三部・花京院
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花京院はある意味、特殊な人間だった。
普通の人間には見えないものが見える。
普通の人間にはできないことができる。
たったそれだけのこと、それだけの違いなのに。
しかし、まだ年端もいかない花京院にとって、これほど深刻な問題はなかっただろう。
唯一の肉親にさえ理解して貰えないというのに、ましてや友人など…。
精神的な孤独。
これによりもたらされたわだかまりは、いつしか彼の心に、他人と距離を置くための、目には見えない溝を作ってしまっていた。
表面上は何ともないようにも見えるが、この17年間もの間、彼が水面下で働く負の感情から開放される兆しはまだ、ない。
場面転換。
某日、昼下がりの廊下にて。
よくあるベタな展開だ。
レースがあしらわれた真白いハンカチを見つめながら、花京院は思う。
花京院が、今しがた拾い上げたばかりのそれを渡そうと振り返れば、持ち主の女子生徒はもうすぐ廊下の角を曲がろうとしているところだった。
細い脚の見た目にそぐわない速さだ。
遠目に見ていて、私物を落としたことに気がついた素振りを見せないので、あのまま角に消えるだろう。
だが声をかけようにも距離があるし、大声を上げるほどのことでもない。
花京院としては、走ってわざわざ追いかけるのも気が進まなかった。
・・・このままそっとしておいてしまおうか。
クラスメートならまだしも、彼女とは何の面識もない、完全な赤の他人だ。
ハンカチは落とし物として職員室へ届けておけば、あとで引き取りに来るかもしれない。
これが一番、関わらずに済む方法ではないだろうか。
「そうだ」
ふと花京院は閃いた。
他に通行人がいない今なら、花京院の「友人」が自分の代わりにハンカチを届けられるじゃあないか、と。
曲がり角というのはちょっとした死角だ、そこを狙えばいい。
そうすれば彼女を追いかけなくていいし、職員室にわざわざ足を運ばずに済む。
実に好都合じゃないか。
「ハイエロファント・グリーン・・・」
花京院が呟けば、彼の左半身が波打つように揺らいだ。
次の瞬間、幽体離脱をするかのようにして誰の目にも見えない友人、ハイエロファント・グリーンが音もなく現れた。
肌の部分が緑色に煌いており、例えるなら、光ったメロンだと誰かが言いそうな変わった風貌をしているが、決して見くびってはいけない。
彼の実力は折り紙つきである。
「このハンカチを彼女のポケットに戻すんだ」
ハイエロファント・グリーンは自身の腕をひも状に解くと、その一本をぐんと先まで伸ばして女子生徒のあとを追いかけた。
そして気がつかれないよう、細心の注意を払いながらポケットにハンカチを滑り込ませると、何事もなかったように体を元に戻してその場から姿を消けした。
これにて一件落着というやつだ。
さて、次の授業が始まる前に教室へ戻ろう。
教師にたしなめられて、妙に注目を浴びるのだけは御免だ。
思いながら、花京院は踵を返した、その時だ。
あれほど聞こえてきていた軽やかな足音が、曲がり角の向こうでぴたりと止んだ。
・・・・・・ハンカチをポケットに入れたことに気づかれたのか?
花京院の胸中に一抹の不安が過ぎった。
スタンドの操作に関しては精密さに長けている花京院だったが、相手に気づかれてしまったのでは意味がない。
三秒、いや五秒だっただろうか。
いや細かいことはいい。
とにかく、足音の主が踵を返して、元来た道へ戻ってこようとしている気配がするではないか。
これには花京院も少々焦った。
今、この廊下にいたのは自分と彼女の二人だけだ。
イコール、このまま鉢合わせてしまえば、さっき起こったことを不思議現象として問われるのは完全に自分でしかない。
親切のつもりが、かえって裏目に出てしまったらしい。
やはり、あのハンカチは落し物として届け出るべきだったのだ。
・・・彼女には悪いが、話しかけられても何も知らないふりをしよう。
この状況を切り抜けるには最も無難で、安全策だ。
身から出た錆だが致し方がない。
それに、仮に説明するにしても、そもそもが、「人の目に触れない存在がいることを前提」とした話だ。
どう熱心に説明しようとも、こんなことを信じて貰えるわけがない。
下手を打てば状況が悪化するのは、そう遠くない過去に、うんざりするほど経験済みだ。
花京院は素知らぬ体で、至って普通の通行人を装って廊下を歩き出した。
「やっぱりそうだった」
背後から声をかけられるまでは。
「花京院くん・・・だよね?隣のクラスの。改造制服着てるから、すぐに分かっちゃった」
意外と目立つんだよね、それ。
花京院は自身の制服をちらとだけ見て、女子生徒に視線を戻した。
どうしてだか女子生徒は得意気に、にひ、と効果音がつきそうな笑みを浮かべた。
何故、僕を呼び止めた?
何故、笑っているんだ?
それに、やっぱり、とはどういう意味だ?
複数の疑問をない交ぜにしながら、それらを尋ねることはせず、花京院はやはり、何も知らない風を装うことにした。
「僕に何か用ですか?」
花京院が素っ気なく尋ねると、女子生徒は、スカートのポケットがある部分をポンと叩いて、「ハンカチ、さっきはありがとう」と言った。
「僕は君のハンカチなんて知らない。もういいかな?チャイムが鳴るまでに、次の教室へ入っておきたいんだ」
「ねえ、あたしにもいるよ。その、見えない友達っていうの?」
「・・・・・・何の話だい?君の、妙な妄想に付き合うつもりはないぞ。君だってここの生徒だろ、次の教室に早く行くんだ」
「信じられないんでしょ。でもきっと、信じてくれるようになると思うなァ~。これを見れば・・・さっ!」
女子生徒が指をパチンと軽快に鳴らすと、花京院のすぐ鼻先に、小ぶりな花束が突如として現れた。
「・・・花だって?」
驚いた花京院が花を凝視するより早く、花束は落下し、慌てて掴み取った彼の手元に収まった。
薄手の黄色い包装紙の中ではピンクの花々が咲き乱れている。
それらは、今さっき切り取られたばかりのように瑞々しい。
なにか信じられないことが起こっている。
「そう。可愛いでしょ?ゼラニウムっていうの、それ。ちなみに花言葉は信頼、ね。っと、優等生くんなら知ってたかな?・・・・・・もしもし?あたしの話、聞いてる?ねえってば!」
「・・・・・・信じられない・・・」
そう、信じられないのだ。
女子生徒との距離は、1メートル弱は離れている。
それなのに、どうやってこいつを僕の目の前に差し出したっていうんだ?
花束を差し出す瞬間も、根元を握る手も見えなかった。
手品師にしては即興すぎるし、手品のタネを仕掛けていた様子は微塵も感じられなかった。
それに非現実的すぎる。
いや、逆に考えてみるんだ。
自分が置かれている状況下を考慮すれば、非現実的であるからこそ信憑性があるのではないだろうか。
花束から女子生徒に視線を移した花京院は、これまでに感じたことのない気持ちを抱き始めていた。
もしかしたら彼女は、本当に、「そう」なのか?
君も、僕と、「同じ」だと言いたいのか?
疑り深く相手を観察する思考の反面で、花京院の疑念は確信に変わりつつあった。
だが、過去の経験が身体に染み付いているせいで、どうしても素直に認めることができないでいる。
・・・からかわれているだけなのかもしれない。
これが真実なら、どんなに良いだろう。
しかし、万が一にでも悪戯であったならば、僕は今度こそ他人が信じられなくなってしまいそうだ。
決定打が欲しい。
花京院は強く思った。
「すまないが・・・僕は、君のことを信じることがまだできない」
「・・・ふうん。ここまでやらせておいて、まだ信じられないんだ?欲張りなことを言うじゃない」
改めて声に出したところ、女子生徒はショックを受けた様子で、仁王立ちになって腕を組んだ。
「僕は確信が欲しい。・・・だから見せてくれないか、君の言う友達とやらを」
「あ、そっか、そうだった。あたしは遠目から、あんたの緑色した友達を見たことがあるから良いけど、あたしは滅多なことじゃ呼ばないから、見たことないのも仕方ないか」
「当てずっぽうじゃあないだろうな」
「あのさ・・・かなりの人間不信っぷりじゃん。まあ、なんでもいいや。早い話が、あたしの友達を見せろってことでしょ?だったら、お互い時間もないことだし、早いとこお披露目といきましょうかね」
女子生徒の姿がぶれて見えた。
「そういえば、自己紹介もまだしてなかったっけ。お互い、殆ど接点ないから会話も今日が初めてだし、この際だから名乗っておこっか」
男らしく親指を自身に向けて、女子生徒は快活に名乗った。
「あたしは秋山 イサミ。んでもって、こっちはシークレット・マジシャン!」
朗らかに、パンパカパーン!と効果音を口にしながら、彼女は手の平をそいつに向けて紹介した。
普段の花京院であればアホらしいと流してしまいそうなノリでも、この状況だけに限っては正直、心が躍った。
「どう?これで信じる気になった?」
宙に浮かぶ、手品師そのものの姿をしたシークレット・マジシャンは、顔が銀のマスクで隠れていて、表情はうかがえない。
片手に持っているステッキを慣れた手つきで回すと、愛想笑いを浮かべる代わりに、シルクハットをちょこっとだけ持ち上げて軽い挨拶をした。
「ああ…。信じるさ…!」
この日を境に、花京院は孤独ではなくなった。
そうして、早くも一ヶ月が経った頃。
友達と呼べる関係になった二人はよく放課後に待ち合わせをし、たまに買い食いをしては公園でくだらない会話をし、暗くなるまで遊び尽くす日々を送っていた。
それでいて、実に三年ぶりに訪れる夏休みに浮き足立つ生徒が増えるこの時期、例の二人もご多分に漏れず、待ちに待った長期の休みに浮つきっぷりを隠せないでいた。
特に、ちょっと気を抜けば、風船のように飛んでいってしまいそうなのが秋山の方だ。
「夏休みを利用して、家族旅行でエジプトに行くことになったんだ」
そんな中、花京院が打ち明けた話に、秋山は内心、ちょっとばかし気落ちした。
夏休みを利用して遊び倒そうと思っていた矢先にこれだ。
せっかくの計画が出鼻をくじかれたことを内心、感づかれないように隠しこんで秋山は、へえ、そうなんだ?と落ち着き払った声で返した。
「お土産を買ってこようと思うんだが、どんなものがいいか教えてくれないか」
「うーん、そういうのは花京院くんが決めてくれなきゃ意味がないんじゃない?ほら、サプライズ的な意味でさ!どじゃ~ん!みたいな?」
「その例えはどうかと思うけど・・・。じゃあ、好きなものを選ばせてもらうよ」
「とびっきりのやつを、ね!あーあ、夏休みが開けるのを楽しみだなァ~・・・なんつって」
「まだ始まる前じゃないか・・・」
秋山の心境を露も知らない花京院は、友達のためにお土産を選ぶという初めての目的に、心が躍ってばかりいた。
日常の何気ない会話が、こうも幸せだと思えるとは。
そして迎えた夏休み。
このたった数日後に、幸か不幸か、彼はもう一人の友人を得ることとなる。
「秋山さん。これはね、君のために貰ってきたんだよ」
「花京院くん・・・なんか、様子が変なん・・・ッア!?」
例えるなら、プロポーズで相手に指輪を捧げる時のような、そんな神聖な気持ちで花京院がケースを開くと同時に、中から飛び出した肉の芽がイサミの額に躊躇なく突き刺さった。
頭蓋骨を掘り進む嫌な音がイサミの鼓膜を支配する。
抵抗する間もないままに脳の中枢格へ深く、深く骨芯を突き刺された彼女は大きく痙攣した。
イサミはこれまでに体験したことのない、例えようのない、よもや激痛としか呼べようのない痛みに声を上げることすらできないまま、力なくその場で崩れ落ちた。
そして何度かのたうち回った後、定まらない視線の先で、元凶となる人物が落ち着いた眼差しでその様子を傍観していた。
花京院は興奮冷めやらぬやらといった雰囲気をまといながら、エジプトでの運命とも呼べる出会いを思い返したのか、恍惚とした表情を浮かべている。
そうして、神に讃美歌を捧げる純朴な青年のような気持ちでこう諭すのだ。
「エジプトにいる彼と会うといい。彼は安心をくれる。きっと君の人生も変わるだろう・・・・・・このぼくのように」
君にも救われてほしいからね。
普通の人間には見えないものが見える。
普通の人間にはできないことができる。
たったそれだけのこと、それだけの違いなのに。
しかし、まだ年端もいかない花京院にとって、これほど深刻な問題はなかっただろう。
唯一の肉親にさえ理解して貰えないというのに、ましてや友人など…。
精神的な孤独。
これによりもたらされたわだかまりは、いつしか彼の心に、他人と距離を置くための、目には見えない溝を作ってしまっていた。
表面上は何ともないようにも見えるが、この17年間もの間、彼が水面下で働く負の感情から開放される兆しはまだ、ない。
場面転換。
某日、昼下がりの廊下にて。
よくあるベタな展開だ。
レースがあしらわれた真白いハンカチを見つめながら、花京院は思う。
花京院が、今しがた拾い上げたばかりのそれを渡そうと振り返れば、持ち主の女子生徒はもうすぐ廊下の角を曲がろうとしているところだった。
細い脚の見た目にそぐわない速さだ。
遠目に見ていて、私物を落としたことに気がついた素振りを見せないので、あのまま角に消えるだろう。
だが声をかけようにも距離があるし、大声を上げるほどのことでもない。
花京院としては、走ってわざわざ追いかけるのも気が進まなかった。
・・・このままそっとしておいてしまおうか。
クラスメートならまだしも、彼女とは何の面識もない、完全な赤の他人だ。
ハンカチは落とし物として職員室へ届けておけば、あとで引き取りに来るかもしれない。
これが一番、関わらずに済む方法ではないだろうか。
「そうだ」
ふと花京院は閃いた。
他に通行人がいない今なら、花京院の「友人」が自分の代わりにハンカチを届けられるじゃあないか、と。
曲がり角というのはちょっとした死角だ、そこを狙えばいい。
そうすれば彼女を追いかけなくていいし、職員室にわざわざ足を運ばずに済む。
実に好都合じゃないか。
「ハイエロファント・グリーン・・・」
花京院が呟けば、彼の左半身が波打つように揺らいだ。
次の瞬間、幽体離脱をするかのようにして誰の目にも見えない友人、ハイエロファント・グリーンが音もなく現れた。
肌の部分が緑色に煌いており、例えるなら、光ったメロンだと誰かが言いそうな変わった風貌をしているが、決して見くびってはいけない。
彼の実力は折り紙つきである。
「このハンカチを彼女のポケットに戻すんだ」
ハイエロファント・グリーンは自身の腕をひも状に解くと、その一本をぐんと先まで伸ばして女子生徒のあとを追いかけた。
そして気がつかれないよう、細心の注意を払いながらポケットにハンカチを滑り込ませると、何事もなかったように体を元に戻してその場から姿を消けした。
これにて一件落着というやつだ。
さて、次の授業が始まる前に教室へ戻ろう。
教師にたしなめられて、妙に注目を浴びるのだけは御免だ。
思いながら、花京院は踵を返した、その時だ。
あれほど聞こえてきていた軽やかな足音が、曲がり角の向こうでぴたりと止んだ。
・・・・・・ハンカチをポケットに入れたことに気づかれたのか?
花京院の胸中に一抹の不安が過ぎった。
スタンドの操作に関しては精密さに長けている花京院だったが、相手に気づかれてしまったのでは意味がない。
三秒、いや五秒だっただろうか。
いや細かいことはいい。
とにかく、足音の主が踵を返して、元来た道へ戻ってこようとしている気配がするではないか。
これには花京院も少々焦った。
今、この廊下にいたのは自分と彼女の二人だけだ。
イコール、このまま鉢合わせてしまえば、さっき起こったことを不思議現象として問われるのは完全に自分でしかない。
親切のつもりが、かえって裏目に出てしまったらしい。
やはり、あのハンカチは落し物として届け出るべきだったのだ。
・・・彼女には悪いが、話しかけられても何も知らないふりをしよう。
この状況を切り抜けるには最も無難で、安全策だ。
身から出た錆だが致し方がない。
それに、仮に説明するにしても、そもそもが、「人の目に触れない存在がいることを前提」とした話だ。
どう熱心に説明しようとも、こんなことを信じて貰えるわけがない。
下手を打てば状況が悪化するのは、そう遠くない過去に、うんざりするほど経験済みだ。
花京院は素知らぬ体で、至って普通の通行人を装って廊下を歩き出した。
「やっぱりそうだった」
背後から声をかけられるまでは。
「花京院くん・・・だよね?隣のクラスの。改造制服着てるから、すぐに分かっちゃった」
意外と目立つんだよね、それ。
花京院は自身の制服をちらとだけ見て、女子生徒に視線を戻した。
どうしてだか女子生徒は得意気に、にひ、と効果音がつきそうな笑みを浮かべた。
何故、僕を呼び止めた?
何故、笑っているんだ?
それに、やっぱり、とはどういう意味だ?
複数の疑問をない交ぜにしながら、それらを尋ねることはせず、花京院はやはり、何も知らない風を装うことにした。
「僕に何か用ですか?」
花京院が素っ気なく尋ねると、女子生徒は、スカートのポケットがある部分をポンと叩いて、「ハンカチ、さっきはありがとう」と言った。
「僕は君のハンカチなんて知らない。もういいかな?チャイムが鳴るまでに、次の教室へ入っておきたいんだ」
「ねえ、あたしにもいるよ。その、見えない友達っていうの?」
「・・・・・・何の話だい?君の、妙な妄想に付き合うつもりはないぞ。君だってここの生徒だろ、次の教室に早く行くんだ」
「信じられないんでしょ。でもきっと、信じてくれるようになると思うなァ~。これを見れば・・・さっ!」
女子生徒が指をパチンと軽快に鳴らすと、花京院のすぐ鼻先に、小ぶりな花束が突如として現れた。
「・・・花だって?」
驚いた花京院が花を凝視するより早く、花束は落下し、慌てて掴み取った彼の手元に収まった。
薄手の黄色い包装紙の中ではピンクの花々が咲き乱れている。
それらは、今さっき切り取られたばかりのように瑞々しい。
なにか信じられないことが起こっている。
「そう。可愛いでしょ?ゼラニウムっていうの、それ。ちなみに花言葉は信頼、ね。っと、優等生くんなら知ってたかな?・・・・・・もしもし?あたしの話、聞いてる?ねえってば!」
「・・・・・・信じられない・・・」
そう、信じられないのだ。
女子生徒との距離は、1メートル弱は離れている。
それなのに、どうやってこいつを僕の目の前に差し出したっていうんだ?
花束を差し出す瞬間も、根元を握る手も見えなかった。
手品師にしては即興すぎるし、手品のタネを仕掛けていた様子は微塵も感じられなかった。
それに非現実的すぎる。
いや、逆に考えてみるんだ。
自分が置かれている状況下を考慮すれば、非現実的であるからこそ信憑性があるのではないだろうか。
花束から女子生徒に視線を移した花京院は、これまでに感じたことのない気持ちを抱き始めていた。
もしかしたら彼女は、本当に、「そう」なのか?
君も、僕と、「同じ」だと言いたいのか?
疑り深く相手を観察する思考の反面で、花京院の疑念は確信に変わりつつあった。
だが、過去の経験が身体に染み付いているせいで、どうしても素直に認めることができないでいる。
・・・からかわれているだけなのかもしれない。
これが真実なら、どんなに良いだろう。
しかし、万が一にでも悪戯であったならば、僕は今度こそ他人が信じられなくなってしまいそうだ。
決定打が欲しい。
花京院は強く思った。
「すまないが・・・僕は、君のことを信じることがまだできない」
「・・・ふうん。ここまでやらせておいて、まだ信じられないんだ?欲張りなことを言うじゃない」
改めて声に出したところ、女子生徒はショックを受けた様子で、仁王立ちになって腕を組んだ。
「僕は確信が欲しい。・・・だから見せてくれないか、君の言う友達とやらを」
「あ、そっか、そうだった。あたしは遠目から、あんたの緑色した友達を見たことがあるから良いけど、あたしは滅多なことじゃ呼ばないから、見たことないのも仕方ないか」
「当てずっぽうじゃあないだろうな」
「あのさ・・・かなりの人間不信っぷりじゃん。まあ、なんでもいいや。早い話が、あたしの友達を見せろってことでしょ?だったら、お互い時間もないことだし、早いとこお披露目といきましょうかね」
女子生徒の姿がぶれて見えた。
「そういえば、自己紹介もまだしてなかったっけ。お互い、殆ど接点ないから会話も今日が初めてだし、この際だから名乗っておこっか」
男らしく親指を自身に向けて、女子生徒は快活に名乗った。
「あたしは秋山 イサミ。んでもって、こっちはシークレット・マジシャン!」
朗らかに、パンパカパーン!と効果音を口にしながら、彼女は手の平をそいつに向けて紹介した。
普段の花京院であればアホらしいと流してしまいそうなノリでも、この状況だけに限っては正直、心が躍った。
「どう?これで信じる気になった?」
宙に浮かぶ、手品師そのものの姿をしたシークレット・マジシャンは、顔が銀のマスクで隠れていて、表情はうかがえない。
片手に持っているステッキを慣れた手つきで回すと、愛想笑いを浮かべる代わりに、シルクハットをちょこっとだけ持ち上げて軽い挨拶をした。
「ああ…。信じるさ…!」
この日を境に、花京院は孤独ではなくなった。
そうして、早くも一ヶ月が経った頃。
友達と呼べる関係になった二人はよく放課後に待ち合わせをし、たまに買い食いをしては公園でくだらない会話をし、暗くなるまで遊び尽くす日々を送っていた。
それでいて、実に三年ぶりに訪れる夏休みに浮き足立つ生徒が増えるこの時期、例の二人もご多分に漏れず、待ちに待った長期の休みに浮つきっぷりを隠せないでいた。
特に、ちょっと気を抜けば、風船のように飛んでいってしまいそうなのが秋山の方だ。
「夏休みを利用して、家族旅行でエジプトに行くことになったんだ」
そんな中、花京院が打ち明けた話に、秋山は内心、ちょっとばかし気落ちした。
夏休みを利用して遊び倒そうと思っていた矢先にこれだ。
せっかくの計画が出鼻をくじかれたことを内心、感づかれないように隠しこんで秋山は、へえ、そうなんだ?と落ち着き払った声で返した。
「お土産を買ってこようと思うんだが、どんなものがいいか教えてくれないか」
「うーん、そういうのは花京院くんが決めてくれなきゃ意味がないんじゃない?ほら、サプライズ的な意味でさ!どじゃ~ん!みたいな?」
「その例えはどうかと思うけど・・・。じゃあ、好きなものを選ばせてもらうよ」
「とびっきりのやつを、ね!あーあ、夏休みが開けるのを楽しみだなァ~・・・なんつって」
「まだ始まる前じゃないか・・・」
秋山の心境を露も知らない花京院は、友達のためにお土産を選ぶという初めての目的に、心が躍ってばかりいた。
日常の何気ない会話が、こうも幸せだと思えるとは。
そして迎えた夏休み。
このたった数日後に、幸か不幸か、彼はもう一人の友人を得ることとなる。
「秋山さん。これはね、君のために貰ってきたんだよ」
「花京院くん・・・なんか、様子が変なん・・・ッア!?」
例えるなら、プロポーズで相手に指輪を捧げる時のような、そんな神聖な気持ちで花京院がケースを開くと同時に、中から飛び出した肉の芽がイサミの額に躊躇なく突き刺さった。
頭蓋骨を掘り進む嫌な音がイサミの鼓膜を支配する。
抵抗する間もないままに脳の中枢格へ深く、深く骨芯を突き刺された彼女は大きく痙攣した。
イサミはこれまでに体験したことのない、例えようのない、よもや激痛としか呼べようのない痛みに声を上げることすらできないまま、力なくその場で崩れ落ちた。
そして何度かのたうち回った後、定まらない視線の先で、元凶となる人物が落ち着いた眼差しでその様子を傍観していた。
花京院は興奮冷めやらぬやらといった雰囲気をまといながら、エジプトでの運命とも呼べる出会いを思い返したのか、恍惚とした表情を浮かべている。
そうして、神に讃美歌を捧げる純朴な青年のような気持ちでこう諭すのだ。
「エジプトにいる彼と会うといい。彼は安心をくれる。きっと君の人生も変わるだろう・・・・・・このぼくのように」
君にも救われてほしいからね。