第1章
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(周りにも素直に、か・・・。出来るのかな・・・・今更・・・・。)
加藤とのデート後。家でふと寝る前によぎったのは彼の言葉。
デートは楽しかったものの、あのポツリポツリと呟く加藤の横顔が忘れられないでいた。
あの同期にそこそこ真剣な顔つきでアドバイスされる日が来るなんて。少し前なら考えられなかった事だ。
(確かによく考えたら、克巳さんとか清澄相手には明るくいられるけど・・・女の子には態度違ってたかなぁ・・・。
・・・・ホントは克巳さんにも意見を聞きたいんだけど、今は・・・・_____________)
信頼する相手"だった"克巳の事を思い返すが、克巳が自分を好きかもしれないという懸念がある今は話しかけづらい。
本来ならこの間のデート報告だってしていたはずだが、今は会う気分にならない。
(・・・・・って、まあいいか!明日からちょっと模索してみるか。素直な自分を・・・・!)
なのでその問題は後回しにして、まずは自分の前向きな気持ちを優先。今の名無には、女友達が欲しいという気持ちの方が大きかった。
そんな思いを抱いて、いつもより早く眠りについた。
_______________後日。神心会女子部にて。
『・・・・せんぱぁい。ちょっといいですか?』
「ん?どしたの?」
『あの・・・今晩練習終わりに女子部の何人かで飲みに行くんですよ。たまには先輩も顔出してみませんか?』
「・・・・えっ?」
僥倖とはまさにこの事か。珍しく後輩から直接名無に飲み会の誘いがくるとは。
休憩時間にでも話しかけに行こうか、などと考えている矢先だった。あまりにもタイミングが良い。
「・・・・いいよ!あたしも行っちゃっていいのかな?」
『たまには苗字先輩とお話したいですし。・・・色々と。』
誘ってきたのは雰囲気の明るい後輩。いつも女子同士で固まっていて、内容にはついていけないので話すのは稽古の時以外ない。
だが何故だろうか。少々含みのある言い方だからかいつも少し纏う空気が違う気がした。
なんとなく目が笑っていないように一瞬見えた。多分気の所為、だとは思うが。
『んじゃあ稽古終わりにまた来ますね〜!』
「うん!場所とか任せちゃうけどよろしくー!」
タイミング良く素直になれそうな場所が見つかり名無はご機嫌。これで仲良くなれたなら、また加藤に話す事が増えるのでそれも楽しみだった。
_______________これが、とんでもない罠だとも知らずに・・・。
「・・・・じゃあ、全員集まった来た事ですし。かんぱーい!」
『かんぱーい♪』
夜になり、こじんまりとした個室居酒屋に全員集合。メンバーは名無を含めた女子4人の飲み会。
名無はこういうタイプの居酒屋は初めてなので少々緊張していた。注文はどうするだろうとか、やけに狭いなとか色々。
『・・・・・・そういやぁさ。この前のあいつ、結局二股かけてたらしいよー!!』
『えーッマジでー!?』
そんなぼんやりと考えている内。名無の全く知らない話が飛び出す。
開始早々話の流れについていけなくなり置いてけぼりにされてしまった。
どうやら内容は浮気だとか二股とだとかの恋愛話。知らない人物だが友達同士でも元々評判は悪かったらしい。
合コンとかナンパとか縁のない単語が次々出てくる。飲みですら珍しい名無には最早異次元といっていい話題だ。
『ねえ?苗字先輩もそう思いますよね~?』
「え・・・・?
・・・・・あぁ、そうだね・・・・浮気はよくないよね・・・・。」
急に話を振られて困惑。半分聞いていなかったので、当たり障りのない返事をして誤魔化す。
『_______________・・・・でも苗字せんぱぁい。
克巳さんと付き合ってるのになんでこの前加藤先輩と手繋いでたんですか?』
「・・・ッッ!?」
突如、三人の視線が名無に刺さる。まるで獲物を狙うかのような鋭い眼差し。
口元は笑っているが目が怖い。この程度で怖気付く名無ではないが、それでも試合の相手とも違った気配をビリビリ感じる。
(なんで・・・この子達がデートの事知ってるの・・・!?
ちょっと待て。克巳さんとあたしが付き合ってるって、一体どういう・・・・!?)
『友達がゲーセンから克巳さんと二人で出てくる先輩を見たって言うんですよー・・・。
なのに少し前に加藤先輩とカラオケから出てくるの見ちゃってー・・・・どういう事ですか?苗字先輩?』
『しかもどっちも手繋いでたらしいじゃないですかー?・・・・ちゃんと説明してほしーですねー。』
どうしてこんな流れになったのか。気がついたら周りを囲まれている。
まさかあのデート(とデート指南)を本当に女子部の誰かに見られていたなんて。
よりにもよって普段着ないような服だったのも更に誤解される要素になっている。
「えっと・・・・・実はね______________」
嘘をつくのは性にあわない。だからってあたふたするのも違うと思った。
だから名無の選択肢は素直になる事。ありのまま話せばいかにまともな付き合いか分かってもらえると思ったから。
加藤から告白され、克巳にデート指南を頼んだ。というところまで話した。
加藤が入院しただの本当は克巳が自分を好きかもなんて事までは話していない。それは余計な情報だと思ったのでとりあえずなしで。
「・・・・だからあれは皆が誤解してるような関係じゃないの!手を繋いでくれ、っていったのも克巳さんの指示で・・・・____」
『_______________ふうん。それって要するに「自分はモテるんです」アピールですか?』
「・・・・・・えっ・・・・・?」
女子の一人が持ってるフォークを指差す代わりにこちらに向けてきた。三本の先端がライトに照らされギラリとしている。
『苗字先輩ってけっこう小悪魔だったんですね〜?「好きなのが分からないんですう」とか言って両方と付き合っちゃうなんて。』
『男心弄ぶなんてえげつないですね〜・・・二人共先輩の事好きだからっていいとこ取りですもんね!』
「ちょっと待って・・・・なんでそういう解釈になってるの!?あたしは__________」
『純粋ぶったって女には通用しませんよ。男は騙せてもあたし達にはバレバレですからぁ。』
何も言っても聞いてくれない。違うと言ってもその言葉を否定されて意見が通らない。
相手は後輩三人。自分より弱いはずなのに何故こんなにも反論出来ない?
自分はあの二人を騙していたのか。自分のした事が愚かだったのだろうか。あるはずのない感情を心に問いただしてしまう。
「・・・違うっ・・・・。あたしは、本当に皆みたいな恋愛感情が分からないの・・・・。
だから、今でも・・・・清澄の気持ちに答えたいから・・・・・克巳さんにしか頼れなくて・・・。
あたしそんなに器用な性格じゃないのッ!!万が一そんな事出来てたら・・・・友達だって、出来てたはずだからっ・・・・。」
なんとか叫ぶように伝えてみる。反論が落ち着いた折、タイミングをみて目線を真っ直ぐに。
気付けばテーブルを叩いて立ち上がっていた。言い終わった後にようやく自分が興奮しているのに気がついた。
本当はこんな言い争いをしに来た訳ではなく、友達を作る足がかりを作りたかった。そのはずだったのに。
『・・・・・そんな心にもない事言えるから、友達いないんじゃないですか?』
『先輩ですけど失望しちゃいました〜。二股認めないなんてなかなか強情ですね!』
「違うって・・・・違うって言ってるのに・・・・!」
鼻で笑われて、先輩としての風格を失った。たった三人とはいえメンタル面での敗北を知った気分だ。
もう怒りよりもショックの方が大きかった。可愛い後輩だと思い込んでいた事への裏切り、そして芽生えてしまった罪悪感。
三人の毒牙が名無を蝕む。こんな形で追い詰められるのも初めてだった。単純な力ではない話術では対抗する術をもっていなかった。
「・・・・・・ごめん・・・。・・・・気分が優れないや・・・・。」
力なくくたりとした状態で立ち上がる。そのまま自分の分の代金を置いて立ち去ろうとする。
『あれ〜?帰っちゃうんですか〜?』
『まだ先輩とおしゃべりしたかったんですけど〜。』
「ごめん・・・・今は、何も考えたくない・・・・。またね・・・・・。」
『おっだいっじに〜♪』
ひらひらと手を振ってニヤニヤする後輩を横目に、逃げるようにその場から立ち去った。
______________打たれ強いはずだった。拳も、固い床も、鍛錬の日々も恐ろしくはなかった。
精神的にだって、相手に挑発されても負かしてきた。誇りと力はいつでも揺るがない。
けれど今回は何もかも通用しなくて。突きつけられた真実に何も言い返せなかった。
(・・・・あたし・・・・・。清澄に・・・・克巳さんに・・・・今まで酷い事してたのかなっ・・・・。
あたしが、悪かったんだ・・・。知らず知らずの内に・・・・あの二人と誤解されるような関係になってたのかな・・・・?)
自問自答は続く。店を出て、家に帰っても悩み続けた。
いつもなら月明かりが差す窓に光がない。月さえ見えない曇り空は自分の心情と同じに思えた。
「・・・・・・寝よう・・・・。」
もう何が正解で何が悪いのかも分からない。だからベッドに横になって疲れ果てるように寝た。
_______________その翌日。重い足取りで神心会女子部に向かうと、いつもの女子部員と昨日の三人組がいた。
「・・・・・押忍ッ。おはよ。」
『おはようございます・・・ってあれ〜?せんぱぁい、なんか疲れてます?昨日寝てないんですか〜?』
「いや、そういう訳じゃ・・・・。」
『・・・・そうだ。昨日先輩帰っちゃったんで伝え損ねた事があったんですよ。
ちょっと、耳貸してください・・・・。』
「・・・・・・・?」
一見明るい顔をしているが、その瞳の奥に得体の知れない感情を秘めている。それも分かっていた。
けれど万が一まともな意見だった場合、リーダーとして聞かなければいけない。淡すぎる期待と嫌な予感はするが耳を傾けた。
『・・・・えっとですね・・・苗字先輩・・・・。
これ以上克巳さんと加藤先輩に近付くのは止めて下さい。でないと・・・・二股してるって周りに言いふらします。』
「・・・・・・っ!!」
今まで聞いた事もない低い声色。おそらくこちらが彼女の本心か。
また違う、と否定する事は出来た。けれどここで否定しても騒ぎが大きくなるだけ。
それに二人と手を繋いだという事実があり、三人に後ろめたさをすり込まれた名無にもう反論する力はない。
「・・・・分かった・・・。」
『流石先輩!よろしくお願いしますね〜!』
いつもの明るく可愛らしい声で言う彼女の瞳は心底嬉しそうだった。
その後三人でなにやらキャッキャと楽しそうな声が聞こえて、また一人の孤独を感じていた。
こんな事を相談出来る相手もいない。いや、いなくなったというべきか。
頼れる相手だった二人にこれ以上迷惑はかけられない。また素の自分ではなく、神心会女子部のリーダーとして振る舞うしかなくなった。
「・・・・・・・・。」
仕方がない。元々一人の空間にはどこだって慣れている。そう思い込むようにして、頭の中に浮かぶ二人を必死にかき消そうともがいていた。
『作戦大成功ッ!あとは計画の第二段階だね!』
『アンタまじ怖いわ〜、あの苗字先輩相手によく強気な態度取れるよね(笑)』
『だってあんな手繋いでたの見たらくそムカつくじゃん!!
マジ許さない・・・こうなったら徹底的に二人から引き離してやるッッ』
『女の嫉妬は怖いね〜!あたし克巳さん派だから加藤先輩の時はそっちでお願いね!』
『はいはーい♪苗字名無が最低な女だって・・・絶対吹き込んでやるッッ!!』
_______________それから数週間後。加藤はとある喫茶店の前で佇んでいた。
(・・・・・最近、ななしの奴全然見てねェな。女子部にいるっつーのは聞いてるが・・・克巳さんに何か吹き込まれたのか?
・・・・つーか女共はななしに何があったか知ってんのか・・・急に呼び出したりしてよォ・・・。)
女子三人組の魔の手は加藤と克巳から名無を離す方へと向いた。
これが作戦の第二段階というやつ。前々から二人と仲良く出来る名無のポジションが気に入らなかった。
それに手を繋ぐ現場を見てしまえばブチ切れて当然。デートの指南だとかそうでないなんて余計嫉妬心に火を付ける種にしかならなかった。
『加藤先輩〜!来るの早いですねっ!』
「押忍。・・・伝えてェ事ってのは、中で聞いた方がいいか?」
『そうですね!入りましょお♪』
次なる作戦は二人から名無を引き離す事。三人組は加藤を適当な喫茶店に呼び出し、『苗字先輩について話したい事がある』と前置きしていた。
加藤は最近顔を見せない名無を心配している。いつもニヤリ顔ではなく、しかめっ面で店の中へと入った。
『・・・・・・・。』
「・・・・・・・・。」
『・・・・・・・。』
「・・・・用がねェなら帰るぞ。」
『えぇっと!帰らないでください!話します、話しますから・・・・。』
席について飲み物が来ても一言も口を開かない女子達。もったいぶるので少し睨みつけると、飲み物を一口飲んでから目をそらす。
『・・・・・ぶっちゃけ、加藤先輩って・・・苗字先輩と付き合ってますよね?』
「・・・・・・。それがどうした?」
『それを踏まえたうえでお話するんですが・・・苗字先輩は、止めた方がいいと思います・・・。』
付き合ってる、と聞くとどこか嬉しいのかニヤリと口角が上がった。何をどう見て判断したのかは知らないが悪い気分ではない。
だから止めた方が〜なんて聞くとまた険しい顔つきに戻る。
『・・・私見ちゃったんですよ!!苗字先輩が、克巳さんと手繋いでゲーセンデートしてるところ!!』
「・・・・・。」
『苗字先輩が・・・二股かける人だなんて思わなくて・・・・。よくないよね、って事であたし達先輩に直接聞いたんです。
そしたらですね・・・・「あれ?バレちゃったか」って開き直ったんですよ・・・!!』
身振り手振りで大げさにワーワーと三人が騒ぐ中。加藤はまだしかめっ面のまま。
克巳とのデートは知っているのでさほど驚いていない。だがいまいち信用ならないというか、警戒しているので表情は変えなかった。
『「加藤もあたしの手にかかればちょろいもんよー」って言うから驚いちゃって・・・。
しかも女子部でも「バラしたらどうなるか、分かってるよね・・・?」とか言って力でねじ伏せようとしたんですっ!!
でも・・・でも私達そんな力に屈したくないから・・・。怖くても、加藤先輩の為に思い切って言うって決めたんですっ・・・!!』
「・・・・・ほォ・・・。」
涙目で訴える三人組に、目を細めて意味深に見つめる。
加藤は特に驚いた様子でもなく。ふと静かにため息をついた。
「・・・・・・・・。お前ら・・・・そんなにアイツの事嫌いか?」
『だって苗字先輩、女子部で評判悪いんですよ?』
『そうそう!天然かましてるフリしても中身は腹黒いんですからっ!!』
「_____________・・・・・・その言葉。そっくりそのまま返すぜ・・・。」
ガンッ!!
大きな音がテーブルの下から振動とともに響いた。軽く加藤が蹴りあげたらしい。
「このホラ吹き共ッッ!!俺が何年ななしと同期でいると思ってんだ!?
んな取って付けたような話バレバレだっつーのッ!!」
『なっ・・・何で信じてくれないんですかあっ!?』
「当たり前だろッ!入ってたかだか数ヶ月のやつと、昔っからいるやつとなら当然同期の方が信用出来んだよッ!!」
言い放つと不機嫌そうに腕を組んで更にガンを飛ばす。怒りが込み上げている加藤には、たとえ女でも容赦はしない。
三人組の両端は、ヤバいと思ったのか冷や汗をかいているが真ん中はこれでもまだ食い下がらない。
『だ・・・・だって、克巳さんと手繋いでたのは本当なんですッ!!
それってつまり二股じゃないですかっ!?』
「・・・・出したな、本音。」
『へ・・・?』
「今お前は"克巳さんと手繋いでたのは本当"っつったよな。
・・・じゃあそれ以外の話は嘘だったって認めた訳だ。」
『ぐっ・・・!!・・・・でも二股かけてる苗字先輩に付き合ってたんじゃ、この先ろくな事になりませんからね!?』
「お前らに唆されるくらいならそのろくでもねー名無に付き合った方がマシだ。」
『・・・・う、ウソ・・・信じらんない・・・!!』
三人組もこの発言には唖然とするしかなかった。ことごとく嘘が通用しないし、相手は逆に反撃してきた。
それが何故なのか。三人には分からないが加藤にはある確信があったからである。
(・・・・アイツが俺を下の名前以外で呼ぶなんて有り得ねェ。
それに名無が女子部のエースになる前も今も・・・・真っ直ぐで、周りから慕われ続けてるのを知ってる。
・・・・セコい真似だけはしねェやつだ。俺は、名無を信じる・・・。)
信頼と絆の前では嘘も無意味。今まで過ごしてきた思い出や月日は変えようがない。
些細な嘘では騙せない程に同期の壁は高かった。おそらく加藤でなく末堂だったとしても、結果は同じだっただろう。
「・・・・ケッ。くっだらねェ・・・・帰るぜ。」
そう吐き捨てると、立ち上がってすぐに帰ってしまった。
残された三人は引き止める言葉も思い浮かばずただ後ろ姿を眺めていた。
『・・・・・・マジ有り得ないッッ!!信じらんないッッ!!』
『加藤先輩やっぱ怖くね~?(笑)』
『え〜、次克巳さんじゃ〜ん。だいじょぶなの?』
『大丈夫っつーかそっち成功させないとむしゃくしゃしてしょーがないって感じだわー。』
『次の作戦考えよーよ。あのさあのさ・・・・・』
数週間後。
(女子から食事に誘われるなんていつ以来かなァ・・・。ていうか神心会じゃ出来ねえ話ってマジでなんだ?
万が一告白だったとしても、俺には名無がいるしな・・・。 )
同じく似たような喫茶店に呼び出された克巳。加藤とは違う場所だがここで仕掛ける罠は同じだ。
三人組はまた遅れたフリをして、頃合いをみて駆け足で克巳の元へ走る。
『すいませ〜ん!遅くなりましたぁ!』
「いや、俺も今来たところだ。」
『ごめんなさい・・・忙しいのにわざわざ来てもらっちゃって・・・。』
「いやあ、今はそうでもない時期だしな。
・・・・立ち話もなんだ。中入るか?」
『そうですねっ、入りましょー♪』
加藤とは違ってニコリとして喫茶店へ入る克巳。
ちなみに克巳にはただ『話したい事がある』とだけ伝えてあるので名無の話だとは言っていない。
なのでこの時はまさかそんな話題を振ってくるとは思っていなかったのだった。
『_______________克巳さん、けっこう甘党なんですねぇ〜。』
「ん?ああ・・・・昔からな。」
頼んだコーヒーにそこそこの砂糖を入れまくる克巳に少々引きつつも話題として振る。
最初は他愛の話から入り、少し間を持たせてから本題へ。女子の得意技とでも言うべきか。
「・・・・さってと。そろそろ本題聞かせてくれよ。
俺をここに呼び出したのは別に世間話する為じゃねえんだろ?」
『・・・・・・そーなんですけど・・・・。・・・・克巳さんにしか話せなくって・・・。
多分ですけど、克巳さんって苗字先輩と付き合ってます・・・?』
「__________!!
・・・・・・ああ、そうだ。」
『克巳さんと苗字先輩がゲーセンにいるの見ちゃって・・・・。
・・・・でも、その後加藤先輩と苗字先輩が・・・手繋いでデートしてるのも見ちゃったんですっ!!』
「・・・・・・・・。」
『これって浮気ですよね?二股ですよねっ?有り得なくないですかぁっ!?』
「・・・・・そう、だな。驚いちまって、ちと言葉には出来ねえが・・・・。」
克巳は静かに驚いたフリをする。
勿論そんな事になっているのは承知の上だし、名無からのデート報告がまだとはいえ百発百中予想通りだ。
だから三人組にデート指南を仕掛けたのは自分だなんてややこしい事情は話さなかった。
『だって苗字先輩、帰り際にちゅーしてたんですよ!?』
「ッ!?」
『そうそうッ。しかもその後ひらひら〜って手振って帰るからマジ小悪魔だと思った〜!!』
「ちょ、ちょっと待て。それって、名無からやったのか?加藤に!?」
『ええ。やってましたよぉ。』
この嘘に克巳の反応が急に分かりやすくなる。
克巳も名無と同じタイプで、試合では全然驚かないのにプライベートの恋模様には面食らう質だったり。
(名無から加藤にキス・・・!?それって、名無は加藤の方が好きってことか?
・・・・いやいやッ。ポッキーゲームの話しただけで真っ赤になるような名無にんなマネ出来るとは思えねェッ・・・・。)
「・・・・・・・ちなみによ。加藤はどうだったんだ?キスされて?」
『え?なーんか呆然としてましたよぉ。ビックリしてたみたいでしたぁ。』
その時、克巳のコーヒーを持つ手がピタリと止まる。
真剣な顔で、一体どんな状況だったかを考えてみた。
(_____________待てよ。呆然・・・?あの加藤がか?
俺に骨まで折らせた漢が、惚れた女にキスされてそのまま帰すか?
・・・・それこそ有り得ねえだろッッ!?俺だったらんな事されたら絶対離さねえぞ!?
・・・・嘘だなッ・・・この話・・・なんか胡散臭い点が多いぞ・・・!!)
加藤の粘り強い性格。名無の不器用な性格から考えてどうにも合致しない点が多い。
自分といた時の名無が仮に演技だったとしても、今まで接してきた真面目な名無そのものだから信じれた。
だから今更全部が演技だとも思えなくて。克巳もまた、加藤と同じく過ごした年月による名無を信じていた。
なのでこの嘘を見破れた。とりあえずコーヒーを一気に飲み干して一息。三人組の顔を真っ直ぐ見つめる。
「・・・っほおー・・・・貴重な情報ありがとよ。」
『いえいえ!お役に立てて光栄です~♪』
「____________どーりで名無がダチ出来ねえ訳だ・・・。こんな嘘つきと友達なんてなりたくねえもんな・・・・。」
『____えっ・・・・?』
『う、嘘つきって・・・・あたし達の言う事信じてくれないんですか!?』
「ああ。悪いが、俺は自分の瞳で見てきた名無を信じる。お前等の見た嘘の名無じゃなくてな・・・・。」
『あんな・・・あんな二股かける苗字先輩のどこが良いんですッ!?
加藤先輩と克巳さんを天秤にかけて、どっちつかずな態度取ってる女のどこがいいんですかァ!?』
バンッ!!とテーブルが大きな音を立てて揺れた。ここまで二人して譲らない姿勢に我慢の限界だったらしい。
つい"女"呼ばわりしてしまい、だいぶ本音駄々漏れだったと気付くのは冷静になってからだ。
「・・・・・・はたから見りゃあ、そう思うのが普通だろうな・・・・。
・・・だがちょいとややこしい事情があって、天秤にかけさせちまったのは俺のせいなんだ。
あいつは・・・・名無は真面目すぎんだ・・・。だからいつも真剣に俺や加藤と向き合ってる。
そんな不器用なアイツだから・・・・俺も加藤も好きになっちまったんだろうよ・・・。」
珍しく真摯に話す姿は、いつかの夕日に向けた眼差しと同じ表情をしていた。
少々真剣になる相手が違う気もするが、名無は悪くないと伝えたくて長めに話してしまった。
「・・・・ま。そーいう訳だ。気に入らねえかも知れねえが、名無をどうか恨まねえでほしい。
俺も加藤も納得はしてんだ・・・・だから大目に見守っててくれ。・・・・・・んじゃあな。」
そう言い残すと自分の食事代だけを置いてその場をあとにした。
結局どちらの作戦も不発に終わった三人組は意気消沈。一人がぼそっと切り出した。
『・・・上手くいってないじゃん。・・・・アンタが成功するから、っつったのに全然ダメだったじゃん!?』
『なによ、あたしのせいだって言うの!?』
『克巳さんといい感じにしたげるってゆってたのに逆効果じゃん!!このウソつき女ァッ!!』
『なんですって!?このアマー!!』
_______________三人組の喧騒は知る由もなく。克巳は喫茶店から離れたあと、ある漢に電話をかけていた。
『・・・・・・もしもし。』
「加藤?今ちょっといいか?」
『別にいいっスけど・・・・。』
電話の相手はさっき話題にものぼった加藤だった。
一呼吸置いてから、真剣でいて恐くなるような声色で加藤に問いかける。
「・・・・・お前さ。もし、デートの帰り際。名無にキスされたらどうする?」
『・・・・ア"ァッ!?なんでまたんな事聞くんだよッ!?』
「いいから、答えろ。」
しょうがないと言った感じで加藤は少々悩んだ。
そして質問に対する回答はこれだ。
『・・・・ぜってェ帰さねえ。抱きしめて逃がさねえようにして、あわよくばそのまま喰っちまう。』
「・・・・・・だ・よ・な。
もしかしてそれ、実行とかしてねーよな?」
『そもそも名無からんな事する訳ねーだろッ!!
・・・ったく何なんだ、どいつもこいつも・・・。』
「いやぁ、女子部の三人組に妙な言われたんでちと気になってな・・・・。」
『・・・・三人組・・・?克巳さんにも言ってたのかアイツら・・・。』
「・・・・てことは、お前も?」
二人に接触した三人組は紛れもなく同一人物。そして互いに嘘をつかれたと知って困惑した。
名無が最近二人の前に姿を見せていないことも判明し、何か嫌な予感が駆け巡るのだった。
(・・・・・・・名無・・・・。もしかして、俺の指南のせいで・・・・今会えないでいるのか・・・・?)
(ななし・・・・あいつらに何か言われてんじゃねーよな・・・・?・・・・あいつ電話にも出ねーし連絡も取れねえ・・・・。どうなってやがる・・・・。)
罪悪感・後悔・疑念。それぞれの思いが渦巻く中、真相はまだ不透明なまま。
三人組が仕掛けた罠は、確実に名無を捉え、あとの二人は引っかからずにすり抜けた。
_______名無が一人、部屋にこもっている事を克巳と加藤はまだ気付かずにいた・・・。
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