抜ける二人は、はたから見たら異様な光景だった。
けれど人目も気にしない程に二人の頭には一人の顔しか浮かんでいなかったのだった。
「_____へっくしゅ!・・・誰かうわさでもしてるのかな・・・。そりゃあされてもしょうがないかも・・・。」
一方その頃。名無は家で一人、片膝を立ててうずくまっていた。
ひとり言を呟きながらため息を溢す。あまり身に入らないトレーニングが終わると最近はこんな調子。
やる事を済ませてしまうとテレビを見る気にもならず。どうにも情報が頭に入らないので止めてしまった。
スマホもたまに触ってみるがこれも同じ。気力がないというか、何も興味がないというか。
(らしくない、よね・・・・。いいかげんメンタル取り戻さないと・・・。
でも日光浴びてもあんま解決しないから鬱ではないのかな・・・・?てか考え事が解決しないと・・・。・・・でももう解決してるはずなんだけどね・・・。)
そうこうしてまたため息を一つ。両膝を抱え込もうとして片方の膝も折り曲げる。
ピンポーン♪
「・・・・?」
すると折り曲げる前に玄関からチャイムの音が。夜のこんな時間に来客。全く心当たりがない。
ピンポーン♪
(・・・・あ、そっか。夜で電気点いてるから居留守使えないんだ。この前夕方だったからギリ居留守出来たけど・・・。
仕方ないな・・・。誰か知らないけど適当な理由つけて追い返そう・・・・。)
どうしようもないので重い腰をあげて玄関へと向かう。
音を立てないようにゆっくり歩いて、面倒くさそうに覗き穴を見た。
「ッッ!?」
その瞬間。目を見開いて、気付いたら慌ててチェーンロックを解除していた。
ガチャッッ
「かっ・・・克巳さんッ!?・・・と清澄ッ!?なんでここに____」
『名無、会いたかったぜッ!!俺が来たからにはもう安心だからなッ!?』
『ななしッ!!何しょぼくれてんだ、お前嵌められてんだよ!!俺が説明してやるッ!!』
「ちょっ、ちょっと二人共落ち着いて!!は、話は中で聞くからっ!!」
玄関を開けるとそこには息を切らした克巳と加藤の姿。
いきなり家に来た二人が口々に言ってくるのでつい。熱気に圧倒され、咄嗟にそんな事を口走っていた。
本当は会ってはいけない相手だったはずなのに。
なんて、顔を見たらそんな事も一気に忘れてしまったのだった。
「・・・えと。適当に座ってください。お茶しかないんですけど・・・・。」
(ななしの部屋・・・。ああ、出来れば俺が先に来たかった・・・。こんな状況じゃなく・・・。二人っきりで・・・。)
(あーッくそなんでこんな野郎と来ちまったんだ俺ッ。・・・・にしても名無の部屋着可愛いな。やっぱ女子なんだなァ・・・。)
勢いで来てみたはいいものの。部屋に入れた事を喜ぶより誰と来たかが非常に問題だった。
加藤は同期のわりに部屋に来るのが初めて。なのに、こんな状況なのでちょっとショックで。
克巳も加藤なんかと来たのが少し腹立たしくて睨んでいた。けれど名無のプライベートに胸を踊らす程度の余裕はあった。
「・・・・さて、名無。いきなり部屋に来て悪かったな。時間大丈夫だったか?」
「ええ・・・大丈夫ですよ・・・。何も予定ないですから・・・。」
「・・・ななし。随分と塞ぎ込んでるみてェだが、さては女子部の三人組になんか吹き込まれたろ?」
「へっ・・・!?なっ・・・・なんでそれを・・・!?」
やっぱりなァ、と加藤が一言。嫌な予感が見事的中していたのでこれまでの経緯を名無に説明した。
克巳と加藤が三人組に呼び出され、嘘をつかれた事。
デート現場を目撃されたが為に、名無と引き離そうとしていた事。
だからこうして、名無を心配してようやく会えた事。
「名無も多分・・・ろくな事言われてねェんだろうなって。だから今まで俺達との関係を断ってたんだろ?」
「・・・・・。」
「俺、夕方頃稽古終わりにここ来たけどそん時もいねェから・・・。マジで心配してたんだぞ・・・。」
「あっ・・・・いつかのあれ清澄だったんだ。ごめんね・・・居留守使っちゃった・・・・。」
「え、あの時いたのかよッ!?・・・つっても・・・塞ぎ込んでたんならどうしようもなかったか・・・。」
「・・・・・・。」
二人のからの説明を聞いて。名無は驚きはしたものの表情はあまり変わらなかった。
いつもなら「あの三人とっちめてやるんだからーッ!」とか言いそうなくらい明るいはずなのに。
それどころか先程から二人とあまり目を合わす事がなく、視線を下に向けたままそらしていた。
「・・・・でも・・・・あの子達から言われたの・・・・全部本当の事だし・・・・。
あたしは言い返せなかった・・・。だから・・・・本当にあたしが全部、悪かったんだろうなって・・・・。」
「教えてくれ。・・・一体お前は何を言われたんだ?」
克巳が静かに問いかけた。気まずそうにする名無に「ゆっくりでいいから」と真剣な顔つきで見つめ返す。
加藤も怖い顔ではあるものの、これでも心配している。表情には上手く出せないがここに来た以上。名無を気遣っていた。
「・・・・あたしは・・・。清澄に告白されたのを理由に、克巳さんにデート指南を頼んだ・・・。それがいけなかったの・・・・。
二人を騙して・・・・二股かけて・・・・。あたしが清澄とだけ向き合うか、そもそも断ってれば・・・・あの子達が誤解することもなかったかも知れない・・・。
あたしは二人の気持ちを弄んでた。『素直に向き合いたい』なんて・・・思わなければ・・・。こんな事には・・・・。」
「っ待てよななし。俺は知ってるぜ。お前が他人の気持ち、弄ぶとか騙すだとか器用なこと出来る
昔っから不器用なくせに、んな嘘に惑わされんなッ!!」
「清澄っ・・・・。」
加藤なりのフォローに名無の心もチクリと揺れた。騙してなんかいない。本当に素直に向き合ってた。
それをこの漢は
けれどそこで克巳がすう、と息を吸い込む音がした。
「_____名無。この件に関しては、俺が全部悪い。・・・・・許してくれッッ!!」
「っ!?」
「あっ・・・克巳さん、ずるッ!!」
いつの間にか名無の正面に移動していた克巳が、まっすぐ名無に頭を下げた。
名無には加藤の言う"ずるい"の意味がよく分からないが、このあとすぐに知る事になる。
「俺は、お前から相談された時チャンスだと思った。指南が成功すれば、あわよくば俺に振り向いてくれんじゃねーかッて思っちまった。
だから俺はわざわざデート指南なんて回りくどい真似して、俺に振り向かせようとしたッ。」
「克巳さん・・・・。」
「全部・・・・俺が名無を好きだからだッ!!だから遠回りでもお前が欲しかったッ!!
誰かにデートを見られるリスクも考えず、外に連れ出して色んなとこ連れてった・・・。・・・お前の真剣な気持ちを逆手に取って・・・。」
頭を上げた克巳の顔も紅くなっていて。その顔につい名無まで釣られて紅くなってしまう。
「だから俺に、この件の全責任があるッ。名無・・・・お前は何も悪くねェ。
あの三人組を誤解させちまったのも、名無が気に病む事じゃねェんだ・・・。」
「はァ~あ。なんでこうあざとい台詞をホイホイ言うかね・・・・。」
加藤があまりに真っ直ぐな克巳にホトホト呆れている中。名無はその真っ直ぐさにドキドキと胸が高鳴って仕方がなかった。
三人組を悪くないだのとそっちにもフォローはするわ。結局名無に告白してるわ。
こんな事を堂々と言える自信家なのが、克巳の長所でもあった。言ってる事もそこまで間違っていないのだから恐ろしい漢だ。
「_____・・・・ぷっ、ふふ・・・。
有難うございます・・・克巳さん。清澄・・・・。」
「・・・・!!」
その時、初めて名無がニコリと笑った。少し目尻に涙を浮かべながら、どうにか笑おうとするように。
「そういえば・・・最初は三人にそういうんじゃない、って言ってたんだ・・・。浮気とか二股じゃないって、ちゃんと反論出来てたんだった・・・。
けど全然言う事聞いてくれなくて・・・。代表の子に『今度近付いたら二股してるって言いふらす』って脅されてたの・・・・。
だからあたし本当に・・・二人の事騙してたんじゃないのかって・・・。自分の気持ち・・・分からなくなっちゃってた・・・。」
溜めた涙を指でこすって拭う。振り払うように小さく首を横に振って、今度はまっすぐに二人を見つめた。
「そんなだから、二人から離れなきゃいけないってずっと考えてたの・・・。らしくないよねっ!!ずっとらしくなかった!!
でも三人に言い返す言葉もなかった。二人に言われて気がついたけど・・・・洗脳ってやつなのかな?
痛いとこつかれてて・・・意外と押しに弱かったのかも・・・。こんな塞ぎ込むくらいなら、もっと早く・・・・相談し直せば良かったねっ・・・。
あたしの事信じて・・・好きでいてくれた二人に・・・・!」
やっと見られた好きな相手の笑顔にトクリと心臓が鳴る音がした。
ごめんなさい、と呟くと二人は黙って首を横に振る。
そして笑い返して、"やっぱり素直でいた名無"にホッと胸を撫で下ろした。
「・・・そーだよッ。お前は洗脳されてたんだ。だから俺がこうして目、覚まさせに来たんだよ。」
「俺もだからな加藤。正直俺がもっと早く来てれば、名無をこんな状態からすぐ回復させてやれたのに・・・。」
「んだとォ?俺が来てもななしは元通りになってたっての。わざわざあんなあっざとい真似しなくてもよォ。」
「あざとい~?そりゃ褒め言葉か?今まで素直になれなかった同期さん?」
「あ"ぁ!?」
「ふ、二人共やめてってば~!!も~!!」
軽く喧嘩しだす二人を名無が慌てて仲裁に入る。その顔は本気で慌ててるというより、少しだけ笑ったまま。
名無自身もホッとしたので、前みたいな関係にやり直せた事がとても嬉しかったから。
「えっと・・・実はね・・・。女子部で友達欲しかったから、素直になったのがキッカケで全部壊れるのが怖かったんだ・・・。
言いふらされて、慕ってくれる女子部の子がこれ以上あたしと距離を置くのが・・・。女将さんにも嫌われちゃいそうで、脅しに勝てなかったよ・・・。」
「その脅してきたアイツらをどうとっちめるかが、今後の課題だな。」
「相手は女子だし、まあ俺の権限で本部じゃねえ適当なところに送り込んでやろうかなー。
あの三人組、成績みたけどまともに空手学んでるようでもねえし。どこの神心会でもやってけるだろ。」
「納得はしないでしょうけどね・・・。でもそれでいいのかな、本当に・・・。」
話はそもそもの原因となった三人組の話へ。ここをどうにかしないと根本は解決しない。
置いとく訳にも行かないので他へ飛ばす。悪くないやり方ではあるが、こういうパターンはその後の仕返しがある可能性も捨てきれない。
逆恨みで今度はネットにでも言いふらされたら神心会や名無の名に傷がつく上、もっと厄介なことになりかねない。
悪いのは圧倒的に向こうなのだが、名無が叩きのめすやり方を好まないのもあり、話し合いは難航した。
「・・・・私に考えがあります。いや、考えっていうか・・・私がこうしたいってだけですけど_____」
数日後。神心会女子部にて。
今は小休憩の時間で、それぞれ水分補給をしたり仲間と喋ったり。思い思いの時間を過ごしていた。
「・・・・ねえ。今休憩時間だけど、ちょっといいかな?話したい事があるんだ。」
「・・・・なんですか。先輩。別にいいですけど・・・。」
そこへ名無が女子部三人組の一人に声をかける。他の部員に聞かれるとまずいので、とりあえず一旦部屋の外へ出る。
何故か三人組のはずが、ここのところ一人ずつでいるのはよく分からない。それはそれで一人ずつ話すつもりではいるが。
「なんか飲み物いる?あたし買ってくるよ?」
「お気遣いどーも。でも今はいいです。それより話ってのはなんですか?」
こっちは先輩だと言うのに相手の態度は冷たい。敬語も上辺だけ使っている感が否めない。
といっても今に始まったことではないし、呼びつけたのはこちら。適当な椅子に互いに腰掛けてから話しかけた。
「_____この間の件・・・。克巳さんと清ッ・・・。・・・加藤には近寄るなって言ってたよね。」
「・・・・。」
「・・・ごめんね。あたしがふらふらしてるせいで、三人に飛んだ勘違いさせちゃって。」
「・・・・?」
「付き合ってるように見えたのも仕方がないよ。あたしが言った通り、あれはデートの前座みたいなもんだけど・・・。
本当にあたしが決めきれなくて。尚且つ鈍感すぎたから選べなかった。その結果二股に見えちゃって、勘違いするのも無理ないよね・・・。
だから誤解させちゃったというか、どんな事情だろうとふらふらしてたようなもんだから。そっちの言ってる事が正しかった。ごめんね。」
素直に頭を下げて、静かに謝った。あくまでも現場を目撃されて、勘違いさせたから謝る。これが名無の考えだった。
弱みを素直に認めて、向き合ってもう一度話したい。たとえ相手がいくら嫉妬で捻じ曲がっていようとも、真っ直ぐな姿勢だけは示しておきたいと。
「・・・・・ふ~ん。そうやって謝る為にわざわざ呼び出したんですね。」
「・・・・・。」
「・・・・いいですよ。もう周りに言いふらしたりしませんから。」
「えっ・・・本当・・・?」
頭を上げると、そこには先程の変わらぬ視線。許すとかそういう態度ではなく、やはりどこか冷めたような目をしていた。
「・・・・・だって、もうあの子らとあたしつるんでませんし。」
「・・・・えっ・・・!?・・・・うそ・・・・ずっと三人でいて、仲良かったんじゃ・・・。」
「あの子らもあたしも。玉の輿か良い男を狙いたいから一緒にいただけですよ。一時的な共闘です。
けど大喧嘩してからは一度も会話してませんし。向こうからもブロックされたんでどうでもよくなりました。」
「・・・・・。」
名無も人間関係にとやかく言う程この三人組の事を知っている訳ではない。
けれど三人でいつの日からか固まりだしたのも知ってるし、楽しそうに話している姿は偽物だったなんて少し怖くなった。
大喧嘩の理由については一切触れなかったが、自分達で仕掛けた罠に自分達が嵌った事を名無は知らずにいた。
「一人はそろそろ神心会辞めるらしーし。あたしは護身術学べるなら、ここでもよそでも全然良いですけどねぇ。」
「・・・・そっか。よく分かんないけど・・・友達じゃなかったんだね。三人とも・・・。」
「・・・・・さあて。そろそろ休憩終わりますよ、先輩。
・・・・なんなら、あたしから寂しい鈍感先輩にアドバイスしますよぉ。女は最終的には男一人選ばなきゃいけないって。
ふらふらするのは勝手ですが、女の子は"二人いっぺんには孕めません"からねぇ・・・?」
「・・・・ッ・・・!!」
キャハハハッ!と妙に高い笑い声が廊下に響く。彼女はそのまま部屋へと戻ってしまった。
あまりに下品な言葉に少々固まってしまうが、言われた事もまた正論ではあった。
結局、残りの二人にも一応話してはみたが結果は同じ。言いふらす事自体そもそも忘れていた者、縁が切れたので三人の話をしたくない者。
終いには新しい彼氏が出来たとかで携帯片手に夢中だったりして、完全に名無は一時のからかい相手として認識されていたようだ。
「_____なんッだよそれ・・・。からかっておくだけからかっといて忘れただァ・・・?
名無がどんだけ落ち込んでたかも知らずによォ・・・・ッ」
固く拳を握りしめたのは克巳。応接間で誰もいない間、克巳と加藤。そして名無で結果報告の場を設けていた。
それで報告したら克巳と加藤は納得がいかないらしい。三人組を少しは庇う気だったはずの克巳も相当頭にきてしまったようだ。
「か、克巳さん。落ち着いてください。あたしなら大丈夫です。それに、結果言いふらさないって言ってくれたじゃないですか・・・?」
「チッ・・・・。でも俺の気が全然晴れねえ。そのよそでもいいとか抜かした奴だけでも、本部じゃねえとこに飛ばすかんな。」
「こればっかりは克巳さんの意見に賛成だぜ俺は。ななしは人が良いからんな事言ってられるが、世の中には因果報応って言葉もあるしな。」
「・・・・。」
話し合いも無駄ではなかった。だがどうにもスッキリした気持ちにもなれず。
蜘蛛の巣は払えたが、肝心の蜘蛛には逃げられたような気分。勧善懲悪という訳でもなく、名無の頭には最後に放たれた言葉が脳裏を巡っていた。
『ふらふらするのは勝手ですが、女の子は"二人いっぺんには孕めません"からねぇ・・・?』
(・・・あんな事言うなんて・・・。確かにその通りだけど・・・・もうちょっと言い方ってもんがあるんじゃないかな・・・。)
「・・・・どした、ななし?」
「ん・・・?いやっ、なんでもない。とりあえず心配ごとはなくなったし・・・。」
名無は最後に言われた台詞だけ二人に伝えていなかった。
理由はあまりにどす黒いというか、なんだか女として言ってはいけない気がしたから。
それに"二人の内、どちらか決めきれずにいる"のはこの問題が起こる以前の悩みだったから。
「・・・・さて。まあこの事件も一段落したし。良かったじゃねえか名無ッ!」
「一応は、ですけどね。」
「・・・加藤?ちょっと席はずしてくんね?」
「・・・・はァ?なんで俺が?」
「えっ・・・何かあるんですか?克巳さん?」
急に克巳の一言でムードが一変する。なにかまずい。というか急に二人共睨み合っている。
なにか克巳が用があるみたいなのだが、一体なんだろうか。緊張が走る。
「・・・俺がいねェ間に余計な事するんじゃないッスよね・・・?」
「まさか。んな訳ないだろ?」
「・・・・悪ィが信用ならねェ。俺はここを出ても、どっちみち聞き耳立てるんで言いてェならさっさと言ったらどうですか?」
「えぇ~・・・・強情だなァお前も。別に何かするんじゃねえっての。
・・・・ちょっとこの場で宣言しとこって思っただけだ。」
「宣言って・・・なんです___」
すると、克巳が傍へ来て。名無の前で跪いていた。
そうして片手をゆっくり手に取ると。さらっと"宣言"し始めた。
「・・・・・俺の気持ちは、もうこの前ので伝わっちまったと思う。
だからこれからは。指南とか関係なしにお前を"真正面から"デートに誘う。
・・・これからは俺の事も、そういう目で見てほしいな。・・・名無っ?」
ちゅっ
「ッッ!!?」
ウィンクの直後、僅かなリップ音を立ててさり気なく手の甲にキスをしてきた。
堂々とした宣言に名無の顔は真っ赤。
そしてこんなのを見せられてもう一人、顔の赤い漢がいた。
「・・・・・~~~~ッッこんのォ!!やっぱり余計な真似してるじゃねェかァッ!!
何さらっとキスしてんだッ離せッッ!!」
「えぇー、キスって言っても手だし。そう怒んなよ加藤?だから席外してろって言ったのに~」
「良い訳あるかッッ!!元々こいつに告白したのは俺が先だっての!!
あとからしゃしゃり出てきた癖にデートとかぬかすんじゃねェッ!!」
「き、清澄落ち着いてっ!!あたしなら大丈夫だからっ・・・!!
克巳さんも煽らないでくださいッ!!
あぁ・・・・こ、これからあたしどうなっちゃうんだろう・・・・!?」
一難去ってまた一難。というより、元あった問題がまた浮上してきただけな気もするが。
少し遠回りになったが、結局克巳も名無を射止める為本格的に仕掛けてきそうな勢い。
ここからは誰に報告する事もない。誰に指示される事もない。
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