四部・仗助
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「なんだ、このジグソーパズルは」
仗助は、わたしの膝元に散らばせておいたピースを一つ摘まむと、裏、表とひっくり返して、しげしげと眺めた。
「なんにも描いてねぇじゃん。こういうのって、不良品を掴まされたとかじゃねーの?」
「ちがうちがう、そういう仕様なの」
如何にも興味なさげな視線を他の山々に向けた彼に、そっと微笑む。
「ホワイトパズルって言うんだけど、デパートのオモチャ売り場とかで見かけたことは?なさそうだね」
「おれがよく見るのは、テレビゲームのコーナーばっかしだからなァ~~。先週にだって寄ってみたんだけどよ、欲しい新作が売り切れてて惜しかったぜ……」
仗助は残念といった風に、力なく首を前に倒した。
でもそれは、ほんの数秒の間だけだった。
次に顔を上げた時には、悲しげな雰囲気から打って変わって、朗らかな表情をしていた。
「まっ!どっちにしても、買うカネがないから手に入んないんだけどよ」
とことん前向きな男である。
「そういえば、仗助はテレビゲーム大好きッ子だったね。朋子さんに叱られるくらいの、ね」
「うッ、うるせぇーなあ!おれだって現代っ子なんだから、そこんとこはしょうがないの!それに、夏樹だって昔は一緒に遊んでただろ!」
「あれ?うん、あれはねぇ…仗助に付き合ってあげてただけ。わたし自身は、そこまで好きじゃなかったかな」
「エッ!?おれ、初耳なんだけど……」
恥ずかしそうに反論してきていた仗助だったが、言葉の勢いがストンと落ちた。
幼馴染みの本音が、そんなにショックだったのだろうか。
ゲーム、ゲームかぁ…。
そういえば、ついこの間にも、できたばかりの新しい友達と自宅のゲームで白熱したとか言っていたっけ。
だからだろう、彼がここを訪れる回数が目に見えて減ってきているのは。
だけど、これは悪いことじゃない。
むしろ良いことだし、わたしはそれを祝福すべきだ。
話がずいぶんと逸れてしまった。
いい加減、パズルに焦点を戻そう。
「真っ白だからホワイトパズル。ミルクパズルとも言うね。わたしは、こっちの呼び方のが気に入ってるよ」
山の中からピースをいくつか選んで手の平に転がした。
紙で出来たこいつは、指先で触れるとカサカサしていて、一つだけだと重さがまったく感じられないほどに軽い。
「えっと…おれ、そういうの興味ないからよく分かんね~んだけどさ…。フツー、パズルっつーもんはよ、絵柄を頼りに組み立てていくよな?それがないってことはよォ、つまり……」
「形と勘で組み立てる。あとは根気かな」
「ぐ、グレート……」
ちなみに1000ピースある、と伝えたところ、仗助はげんなりした表情を浮かべてピースを手放した。
「っつーか、なんでわざわざ白だけのやつを選んだんだ?柄があった方が解りやすくていいと、おれは思うんだけど」
「うん。たしかに、柄があるパズルはやり易いと思うよ」
わたしはピースを弄る手を一旦止めて、「でもね」と続けた。
「模様がないからこそ良いの。この場合は、なんて言えば伝わるのかな…」
「あの、おれにも理解できる話なんだよな?」
「できる、できる」
仗助の質問を適当に受け流した。
うんうん唸るわたしの傍で、「うわ適当」と彼が呟いた。
「パズルの絵柄を人の顔に例えるなら、ピースの形がその人の本質…みたいな?わたしは、いつも相手の本質を見ていたい。そう思ったから、このパズルを選んだ」
「えーと…こういうのは、なんてーの?おめー、意外と哲学的なヤツだったんだな……」
「ごめん。変なこと言って」
今度はこっちが恥ずかしくなって顔を伏せた。
そんなわたしを見かねたのか、仗助は、ぽりぽりと頬を掻いたあとで、そっと語りかけてきた。
「夏休みの宿題っつーならよーーお、計算式とやらを当てはめてやりゃあ、すんなり答えが出るもんだけどよ…。こいつに限っては、答えどころかヒントすらねェーんだもんな。億泰のやつならどうすっかな」
仗助が隣にどっかりと腰をおろした。
わたしがピース選びに悩んでいる様子を傍観していることにしたらしい。
彼を見ていて一つ、閃いたことがある。
「よかったら、次に会う時に持っていってあげたら?…そうだねぇ……何もないっていうのはつまらないし、完成させた暁には、なにか一個だけご褒美をあげちゃおっかな~~」
「ふうん。珍しいことを言うじゃねーの。でもよ、億泰より、俺の方が先に完成させちまうかもしれないぜ?」
仗助の口調を真似して少々、間延びした喋り方をしてみたが、当人はまんざらでもないようだ。
機嫌良くわたしの肩に腕を回すと、ぐっと引き寄せて意地悪っぽく笑った。
「んで、ご褒美に旨い飯でも奢ってくれるってか?」
「それはどうかな。いまちょっと金欠ぎみだし……ね」
わたしと仗助は顔を向き合わせると、ほぼ同時に噴き出し、今度は子供のようにして笑った。
仗助の、この笑顔を見るのは久しぶりだ。
昔から変わらない、穏やかな笑顔。
まだ心が大人になりきれないでいるわたしにとって、文字通り、彼の笑顔は心の救いなのだ。
どうかこれからも、仗助にはこのままでいてほしい。
そう願ってしまうのはエゴだろうか。
笑いが落ち着いてきた頃合いを見計らって、わたしは仗助の目を見つめながら言った。
「ご褒美は、パズルを完成させてからのお楽しみってことで。それじゃあね」
ぱちり。
丈助は目を覚ました。
「…な~んか、良い夢を見ていた気がスっけど……何だっけ…」
気持ちの良い夢だっただけに、思い出せないのが勿体ない。
どうやら自分は相当、熟睡していたらしい。
むにゃむにゃと、寝ぼけ眼のままで辺りを見渡して、仗助はここが病院の個室だということを思い出した。
いつの間に寝入ってしまっのだろうか、こちらもまた記憶がはっきりしない。
「イテテ…」
来客用の簡素な椅子で長く眠りこけていたせいで、全身がコチコチになってしまったようだ。
仗助は凝りをほぐそうと、ぐ~っと伸びをした。
すると、点滴をぶら下げたスタンドに手をぶつけてしまい、危うくひっくり返しそうになったので、慌てて腕を引っ込めた。
仗助はたまにだが、自分の体が意外と大きいということを忘れそうになることがある。
知り合いで、身の回りに高身長の人間が増えてきたせいだろうか。
「康一が近くにいれば、さすがに意識的すんだけどなあ…。あと……おめーとか…」
仗助が見下ろした先にいるのは、病院のベッドで横たわる、青白い顔をした一人の女だ。
年は仗助とそう変わらないであろう彼女は、何本もの管に繋がれている。
その痛々しい見た目に、ずっと見つめていると胸が張り裂けそうだ。
一応、彼女の肉体は生命活動をしてはいるものの、この一年間、目を覚ます兆しが見られていない。
「あれからもう一年か……」
詳細は伏せるが、約一年前の夏、彼女は命に関わる大怪我を負った。
中でも酷かったのが左手首の損傷で、執拗に切り落とそうとしたらしい痕跡には誰もが息を呑んだという。
あまりの惨劇に、たまたま帰宅した親が錯乱した状態で救急車を呼んだ。
ところが救急隊員が現場に到着した際、不思議なことに、あれほど酷かった外傷は綺麗に治癒されていたという。
まるで最初から怪我など負わなかったかのように、跡形もなく。
幸運にも家の近くに東方仗助がいて、かつ、彼がスタンド使いとして目覚めていたからこその無事だった。
彼のスタンド、クレイジー・ダイヤモンドの治癒力は凄まじく、たとえ体が粉々になろうとも瞬時に治してみせるほどの実力があった。
しかし彼女は目を覚まさなかった。
流れていた血液までは戻せなかったから、そのせいかもしれない。
この時ばかりは仗助もそう思っていた、思っていたかった。
精密検査と称し、半狂乱の母親と共に、ひとまず救急で搬送された彼女は、医者により適切な処置を受けるも、やはり目覚めることはなかった。
仗助は考えた。
ーーいくらスタンドで肉体を治すことができても、精神までは治すことはできない。
きっと精神的なダメージが、肉体の損壊によるダメージを大きく上回ったのだろう。
考えたくもないことだったが、それしか理由は思いつかなかった。
当時の仗助の無念さはといえば、筆舌に尽くし難いものであった。
苦い思いを蒸し返してしまったことにより沸き上がった、重くて暗い気持ちを振り払うように、仗助は頭を激しく左右に振った。
「……んじゃあ、夏樹、また来っからよ!それまでには目ェ、覚ましてろよな」
機械音だけの空間に仗助の声はよく通った。
仗助が、返事をしない幼馴染みの顔をもう一度見たくなって、振り返った一瞬、寂しげな表情になった。
そうして踵を返して、今度こそ部屋を後にした。
彼が、音もなく制服のポケットに滑り込んだピースに気がついたのは、脱衣所でのことだった。
仗助は、わたしの膝元に散らばせておいたピースを一つ摘まむと、裏、表とひっくり返して、しげしげと眺めた。
「なんにも描いてねぇじゃん。こういうのって、不良品を掴まされたとかじゃねーの?」
「ちがうちがう、そういう仕様なの」
如何にも興味なさげな視線を他の山々に向けた彼に、そっと微笑む。
「ホワイトパズルって言うんだけど、デパートのオモチャ売り場とかで見かけたことは?なさそうだね」
「おれがよく見るのは、テレビゲームのコーナーばっかしだからなァ~~。先週にだって寄ってみたんだけどよ、欲しい新作が売り切れてて惜しかったぜ……」
仗助は残念といった風に、力なく首を前に倒した。
でもそれは、ほんの数秒の間だけだった。
次に顔を上げた時には、悲しげな雰囲気から打って変わって、朗らかな表情をしていた。
「まっ!どっちにしても、買うカネがないから手に入んないんだけどよ」
とことん前向きな男である。
「そういえば、仗助はテレビゲーム大好きッ子だったね。朋子さんに叱られるくらいの、ね」
「うッ、うるせぇーなあ!おれだって現代っ子なんだから、そこんとこはしょうがないの!それに、夏樹だって昔は一緒に遊んでただろ!」
「あれ?うん、あれはねぇ…仗助に付き合ってあげてただけ。わたし自身は、そこまで好きじゃなかったかな」
「エッ!?おれ、初耳なんだけど……」
恥ずかしそうに反論してきていた仗助だったが、言葉の勢いがストンと落ちた。
幼馴染みの本音が、そんなにショックだったのだろうか。
ゲーム、ゲームかぁ…。
そういえば、ついこの間にも、できたばかりの新しい友達と自宅のゲームで白熱したとか言っていたっけ。
だからだろう、彼がここを訪れる回数が目に見えて減ってきているのは。
だけど、これは悪いことじゃない。
むしろ良いことだし、わたしはそれを祝福すべきだ。
話がずいぶんと逸れてしまった。
いい加減、パズルに焦点を戻そう。
「真っ白だからホワイトパズル。ミルクパズルとも言うね。わたしは、こっちの呼び方のが気に入ってるよ」
山の中からピースをいくつか選んで手の平に転がした。
紙で出来たこいつは、指先で触れるとカサカサしていて、一つだけだと重さがまったく感じられないほどに軽い。
「えっと…おれ、そういうの興味ないからよく分かんね~んだけどさ…。フツー、パズルっつーもんはよ、絵柄を頼りに組み立てていくよな?それがないってことはよォ、つまり……」
「形と勘で組み立てる。あとは根気かな」
「ぐ、グレート……」
ちなみに1000ピースある、と伝えたところ、仗助はげんなりした表情を浮かべてピースを手放した。
「っつーか、なんでわざわざ白だけのやつを選んだんだ?柄があった方が解りやすくていいと、おれは思うんだけど」
「うん。たしかに、柄があるパズルはやり易いと思うよ」
わたしはピースを弄る手を一旦止めて、「でもね」と続けた。
「模様がないからこそ良いの。この場合は、なんて言えば伝わるのかな…」
「あの、おれにも理解できる話なんだよな?」
「できる、できる」
仗助の質問を適当に受け流した。
うんうん唸るわたしの傍で、「うわ適当」と彼が呟いた。
「パズルの絵柄を人の顔に例えるなら、ピースの形がその人の本質…みたいな?わたしは、いつも相手の本質を見ていたい。そう思ったから、このパズルを選んだ」
「えーと…こういうのは、なんてーの?おめー、意外と哲学的なヤツだったんだな……」
「ごめん。変なこと言って」
今度はこっちが恥ずかしくなって顔を伏せた。
そんなわたしを見かねたのか、仗助は、ぽりぽりと頬を掻いたあとで、そっと語りかけてきた。
「夏休みの宿題っつーならよーーお、計算式とやらを当てはめてやりゃあ、すんなり答えが出るもんだけどよ…。こいつに限っては、答えどころかヒントすらねェーんだもんな。億泰のやつならどうすっかな」
仗助が隣にどっかりと腰をおろした。
わたしがピース選びに悩んでいる様子を傍観していることにしたらしい。
彼を見ていて一つ、閃いたことがある。
「よかったら、次に会う時に持っていってあげたら?…そうだねぇ……何もないっていうのはつまらないし、完成させた暁には、なにか一個だけご褒美をあげちゃおっかな~~」
「ふうん。珍しいことを言うじゃねーの。でもよ、億泰より、俺の方が先に完成させちまうかもしれないぜ?」
仗助の口調を真似して少々、間延びした喋り方をしてみたが、当人はまんざらでもないようだ。
機嫌良くわたしの肩に腕を回すと、ぐっと引き寄せて意地悪っぽく笑った。
「んで、ご褒美に旨い飯でも奢ってくれるってか?」
「それはどうかな。いまちょっと金欠ぎみだし……ね」
わたしと仗助は顔を向き合わせると、ほぼ同時に噴き出し、今度は子供のようにして笑った。
仗助の、この笑顔を見るのは久しぶりだ。
昔から変わらない、穏やかな笑顔。
まだ心が大人になりきれないでいるわたしにとって、文字通り、彼の笑顔は心の救いなのだ。
どうかこれからも、仗助にはこのままでいてほしい。
そう願ってしまうのはエゴだろうか。
笑いが落ち着いてきた頃合いを見計らって、わたしは仗助の目を見つめながら言った。
「ご褒美は、パズルを完成させてからのお楽しみってことで。それじゃあね」
ぱちり。
丈助は目を覚ました。
「…な~んか、良い夢を見ていた気がスっけど……何だっけ…」
気持ちの良い夢だっただけに、思い出せないのが勿体ない。
どうやら自分は相当、熟睡していたらしい。
むにゃむにゃと、寝ぼけ眼のままで辺りを見渡して、仗助はここが病院の個室だということを思い出した。
いつの間に寝入ってしまっのだろうか、こちらもまた記憶がはっきりしない。
「イテテ…」
来客用の簡素な椅子で長く眠りこけていたせいで、全身がコチコチになってしまったようだ。
仗助は凝りをほぐそうと、ぐ~っと伸びをした。
すると、点滴をぶら下げたスタンドに手をぶつけてしまい、危うくひっくり返しそうになったので、慌てて腕を引っ込めた。
仗助はたまにだが、自分の体が意外と大きいということを忘れそうになることがある。
知り合いで、身の回りに高身長の人間が増えてきたせいだろうか。
「康一が近くにいれば、さすがに意識的すんだけどなあ…。あと……おめーとか…」
仗助が見下ろした先にいるのは、病院のベッドで横たわる、青白い顔をした一人の女だ。
年は仗助とそう変わらないであろう彼女は、何本もの管に繋がれている。
その痛々しい見た目に、ずっと見つめていると胸が張り裂けそうだ。
一応、彼女の肉体は生命活動をしてはいるものの、この一年間、目を覚ます兆しが見られていない。
「あれからもう一年か……」
詳細は伏せるが、約一年前の夏、彼女は命に関わる大怪我を負った。
中でも酷かったのが左手首の損傷で、執拗に切り落とそうとしたらしい痕跡には誰もが息を呑んだという。
あまりの惨劇に、たまたま帰宅した親が錯乱した状態で救急車を呼んだ。
ところが救急隊員が現場に到着した際、不思議なことに、あれほど酷かった外傷は綺麗に治癒されていたという。
まるで最初から怪我など負わなかったかのように、跡形もなく。
幸運にも家の近くに東方仗助がいて、かつ、彼がスタンド使いとして目覚めていたからこその無事だった。
彼のスタンド、クレイジー・ダイヤモンドの治癒力は凄まじく、たとえ体が粉々になろうとも瞬時に治してみせるほどの実力があった。
しかし彼女は目を覚まさなかった。
流れていた血液までは戻せなかったから、そのせいかもしれない。
この時ばかりは仗助もそう思っていた、思っていたかった。
精密検査と称し、半狂乱の母親と共に、ひとまず救急で搬送された彼女は、医者により適切な処置を受けるも、やはり目覚めることはなかった。
仗助は考えた。
ーーいくらスタンドで肉体を治すことができても、精神までは治すことはできない。
きっと精神的なダメージが、肉体の損壊によるダメージを大きく上回ったのだろう。
考えたくもないことだったが、それしか理由は思いつかなかった。
当時の仗助の無念さはといえば、筆舌に尽くし難いものであった。
苦い思いを蒸し返してしまったことにより沸き上がった、重くて暗い気持ちを振り払うように、仗助は頭を激しく左右に振った。
「……んじゃあ、夏樹、また来っからよ!それまでには目ェ、覚ましてろよな」
機械音だけの空間に仗助の声はよく通った。
仗助が、返事をしない幼馴染みの顔をもう一度見たくなって、振り返った一瞬、寂しげな表情になった。
そうして踵を返して、今度こそ部屋を後にした。
彼が、音もなく制服のポケットに滑り込んだピースに気がついたのは、脱衣所でのことだった。