一部
アリシア
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足を中途半端に止めたせいでバランスを崩しそうになったのを堪える。
わたしは様子を窺うように、そうっとミセスを見上げた。
段差の効果で威圧感が引き上げられた彼女は真っ直ぐにこちらを見ている。
固唾を呑み込む音が鮮明に聞こえるほどの静寂。
なにか言わなければ。
しかしちょうどいい言葉が見当たらない。
もたつく思考に涙が出そうだ。
それに、下手に発言しては状況を悪くしてしまいそうで、それならおとなしく彼女の言葉を待つ方が無難ではないだろうか。
そう結論付けたところでミセスの声が頭上から降ってきた。
「なにを謝るのです。あなたは何か悪いことをしたのですか?」
「いえ」
「でしたら、謝る必要はないでしょう」
てっきり叱られるとばかり考えていた。
抱いていた不安が少しだけ取り除かれて、ほっとするのも束の間。
次の言葉に、わたしはどきりとすることになる。
「立場上、相手の機嫌を損ねないようにするために必要な行為だということは分かっています。しかし、本当に謝りたい時のためにも、そうやってすぐに謝る癖は直しておいた方がいいかもしれませんね」
「はい・・・・・」
耳に熱が集中していく。
己の未熟さが恥ずかしくてたまらなくなった。
今日は痛いところを突かれてばかりだ、しかし同時にこうも思う。
これは彼女自身の教訓ではないだろうかと。
謝ることを常としてしまえば、ましてや意味を理解した上でなければ、それはただのその場しのぎのものに成りかねない。
簡単に口にしてばかりいれば信憑性が薄れてしまうのだ、と。
「さあ、先を急ぎますよ」
「は、はい、ミセス・バセット」
彼女はどういう人生を歩んできたのだろう。
ここに来る前はどのような生き方をしていたのか。
どうしてこの屋敷を選んだのか。
そして、どんな気持ちでジョースター卿の下に仕えているのか・・・・・・。
わたしは彼女の人生観に僅かながら興味を抱いた。
けれど、それを知るときがくることはきっとないだろう、なんとなくそんな気がした。
一階と比べれば部屋数の少ない二階を見て回るのに、そう時間はかからなかった。
というより、ミセスが意図的に案内を簡単に済ませたように見えた
「本日からあなたにはここに住んでもらいます」
「・・・あの、ここまで広い屋根裏は初めて見ましたが・・・・・・。本当に、ここに住まわせて頂いてもいいのでしょうか・・・」
「当然です。ジョースター卿の意向で、みなに辛い思いをさせないためにも、わざわざこういう造りにして下さったのですから」
扉を開けるなり、一般的な部屋と変わりないほど整った室内が広がっていて驚いた。
一介の、それも下級のメイドにしては好待遇すぎるのではないだろうか。
はっきり言って、実家にいた頃よりも質のいい暮らしができそうだ。
「アリシア、ここは特別なのですよ。わたくしたちメイドには身に余るほどに・・・・・・」
ミセスは何かを思い出すように目を伏せたが、すぐにいつもの凛々しい表情に戻り、誇らしげに室内を見渡した。
「他のメイドたちもここに住んでいます。もちろん、仲良くできますね?わたくしは、くだらないことで醜態を晒すメイドなどを見ることはないと信じていますよ。そうですね、たとえばお菓子の取り合いなどがいい例でしょう」
お菓子の取り合い、これはこれで実際に起こりそうな事件だ。
庶民にとってはあっさり手に入ることのない代物なら尚更、誰だって手を伸ばしたくなること間違いなしだろうから、これがまたありえないことではない。
「過去にあったのですか?そういうことが」
「たとえば、の話ですよ」
「ハイ」
この人の冗談と本気の見分けがつけられるようになるためには、相当の期間を要するのかもしれない。
「では、わたくしは一度、席を外しますから、戻ってくるまでこの部屋で休んでおきなさい。荷物のことならあとで同僚の者が教えてくれますから、いまは適当なところへ置いておくといいでしょう」
案内が終わるなり早々に押し込まれた屋根裏部屋。
そこにぽつんと取り残されたわたしは、扉の向こうで遠くなっていくミセスの足音を耳で追った。
そうして音が聞こえなくなってから、ほっと胸をなでおろした。
落ち着いて、改めて部屋の全体を見渡す。
個人用のベッドが三つ、内二つは二段ベッドだ、シーツも綺麗に整えられてある。
それからテーブルにチェア、クローゼット、一人がけのソファ、身だしなみを整えるためのミラー・・・・・・必要最低限の家具なのに、それなりに質が良い物ばかりに見えるのは気のせいでないだろう。
さっき、ミセスが言っていた通りだ。
開け放たれたままだった窓から入ってくる風が心地良くて、新鮮な空気を肺いっぱいに取り込もうと、深く息を吸って、ゆっくりと吐き出した。
ようやっと訪れた一人だけの時間に緊張の糸が一気にほぐれていく。
これほどまで長い時間を知らない人と過ごすのは、わたしとしては滅多にないことだった。
街へ来たところで、他人と接するのは商品を受け渡しするほんの短い間だけで、長い世間話は父の専売特許だったし、売り物がなくなってしまえば、あとは地元へ帰るだけ。
知らない人と出歩くなんてことはしたことがない。
人生のほとんどを、幼い頃からの知り合いばかりに囲まれて育ってきたが故の結果だ。
長い道のりだとは思うけれど、こればかりは慣れるしかないのだろう。
わたしは無意識にため息を吐いた。
故郷が恋しい。
早くもホームシックである。
わたしは様子を窺うように、そうっとミセスを見上げた。
段差の効果で威圧感が引き上げられた彼女は真っ直ぐにこちらを見ている。
固唾を呑み込む音が鮮明に聞こえるほどの静寂。
なにか言わなければ。
しかしちょうどいい言葉が見当たらない。
もたつく思考に涙が出そうだ。
それに、下手に発言しては状況を悪くしてしまいそうで、それならおとなしく彼女の言葉を待つ方が無難ではないだろうか。
そう結論付けたところでミセスの声が頭上から降ってきた。
「なにを謝るのです。あなたは何か悪いことをしたのですか?」
「いえ」
「でしたら、謝る必要はないでしょう」
てっきり叱られるとばかり考えていた。
抱いていた不安が少しだけ取り除かれて、ほっとするのも束の間。
次の言葉に、わたしはどきりとすることになる。
「立場上、相手の機嫌を損ねないようにするために必要な行為だということは分かっています。しかし、本当に謝りたい時のためにも、そうやってすぐに謝る癖は直しておいた方がいいかもしれませんね」
「はい・・・・・」
耳に熱が集中していく。
己の未熟さが恥ずかしくてたまらなくなった。
今日は痛いところを突かれてばかりだ、しかし同時にこうも思う。
これは彼女自身の教訓ではないだろうかと。
謝ることを常としてしまえば、ましてや意味を理解した上でなければ、それはただのその場しのぎのものに成りかねない。
簡単に口にしてばかりいれば信憑性が薄れてしまうのだ、と。
「さあ、先を急ぎますよ」
「は、はい、ミセス・バセット」
彼女はどういう人生を歩んできたのだろう。
ここに来る前はどのような生き方をしていたのか。
どうしてこの屋敷を選んだのか。
そして、どんな気持ちでジョースター卿の下に仕えているのか・・・・・・。
わたしは彼女の人生観に僅かながら興味を抱いた。
けれど、それを知るときがくることはきっとないだろう、なんとなくそんな気がした。
一階と比べれば部屋数の少ない二階を見て回るのに、そう時間はかからなかった。
というより、ミセスが意図的に案内を簡単に済ませたように見えた
「本日からあなたにはここに住んでもらいます」
「・・・あの、ここまで広い屋根裏は初めて見ましたが・・・・・・。本当に、ここに住まわせて頂いてもいいのでしょうか・・・」
「当然です。ジョースター卿の意向で、みなに辛い思いをさせないためにも、わざわざこういう造りにして下さったのですから」
扉を開けるなり、一般的な部屋と変わりないほど整った室内が広がっていて驚いた。
一介の、それも下級のメイドにしては好待遇すぎるのではないだろうか。
はっきり言って、実家にいた頃よりも質のいい暮らしができそうだ。
「アリシア、ここは特別なのですよ。わたくしたちメイドには身に余るほどに・・・・・・」
ミセスは何かを思い出すように目を伏せたが、すぐにいつもの凛々しい表情に戻り、誇らしげに室内を見渡した。
「他のメイドたちもここに住んでいます。もちろん、仲良くできますね?わたくしは、くだらないことで醜態を晒すメイドなどを見ることはないと信じていますよ。そうですね、たとえばお菓子の取り合いなどがいい例でしょう」
お菓子の取り合い、これはこれで実際に起こりそうな事件だ。
庶民にとってはあっさり手に入ることのない代物なら尚更、誰だって手を伸ばしたくなること間違いなしだろうから、これがまたありえないことではない。
「過去にあったのですか?そういうことが」
「たとえば、の話ですよ」
「ハイ」
この人の冗談と本気の見分けがつけられるようになるためには、相当の期間を要するのかもしれない。
「では、わたくしは一度、席を外しますから、戻ってくるまでこの部屋で休んでおきなさい。荷物のことならあとで同僚の者が教えてくれますから、いまは適当なところへ置いておくといいでしょう」
案内が終わるなり早々に押し込まれた屋根裏部屋。
そこにぽつんと取り残されたわたしは、扉の向こうで遠くなっていくミセスの足音を耳で追った。
そうして音が聞こえなくなってから、ほっと胸をなでおろした。
落ち着いて、改めて部屋の全体を見渡す。
個人用のベッドが三つ、内二つは二段ベッドだ、シーツも綺麗に整えられてある。
それからテーブルにチェア、クローゼット、一人がけのソファ、身だしなみを整えるためのミラー・・・・・・必要最低限の家具なのに、それなりに質が良い物ばかりに見えるのは気のせいでないだろう。
さっき、ミセスが言っていた通りだ。
開け放たれたままだった窓から入ってくる風が心地良くて、新鮮な空気を肺いっぱいに取り込もうと、深く息を吸って、ゆっくりと吐き出した。
ようやっと訪れた一人だけの時間に緊張の糸が一気にほぐれていく。
これほどまで長い時間を知らない人と過ごすのは、わたしとしては滅多にないことだった。
街へ来たところで、他人と接するのは商品を受け渡しするほんの短い間だけで、長い世間話は父の専売特許だったし、売り物がなくなってしまえば、あとは地元へ帰るだけ。
知らない人と出歩くなんてことはしたことがない。
人生のほとんどを、幼い頃からの知り合いばかりに囲まれて育ってきたが故の結果だ。
長い道のりだとは思うけれど、こればかりは慣れるしかないのだろう。
わたしは無意識にため息を吐いた。
故郷が恋しい。
早くもホームシックである。