悪戯とアルコール
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「暇なんすよ、」
ぐい、とレースの袖を掴んで引き止めてきたのは、耳にかかった金髪を揺らす男性。
ぱっと見二十代前半で、ただ大学生にしては時期特有の明るさがみえない、不思議な人。
ナンパの類に入るのだろうけど、彼からは下衆な雰囲気は感じられない上、暴力的な内面も想像できない。
人違いというわけでもなさそうで、じっと私の返答を待っている。
”面白そう“だなんて、治安の良さにぼけた思考で
「暇つぶしでもします?」
と出した声に、くしゃっと表情を崩して手を引く彼は、やはり悪人とは到底思えなかった。
声かけに応じても保たれた一定の距離。詰める気は一切ないように思えて、後ろ姿をじっくりと観察した。なんなら注ぐ視線に鬱陶しさを感じていたような、そんな気もする。
階段を上っていく彼にそのまま着いていけば、曲がり角を超えた途端喧騒に包まれる。
席に案内される間、厨房から覗いた、スタッフの後ろから指示を飛ばしている30代後半ほどの男性と軽い会釈を交わした彼。
あ、店長と繋がりあるんだ、なんて思っているうちに、簡易的なパーテーションで区切られた空間に通される。
設置されたカーテンをくぐれば、外から見えた印象よりも個室空間に近くて、先程からの情報量の多さに働きっぱなしだった頭が一息つけた。
「ご注文はタッチパネルでお願いします」
サービスの水とおしぼりを置いてテーブルを離れる店員。
さっそく慣れた手つきでタブレットを操作する彼は、何を頼んでいるんだろう?
疑問に答えるように、注文完了の音声が流れてから1分と経たずして運ばれてきたのは、二つのジョッキ。
それは、ソフトドリンクの炭酸とは違う、少なくとも未成年の目には同じビールに見えた。
「え、あの」
戸惑っているうちに先ほど感じた距離はどこへやら、肩が触れ合う距離に詰めてきていた。 初対面の丁寧さ——今では信頼感などゼロに等しいが、確かに感じられたはずの常識感はかけらもない。崩れていた申し訳程度の敬語は影もなく、会って数十分の距離感ではなくなっていた。
「ほら、飲んで?」
理由も動機も何もわからないまま手を添えられ、ジョッキの取っ手を掴まされる。緩やかな空気で行われようとしているこれは紛れもなく犯罪で。
後ろ手に構えようとした110番通報は事無げに取り上げられ、彼のポケットの中。
唇を固く結ぶ力を少しでも緩めれば、押し付けられた飲み口から簡単に液体は流れていくだろう。
なぜ酒を飲ませてくるのか、何が目的なのか。
聞きたいことは山ほどあるのに、目と鼻の先にある金色の液体が口を開くことを許さない。
焦れったいというように強くなってきた力と、顰められた表情。どうにかしてこの状況を脱せないのか、そう考えていたときに背中に回された手に、一瞬、気を取られてしまった。
不意に傾いたジョッキ。渇き切った口内にまだ経験したことのない苦味と、そのまま反射的に飲み込んでしまい喉に残る炭酸に大きくむせる。
「あ〜あ、飲んじゃったね、」と無理矢理飲ませてきたくせに、罪の意識を煽るように呟く彼は意地が悪いどころの話ではない。
押し寄せてきた不安と、わざと目を合わせて口角を上げる彼への苛立ちは、ぐっと身を近づけ、耳元で呟かれた言葉ですぐに消えた。
いや、それどころではなくなって思考が止まった、という方が正しいかもしれない。
「ねぇ、もっと悪いことしようか。たとえば、気持ちいいこととか」
罪の囁きから、逃げることはできるのか__。