光はある
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「駅ってこっちでしたっけ?」
ふと、居酒屋の光を後ろに迷わず足を進める先生に確認すれば、あー、と突拍子もなく低い唸り声。いまいち噛み合わなくなりだした会話に、失礼とは思いつつも携帯を取り出せば不快そうに
「反対側かも」
と方向を変え歩調を早め出した。
脚の長い先生がこちらを見ずに歩くと、歩幅が違いすぎて早足になる。徐々に追いつかなくなってきて、さすがに伝わるほど息が切れれば今度は気遣われすぎて遅めのペース。わがままかもしれないが、時間が刻一刻と迫っている手前駅のホームが見えてきたら小走りさせてほしかった。
それを許さないのは、腕を絡めだした先生。体育理論を語りつつ
「あと三分なんです」
と訴えを無視する姿に、不安をおぼえる。
これ以上ないもどかしさを感じつつ、やっと階段を上がったとき、いつかの日を思い出す声が響いた。
「香月さん」
もうすぐそこに音を立て停車した電車があるのに、腕を離す気配はなくて、指の先まで絡めとられる。触れ合った指先がじんわり暑いけれど、いまはもしかしてこのまま離さないんじゃないか、焦りで背中を流れる汗に気が向いていた。
「また今度どこか行きましょう?」
次の約束をしてしまえばこの手は離れるのでは、と手当たり次第に提案するものの、届かずに空回り。いよいよ電車は出発のアナウンスを流していて、ちらりと顔を見た運転手さんがこちらを窺う。
ぺこりと頭を下げ、無理やりにでも行こうと力を入れれば、するりと腕が抜けた。解放された身体を動かそうと足を踏みだす、はずが後ろから急激に加わった力と暗くなった視界に間抜けな声が出た。慌てて着いた足は支えられることでなんとか地べたに座ることなく立ち止まっていて、元凶が腰にその長い腕を回している彼なことは明白だった。
「終電、行っちゃったね」
あの日の比じゃない、振動が肌に伝わるほどの距離で囁かれる。全身がぞくりと震える低い声は、確実に心臓を揺らした。例えるなら、砂糖を注ぎ込まれたように甘く、抗いようのない本能的な感情。
他人事を装う口調とは似合わず、顔の角度を変えられ視界に映る彼の表情は喜びを表している。首元に触れる筋張った手が、男女としての立ち位置を思い起こさせるように喉をなぞる。表面の硬い皮膚が肌に当たるたび、意図せず息が止まる。今この時間は彼が上なのだと、逃れるなどという選択肢は存在しないのだと理解させられた。
ベッドの上でなくたって、私は彼を、性を含め最終的には受け入れるのだと教えられる。実際、終わりの見えない悪戯な弄びに終止符を打ったのは、夜の誘いを口にして〝須藤先生〟ではなくなった一人の男性。
「ねえ、梨音ちゃん」
「俺の家、行こうか」
彼が導くその先には暗闇しか広がっていない。光らしきものはあっても、居場所は暗がりのなか。踏み込んでは一瞬で染まってしまうと想像できていた。
それでも、頷くことしかできない。もう、忍び込んできた手を、包み込んでしまおうと企む想いを、すべて振り払えるほど強い意志は消えてしまった。
——駅の照明が落とされた。視界が感覚を失うほどに闇しか見えなくなっても、触れ合う熱は残り続けている。