君に捧げる薔薇の告白
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「うーん。これもいいな。あ、あれもいいかも」
「え、え、え、ゼロスくん???」
次々と高価そうな服を腕に積み上げられ、私は困惑の声を上げた。
かつて神子としてテセアラを沸かせた彼は、24歳になった今、
その洗練された審美眼にさらに磨きがかかっている。
ゼロスくんはお構いなしに、獲物を探す豹のような手つきで棚を物色し続けた。
「お。これも似合うかも♪ さ、これ持って試着室に行こうぜ」
「ちょちょちょ!!? こんなに渡されても~!?」
問答無用で柔らかな、けれど逃れられない強さで手を引かれ、あっという間に試着室へ押し込められる。
「俺様が選んだんだ。きっと似合うって。自信持ちなよ、ハニー^^」
「(だからって、こんなに……困ったなあ)」
「じゃあ俺様、ここで待ってるから。着替えたら声かけて?」
有無を言わさぬ笑顔でカーテンを閉められてしまった。
その強引さに溜息をつきつつも、逆らっても無駄なことは旅の間で嫌というほど知っている。
仕方なく、私は一つ目のハンガーに手をかけた。
「(……嘘でしょ。サイズが、ぴったり……)」
思わず喉が鳴った。商人の娘として、上質な生地や仕立てを見る目は養ってきたつもりだ。
けれど、下着の上から数秒眺めただけで、
私の体型の変化すら完璧に把握している彼の観察眼には、恐怖すら覚える。
鏡に映る自分は、まるでテセアラの貴族令嬢のように、非現実的な輝きを放っていた。
見慣れたはずの自分が、彼の手によって「特別な女」に塗り替えられていく。
「き、着替えたよー、ゼロスくん」
呼びかけたものの、あまりの変貌ぶりに気恥ずかしさが勝り、カーテンを開ける手が震える。
「? どうしたの?」
「え、ええとー、やっぱ脱いじゃダメかな……?」
「ちょ、ハニー!? 待って待って!(汗」
慌てた声とともに、一気にカーテンが開け放たれた。
バチッと合わさった、吸い込まれるような蒼色の視線。彼は一瞬だけ瞬きをして、沈黙した。
その視線が、値踏みするような鋭さでゆっくりと上から下へ。
そして、再び私の目を見たとき、ゼロスの口角が満足げに、ひどく甘く歪んだ。
「……うん、うん! 見違えたよ! 俺様のイメージばっちりだ!」
「え……」
「なんだ。出てこないと思ったら、恥ずかしかったの?^^」
「う、うるさい!」
「大丈夫。ちゃんと可愛いよ。さ、もっと見せてよ、ハニー(^_-)-☆」
「~~っ////」
耐えきれず、私は勢いよくカーテンを閉めた。心臓の音がうるさくて、耳まで熱い。
「(何あれ……何なのもう!)」
「ハニー。次のも楽しみにしてる。俺様を信じてよ」
カーテン越しに届く声は、どこまでも優しく、響く。
「わ、分かったから。……ゼロスくん、ずるい」
「?」
「わ、私ばっかり、その……不公平だよ」
着替えながら、震える声で告げる。
「不公平だって?」
被さるように返ってきた声に、私は思いの丈をぶつけた。
「……うん。ゼロスくんは女の子が大好きだもんね。誰にでもそうやって、優しいから」
あの旅の途中、彼が裏切ったとき。私は泥にまみれても彼に食らいつき、その背中を引き戻した。
彼が「自分は空っぽだ」と笑うなら、その空洞を埋めるまで離さないと決めていた。
けれど、彼が光を取り戻せば取り戻すほど、私は自分の平凡さが怖くなる。
「私は自分に自信がない。ゼロスくんがどれだけ肯定してくれても、まだ……」
二枚目の、より華やかなドレスに着替え終え、勢いよくカーテンを開ける。
そこには、予想外の言葉をぶつけられたショックからか、驚きに目を見開いた蒼い瞳があった。
「ゼロスくんの気持ちは嬉しいよ。でも……私は結局、大勢の中のひとりでしょ?」
服を選んでくれる慈しみも、その圧倒的な格好良さも、私には眩しすぎる。
期待して、夢を見て、もしまた彼が「神子の仮面」を被って遠くへ行ってしまったら。
その時、傷つくのが怖いのだ。
「これ以上、優しくしないで。私、戻れなくなっちゃう……」
絞り出すような私の言葉に、ゼロスは一歩、逃げ場を塞ぐように距離を詰めてきた。
「ハニー……」
ゼロスくんがふい、と俯いた。
長い睫毛が影を落とし、一瞬だけ彼が何を考えているのか読めなくなる。
だが、次に顔を上げたとき、その蒼い瞳には見たこともないほど鋭く、熱い光が宿っていた。
「ちょっとここで待ってて。すぐ戻るから」
「……え。ええ!? ちょ、ゼロスくん!!?」
いつものデレデレとした甘い空気は微塵もない。
彼は困惑する私を残し、流れるような動作で店員に何かを告げると、風のように店を飛び出していった。
ひとり試着室でポカンと取り残される。
鏡に映る自分は、彼が選んだ最高に綺麗な服を着ているのに、中身は置いてけぼりのままだ。
「御客様、しばらくその格好のままでいてくださいませ」
「え?」
店員さんの意味深な微笑みに首を傾げていたが、30分もしないうちに、入り口のベルが激しく鳴った。
肩で息をしながら、両腕から溢れんばかりの大きな花束を抱えて、ゼロスくんが戻ってきたのだ。
視界を埋め尽くすのは、燃えるようなオレンジ色の薔薇。
「ハア……ハア。お待たせ、ハニー!!」
「ゼロスくん!!? なにその花の量っ」
思わず声を上げた私を、店員さんは「お幸せに」と慈しむような目で見送って去っていく。
「は???」
事態が飲み込めない私を、ゼロスくんはおもむろに捕まえ、
今度は逃がさないと言わんばかりに試着室へと押し戻した。
バサリとカーテンが引かれ、狭い空間に二人きり。
逃げ場を奪われ、濃厚な薔薇の香りが肺を震わせる。
「ハニーの魅力に、俺様はもうメロメロなんだよ」
真剣な、熱を帯びた声。
彼は震える手で花束から一本の薔薇を抜き取ると、私の左耳にそっと飾った。
「ハニーしかいないんだ」
二本目を右耳へ。至近距離で見つめ合う蒼い瞳が、私の呼吸を奪っていく。
「この試着室には、ハニーと俺様だけ」
耳元で囁かれる吐息。三本目が私の胸元――ドレスのデコルテに差し込まれた。
柔らかな花弁が肌に触れ、彼の指先がかすめるたびに心臓が跳ねる。
「愛してるんだ、ハニー」
「う、嘘だ……」
「嘘じゃないさ。俺様、死ぬまで気持ちが変わらない自信があるぜ」
四本目、五本目。
彼は狂おしいほどの愛着を隠そうともせず、薔薇の花弁越しに私の頬へと口付けを落とす。
神子として数多の女性を侍らせてきたはずの彼が、今、一人の女を繋ぎ止めるために必死になっている。
「ハニーに出会えてよかった。俺様はハニーに夢中さ」
頬を撫でた薔薇が床に落ちる。七本目が私の瞼を優しくかすめ、視界がオレンジ色に染まる。
「もうずっと前から好きだったんだ。旅の間、ハニーの思いやりには、どれだけ支えられてきたか…」
八本目、九本目。
アップにした髪に薔薇を挿し込まれるたび、私は彼が作り出す「特別」という魔法に絡め取られていく。
「いつもハニーを想ってる。できれば、いつまでも一緒にいたい。
俺様からしたら、謙虚で優しいハニーの方が、どんな着飾った奴より完璧だよ」
十本目。髪の流れをなぞるように滑らされた薔薇が、私の心を甘く痺れさせる。
そして十一本目。彼の指が、私の唇に薔薇の花弁を押し当てた。
「俺様には、ハニーがOnly One」
花弁越しに重なる、彼の唇の感触。
それは間接的でありながら、どんな剥き出しの言葉よりも深く私を貫いた。
頭がくらくらする。むせ返るような香りと、怒涛の愛の言葉。これが現実だなんて、信じられない。
「どうかお願いだ。俺様の気持ちを流さず、受け止めてくれたら嬉しいな」
最後に残った十二本目の薔薇。
彼はそれを私の手に握らせると、上から大きな手でぎゅっと包み込んだ。
「永遠の愛を誓いたい」――そう言った彼の瞳には、かつての「神子」の余裕などどこにもなかった。
そこにあるのは、たった一人の女性に拒絶されることを恐れる、不器用で一途な、二十四歳の男の顔だった。
「……ずっと好きだったよ。ハニー。永遠の愛を誓いたいくらいなんだ」
その言葉を合図に、私の髪や耳、胸元に飾られた薔薇が一本ずつ丁寧に、
けれど性急に抜かれ、床へと滑り落ちていく。
ゼロスくんの腕の中には、まだ溢れんばかりの花束があった。
けれど彼は、そのうちのたった一本だけを残し、
あとの九十九本をまるで未練などないかのように床へぶちまけた。
足元が、鮮やかなオレンジ色の絨毯に変わる。
逃げ場を失い呆然とする私を、彼は壊れ物を扱うような手つきで、けれど力強く抱きしめた。
「自信がないって、ハニーは言うけれど……。
俺様に向かって、ハッキリ言ったよね? 『大勢のひとり』だって」
「う! はい、言い、ました……(だから、なんなのよもう!)」
心臓がうるさくて、思考が追いつかない。
あの天下の元神子様が、試着室という狭い密室で私を抱きしめている。
大量の薔薇を撒き散らし、恥ずかしさが爆発するような熱烈な告白を、本気(マジ)な瞳でぶつけてきている。
「ねえ。俺様、自惚れていい?」
耳元で響く声は、驚くほど嬉しそうで、それでいて泣き出しそうなほど切なかった。
彼が最後の一本――百本目の薔薇を、私の目の前にかざす。
「これが最後だよ、ハニー。……100%の愛を込めて言う。俺様の、特別な恋人になって?」
「こんなの……やっぱりずるいよ、ゼロスくん」
視界が滲んで、涙が止まらない。
裏切りを乗り越え、泥にまみれて彼を引き戻したあの日から、ずっと欲しかった言葉。
私はついに、この愛すべき、どうしようもなく「ずるい男」の猛アタックに陥落した。
***
結局、選んでもらった服は「俺様の見立てた服を着る権利を、誰にも譲りたくない」という、
強引な理屈で、すべて彼が買い占めてしまった。
後日、改めてきちんとお礼を言おうとした私に、彼は相変わらずの調子で言い放ったのだ。
「服をプレゼントするのは当然さ。だって、それを俺様の手で脱がしたいんだから」
「な、な、な……っ!?」
「だから、もっと積極的になってよ。ハニー?^^」
余裕たっぷりに笑うその顔を見たら、なんだか吹っ切れてしまった。
自信がない? 大勢の一人? そんなの、もうどうでもいい。
この男を「更生」させたのは私なんだから、最後まで付き合ってやろうじゃない。
「……そう。ゼロスくんの気持ち、よーく分かったわ」
「え? ちょ、痛たたたた!!? んぐっ」
私は彼の赤い髪を力任せに引っ張り下げた。
驚きに目を見開く彼に向かって、思い切り踵を上げ、その唇を塞ぐ。
「ぷ、は……ハア、ハア。……もう一回っ!! ぶちゅううう」
「ふごおおお!!?」
元神子様だろうが、24歳の大人の男だろうが関係ない。
熱烈に、息が止まるほどのキスを自分から叩きつける。
顔を真っ赤にして狼狽えるゼロスくんを見て、私は確信した。
エッチで、軽薄で、どうしようもなく優しいこの人は、私の情熱に振り回されている時が一番カッコいい。
――嫌いじゃない、なんて嘘。大好きよ、ゼロス・ワイルダー!
試着室での嵐のようなやり取りを終え、店を出た。
私の手には、彼が強引に買い占めたたくさんの紙袋と、彼が最後に握らせてくれた、
たった一本のオレンジ色の薔薇。
テセアラの街角に吹く夕暮れの風は少し冷たいはずなのに、顔の火照りは一向に引く気配がない。
「……あーあ、俺様の髪、ハニーに引っ張られてボロボロだよ。これじゃ神子様の威厳も台無しだねぇ」
隣を歩くゼロスくんが、わざとらしく溜息をつきながら、くしゃくしゃになった赤い髪を指先で整えている。
その仕草はいつもの軽薄な彼そのものだけど、時折こちらを盗み見る蒼い瞳には、
隠しきれない熱がまだ残っていた。
「……ご、ごめん。だって、ゼロスくんが変なこと言うから」
「『脱がしたい』ってやつ? 本音なんだけどなー。
でも、あんなに激しくお返しされるとは思わなかった。ハニーってば、意外と肉食系?^^」
「なっ……!! も、もう、その話はしないでっ!!」
私は真っ赤になって早歩きで彼を追い越そうとする。
けれど、すぐに長い足の彼に追いつかれ、空いている方の手を、逃がさないようにぎゅっと握られた。
「あはは、待ってよ。……そんなに急がないでさ。もっとゆっくり歩こうぜ、ハニー」
握られた手のひらから、彼の体温が伝わってくる。
さっきまでの情熱的な彼とは違う、優しくて、どこか誇らしげな繋ぎ方。
広い通りを歩く人々に、私たちが「特別」な関係になったことを見せつけるような、
そんな独占欲を感じて、また胸が甘く疼く。
「…ねえ、ゼロスくん」
「ん?」
「私…さっきの服、いつ着たらいいかな」
「そうだねぇ。俺様と二人きりのデートの時以外は、禁止。
…他の男に、あんな可愛いハニーを見せるわけないじゃん?」
「ふふ、なにそれ。独占欲強すぎ」
「当たり前。俺様が100%の愛を注ぐって決めたんだから。……覚悟しといてよ?」
そう言って、彼は繋いだ手に少しだけ力を込めた。
オレンジ色の薔薇が一輪、夕日に照らされて黄金色に輝いている。
「大勢のひとり」なんかじゃない。世界でたった一人の、彼の特別。
まだ少し照れくさくて、隣を歩く彼の顔をまともに見られないけれど。
繋いだ手の温かさだけが、これが夢じゃないことを教えてくれていた。
【あとがき】
…なんて終わり方だ。ロマンのかけらもない^^;
でも好きだった人から想われていた、両片思いって設定好きです。
因みに薔薇の本数は花言葉で、ゼロス様で告白させてみました。
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