一部
アリシア
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父は地主からわずかな土地を借り作物を作る農民だ。
大きさはさほど広くもなく、ネコの額ほどの畑だが、今のところ大した不自由はしていない。
周りの人は口を揃えて。
「作物の世話を任せたら、どこの農村にも負けないぞ!」
と言う。
実際のところ、父はどんな作物でも上手に育て上げてみせたので、私は幼いなりにも父を尊敬していた。
あとは近所のお姉さんとおままごとをしてもらっている時にさえ、似たようなことがあったっけ。
「アリシアちゃんのお父さんはいいなぁ。あたしがあとちょっと美人な大人だったら、きっとガマンできないわ。とってもステキだもの」
なんて、うっとりとした顔で話していた。
なにをガマンできないのかは訊かなかった。
聞いてはいけないような予感がしたから。
話を戻そう。
対する母もまた働き者だった。
華奢なため力仕事には不向きなものの、代わりに手先が器用だった。
農作業を手伝うかたわら、彼女はどこからともなく刺繍や裁縫といった内職を探してきては、せっせと勤しんでいた。
そんな両親の背をながめて育ってきた私も彼らと同じ生活を送っている。
父は職業柄、家族で一番早くに目が覚める。
父がベッドから降りると次に体を起こすのは母親で、私は家の中が慌しくなってき始めた頃に目が覚める。
どうせなら起床するついでに私も起こしてくれればいいものを、両親はそれを良しとしない。
子供の成長には睡眠が不可欠だとか、なんだかんだ理由を述べては自然に目覚めるのを待ってくれている。
そうして、やや遅れてからベッドから這いずり出た私を見て母は、土を覆う草花のような柔らかな笑みを浮かべるのだ。
私の朝は、いつも彼女の笑顔から始まる。
場所は変わって、家の外。
##NAME2##家の家畜小屋は自宅の裏手に建ててある。
大きな木が目印だ。
私の家の屋根より高いそれは、家畜たちが雨をしのぐためだけじゃなく、夏の日差しさえぎるためにも欠かせない。
「今日も暑いなあ、アリシア」
父の言葉に私はうなずいた。
そよ風で枝葉のこすれる音は聞いていて気分がいい。
地面から顔を出したままの根っこのそばで、めん鶏が、生まれたばかりのヒヨコと仲良くまき餌をつついてる。
今日も平和そのものだ。
私は日よけのための帽子を被りなおす。
私と父はこれからの夏に備えて、畑の手入れをしていた。
育てるのはラナービーンズ、ピーマン、スイートコーン、他にも何種類かある。
沢山の種が入ったざるを両手で抱えながら、私はどれから植えようかと迷っていた。
この仲でも特に植えたいのが、カボチャとズッキーニの交配種から出来た、マローという野菜。
マローは生でも食べられるし、調理の多様性にも恵まれているから扱いやすい。
それに大きく育てれば、冬場の貯蔵にもなる。
いつ起こるか分からない食料不足には、もってこいなのだ。
私は指で種を摘んだ、その時だ。
「旦那ァーッ!大変だよーッ!」
近所に住む顔馴染みの農婦が慌てて私たちに駆け寄ってきて、呼吸荒げに口を開いた。
「カミラさんが倒れた!!」
母の名前を聞くなり父の顔色が変わった。
母は裁縫用の糸を仕入れに行くと言い、朝から隣の村へ出かけたばかりだ。
あの時はいつものように元気そうだったのに、それがなぜ?
婦人は息を整えないまま言葉を続ける。
となり村から来る荷馬車がたまたま彼女を見つけて拾ったんだ、と。
夏野菜の下準備中なんてことは私たちの頭からすっ飛んでいった。
父は手にしていた道具を適当なところへ放り投げるなり、婦人が来た道を、文字通り全力疾走で逆走していってしまった。
母の居場所を聞きもしないで走り去った父に、婦人はこれまた渋い顔をして。
「あれは一体どこへ向かうつもりなんだい!?」
と、零した。
それから彼女は幼い私に「お家でお利口にしているんだよ」「あとで報せにくるからね」と、ちゃんと言いつけてから、父の後を追いかけていった。
突然の出来事に頭が回らない私は、婦人の背中が豆粒の大きさになるのを見届けたあとで、ねじ巻き式のおもちゃみたいに、のろのろと動きだした。