約束
『刹那を泣かせるなよ』
そう言った後、アイツは片方しか見えない目でいつもの飄々とした笑顔で『あぁ』と返事をし、約束したのを今でも忘れていない。
いや、忘れるもんか、絶対に。
それは俺の片想いだった。
最年少マイスター、と言うことだけあり、色々な意味も含まれて注目されていた刹那。
そんな刹那に並々ならぬ感情を抱き、それが恋だと気付くのにそう時間は掛からなかった。
20何年も生きているんだ。
今まで付き合った女もいる。
男に惚れるとは思わなかったが、人生何があるかは分からないことを、この世界を通じて見てきたから否定はしない。
何より、CBに入った時点で否定は出来ないだろ。
けれども、そんな恋も知った直後に玉砕確定。
それは刹那が同じマイスターで、マイスター内では最年長のロックオンと恋仲だと言うことにすぐに気づいたからだ。
それに、刹那のロックオンを見る目や顔は、いつもの固く無表情に近いものではなく、明らかに愛しい人物に向けられた柔らかく優しいもの。
ロックオンもそうだ。
アイツはマイスター内でのリーダー的存在だから、一癖二癖もあるマイスター達をまとめたりするのはもちろん、クルー達にも気を使い優しく接する。
そんなアイツが刹那の前だと普段よりも落ち着き、自分や他のクルー、マイスターとも違う優しさや、子どもの様に甘えている姿を見せていた。
俺も男だからな。
刹那のことは諦めて、燻るこの思いを自分の心の中にしまうことにした。
刹那には幸せになってほしい。
惚れた奴が幸せになることを願い、支えるのが俺が戦闘以外で最大限にしてあげられることだ。
けれども、その幸せは徐々に崩壊していく。
まずはトリニティとの抗戦で知らされた刹那とロックオンの過去、そして因縁。
ロックオンは刹那が所属していたテロ組織『KPSA』の自爆テロに巻き込まれ家族を失った。
そのためテロを憎んでいたロックオンは、刹那を撃ったらしい。
もちろん、それは外れたが、刹那自身は一切抵抗せず受け入れた。
正直、報告を聞いたときはヒヤリとしたが、ロックオンがそれを許したと知ると、改めて2人の絆の深さを思い知らされる。
本当、凄いよお前らは・・・
次に起こったのは、CBを裏切った誰かが疑似太陽炉とガンダムと似た機体を三大国に渡したことにより起こった『フォーリン・エンジェルス』
その宇宙戦1回目だ。
俺はその時、おやっさんとようやくロールアウトした支援機、GNアームズをCBの研究施設に取りに行っていた。
そしてすぐさま、マイスター達の無事を祈りながら戦闘領域に向かう。
(待っていてくれ刹那、ロックオン、アレルヤ、ティエリア)
着いた瞬間、目に入ったのは損傷したデュナメスが宙をさ迷い、ヴァーチェが敵にやられそうな所。
俺はすぐに砲撃を開始した。
ここに来るまでGNアームズを全力で飛ばしたため残量粒子は少ない。
けど、戦力であるガンダムを守るため・・・
マイスターを助けるため・・・
そして刹那を悲しませたくないため・・・
ひたすら狙いを定め撃った。
元々俺はプトレマイオスの砲撃士兼予備パイロット、つまりマイスターが病気や何らかの原因でガンダムを使えない、或いは支援機等を動かす役目を持つため、活動前はマイスターと同じような訓練をしてきた。
だから、戦闘は他のクルーより出来る。
敵が帰還命令を出し去った後、負傷したロックオンをデュナメスと共に回収。
俺はGNアームズを強襲用コンテナとの着艦作業を行った。
その際、ロックオンの症状をおやっさんから聞けば、相当酷く、幸い命に別状ないが利き目を損傷したらしい。
デュナメスの性能と今の状況を考えれば、これは結構な痛手だ。
けれど俺は、それよりも刹那が気になった。
刹那は誰よりも大人ぶっているが中身はまだ16歳の少年だ。
少年兵時代の悲惨な過去があったとはいえ、目の前で恋人が命に関わる大ケガをすれば、精神の方にかなり負担がくる。
作業を終わらすと、すぐさまデュナメスが収容されたドッグへと向かえば、そこに刹那はいた。
「刹・・・」
声を掛けようとして止める。
なぜなら、刹那が今にも泣きそうで不安な表情をしていたからだ。
あんな表情は初めて見る。
今すぐに抱き締めてやりたい、慰めてやりたい、と言う感情が溢れ出てきそうになるが抑えた。
今の刹那を慰めることが出来るのは俺じゃない、ロックオンだ。
すぐにその場から去ると、自室に戻り普段着へと着替える。
緊張状態が続いたためか、体は流石に疲労を見せていた。
一息をついていても、頭の中は刹那のあの表情でいっぱいだった。
CBに入れば、絶対の命の保障が無いのはヴェーダに選ばれたからとは言え、暗黙の了解だろう。
特に、マイスターに選ばれた刹那逹は戦闘をする立場なのでいつも死と隣り合わせだ。
だが、その中でも俺は、アイツの幸せを願っていた。
あんな辛い表情をさせるためじゃない。
そんなことを思っていれば、アナウンスでブリーフィング・ルームへと呼ばれる声でハッと我に返る。
時計を見れば時間はなん十分も経っており、すぐに向かった。
刹那のガンダムバカが移ったのか?
何十分もアイツのことばかり考えて・・・
なら差し詰め俺は刹那バカ何だろう。
ロックオンと同じ。
ブリーフィング・ルームに着くと、そこには眼帯を付けたロックオンがいた。
今ごろ医療カプセルの中にいる筈のコイツがどうして・・・
すぐに隣にいるリヒティに聞けば、落ち込むティエリアのため、そして今の戦力を失わないために治療を止めたらしい。
戦力のことはロックオンらしいと思ったが、ティエリアのためと聞いたときは一瞬腹がたったが、すぐにその言葉の裏に『刹那のため』と言うのがあることに気付く。
現に刹那の方を向けば、いつもの無愛想に戻っていた。
あのあと、ロックオンに何か言われたのだろう。
とにかく、元に戻って良かった。
その後、始まったブリーフィングで、刹那が地上に降りることになる。
ガンダムが何のためにあるのかを確かめるために。
その際、心配なのかロックオンも一緒に行くと言い出したが、俺がそれを止めた。
「怪我人は引っ込んでろ。」
「ラッセ・・・」
まさか俺がそんな事言おうとは思わなかったらしく、ロックオンは驚愕の表情で見てくる。
事情を説明すれば、渋々と言った顔で納得した。
ただ、その際に小さな舌打ちが聞こえた気がするが無視することにする。
刹那に先にエクシアに乗り待機してほしいと伝えた後、俺は展望台へ向かう。
そこにはミーティング後、呼び出していたロックオンがいた。
「悪い、待たせたな。」
「いや。それで何だ?ラッセから呼び出しなんて珍しい。」
「別に、対した話じゃない。刹那を待たせているから用件だけを言う。」
「てめっ嫌みか!?」
もちろんロックオンの言う通り嫌みだ。
だが、それは内心で言い放つ。
実際には、今すぐにでも行きたがっているアイツを待たせているのだから、俺としては早く終わらせたい。
「ロックオン、お前はしっかりしている様で、肝心な時にしっかりしていない。」
「ちょ、ラッセ、今日はまたエラく言うな・・・」
「黙ってろ。話続けんぞ。」
いつも以上に真剣な表情をしている俺を見て、先程までのふざけた表情は無くなり、ロックオンは大人しくなる。
「だからこそ、いざと言う時のその行動で、大切なもんを、お前自らの手で失うはめになるぞ。」
「何がいいたい?」
「・・・刹那を泣かせるなよ。」
「・・・」
「お前も気付いている通り、俺は刹那が好きだ。だが、お前とは恋仲だと言う事も知っているし、周囲の奴等と違い、間に入るつもりはない。」
「・・・」
「けどな、好きな奴が悲しんでいるは嫌なんだよ。相手が原因でなら尚更。」
「・・・」
「だからこそ、刹那を泣かせるなよ、ロックオン。泣かせたら絶対許さねぇからな。」
「あぁ、分かったよ。」
互いの表情が元に戻る。
そのあと『なら刹那にも言ってやれよ』『そうだな』と簡単な会話を済ませてから、一息着くとすぐに待たせている刹那の元へ向かった。
しかし、その約束はあっという間に破られた。
地上から帰還する際、刹那の落ち着いた表情と少し見いだせた答えに、以前よりも成長したなと思いた矢先だった。
プトレマイオスが連合軍に襲われた事が通信で入る。
そして負傷したロックオンが出撃してしまったことも・・・
それを聞いた後、嫌な予感が脳裏を掠めた。
それはどうやら刹那もらしく、一瞬表情が強張った。
宇宙へと出た後、刹那はトランザムを使用しロックオンの元へ向かった。
そして嫌な予感は的中し、それは最悪のものとなる。
刹那の目の前で、手が届きそうな少しの距離で、アイツは爆発に巻き込まれた。
普段は感情を表に出さない刹那が、ロックオンの死に直面し、泣き叫んだ。
悲痛なその叫びは、刹那の心の叫びでもあるかの様で・・・
各々が悲しみにくれる中、俺だけはロックオンに対して内心で怒りを覚えた。
「バカ野郎・・・だから言っただろう・・・大切なもんを失うって・・・お前が手放したら、アイツが・・・刹那が悲しむだろ!」
簡単に約束を破り、刹那を泣かせたアイツを、俺は絶対許さない。
例え刹那自身が許したとしても・・・俺は決して・・・
end
後書き
ラッセさん独白文でした。
ラッセさんは、クルーの中では本当に真面目で大人な人ですよね。
だから、周りが刹那刹那言ってても、特に気にせず普通に返したり、好きになっても相手がいたら潔く諦めると言うイメージがあります(^_^)
そして、結構クルーの中では、刹那の側にいたりすることも多く、また話する事も多いです。
ぶっちゃければ、1期ではアレルヤやティエリアより多い気が・・・
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