好きにはTPOが必要
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友人と雑談に花を咲かせつつ、階段を登る。聞き慣れた声の主からの挨拶に、反射のように「かっこいいですね、」と返事をした。まだ予鈴まで余裕があるけれど、足は立ち止まることなく次の教室へ向かっていた。
「……なんかあったの?」
あまり先生のことは話していない子なのに、違和感を覚えたのか心配そうな声色で聞かれる。
「なんでもないよ」
「そう?なら、いいけど」
どこか納得していない表情も、次の話題に切り替えればすぐに消えた。
そう、なんでもない。さらりと浅くなぞるだけの好意が、生徒として正しい感情のはずだった。
不適切な想いは、いらないから。
淡々と過ぎていく日々。世界の色彩が少しくすんだ気がする。センチメンタルでめんどくさい女だと自覚しながらも、何も予定のない連休を過ごした。たったの四日で崩れた生活リズムに、連休あけの学校は地獄だろうな、と月並みな心配をする。
「これ、理科室に持っていってくれる?お願いね」
先の心配事はなんだかんだ当日の自分がどうにかすることがほとんどで、例に漏れず私もそうだった。怠く重い身体を引きずりつつも登校し、いつの間にか下校時刻。いま、気がかりはHRで担任から頼まれたノート提出だけ。
——正直、一番行きたくない場所だった。感情の整理も、何もかもできていなくて不在であることを願うばかり。ただ、こういうときに限って最悪を引き当てるもので。
ガラガラと立て付けの悪い扉を開けた瞬間、白衣を着た見覚えのありすぎる姿。遅れて出た失礼します、の挨拶にパイプ椅子を引いた先生。無視して抱えたノートを置いていこうとすれば、腕の中の重みだけ持ち去られ半ば強制的に座らせられた。
沈黙が気まずい。人のことをいえる身ではないものの、連休明けだというのに濃いクマができているのは生活習慣どうなってんだ、と現実逃避でしかない呟きを心の中で零した。せっかくゆとりのあるつくりになっている理科室なのに、なぜか授業時一番前の席よりもずっと近い距離で向かいあっていて、誰かに頼めばよかったと遅すぎる後悔。
「結局、俺のことはどういう好きなの?」
唐突に、低い声が心臓を揺らす。強調された二文字に、今までとは比にならない速さでドクドクと鼓動が鳴った。利口じゃない頭は、すぐにでも恋やら愛に結びつく返答を、声にしてしまいそうで。
本当にそれでいいのか、そもそも先生はなぜこんな質問をするのか。頬杖をつくその瞳を覗き込もうと、意図は読めそうにない。ふざけて聞かれたあの時から真剣になってはいけないと、必死に距離を置こうとした間の努力が私の返答によってすべて、無駄になる。
異性として強く揺れ動いた心が、返事を、しかけた。声にならなかったのは、黒のカーテンが開いた窓の外に人影が映ったから。一文字目で止まって、視線が逸れたからか先生も同じ、生徒達を眺めている。
騒いでいる彼らが通り過ぎたあと、冷たくなった空気の中ぽつりと零した。
「……ごめんなさい」
ああ、そうだ。意思が変わろうと、世間の目は変わらない。
◇
顔も見たくなかった。一人の人間にここまで乱されることは初めてで、対処法も知らない。白衣の端が視界に映るだけで痛む胸など、どうしたらいいのかわからなかった。幸いにも担任でも教科担当でもない先生だったから避けようと思えばいくらでもやりようがあって、視界に入れないことで何も思い出さないよう、蓋をした。
ただ、悲しいことに先生としてもつ権利……呼び出されてしまえば、心情などかかわらず向かうしかないのが生徒。嫌ですと何も知らない担任に言ったところで、余計に拗れるだけだった。
無機質な理科室とは違う、通常教室。
「俺のせいでしょ」
静かな声が、しまい込んでいた感情を波立たせる。
「なんのことでしょう」
震えそうな声を抑えつけて、感情の乗らない声を響かせた。
「そんな表情してる子、放っておけるわけない」
噛み合わない会話。紛れもない呼び出しの理由に、唇を噛む。知ってる、結局私は生徒で、今も先生としての立場で罪悪感でも湧いているんだろう。
「そんなかっこいいこと言えるんですね」
久しぶりに発した褒め言葉に、意識の外でどこかが痛んだ。
「はぐらかすなって」
低い牽制に、ぞくりと変な感覚。私が体験したこれまでに、雑で直球な声掛けはなかった。
「生徒として心配してるなら、大丈夫ですよ。元気ですから
」余計な一言は、ここから先に踏み込むなら先生ではない、一人の男性であってほしいなんて身勝手な願いだった。
「生徒として、じゃなくて梨音を心配してるんだけど」
私の言葉をそのまま反復され、強く否定される。そんな答えは予測していなくて、あふれそうだった目頭の熱が、限界を迎えた。
「……梨音は、俺のこと教師としか思ってない?」
「なんで、そんなこと聞くんですか」
空気が、痛い。
「責められるのは、先生じゃないですか、」
とめどなく流れる涙が、ただでさえ苦しい胸を締め付けた。
「YesかNoで答えて」
「俺のこと、好き?」
散々、醜態を晒して叶わないのだと伝えたはずなのに、はっきりと目を合わせて聞かれる。もう、こんなに辛いのは嫌で、断ってくれれば楽なのかもしれないと、頷いた。
「心配しなくていいよ、あとは俺がどうにかする」
水滴で焦点が合わない。意識もここじゃないどこかへ飛んだままよくわからない返事をした。
◇
「あのとき、半信半疑だったんですけどね」
ソファに投げられたリモコンで録画番組をさがす。
「半信半疑どころか100%疑ってたでしょ」
呆れたように後ろから腕を回す彼に、苦笑いで誤魔化す。
「いまも好き?」
もちろん、そう返すとともに唇が塞がれる。小さく響いたリップ音はまだ恥ずかしくて、抱きしめているクッションに力を入れた。
「……もうそろそろ、許してくれてもよくないですか?」
「え、何のこと?」
「一回断ったじゃないですか、それの仕返しだと……」
「違うけど」
「へ?」
間抜けな声が漏れる。何度も確認されるのはあの日窓の外を見て飲み込んだ言葉のせいだと、そう数ヶ月思っていたのに。混乱と困惑混じりに話せば、全然違うとばっさり言われた。
まさかずっと勘違いしてたとは、と気まずそうな声を出す彼。ずっと張っていた糸が切れたように抜けた力、ついでに聞こうと「じゃあ、」と気になる疑問をぶつける。
「なんで毎回好きか聞くんです?」
めずらしく行き場に迷うような、そんな視線が交差する。言いづらそうに困った瞳を向けられても、察しようがなかった。
「好きな子に、好きって言って欲しくて何か悪い?」
やけに強気な声が、しぼんでいく。背けられた顔は見えないけれど髪の間から覗く耳は紅く染まっていて、喉から変な声が出そうだった。
ぎゅっと締め付けられる胸は、愛によるもの。