四部・仗助
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「三分だけ、夏樹さんの時間を、おれにください!」
インスタントラーメンが食べたくなった。
どうしても今、食べたい
この間、スーパーの格安バーゲンで手に入れたばかりの秘蔵のカップ麺、「殺旨!激辛ハバネロラーメン・ザ・特盛!」を戸棚から引っ張り出した。
ラベルの文字を指先でなぞりつつ、台所でヤカンの湯が沸き上がるのを待つ。
ピーー!とけたたましい音がしたら、あとは、お湯を注いで三分間待つだけ。
さあ、お待ちかねのランチタイムだ……と思っていたのに。
今まさに、カップにお湯を注ごうとしたところで、さっきの仗助くんの台詞だ。
仗助くんは、わたしの持つヤカンに手をかけて、「三分だけでいいんス」と繰り返し言った。
「えーーっとぉ・・・・・・」
二人で支えているにしても、宙に浮いたままのヤカンは不安定で、注ぎ口からお湯が一滴だけ落ちると、そのまま麺へと吸い込まれていった。
その様子を見届けてから、わたしは、仗助に視線を向けて尋ねた。
「意味がわからない」
「あ、はい、そうっすね。ちゃんと言いますから」
だから、えっと・・・と、仗助くんは口をもごもごさせたあと、少しばかり間を開けて、再び口を開いた。
「カップラーメンが出来上がるまでの間でいいんで、夏樹さんを自由にできたらいいなァ~~なんつって・・・・・・」
「だが断る」
「ああーーッ!」
つい最近、知り合ったばかりの漫画家の台詞をここぞとばかりにお借りして、仗助くんの頼みを断ると、わたしはすぐさまカップ麺へとお湯を注ぎ込んだ。
「お湯を注いだだけなのに、大袈裟な」
「ひっでぇ・・・。ちこっとだけでいいから、せめて考えて欲しかったぜ」
仗助くんは、がっくしと肩を落とした。
「いや、考えたよ。一秒だけね」
つまり、ほぼ即答したようなものだ。
彼とは先日、セクハ・・・げふんげふん、一悶着ががあったばかりなので、そう易々と気を許すわけにいかない。
まあ、一人暮らしなのに、こうして家に上げてしまっている時点で、選択肢をミスった感は否めないけれど、あんまり拒絶するのも可哀想だから、これくらいは大目に見てあげてもいいだろう。
「一秒だけだってェ?夏樹さんの中じゃ、それって考えた内に入るんっスか?」
「入る、入る」
時計の針と睨めっこしながら、わたしは答えた。
ラーメンが出来上がるまで、あと二分。
「つーか、その台詞って、もしかして・・・」
「岸辺先生の決め台詞だね」
「ぐ、く・・・・・・!こいつは、グレート・・・じゃあねえな!しかも、よりによって、あの岸辺露伴だとォ~~!?」
かぶりを振って仗助くんは立ち上がり、ワナワナと震えながら、わたしの肩を掴んで詰め寄ってきた。
「明らかにヤバい奴なのに、おれの知らないトコで、なに仲良くなっちゃってるとか、ありえねえ・・・!」
近い、近い、顔が、というか、ご自慢のリーゼントがおでこに当たってるんだけど、気づいてないのか。
君、髪型が崩れるのは嫌なんじゃなかったっけ。
「はいはい、わかったから」
「絶対に!分かってねえ!」
「まあ、どうどう」
「どうどう、じゃあねえっつーの!」
仗助くんの喉が、グルルルと唸り声を上げそうな勢いだったから、とりあえず落ち着いて貰おうと、彼の肩をつかんで押し返し、元の場所に座らせた。
「仗助くん」
「・・・・・・なんスか」
機嫌が悪い。
いつもの朗らかな声から一転、ドスを効かせた声に変わった。
けど顔は、ぶすっとしているおかげで、怖さが半減して見えるのが救いだ。
「なんか誤解してるみたいだけど…」
「あ?」
「岸辺先生は、いい人だよ。色んなことを話してくれるし、わたしが漫画が大好きだって言ったら、限定版のフィギュアをくれたの。ほら、部屋に飾ってある、アレなんだけど」
「物で釣られてんじゃねーぞコラ!」
こたつの机を拳で叩きそうな勢いで、仗助くんは言った。
参ったな、相当怒ってるみたいだ。
仗助くんが岸辺先生のことを、ここまで嫌っているとは思わなかった。
そういえば、岸辺先生も、わたしが仗助くんと知り合いだと聞いた時は、あまりいい顔をしていなかった気がする。
とすると、彼らは犬猿の仲という線が浮かび上がるが……今は、さして突き詰める問題でもない気がするので、触れずに置いておくことにしよう。
さて、問題なのは目の前の男の子だ。
「ったく…あんたは不用心すぎるんスよ。おれを部屋に入れたのだってそうだ……」
思春期真っ只中の青年は、唇を尖らせて不機嫌そうに、わたしの背後にあるカレンダーを親の仇のように睨みつけながら、ぶちぶち何かを呟いている。
困ったな、どうして機嫌をとったものか。
しかし、これといってすぐ思いつくわけでもなく、わたしも彼の真似をして、仗助くんの背後にある壁掛け時計を見上げた。
「あっ」
思わず声が出た。
なんてことだ、カップ麺が出来上がってから五分も経ってしまっていることに、ようやっと気がついたのだ。
わたしの反応を見た仗助くんも気づいたらしくて、続けて、「あッ!」と声を上げた。
間。
沈黙。
「・・・・・・すみませんです、夏樹さんの昼メシ…」
伸びきった麺を、ずるずる啜るわたしを見守っていた仗助くんが、沈黙を破って、申し訳なさそうに眉を落とした。
「気にしない、気にしない。わたしだって、お喋りに夢中で気がつかなかったんだし、自業自得なんだから」
「いや、それを抜きにしても、おれが露伴のことで熱くなんかなるから……」
段ボール箱に入れられた仔犬を思い起こさせる、そんなしょげ方だった。
そうだ、とわたしは、あることを思いついた。
「仗助くん」
麺を食べ終え、最後にスープを飲み干したわたしは、空になった容器と割り箸を置いて、「今度、デートしよっか」と、にこやかに告げた。
「はあ・・・」
仗助くんは、要領を得ないといったような表情をした。
そうして少し考えてから、もう一度、「えッ!?」と聞き返してきた彼は、頬が淡く染まっていた。
体躯のいい男の子にこんなことを言うには失礼かもしれないけれど、その初さが可愛く見えて、つい、声に出して笑ってしまった。
「夏樹さん、頼むからあんまし、からかわないでくださいよ~~っ」
仗助くんの頬に、より一層、紅が走っていく。
「いや、ごめんね。それで、話を戻すけど、さっき、三分間だけ時間が欲しいって言ってたじゃない?」
「ソッコーで断られましたけどね」
「ごめんって」
口の形を三角にして、白い歯を、イーッとするようにして仗助くんは言った。
高校生といえど、まだまだ子供じみている証拠でたいへんに宜しい。
「うん。だからね、あの対応はあんまりだったかなっ~て思ったから、代わりにーー」
「ほんとーに、デートしてくれるんスかッ!?」
仗助くんが、こたつの両端に手を突いて膝立ちになると、そのまま、ぐいーっと顔を寄せてきた。
「ホントの・・・」
「ホント」
「やッ~~~」
感動したといった風に、仗助くんは前屈みになって全身を震わせたあと、天井に向かって高く腕を伸ばし、ぐっと拳を握りしめた。
「やったぜ!グレートですよ、こいつはァ!!」
「仗助くん、喜びすぎ」
体全体で喜びを表現して歓喜の声を上げる彼に、正直、ちょっと引きそうになった。
だって、三分だけ時間が欲しいなんて謙虚なお願いをしただけなのに、それが半日はかかるだろう、デートに化けて返ってきたようなものだから、そりゃあまあ、彼としては嬉しいよね。
といっても、ちょっとデパートに買い物に行って、喫茶店で、あま~いおやつでもご馳走してあげるだけのつもりなんだけど。
他にすることといえば、その辺を散歩するくらいだろうか。
先に、このことを本人に伝えておくべきか迷ったが、内緒にしておくことにした。知らないことがあった方が、人生、楽しめるというものだ。
それに、今から全容を話してしまっては、つまらないと思われて、却ってしょんぼりしてしまうかもしれないから。
だから、ここは誘った側、年上の女性としても、ぬか喜びにはだけはさせないようにしてあげなくちゃいけないなと思った。
・・・この間みたく、手を出してきたなら話は別だけど。
その場合は、まっとうな大人よろしく、きちんと対応させて貰うつもりだ。
「今日は無理して来た甲斐があった!」
「あ、へえ・・・。無理して来てたんだ?」
「なんか良いことありそうだなーって思ったんで、おふくろのお使いを断ってきたんス!」
君、帰ったら覚えといたほうがいいと思うよ。
お使いの内容は知らないけれど、そのことで今夜、お母さんに突っつかれたって知らないんだから。
「夏樹さん!さっきのハナシ、なかったことにしないでくださいよね!ちゃんと待ってますから!あと、おれも、今週末なら空いてますんで!」
「う、うん。分かったから、いったん落ち着いて話を・・・」
「約束っスよ!そんじゃ、都合のいい日が決まったら、また連絡下さい!!」
仗助くんは、「新しいパンツ買ってこねーと!」と言い残して、わたしが住んでいるアパートから足取り軽やかに、意気揚々と飛び出していった。
うん、わたしが君の新しいパンツを見る予定はないんだけどね。
いいよ、いつもので。
そんなところで、お姉さんに気を使ってくれなくていいからね。
改造制服を着た背中を見送りながら、心の中で呟いた。
「・・・はあ~~」
静かな一室に、ぽつねんと残されたわたしは、ゆっくりと深く、息を吐き出した。
彼の機嫌とりとはいえ、自身の迂闊な発言に、近い将来、悩まされる日がくるような気がしてきた。
覆水盆に帰らず。
残念なことに、吐き出した言葉に訂正は効かないのだ。
「週末、週末の予定はっと・・・」
一人ごちながら、背後のカレンダーの日付を目で追って確認する。
特にこれといった用事はなさそうだ。
そういえば、仗助くんは、「おれも」と言っていたけれど、もしかして。
「初めから、そのつもりで来ていたな・・・」
仗助くんのことは、何度か部屋に上げた記憶がある。
彼が傘も持たずに、雨に打たれていた日。
友達と待ち合わせに行く手前に、世間話をした日。
怪我をして歩いているのを見つけて、無理やり部屋に連れ込んだ日・・・って、聞こえが悪い言い方だけど、実際、あの時は必死だったのだから仕方がない。
だから、仗助くんはこの部屋のことをよく知っている。
そして、わたしに用事があれば、カレンダーに何かしらのマークが入っていることくらい、彼はとっくに見抜いていたのだ。
とにもかくにも、だ。
思い返せば、なんだかんだいって彼とは、腐れ縁というもので結ばれているのかもしれない。
切ろうとしても、仮に切ることができたとしても、優しい彼のスタンドが怪我を治すように、またぴったりと元の形に戻されてしまいそうな気がする。
いつの間にか、そんな関係になってしまっていたことを、いま、初めて自覚した。
後悔後先たたず。
インスタントラーメンが食べたくなった。
どうしても今、食べたい
この間、スーパーの格安バーゲンで手に入れたばかりの秘蔵のカップ麺、「殺旨!激辛ハバネロラーメン・ザ・特盛!」を戸棚から引っ張り出した。
ラベルの文字を指先でなぞりつつ、台所でヤカンの湯が沸き上がるのを待つ。
ピーー!とけたたましい音がしたら、あとは、お湯を注いで三分間待つだけ。
さあ、お待ちかねのランチタイムだ……と思っていたのに。
今まさに、カップにお湯を注ごうとしたところで、さっきの仗助くんの台詞だ。
仗助くんは、わたしの持つヤカンに手をかけて、「三分だけでいいんス」と繰り返し言った。
「えーーっとぉ・・・・・・」
二人で支えているにしても、宙に浮いたままのヤカンは不安定で、注ぎ口からお湯が一滴だけ落ちると、そのまま麺へと吸い込まれていった。
その様子を見届けてから、わたしは、仗助に視線を向けて尋ねた。
「意味がわからない」
「あ、はい、そうっすね。ちゃんと言いますから」
だから、えっと・・・と、仗助くんは口をもごもごさせたあと、少しばかり間を開けて、再び口を開いた。
「カップラーメンが出来上がるまでの間でいいんで、夏樹さんを自由にできたらいいなァ~~なんつって・・・・・・」
「だが断る」
「ああーーッ!」
つい最近、知り合ったばかりの漫画家の台詞をここぞとばかりにお借りして、仗助くんの頼みを断ると、わたしはすぐさまカップ麺へとお湯を注ぎ込んだ。
「お湯を注いだだけなのに、大袈裟な」
「ひっでぇ・・・。ちこっとだけでいいから、せめて考えて欲しかったぜ」
仗助くんは、がっくしと肩を落とした。
「いや、考えたよ。一秒だけね」
つまり、ほぼ即答したようなものだ。
彼とは先日、セクハ・・・げふんげふん、一悶着ががあったばかりなので、そう易々と気を許すわけにいかない。
まあ、一人暮らしなのに、こうして家に上げてしまっている時点で、選択肢をミスった感は否めないけれど、あんまり拒絶するのも可哀想だから、これくらいは大目に見てあげてもいいだろう。
「一秒だけだってェ?夏樹さんの中じゃ、それって考えた内に入るんっスか?」
「入る、入る」
時計の針と睨めっこしながら、わたしは答えた。
ラーメンが出来上がるまで、あと二分。
「つーか、その台詞って、もしかして・・・」
「岸辺先生の決め台詞だね」
「ぐ、く・・・・・・!こいつは、グレート・・・じゃあねえな!しかも、よりによって、あの岸辺露伴だとォ~~!?」
かぶりを振って仗助くんは立ち上がり、ワナワナと震えながら、わたしの肩を掴んで詰め寄ってきた。
「明らかにヤバい奴なのに、おれの知らないトコで、なに仲良くなっちゃってるとか、ありえねえ・・・!」
近い、近い、顔が、というか、ご自慢のリーゼントがおでこに当たってるんだけど、気づいてないのか。
君、髪型が崩れるのは嫌なんじゃなかったっけ。
「はいはい、わかったから」
「絶対に!分かってねえ!」
「まあ、どうどう」
「どうどう、じゃあねえっつーの!」
仗助くんの喉が、グルルルと唸り声を上げそうな勢いだったから、とりあえず落ち着いて貰おうと、彼の肩をつかんで押し返し、元の場所に座らせた。
「仗助くん」
「・・・・・・なんスか」
機嫌が悪い。
いつもの朗らかな声から一転、ドスを効かせた声に変わった。
けど顔は、ぶすっとしているおかげで、怖さが半減して見えるのが救いだ。
「なんか誤解してるみたいだけど…」
「あ?」
「岸辺先生は、いい人だよ。色んなことを話してくれるし、わたしが漫画が大好きだって言ったら、限定版のフィギュアをくれたの。ほら、部屋に飾ってある、アレなんだけど」
「物で釣られてんじゃねーぞコラ!」
こたつの机を拳で叩きそうな勢いで、仗助くんは言った。
参ったな、相当怒ってるみたいだ。
仗助くんが岸辺先生のことを、ここまで嫌っているとは思わなかった。
そういえば、岸辺先生も、わたしが仗助くんと知り合いだと聞いた時は、あまりいい顔をしていなかった気がする。
とすると、彼らは犬猿の仲という線が浮かび上がるが……今は、さして突き詰める問題でもない気がするので、触れずに置いておくことにしよう。
さて、問題なのは目の前の男の子だ。
「ったく…あんたは不用心すぎるんスよ。おれを部屋に入れたのだってそうだ……」
思春期真っ只中の青年は、唇を尖らせて不機嫌そうに、わたしの背後にあるカレンダーを親の仇のように睨みつけながら、ぶちぶち何かを呟いている。
困ったな、どうして機嫌をとったものか。
しかし、これといってすぐ思いつくわけでもなく、わたしも彼の真似をして、仗助くんの背後にある壁掛け時計を見上げた。
「あっ」
思わず声が出た。
なんてことだ、カップ麺が出来上がってから五分も経ってしまっていることに、ようやっと気がついたのだ。
わたしの反応を見た仗助くんも気づいたらしくて、続けて、「あッ!」と声を上げた。
間。
沈黙。
「・・・・・・すみませんです、夏樹さんの昼メシ…」
伸びきった麺を、ずるずる啜るわたしを見守っていた仗助くんが、沈黙を破って、申し訳なさそうに眉を落とした。
「気にしない、気にしない。わたしだって、お喋りに夢中で気がつかなかったんだし、自業自得なんだから」
「いや、それを抜きにしても、おれが露伴のことで熱くなんかなるから……」
段ボール箱に入れられた仔犬を思い起こさせる、そんなしょげ方だった。
そうだ、とわたしは、あることを思いついた。
「仗助くん」
麺を食べ終え、最後にスープを飲み干したわたしは、空になった容器と割り箸を置いて、「今度、デートしよっか」と、にこやかに告げた。
「はあ・・・」
仗助くんは、要領を得ないといったような表情をした。
そうして少し考えてから、もう一度、「えッ!?」と聞き返してきた彼は、頬が淡く染まっていた。
体躯のいい男の子にこんなことを言うには失礼かもしれないけれど、その初さが可愛く見えて、つい、声に出して笑ってしまった。
「夏樹さん、頼むからあんまし、からかわないでくださいよ~~っ」
仗助くんの頬に、より一層、紅が走っていく。
「いや、ごめんね。それで、話を戻すけど、さっき、三分間だけ時間が欲しいって言ってたじゃない?」
「ソッコーで断られましたけどね」
「ごめんって」
口の形を三角にして、白い歯を、イーッとするようにして仗助くんは言った。
高校生といえど、まだまだ子供じみている証拠でたいへんに宜しい。
「うん。だからね、あの対応はあんまりだったかなっ~て思ったから、代わりにーー」
「ほんとーに、デートしてくれるんスかッ!?」
仗助くんが、こたつの両端に手を突いて膝立ちになると、そのまま、ぐいーっと顔を寄せてきた。
「ホントの・・・」
「ホント」
「やッ~~~」
感動したといった風に、仗助くんは前屈みになって全身を震わせたあと、天井に向かって高く腕を伸ばし、ぐっと拳を握りしめた。
「やったぜ!グレートですよ、こいつはァ!!」
「仗助くん、喜びすぎ」
体全体で喜びを表現して歓喜の声を上げる彼に、正直、ちょっと引きそうになった。
だって、三分だけ時間が欲しいなんて謙虚なお願いをしただけなのに、それが半日はかかるだろう、デートに化けて返ってきたようなものだから、そりゃあまあ、彼としては嬉しいよね。
といっても、ちょっとデパートに買い物に行って、喫茶店で、あま~いおやつでもご馳走してあげるだけのつもりなんだけど。
他にすることといえば、その辺を散歩するくらいだろうか。
先に、このことを本人に伝えておくべきか迷ったが、内緒にしておくことにした。知らないことがあった方が、人生、楽しめるというものだ。
それに、今から全容を話してしまっては、つまらないと思われて、却ってしょんぼりしてしまうかもしれないから。
だから、ここは誘った側、年上の女性としても、ぬか喜びにはだけはさせないようにしてあげなくちゃいけないなと思った。
・・・この間みたく、手を出してきたなら話は別だけど。
その場合は、まっとうな大人よろしく、きちんと対応させて貰うつもりだ。
「今日は無理して来た甲斐があった!」
「あ、へえ・・・。無理して来てたんだ?」
「なんか良いことありそうだなーって思ったんで、おふくろのお使いを断ってきたんス!」
君、帰ったら覚えといたほうがいいと思うよ。
お使いの内容は知らないけれど、そのことで今夜、お母さんに突っつかれたって知らないんだから。
「夏樹さん!さっきのハナシ、なかったことにしないでくださいよね!ちゃんと待ってますから!あと、おれも、今週末なら空いてますんで!」
「う、うん。分かったから、いったん落ち着いて話を・・・」
「約束っスよ!そんじゃ、都合のいい日が決まったら、また連絡下さい!!」
仗助くんは、「新しいパンツ買ってこねーと!」と言い残して、わたしが住んでいるアパートから足取り軽やかに、意気揚々と飛び出していった。
うん、わたしが君の新しいパンツを見る予定はないんだけどね。
いいよ、いつもので。
そんなところで、お姉さんに気を使ってくれなくていいからね。
改造制服を着た背中を見送りながら、心の中で呟いた。
「・・・はあ~~」
静かな一室に、ぽつねんと残されたわたしは、ゆっくりと深く、息を吐き出した。
彼の機嫌とりとはいえ、自身の迂闊な発言に、近い将来、悩まされる日がくるような気がしてきた。
覆水盆に帰らず。
残念なことに、吐き出した言葉に訂正は効かないのだ。
「週末、週末の予定はっと・・・」
一人ごちながら、背後のカレンダーの日付を目で追って確認する。
特にこれといった用事はなさそうだ。
そういえば、仗助くんは、「おれも」と言っていたけれど、もしかして。
「初めから、そのつもりで来ていたな・・・」
仗助くんのことは、何度か部屋に上げた記憶がある。
彼が傘も持たずに、雨に打たれていた日。
友達と待ち合わせに行く手前に、世間話をした日。
怪我をして歩いているのを見つけて、無理やり部屋に連れ込んだ日・・・って、聞こえが悪い言い方だけど、実際、あの時は必死だったのだから仕方がない。
だから、仗助くんはこの部屋のことをよく知っている。
そして、わたしに用事があれば、カレンダーに何かしらのマークが入っていることくらい、彼はとっくに見抜いていたのだ。
とにもかくにも、だ。
思い返せば、なんだかんだいって彼とは、腐れ縁というもので結ばれているのかもしれない。
切ろうとしても、仮に切ることができたとしても、優しい彼のスタンドが怪我を治すように、またぴったりと元の形に戻されてしまいそうな気がする。
いつの間にか、そんな関係になってしまっていたことを、いま、初めて自覚した。
後悔後先たたず。