巻き(幸福)、蒔き(木:誠実さ)、槇(色褪せぬ恋)――甘く、まいて
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ホワイトデー当日の昼下がり。
柔らかな陽光が差し込むファブレ邸の私室で、ルークは朝から落ち着かない様子で部屋を往復していた。
傍らで書類を整理していた彼女は、その挙動不審ぶりに思わず手を止める。
「な、なあ……ちょっといいか?」
「? どうしたの、ルーくん。何か探し物?」
「い、いや。探し物じゃねぇよ。…その、今日、あれだ。…これ!」
ルークが差し出したのは、昨日アニスとアッシュに揉まれながら必死に包んだピンク色の小箱だった。
手渡すルークの指先が、微かに震えている。
「これ……お返し。今日、ホワイトデーだから。……受け取れよ(///)」
「! あ、ありがとう……(///)」
不意打ちの贈り物に、彼女の頬も林檎のように赤く染まる。
その初々しい反応に勇気を得て、ルークは身を乗り出した。
「な。開けてみてくれないか?」
「うん……」
慎重にリボンを解き、箱の蓋を上げる。
そこには、不格好ながらも愛情深く焼き重ねられた、黄金色のバウムクーヘンが鎮座していた。
「バウムクーヘン…? もしかして、これ、手作り!?」
「ああ。…不格好なのは勘弁してくれ。でも、俺、一生懸命頑張ったんだ」
「そんな! 嬉しい……。ルーくん、もしかして、このお菓子の意味、知ってて…?」
彼女の問いに、ルークは茶化すことなく、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめ返した。
「……ああ。これからも、お前と一緒にいたい。
この層みたいに、幸せな時間をずっとずっと、積み重ねていきたいんだ」
ルークは彼女の小さな手を取り、包み込むように力を込める。
「俺、頑張るから。お前が帰ってきて良かったって、毎日思えるように」
「私も。ルーくんが好き。…あなたがいない世界なんて、もう考えられない。戻ってきて良かった…」
ルークの眦に、熱いものが浮かぶ。
かつて「自分は死ぬべきだ」と絶望していた少年は、今、愛する人のために生きる喜びに震えていた。
「ね。お茶の時間にしない? 一緒に食べよう」
「うん、そうだな」
用意された紅茶の香りが部屋に広がる。
彼女が切り分けようとした瞬間、ルークが不意にフォークを取り上げた。
「お、俺だって、いつまでも初々しいだけのガキじゃないんだからな」
「え……?」
「ほ、ほら。……あーん」
真っ赤になりながらも、ルークはケーキの一片を彼女の唇へと運ぶ。
彼女は驚きに目を丸くしたが、愛おしさが勝り、そっと口を開いた。
「ん…(もぐもぐ)。…! 美味しい! ルーくん、本当に美味しいよ!」
「ほ、本当か…? 良かったぁ」
「じゃあ、お返し。…あーん」
「う! あ、あーん(もぐもぐ)…。…っ、これ、想像以上に照れるな…」
ふと、彼女がルークの手元を見て顔を真っ赤にした。
「あ。しまった、そのフォーク…」
「え? …あ!」
「か、間接キス……になっちゃったね」
「い、言わなくていいっつーの!」
慌てて紅茶を啜るルークを、彼女はくすくすと笑った。
その屈託のない笑顔が、あまりにも愛しくて。
「むうぅ~。笑うなよ。……こうなったら!」
「え――んむっ!?」
笑い声を塞ぐように、柔らかい感触が重なった。
一瞬の沈黙。彼女の思考が真っ白に染まる中、ルークは至近距離で、決意を秘めた熱い視線を向けていた。
「……いつまでも俺を子供扱いしてると、後悔するからな(///)」
そう言い捨てて、ルークはまたズズーッとお茶を飲み干した。
その耳は、先ほどよりもさらに真っ赤に染まっている。
窓の外では、春の風が二人の新しい門出を祝うように吹いている。
かつての「聖なる光」は、今、一人の女性の未来を照らす、本物の温かな光へと変わっていた。
一方、ファブレ邸の庭園――かつて二人が幼い約束を交わした、あのアスターの花が咲き誇る場所。
アッシュは、背後で緊張のあまりガチガチに固まっているナタリアを前に、
これまた岩のように硬い表情で立っていた。
「…ナタリア。そこに座れ」
「あ、はい…? 何ですの、急に」
いつになく神妙なアッシュの気配に、ナタリアは背筋を伸ばしてベンチに腰を下ろした。
アッシュはおもむろに、背後に隠していた緑色の箱を、まるで果たし状でも叩きつけるような勢いで差し出した。
「…これだ。受け取れ」
「これは…?」
「…お返しだ。先月の…その、チョコレートのな」
ナタリアが驚きに目を見開き、震える手で箱を開ける。
そこには、ルークの作ったものよりもさらに焼き色が濃く、
几帳面なまでに美しく重なったバウムクーヘンがあった。
「アッシュ……これ、もしかして……」
「…不恰好なのは分かっている! 慣れないことをしたんだ、文句を言うな!」
「まさか、あなたが作ったのですか…?」
「…フン、ルークに無理やり付き合わされただけだ。…だが、毒は入ってない」
アッシュはぶっきらぼうに視線を逸らした。
だが、返ってきたのは喜びの声ではなく、静かな沈黙だった。
不安になったアッシュが恐る恐る隣を見ると、ナタリアの大きな瞳から、
ポロポロと大粒の涙が零れ落ちていた。
「な、ナタリア!? おい、何で泣くんだ!
そんなに出来が悪かったか!?それとも、甘いのは嫌いだったか……?」
「ち、違いますわ…っ。嬉しいのです…!
あなたが、私のために……わざわざ手を汚して、時間を割いて、これを作ってくださったことが…」
王女としての仮面が剥がれ、一人の少女として泣きじゃくるナタリア。
かつて彼女を泣かせてばかりいた自分を思い出し、アッシュは狼狽(うろた)え、真っ赤になって周囲を見回した。
「おい、泣くな! 誰かに見られたら、俺が虐めたみたいに見えるだろうが!
……クソっ、アニスの野郎、泣くほど喜ぶなんて言ってなかったぞ!」
「ふふ……。あの方は、本当に『分かって』おいでですわね……」
ナタリアは涙を拭い、幸せそうに微笑んだ。アッシュは溜息をつき、乱暴に彼女の頭へ手を置いた。
「…一回しか言わんぞ。…これからも、俺はこの家(ファブレ)にいる。…お前が、望む限りな」
「……はい! 私、一生分の我儘を言わせていただきますわ。……大好きです、アッシュ」
バウムクーヘンの層は、二人が離れ離れだった空白の十数年を埋めるにはまだ薄いかもしれない。
けれど、今日からまた一枚、また一枚と、二人の名前が刻まれた新しい層が積み重なっていく。
バチカルの空を夕焼けが染める頃、二人の不器用な英雄は、それぞれの最愛の人の隣で、
ようやく心からの安らぎの中にいた。