光はある
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光がなければ生きられない、暗闇にいては不安が募る。
当たり前のことだが、教師である自身が光だと思うそれが一人の生徒だということは、夢であって欲しかった。
一生徒に感じるには少々特別で異質なそれを、理性なんかでは抑えられなくする彼女。眩しすぎる光は、性質上、暗がりをつくりだしてしまう。
「卒業生徒106名、起立」
立ち並ぶ正装姿は、荘厳な式にふさわしい。次々と呼名され、自分の番が近づいてくるほど心臓が早く脈打つ。
——香月 梨音。凛とした声が名を呼ぶ。これが、最後。感慨深くなる、ノスタルジックな気持ちを発散させるように、はっきりと声を上げた。
桜は満開。連日の夏嫌いには過酷すぎる気温も許せるほど、綺麗な淡いピンクが咲いていた。卒業式日和なんて言葉はないけれど、澄んだ青空を見上げると自然とそんな言葉が出てきた。
卒業おめでとう! 人の縁に恵まれているのか、かけられる声の主は涙ぐんでいて、別れを惜しみつつもこれまでを振り返って旅立ちを祝ってくれた。大学試験に合格した今だからこそ、全てが嬉しくてこれからが心の底から楽しみだった。
ありがたくもお世話になった人達に揉まれていれば、一息ついた頃にはほとんどの卒業生が挨拶を切り上げ車に向かっていた。私もそろそろ帰ろうか。外せない予定と重なってしまい、迎えくらいしかできないと謝っていた親に連絡を入れようとスマホを取り出す。
緑のメッセージアイコンをタップしたところで、後ろから声がかかった
。
「ん、香月さん。ちょっと話そう?」
担任ではないものの、何事にも親身になってくれるため話す機会が多かった先生。色々な生徒が集まるこの高校で、誰にでも優しいというのはそれだけで心を絆される理由になった。
「あっ、須藤先生! 探してたんですよ」
誰も見かけていない上に、卒年次生を担当しているわけではないため諦めようかと思っていたところだった。願ってもいない誘いに、大きく頷く。
ただ、表情が曇っていることが気がかりだった。いつ見てもアーモンド型のくっきりとした瞳を細めて、口元を綻ばせて癒しとなっている先生が、今は笑顔の影もなく伏目になっている。
先生だって人間なのだから、そういう日だってあるのだろうけど。心の中でつぶやくだけでは収まりそうにない不安が、言葉を迷わせた。
卒業なのだから無難に挨拶をするだけで終わるはずなのに、異質な雰囲気を放つ先生にどう切り出せばいいのかわからなくなって、口を開かずに言葉を探す。流れる沈黙が、よりいつもと違うことを感じさせた。賑やかなのが好きといっていた口は開かれる気配がなく、じっと私を見ている。
「ね、今日で卒業だね」
唐突に、しかし地についた確かな低音が、耳をくすぐる。踏みこまれた一歩は、体育科の長身による一歩だった。近くも遠くもない距離が、悪戯に縮められる。ばくり、跳ねた心臓が、嫌な予見を引き起こさせた。息遣いがそれとなく感じられる近さ。同年次生であればどうも感じないというのに、するりと髪に通された指と相まった瞬間、ぞわ、と快いとも悪いともいえない緊張に鳥肌を立てた。
弄んでいるように見える、黒髪を撫でる様子は返答を急かしているようにも思えた。
「……そうですね」
今日で卒業だというのに先生と厄介な駆け引きなんてしたくなくて。早く興味をなくしてくれ、とささやかな思いは即座に切り捨てられた。
「何か、言うことない?」
爽やかな匂いが近づく。イメージとは反対に、執念深いようだ。……あくまで私は一生徒のつもりで、そんな知識はいらなかった。瞬きのたびに上下する睫毛が長いだとか、首元まで上げられたジャージのファスナーが機能しない距離では喉仏の上下がわかりやすいだとか、視覚から否応なしに入ってくる情報は、べつに求めていなかった。
——シラを切ろう。潔い決断は、恋愛経験やらがない高3にしては優秀な選択だと思う。私はとにかく鈍くて、先生や大人を信頼している健気な生徒。だから万が一にも教師が生徒以上の感情を抱く可能性なんて一ミリも考えていない女の子なのだ。
「お世話に、なりました」
途中で詰まったがこのまま、何もわからない、察することなどないと首を傾げ、とぼけていれば知らぬ存ぜぬで帰れそうな気がした。
「違くて、」
呆れを隠そうともしない先生は、私が知る姿とはもうずいぶん離れていた。
須藤先生は生徒の腰に手を回したりなんかしないし、鼻先が触れるほど顔を近づけない。加えて、卑怯やら狡猾なんて言葉とは無縁の人だった。「立場的にさ、卒業生からがいいんだけどなあ」目の前にいる男の人は、口調こそ須藤先生だけれど、目つきも声も射抜くような鋭さで思考を揺らがせた。
でも、知っている先生じゃないからといって、先生を彼とは呼べないし、呼ぶ気もない。返事は、案外悩むことなく出てきた。
「やっぱり、ダメだと思うんですよね」
先生の瞳は、暗く、沈んでいた。