三部・承太郎
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除夜の鐘。
年末、十二月三十一日の深夜零時を挟む時間帯に、寺院の梵鐘が鳴る。
その数にして、なんと百八回。
これは人が持つ欲望、執着、猜疑などといった煩悩が由来で、これらを祓うために必要な回数が百八回なんだとか。
とはいっても、明治以降では、習慣の復興によっては略式で十八回に留められる寺院もあるらしい。
前置きが長すぎた。
そろそろ本題に入ろう。
「承太郎は選択を間違えている」
「いきなり、どうした」
白い息を吐きながら溢せば、隣を歩く大男は不思議そうにこちらを見やった。
彼の鼻先や頬が赤く染まっているのが、ちょっとばかし可愛く見えたが、口に出すことはしない。
「初詣は家族と来るべきだった」
「誰と行くかは、おれが決める」
「それはそうだけど」
「嫌なら、着いてこなけりゃあいいだろうが。それに」
承太郎は、つっけんどんのまま言葉を続ける。
「てめーが誘いに乗ったのは、おれとここへ来るのを良しとしたからじゃあなかったのか」
「うん…。うん?」
「だったらこれ以上、余計な考えは持つな」
うん、いや、本音を言うなら、あなたに半ば強制的に連れて来られたようなものなんですけどね。
彼からは見えないように死角で、手袋越しに握り拳を作りながら思う。
年越しは暖かなこたつで、ぬくぬくライフと洒落混むのが、しがない女子高生にとって数少ない楽しみだったのに。
「着替えてこい」
「………はい」
そんなささやかな幸せタイムをぶち壊しにやって来たのが空条承太郎だ。
あの時、呼び出し音につられて玄関の戸を開けてしまったばっかりに…。
あれはきっと運命の分かれ道だったのだ。
こんなことになるなら、駄々をごねてでも母親に出てもらうんだった。
そうしたら、間接的にでもお断りの意を述べることができたかもしれないし、壁のような承太郎の迫力に負けて、はい、なんて言うこともきっとなかっただろう。
まあ、あくまで、「かも」の話なので、「絶対に」お断りできたとは限らないのだが。
そんなこんなで、わたしは寒空の下を彼と二人で歩くはめになったのだった。
「…それにしても、多いね」
周りの道行く人々を見ていて気がついた。
この先にあるお寺へ向かう人混みは家族連れは勿論のこと、カップルらしき二人組がちらほらと見受けられることに。
「こんなに寒いのに、どうして来たがるかな」
「さあな。雰囲気を味わいたいやつがいれば、伝統に倣って通うやつもいる…。ここへ来る人間の想いなんざ、それぞれだろうよ」
「ふうん」
存外、興味なさげな返事で返してしまったが、そんなわたしを承太郎は横目でちろりと見ただけで、何も言われることはなかった。
「人それぞれ、ねえ…」
手袋をしていても充分に防寒できていない手をジャンパーのポケットに押し込んでから、ぶるりと身震いをした。
なんて寒いんだろう、そう思いながら空を見上げた。
満点の星屑が夜空を飾っている。
都会の空にしては上出来だ。
そういえば、冬場の星空が鮮明に見えるのは空気が澄んでいるからだったか。
「冷えたのか」
「まあ、ちょっとね。平気よ。歩いていれば、いずれ温もるから…」
「…少し、ここで待ってろ」
「承太郎?」
承太郎は言うと元来た道を戻っていき、その先にある角に消えると、暫くして、何かを手に持って帰ってきた。
「ほらよ」
「あっ、ホットココア!」
承太郎が差し出してくれたのは、缶に入ったホットココアだった。
しかも、自販機によくあるタイプのやつだ。
現在はダイエット中なので買い控えしているが、去年なんかは学校の帰りによく購入しては、飲みながら家路に着いていたものだ。
真冬の友よ、まさかここで会えるとは。
「ありがとう、承太郎」
わたしは嬉々として、ホットココアを受け取った。
承太郎の手の平だと小さく見えた缶だけど、わたしが持つと、手のひらにちょうど収まる大きさで、そこに性差を感じて、ちょびっとだけ寂しくなった。
数年前は、背丈もそんなに変わらなかったんだけどなあ。
「…今日は、付き合わせて悪かったな」
相変わらずの仏頂面だが、申し訳なさそうな声で承太郎は言った。
なにやらセンチな雰囲気である。
柄にもないじゃない。
わたしは少し考えて、「どうしたの、らしくないじゃん」と尋ねると、「いや」と彼は濁して、前へ向き直った。
どうも調子が狂いがちだ。
わたしを家から連れ出した、あの威勢は何処へ消えてしまったのやら。
「しっかりしてよね。承太郎は、わたしより一つ上で、先輩なんだから」
ココアを飲みながら偉そうに言えたことじゃないが、いつもの調子に戻ってほしいから、焚き付けてみることにした。
「ちゃんとリードしてくれなきゃ、わたしが困る」
それでも怒らずに、ちゃんと対応してくれるのは、承太郎が精神的に成熟しているからなのだろうと思うと、また少し寂しくなった。
「だったら秋山は、もっと後輩らしくすべきだな」
「じゃあ、まずは…。空条先輩って呼ぶことから始めようか?」
こういう場合はノリが大事だ。
だから今度は、悪戯めいた表情と声色でちょっかいをかけてみることにした。
したのに、承太郎は暫くわたしの顔を見つめると、思い直したように、いや、と呟いた。
「今のままでいい」
「えっ。結構、乗り気だったんだけど…」
「喧しい。これ以上、続けるようなら置いていくぜ」
「ええ?もう、後輩らしくしろって言ったのはそっちなのに!」
ずんずん先を歩いていく承太郎に置いていかれないよう、わたしは慌てて彼の背を追いかけた。
そうこうしている間に鳴り響き始めた除夜の鐘に、今年もまた新しい年を迎えるのだなと、改めて実感した。
「承太郎。…来年もよろしくね」
「ああ、よろしく頼んだぜ。…忘れ物を減らせるようにな」
「今は言う必要のないことを!」
わたしは先輩(仮)の背中を左手で、ばしんと叩いた。
寺に着くと、そこは既に人で溢れていた。
近くで聞く除夜の鐘の音はやはり大きくて、新年の足音が近づいてくるのが分かる。
ガランガラン。
鈴緖を引いて鰐口を鳴らした。
傍で、同じように拝む承太郎の横顔を横目で覗き見ながら、来年も良い年でありますようにと、心の中で呟いた。
年明けはすぐそこ。
年末、十二月三十一日の深夜零時を挟む時間帯に、寺院の梵鐘が鳴る。
その数にして、なんと百八回。
これは人が持つ欲望、執着、猜疑などといった煩悩が由来で、これらを祓うために必要な回数が百八回なんだとか。
とはいっても、明治以降では、習慣の復興によっては略式で十八回に留められる寺院もあるらしい。
前置きが長すぎた。
そろそろ本題に入ろう。
「承太郎は選択を間違えている」
「いきなり、どうした」
白い息を吐きながら溢せば、隣を歩く大男は不思議そうにこちらを見やった。
彼の鼻先や頬が赤く染まっているのが、ちょっとばかし可愛く見えたが、口に出すことはしない。
「初詣は家族と来るべきだった」
「誰と行くかは、おれが決める」
「それはそうだけど」
「嫌なら、着いてこなけりゃあいいだろうが。それに」
承太郎は、つっけんどんのまま言葉を続ける。
「てめーが誘いに乗ったのは、おれとここへ来るのを良しとしたからじゃあなかったのか」
「うん…。うん?」
「だったらこれ以上、余計な考えは持つな」
うん、いや、本音を言うなら、あなたに半ば強制的に連れて来られたようなものなんですけどね。
彼からは見えないように死角で、手袋越しに握り拳を作りながら思う。
年越しは暖かなこたつで、ぬくぬくライフと洒落混むのが、しがない女子高生にとって数少ない楽しみだったのに。
「着替えてこい」
「………はい」
そんなささやかな幸せタイムをぶち壊しにやって来たのが空条承太郎だ。
あの時、呼び出し音につられて玄関の戸を開けてしまったばっかりに…。
あれはきっと運命の分かれ道だったのだ。
こんなことになるなら、駄々をごねてでも母親に出てもらうんだった。
そうしたら、間接的にでもお断りの意を述べることができたかもしれないし、壁のような承太郎の迫力に負けて、はい、なんて言うこともきっとなかっただろう。
まあ、あくまで、「かも」の話なので、「絶対に」お断りできたとは限らないのだが。
そんなこんなで、わたしは寒空の下を彼と二人で歩くはめになったのだった。
「…それにしても、多いね」
周りの道行く人々を見ていて気がついた。
この先にあるお寺へ向かう人混みは家族連れは勿論のこと、カップルらしき二人組がちらほらと見受けられることに。
「こんなに寒いのに、どうして来たがるかな」
「さあな。雰囲気を味わいたいやつがいれば、伝統に倣って通うやつもいる…。ここへ来る人間の想いなんざ、それぞれだろうよ」
「ふうん」
存外、興味なさげな返事で返してしまったが、そんなわたしを承太郎は横目でちろりと見ただけで、何も言われることはなかった。
「人それぞれ、ねえ…」
手袋をしていても充分に防寒できていない手をジャンパーのポケットに押し込んでから、ぶるりと身震いをした。
なんて寒いんだろう、そう思いながら空を見上げた。
満点の星屑が夜空を飾っている。
都会の空にしては上出来だ。
そういえば、冬場の星空が鮮明に見えるのは空気が澄んでいるからだったか。
「冷えたのか」
「まあ、ちょっとね。平気よ。歩いていれば、いずれ温もるから…」
「…少し、ここで待ってろ」
「承太郎?」
承太郎は言うと元来た道を戻っていき、その先にある角に消えると、暫くして、何かを手に持って帰ってきた。
「ほらよ」
「あっ、ホットココア!」
承太郎が差し出してくれたのは、缶に入ったホットココアだった。
しかも、自販機によくあるタイプのやつだ。
現在はダイエット中なので買い控えしているが、去年なんかは学校の帰りによく購入しては、飲みながら家路に着いていたものだ。
真冬の友よ、まさかここで会えるとは。
「ありがとう、承太郎」
わたしは嬉々として、ホットココアを受け取った。
承太郎の手の平だと小さく見えた缶だけど、わたしが持つと、手のひらにちょうど収まる大きさで、そこに性差を感じて、ちょびっとだけ寂しくなった。
数年前は、背丈もそんなに変わらなかったんだけどなあ。
「…今日は、付き合わせて悪かったな」
相変わらずの仏頂面だが、申し訳なさそうな声で承太郎は言った。
なにやらセンチな雰囲気である。
柄にもないじゃない。
わたしは少し考えて、「どうしたの、らしくないじゃん」と尋ねると、「いや」と彼は濁して、前へ向き直った。
どうも調子が狂いがちだ。
わたしを家から連れ出した、あの威勢は何処へ消えてしまったのやら。
「しっかりしてよね。承太郎は、わたしより一つ上で、先輩なんだから」
ココアを飲みながら偉そうに言えたことじゃないが、いつもの調子に戻ってほしいから、焚き付けてみることにした。
「ちゃんとリードしてくれなきゃ、わたしが困る」
それでも怒らずに、ちゃんと対応してくれるのは、承太郎が精神的に成熟しているからなのだろうと思うと、また少し寂しくなった。
「だったら秋山は、もっと後輩らしくすべきだな」
「じゃあ、まずは…。空条先輩って呼ぶことから始めようか?」
こういう場合はノリが大事だ。
だから今度は、悪戯めいた表情と声色でちょっかいをかけてみることにした。
したのに、承太郎は暫くわたしの顔を見つめると、思い直したように、いや、と呟いた。
「今のままでいい」
「えっ。結構、乗り気だったんだけど…」
「喧しい。これ以上、続けるようなら置いていくぜ」
「ええ?もう、後輩らしくしろって言ったのはそっちなのに!」
ずんずん先を歩いていく承太郎に置いていかれないよう、わたしは慌てて彼の背を追いかけた。
そうこうしている間に鳴り響き始めた除夜の鐘に、今年もまた新しい年を迎えるのだなと、改めて実感した。
「承太郎。…来年もよろしくね」
「ああ、よろしく頼んだぜ。…忘れ物を減らせるようにな」
「今は言う必要のないことを!」
わたしは先輩(仮)の背中を左手で、ばしんと叩いた。
寺に着くと、そこは既に人で溢れていた。
近くで聞く除夜の鐘の音はやはり大きくて、新年の足音が近づいてくるのが分かる。
ガランガラン。
鈴緖を引いて鰐口を鳴らした。
傍で、同じように拝む承太郎の横顔を横目で覗き見ながら、来年も良い年でありますようにと、心の中で呟いた。
年明けはすぐそこ。