初恋
「近々、直央から伊集院さんに連絡があるかもしれません」
プロデューサーからそんなことを言われたのはつい先週のことであった。聞けば、岡村君にとあるドラマの仕事が入ったそうだ。もともと子役として活躍していたのでそれだけ聞けば珍しい話でもないのだが、今回はキスシーンがあるという。もちろんプロデューサーの独断ではなく、岡村君本人の意思を確認してからオファーを受けたそうだ。小学生にしてそんな仕事が指名で入るなんて俺も負けていられないな……なんて思いながら、来るかもしれない連絡をどこか微笑ましい気持ちで待っていた。
「あの!ほ、ほくとくん……!ボクとデートしてくれませんか?」
事務所でばったり会った岡村君に、熱烈なデートのお誘いを受けたのが3日前だった。プロデューサーから聞いていた通りのことを岡村君から説明され、恋愛についてデートという実践を交えながら教えて欲しいとのことだった。
「うん、俺でよかったら付き合うよ」
「やった!……ってボクはしゃぎすぎですね。すみません。でも、ありがとうございます。ほくとくんはボクの憧れの人なんです!ほくとくんに教えてもらえたら、きっといい演技ができると思います!」
仕事に真摯に向き合う岡村君の姿は、大人顔負けだ。少しでも岡村君の役に立てたらいいなと思い、デートプランを頭の中で考え始めた。
デート当日。
岡村君の家まで車を走らせること30分。約束していた時間の10分前に家へ着いてしまった。
『ゆっくりでいいからね』と携帯へ到着したことを伝えるメッセージを送ると、1分も経たないうちに『すぐに行きます!』と返事が返ってきた。
程なくして、マンションから岡村君が出てくるのが見えたので、助手席のドアを開けて待つ。
「あの、ボクがここに座ってもいいんですか?」
「あれ?もしかして後ろがよかった?」
「い、いえ!ほくとくんのかっこいい車の助手席に座るだなんて、なんだか本当のデートみたいだなって……」
「あははっ、デートじゃないの?」
「で、デートです!よろしくお願いします!」
岡村君の可愛らしい反応に思わず笑みがこぼれる。
「お母さんにご挨拶したかったけど、今日はお仕事?」
「はっ、はい。なので、今日は北斗くんとデートするってことは内緒にしているんです。きっと、会えなくて悔しがると思ったので……。プロデューサーさんがお迎えに来るって言ってあります」
「ふふっ、岡村君は優しいんだね」
「そう……ですかね」
お母さんに優しい嘘をついてしまったことに後ろめたさを感じているようで、ますます純粋でいい子だなと感心してしまった。
岡村君のお母さんはJupiterの大ファンで、風の噂では岡村君はJupiterと共演することを目標に315プロダクションに入ったと聞いたことがある。その後、共演する機会は何度かあって、岡村君と一緒に仕事をする度に「ほくとくんはすごいです!憧れます!」と彼から褒められたりしたものだ。だから岡村君は俺の中で『少しだけ特別に目をかけてあげたい後輩』の一人になっていた。
「本当は、ボクがほくとくんを迎えに行けたらよかったんですけど……」
走り始めた車の中で、岡村君が小さくそう言った。
「あれ、そうだったの?てっきり今日は俺がエスコートするのかと思ってた」
「ドラマだとボクが積極的にエスコートをする役なんです。だから今日は、ボクが頑張ってエスコートしたいなって思ってます!もし悪いところがあったらちゃんと教えてくださいね」
張り切ってエスコート宣言をする岡村君を横目に、きっと悪いところなんて一つも出てこないだろう思いながら、目的地へと向かった。
それから15分ほど車を走らせ、岡村君ご指定のテーマパークに着いたのは11時を回った頃だった。
今日は岡村君の学校の振替休日だったのだが、平日にもかかわらず人が賑わっていた。とはいえ大混雑とまではいかないので、快適に楽しむことはできるだろう。
チケット売り場の最後尾まで歩き、二人で行儀良く並んだ。
「デートのお金はプロデューサーさんから預かっているので、ボクがチケットを買いますね」
「うん、よろしくね」
デートのお金を経費で払ってもらうのは、もしかしたら初めてかもしれない。少し面白くなって笑っていると、それに気付いた岡村君がしょんぼりとした顔で口を開く。
「ほ、本当はボクのお小遣いで払いたかったんですけど、プロデューサーがお仕事だからダメですって……。デートなのにカッコ悪いですよね」
「ごめんごめん、そんなことないよ。俺も実はプロデューサーから何かあった時の為にお金は預かってるんだ。今日はデートだけど、ちゃんとお仕事としてきてるんだから大丈夫だよ」
安心させるように頭を撫でると、岡村君は恥ずかしいのか少しだけ顔を赤くした。
大人1枚と小人1枚。
それぞれのチケットを手に持ち園内へと入った。陽気なBGMとともにテーマパークのキャラクターたちが出迎えてくれる。
「わぁ……!」
キャラクターを前に岡村君は目を輝かせている。今にも走り出しそうな勢いだったので、腰をかがめ、目線を合わせながら声をかける。
「岡村君。エスコート、お願いしてもいいかな?」
そう言って手を差し出すと、顔を真っ赤にしながら頷いて俺の手を優しく握ってくれた。
それからの岡村君は、しっかりと俺をエスコートしてくれた。アトラクションに並んでいる間は適度に雑談をしたり、乗り終わったあと喉が渇いたなと思ったタイミングで飲み物を買ってきてくれたり、さりげなくトイレ休憩を作ってくれたりと、完璧だ。あまりにも完璧なので驚いてしまった。そのことを伝えると「えへへ、ほくとくんの真似をしてみただけですよ」なんて、口説き文句のような言葉が出てきて、柄にもなく照れ臭くなってしまった。
こんなに楽しいデートはいつ振りだろうか。デートを通して岡村君とは、冬馬や翔太、マイケル、同年代の鷹城君や木村君とはまた違った、気心知れた関係になれたような気がする。年齢は関係ない。アイドルとしても、一人の人間としてもとても魅力的で尊敬できる部分が、彼にはたくさんあるのだ。
「ほくとくん、あの……最後に、演技の練習に付き合ってもらってもいいですか?」
楽しい時間はあっという間に過ぎ、夜のパレードを見終わった頃。岡村君が本題を切り出す。
「うん、いいよ。もしかしてキスシーンのところかな?」
「あっ、えっと………………はい……」
薄明かりの中でも分かるくらい、岡村君の頬は真っ赤だった。
「実は、プロデューサーからそういうシーンがあるって聞いていたんだ。キスをするのは初めて?」
聞くと、ゆっくりと頷いた。
「それは責任重大だね。俺からする?それとも、岡村君が俺にしてみる?……って言っても、岡村君が俺で良ければだけど」
「ほ、ほくとくんがい……いいって言ってくれるなら、ボクはほくとくんと、き、キスしたいです!」
俺の言葉を遮る勢いでキスをせがまれては、断る理由もない。園内は人もまばらで人気の少ない場所までいけば、変に驚かれることもないだろう。岡村君の手を引き、帰る人々に逆らうように場所を探すことにした。
少し歩くと、街灯のほのかな灯りに照らされたベンチを見つけた。周りのベンチにはカップルが点々としていたが、誰も俺たちを気にすることはないだろう。
「ここでいいかな?」
目線を合わせるようにベンチに腰掛けると、岡村君は緊張した面持ちで頷いた。
「少しだけ、心の準備をしてもいいですか?」
「いつでも、岡村君のタイミングで大丈夫だよ」
そう伝えると、岡村君は目を閉じて心を落ち着かせているようだった。
「そ、それじゃあ……お願いします」
すぅ……っと深呼吸をする音が聞こえた。
「ほくとくん……」
名前を呼ばれ顔を上げると、先程はとはまるで別人のように役者の顔に切り替わった彼が立っていた。
聞いていたドラマのストーリーはこうだ。明日転校してしまう女の子と最後の思い出に遊園地でデートをし、その別れ際にキスをするという。
大好きな人との別れを惜しむ切なげな表情。まだ台詞は一言も発していないのに、その演技に呑まれそうになった。
「ほくとくん、大好きだよ。ボクが大人になったらもう一度告白するから……それまで待ってて。必ず、ほくとくんのこと迎えに行くから」
小さな温かい手の平が、頬に触れる。
「それまで、お別れのキス」
オレンジ色の街頭に照らされ輝く瞳に、吸い込まれるようにまぶたを閉じた。
その刹那。ふに、と柔らかいそれが唇に押し当てられる。それは一瞬で、それでいて永遠のように甘いくちづけだった。
「……うん、待ってる」
事前に聞いていた女の子のセリフが思わず口から溢れてしまった。恐らく、それがいけなかったのだろう。
「はわっ……うぅ〜〜〜〜」
暗がりでも分かるくらい顔を真っ赤に染めて、岡村君は俺の足元にうずくまってしまった。さっきまでそこにいた「俳優・岡村直央」の姿は一瞬にして小学六年生の男の子に戻ってしまったのだ。
「岡村君。すごく情熱的でよかったよ。ドキッとしちゃった。俺の指導なんていらなかったんじゃないかな?」
言いながら、よしよしと岡村君の頭を撫でるとふるふると首を横に振る。
「ほくとくんじゃなかったら、こんなにドキドキできなかったと思います。たくさん勉強になりました!今日は本当に、ありがとうございました!」
まだ恥ずかしいのか真っ赤な顔のまま立ち上がり、真剣にお礼の言葉を伝えようとする姿が可愛らしい。
今日一番のミッションも達成できたので、そのまま帰路につくことにした。
1ヶ月後。
いよいよ今日は岡村君が出演したドラマの放送日だ。最年少グループのアイドルにキスシーンのある仕事が入ったということで、先を越された中高生たちは、良い意味で悔しがったり盛り上がったりと事務所は賑やかだった。
岡村君の出番は物語の終盤だった。
想いを寄せている彼女との遊園地デートが始まった。ジェットコースターやコーヒーカップ、観覧車に乗ったりと楽しい時間はあっという間に過ぎていく。そんな中、シンデレラの魔法が解けるように閉園のアナウンスが流れた。そこで、彼は彼女に思いを告げる。
『——ちゃん、大好きだよ。大人になったら迎えに行くね。それまで待ってて』
画面の中の彼、岡村君はそう愛の告白をし、そのまま続けてキスをした。とてもスマートな動作だった。程なくしてBGMが流れ、甘酸っぱいシーンに全国の視聴者は釘付けになっていることだろう。
ただ一人、俺を除いて。
岡村君の演技は素晴らしいものだった。彼女との別れの切なさを一挙一動で表現できていた。そんな百点満点以上の演技だったからこそ、俺とデートした時との相違点が気になってしまったのだ。
まず、言われたセリフが少し違ったこと。
岡村君はこの前「大人になったらもう一度告白するから」と言っていたような気がした。しかしそのセリフはなかった。ストーリーを振り返るともう一度告白をする必要がないくらい二人は相思相愛だということが分かったので、もしかしたら大幅にカットされただけかもしれないが……。
そして次に、岡村君が口ではなく頬にキスをしていたことだ。岡村君からは事前に口にキスをすると聞かされていた。子役同士のキスシーンだが、監督がどうしても拘りたいということで、頬でなく口にしたいと言っていたそうだ。そこまでいうのなら急遽変更されることはなさそうだが、もしかしたら何らかの事情で変更になったのかもしれない。岡村君のファーストキスが他の誰かに上書きされなくて少し嬉しいような気もしたが、それだったら岡村君のファーストキスを俺なんかが奪わなくても良かったのではないかと、後悔の念が押し寄せる。
よく考えてみたらキスの練習なんて「キスをする振り」だけでもよかったのだ。ましてや相手は小学生だ。いくら岡村君が演技という仕事に真摯に向き合っていたとしても、大人の自分が配慮するべきだったと今更ながらに反省をした。
これはしっかりと謝らなければならない。しかし、岡村君のことだ。俺が謝まることで逆に気を使わせてしまうのは目に見えていた。なので、ドラマの感想を伝えるとともに、岡村君の負担にならない程度にそれとなく謝罪を入れようと思った(少しでも謝罪はしておかないと俺の気が晴れないので)
時計を見るともう夜の10時だ。
あまり遅い時間に連絡をするのは気が引けたが、こういうのは早い方がいい。携帯を取りメッセージを送る。
『ドラマ、すごくよかったよ。もしよかったら電話しても大丈夫かな?どうしても感想を伝えたくて』
『ありがとうございます!少しだけなら、大丈夫です』
メッセージはすぐに返ってきた。岡村君も自分の作品はリアルタイムでチェックをしていたようだ。発信ボタンを押すと電話はすぐに繋がった。
「ごめんね、こんな遅い時間に電話なんかしちゃって」
「いえ。今日はお母さん夜勤なので、今は家に一人だから大丈夫です。あんまり大きな声でお話ししちゃうと、近所迷惑になっちゃうかなって思っただけで……」
いつもより少し控えめなトーンで話す岡村君が可愛らしい。
「ドラマ、すごいよかったよ。やっぱり俺の指導なんていらなかったんじゃないかな」
「そんな!ほくとくんがボクにたくさん教えてくれたからできたんです。ボクだけで考えてたらあんな演技はできなかった。本当にほくとくんのお陰なんです」
「ふふ、そう言ってもらえるとデートのお誘いに乗ってよかったなって思うよ」
「ボクの方こそ、本当にありがとうございました!」
「それと、岡村君のファーストキス。俺がもらっちゃってよかったのかな。演出変わったみたいだし、本当にしなくても大丈夫だったんだね」
「……あっ、えと……それは……」
俺の言葉に岡村君が言葉を詰まらせる。
てっきり監督さんの気が変わって、とか女の子の事務所が急にNGを出して、とかそういう言葉がさらりと返ってくると思っていたからだ。
岡村君の反応に動揺してうまく言葉を返せないでいると、電話の向こうから小さな啜り泣く声が聞こえてきた。
「……っ、ボ、ボクが……ほ……くんと……キ、……したかったからっ……」
その小さく震える声は、確かに俺の耳に届いた。
『ボクがほくとくんとキスしたかったから』
彼はたしかにそう言ったのだ。
それを聞いた瞬間、俺は気が付いてしまった。
岡村君とデートをした時にされた告白は、演技でもなんでもなく、俺に向けた紛れもない「愛の告白」だったのだ。
電話口からは啜り泣く声が聞こえる。それを落ち着かせるようにつとめて優しい声を出す。
「ねぇ、岡村君。もしよかったら、またいつでもデートに誘ってね」
「……え?」
「それと、もし君が本気なら、俺は迎えにきてくれるのを何年でも待ってるよ。それじゃ、おやすみ。チャオ☆」
「え、えっ!?あっ、おっ、おやすみなさい……!!」
受話器の向こうで慌てふためく声を聞きながら、半ば言い逃げのように電話を切ってしまった。
柄にもなく心臓の音がうるさい。今の反応で分かってしまった。岡村君の気持ちも、俺自身の気持ちも。
仕事という名目はあれど、俺はあの時岡村君から本当に「愛の告白」をされていた。そして俺は、その告白に強く心を動かされていたのだ。
恐らく、ことの顛末はこうだろう。
光栄なことに岡村君は俺のことが好きだった。恐らく恋愛感情の方で。そんな中、キスシーンのある仕事が舞い込んだ。キスシーンがあること自体は岡村君にとって問題はなかった。結果的には頬にすることになったが、恐らくオファーが来た時は「キスシーンがある」としか聞かされていなかったのだろう。仕事とはいえファーストキスはできれば好きな人としたかった。そこで俺に声をかけ演技の練習としてファーストキスを済ませてしまおうと思ったわけだ。それに加えて、ドラマのシチュエーションと俺と岡村君の関係が少し似ていたこともあり、きっと恋愛感情を学ぶために俺にあえて「告白」をしてきたのだろう。
岡村君としては恐らく「仕事」を頭に置いて自分の感情を実際に動かし「恋愛感情」を学んだにすぎない出来事だったのだろう。だから俺に本心を気付かれるとは一ミリも思っていなかったはずだ。
しかし俺は気付いてしまった。あんな情熱的な告白をされて気付かない方がおかしいが、俺も仕事だということ、岡村君がまだ小学生だということが頭にあったので最初は気付くことができなかったのだ。
彼はまだ若い。憧れと恋愛感情がないまぜになっているだけかもしれない。けれどあの愛の告白は紛れもなく本物だった。だから俺も気付かなかったふりをせずに真剣に向き合いたいと思った。たとえ、大人になる途中で岡村君が思い違いだったと気付いても、それはそれで構わない。俺は岡村君のことをいつまでも待てるようなそんな気がした。
次の日の夕方。
台本を取りに事務所へ立ち寄ると、プロデューサーが「やっときましたね!」と、どこか興奮気味に声を掛けてきた。何かあるのだろうかと首を傾げていると、パーテーションの裏から薔薇の花束を差し出された。
「今朝、直央から連絡があって今日の伊集院さんのスケジュールを聞かれたんです。夕方くらいに事務所に来るって伝えたら、この間のドラマのお礼に伊集院さんに渡したいって、さっき持ってきたんですよ」
「えっ」
「ギリギリまで待ってもらっていたのですが、直央たちも仕事が入っていたので……すれ違いですね。それにしても、直央が薔薇の花束を買ってくるなんて、どこの"先輩"に似たんですかね?」
プロデューサーがくつくつと笑う。
「プロデューサー……俺はそんなことまで教えてないですよ」
岡村君が俺に用意してくれた花束を受け取り、両手で抱える。
テープで貼られた小さな封筒が目に入り、破けないように丁寧に剥がしてから封を開いた。
北斗君へ
この前はありがとうございました。
これがボクの気持ちです。
むかえにいくから、それまで待っていてください。
岡村直央より
赤い薔薇が12本。
綺麗な花束になっていた。
花言葉は「私と付き合ってください」
終
プロデューサーからそんなことを言われたのはつい先週のことであった。聞けば、岡村君にとあるドラマの仕事が入ったそうだ。もともと子役として活躍していたのでそれだけ聞けば珍しい話でもないのだが、今回はキスシーンがあるという。もちろんプロデューサーの独断ではなく、岡村君本人の意思を確認してからオファーを受けたそうだ。小学生にしてそんな仕事が指名で入るなんて俺も負けていられないな……なんて思いながら、来るかもしれない連絡をどこか微笑ましい気持ちで待っていた。
「あの!ほ、ほくとくん……!ボクとデートしてくれませんか?」
事務所でばったり会った岡村君に、熱烈なデートのお誘いを受けたのが3日前だった。プロデューサーから聞いていた通りのことを岡村君から説明され、恋愛についてデートという実践を交えながら教えて欲しいとのことだった。
「うん、俺でよかったら付き合うよ」
「やった!……ってボクはしゃぎすぎですね。すみません。でも、ありがとうございます。ほくとくんはボクの憧れの人なんです!ほくとくんに教えてもらえたら、きっといい演技ができると思います!」
仕事に真摯に向き合う岡村君の姿は、大人顔負けだ。少しでも岡村君の役に立てたらいいなと思い、デートプランを頭の中で考え始めた。
デート当日。
岡村君の家まで車を走らせること30分。約束していた時間の10分前に家へ着いてしまった。
『ゆっくりでいいからね』と携帯へ到着したことを伝えるメッセージを送ると、1分も経たないうちに『すぐに行きます!』と返事が返ってきた。
程なくして、マンションから岡村君が出てくるのが見えたので、助手席のドアを開けて待つ。
「あの、ボクがここに座ってもいいんですか?」
「あれ?もしかして後ろがよかった?」
「い、いえ!ほくとくんのかっこいい車の助手席に座るだなんて、なんだか本当のデートみたいだなって……」
「あははっ、デートじゃないの?」
「で、デートです!よろしくお願いします!」
岡村君の可愛らしい反応に思わず笑みがこぼれる。
「お母さんにご挨拶したかったけど、今日はお仕事?」
「はっ、はい。なので、今日は北斗くんとデートするってことは内緒にしているんです。きっと、会えなくて悔しがると思ったので……。プロデューサーさんがお迎えに来るって言ってあります」
「ふふっ、岡村君は優しいんだね」
「そう……ですかね」
お母さんに優しい嘘をついてしまったことに後ろめたさを感じているようで、ますます純粋でいい子だなと感心してしまった。
岡村君のお母さんはJupiterの大ファンで、風の噂では岡村君はJupiterと共演することを目標に315プロダクションに入ったと聞いたことがある。その後、共演する機会は何度かあって、岡村君と一緒に仕事をする度に「ほくとくんはすごいです!憧れます!」と彼から褒められたりしたものだ。だから岡村君は俺の中で『少しだけ特別に目をかけてあげたい後輩』の一人になっていた。
「本当は、ボクがほくとくんを迎えに行けたらよかったんですけど……」
走り始めた車の中で、岡村君が小さくそう言った。
「あれ、そうだったの?てっきり今日は俺がエスコートするのかと思ってた」
「ドラマだとボクが積極的にエスコートをする役なんです。だから今日は、ボクが頑張ってエスコートしたいなって思ってます!もし悪いところがあったらちゃんと教えてくださいね」
張り切ってエスコート宣言をする岡村君を横目に、きっと悪いところなんて一つも出てこないだろう思いながら、目的地へと向かった。
それから15分ほど車を走らせ、岡村君ご指定のテーマパークに着いたのは11時を回った頃だった。
今日は岡村君の学校の振替休日だったのだが、平日にもかかわらず人が賑わっていた。とはいえ大混雑とまではいかないので、快適に楽しむことはできるだろう。
チケット売り場の最後尾まで歩き、二人で行儀良く並んだ。
「デートのお金はプロデューサーさんから預かっているので、ボクがチケットを買いますね」
「うん、よろしくね」
デートのお金を経費で払ってもらうのは、もしかしたら初めてかもしれない。少し面白くなって笑っていると、それに気付いた岡村君がしょんぼりとした顔で口を開く。
「ほ、本当はボクのお小遣いで払いたかったんですけど、プロデューサーがお仕事だからダメですって……。デートなのにカッコ悪いですよね」
「ごめんごめん、そんなことないよ。俺も実はプロデューサーから何かあった時の為にお金は預かってるんだ。今日はデートだけど、ちゃんとお仕事としてきてるんだから大丈夫だよ」
安心させるように頭を撫でると、岡村君は恥ずかしいのか少しだけ顔を赤くした。
大人1枚と小人1枚。
それぞれのチケットを手に持ち園内へと入った。陽気なBGMとともにテーマパークのキャラクターたちが出迎えてくれる。
「わぁ……!」
キャラクターを前に岡村君は目を輝かせている。今にも走り出しそうな勢いだったので、腰をかがめ、目線を合わせながら声をかける。
「岡村君。エスコート、お願いしてもいいかな?」
そう言って手を差し出すと、顔を真っ赤にしながら頷いて俺の手を優しく握ってくれた。
それからの岡村君は、しっかりと俺をエスコートしてくれた。アトラクションに並んでいる間は適度に雑談をしたり、乗り終わったあと喉が渇いたなと思ったタイミングで飲み物を買ってきてくれたり、さりげなくトイレ休憩を作ってくれたりと、完璧だ。あまりにも完璧なので驚いてしまった。そのことを伝えると「えへへ、ほくとくんの真似をしてみただけですよ」なんて、口説き文句のような言葉が出てきて、柄にもなく照れ臭くなってしまった。
こんなに楽しいデートはいつ振りだろうか。デートを通して岡村君とは、冬馬や翔太、マイケル、同年代の鷹城君や木村君とはまた違った、気心知れた関係になれたような気がする。年齢は関係ない。アイドルとしても、一人の人間としてもとても魅力的で尊敬できる部分が、彼にはたくさんあるのだ。
「ほくとくん、あの……最後に、演技の練習に付き合ってもらってもいいですか?」
楽しい時間はあっという間に過ぎ、夜のパレードを見終わった頃。岡村君が本題を切り出す。
「うん、いいよ。もしかしてキスシーンのところかな?」
「あっ、えっと………………はい……」
薄明かりの中でも分かるくらい、岡村君の頬は真っ赤だった。
「実は、プロデューサーからそういうシーンがあるって聞いていたんだ。キスをするのは初めて?」
聞くと、ゆっくりと頷いた。
「それは責任重大だね。俺からする?それとも、岡村君が俺にしてみる?……って言っても、岡村君が俺で良ければだけど」
「ほ、ほくとくんがい……いいって言ってくれるなら、ボクはほくとくんと、き、キスしたいです!」
俺の言葉を遮る勢いでキスをせがまれては、断る理由もない。園内は人もまばらで人気の少ない場所までいけば、変に驚かれることもないだろう。岡村君の手を引き、帰る人々に逆らうように場所を探すことにした。
少し歩くと、街灯のほのかな灯りに照らされたベンチを見つけた。周りのベンチにはカップルが点々としていたが、誰も俺たちを気にすることはないだろう。
「ここでいいかな?」
目線を合わせるようにベンチに腰掛けると、岡村君は緊張した面持ちで頷いた。
「少しだけ、心の準備をしてもいいですか?」
「いつでも、岡村君のタイミングで大丈夫だよ」
そう伝えると、岡村君は目を閉じて心を落ち着かせているようだった。
「そ、それじゃあ……お願いします」
すぅ……っと深呼吸をする音が聞こえた。
「ほくとくん……」
名前を呼ばれ顔を上げると、先程はとはまるで別人のように役者の顔に切り替わった彼が立っていた。
聞いていたドラマのストーリーはこうだ。明日転校してしまう女の子と最後の思い出に遊園地でデートをし、その別れ際にキスをするという。
大好きな人との別れを惜しむ切なげな表情。まだ台詞は一言も発していないのに、その演技に呑まれそうになった。
「ほくとくん、大好きだよ。ボクが大人になったらもう一度告白するから……それまで待ってて。必ず、ほくとくんのこと迎えに行くから」
小さな温かい手の平が、頬に触れる。
「それまで、お別れのキス」
オレンジ色の街頭に照らされ輝く瞳に、吸い込まれるようにまぶたを閉じた。
その刹那。ふに、と柔らかいそれが唇に押し当てられる。それは一瞬で、それでいて永遠のように甘いくちづけだった。
「……うん、待ってる」
事前に聞いていた女の子のセリフが思わず口から溢れてしまった。恐らく、それがいけなかったのだろう。
「はわっ……うぅ〜〜〜〜」
暗がりでも分かるくらい顔を真っ赤に染めて、岡村君は俺の足元にうずくまってしまった。さっきまでそこにいた「俳優・岡村直央」の姿は一瞬にして小学六年生の男の子に戻ってしまったのだ。
「岡村君。すごく情熱的でよかったよ。ドキッとしちゃった。俺の指導なんていらなかったんじゃないかな?」
言いながら、よしよしと岡村君の頭を撫でるとふるふると首を横に振る。
「ほくとくんじゃなかったら、こんなにドキドキできなかったと思います。たくさん勉強になりました!今日は本当に、ありがとうございました!」
まだ恥ずかしいのか真っ赤な顔のまま立ち上がり、真剣にお礼の言葉を伝えようとする姿が可愛らしい。
今日一番のミッションも達成できたので、そのまま帰路につくことにした。
1ヶ月後。
いよいよ今日は岡村君が出演したドラマの放送日だ。最年少グループのアイドルにキスシーンのある仕事が入ったということで、先を越された中高生たちは、良い意味で悔しがったり盛り上がったりと事務所は賑やかだった。
岡村君の出番は物語の終盤だった。
想いを寄せている彼女との遊園地デートが始まった。ジェットコースターやコーヒーカップ、観覧車に乗ったりと楽しい時間はあっという間に過ぎていく。そんな中、シンデレラの魔法が解けるように閉園のアナウンスが流れた。そこで、彼は彼女に思いを告げる。
『——ちゃん、大好きだよ。大人になったら迎えに行くね。それまで待ってて』
画面の中の彼、岡村君はそう愛の告白をし、そのまま続けてキスをした。とてもスマートな動作だった。程なくしてBGMが流れ、甘酸っぱいシーンに全国の視聴者は釘付けになっていることだろう。
ただ一人、俺を除いて。
岡村君の演技は素晴らしいものだった。彼女との別れの切なさを一挙一動で表現できていた。そんな百点満点以上の演技だったからこそ、俺とデートした時との相違点が気になってしまったのだ。
まず、言われたセリフが少し違ったこと。
岡村君はこの前「大人になったらもう一度告白するから」と言っていたような気がした。しかしそのセリフはなかった。ストーリーを振り返るともう一度告白をする必要がないくらい二人は相思相愛だということが分かったので、もしかしたら大幅にカットされただけかもしれないが……。
そして次に、岡村君が口ではなく頬にキスをしていたことだ。岡村君からは事前に口にキスをすると聞かされていた。子役同士のキスシーンだが、監督がどうしても拘りたいということで、頬でなく口にしたいと言っていたそうだ。そこまでいうのなら急遽変更されることはなさそうだが、もしかしたら何らかの事情で変更になったのかもしれない。岡村君のファーストキスが他の誰かに上書きされなくて少し嬉しいような気もしたが、それだったら岡村君のファーストキスを俺なんかが奪わなくても良かったのではないかと、後悔の念が押し寄せる。
よく考えてみたらキスの練習なんて「キスをする振り」だけでもよかったのだ。ましてや相手は小学生だ。いくら岡村君が演技という仕事に真摯に向き合っていたとしても、大人の自分が配慮するべきだったと今更ながらに反省をした。
これはしっかりと謝らなければならない。しかし、岡村君のことだ。俺が謝まることで逆に気を使わせてしまうのは目に見えていた。なので、ドラマの感想を伝えるとともに、岡村君の負担にならない程度にそれとなく謝罪を入れようと思った(少しでも謝罪はしておかないと俺の気が晴れないので)
時計を見るともう夜の10時だ。
あまり遅い時間に連絡をするのは気が引けたが、こういうのは早い方がいい。携帯を取りメッセージを送る。
『ドラマ、すごくよかったよ。もしよかったら電話しても大丈夫かな?どうしても感想を伝えたくて』
『ありがとうございます!少しだけなら、大丈夫です』
メッセージはすぐに返ってきた。岡村君も自分の作品はリアルタイムでチェックをしていたようだ。発信ボタンを押すと電話はすぐに繋がった。
「ごめんね、こんな遅い時間に電話なんかしちゃって」
「いえ。今日はお母さん夜勤なので、今は家に一人だから大丈夫です。あんまり大きな声でお話ししちゃうと、近所迷惑になっちゃうかなって思っただけで……」
いつもより少し控えめなトーンで話す岡村君が可愛らしい。
「ドラマ、すごいよかったよ。やっぱり俺の指導なんていらなかったんじゃないかな」
「そんな!ほくとくんがボクにたくさん教えてくれたからできたんです。ボクだけで考えてたらあんな演技はできなかった。本当にほくとくんのお陰なんです」
「ふふ、そう言ってもらえるとデートのお誘いに乗ってよかったなって思うよ」
「ボクの方こそ、本当にありがとうございました!」
「それと、岡村君のファーストキス。俺がもらっちゃってよかったのかな。演出変わったみたいだし、本当にしなくても大丈夫だったんだね」
「……あっ、えと……それは……」
俺の言葉に岡村君が言葉を詰まらせる。
てっきり監督さんの気が変わって、とか女の子の事務所が急にNGを出して、とかそういう言葉がさらりと返ってくると思っていたからだ。
岡村君の反応に動揺してうまく言葉を返せないでいると、電話の向こうから小さな啜り泣く声が聞こえてきた。
「……っ、ボ、ボクが……ほ……くんと……キ、……したかったからっ……」
その小さく震える声は、確かに俺の耳に届いた。
『ボクがほくとくんとキスしたかったから』
彼はたしかにそう言ったのだ。
それを聞いた瞬間、俺は気が付いてしまった。
岡村君とデートをした時にされた告白は、演技でもなんでもなく、俺に向けた紛れもない「愛の告白」だったのだ。
電話口からは啜り泣く声が聞こえる。それを落ち着かせるようにつとめて優しい声を出す。
「ねぇ、岡村君。もしよかったら、またいつでもデートに誘ってね」
「……え?」
「それと、もし君が本気なら、俺は迎えにきてくれるのを何年でも待ってるよ。それじゃ、おやすみ。チャオ☆」
「え、えっ!?あっ、おっ、おやすみなさい……!!」
受話器の向こうで慌てふためく声を聞きながら、半ば言い逃げのように電話を切ってしまった。
柄にもなく心臓の音がうるさい。今の反応で分かってしまった。岡村君の気持ちも、俺自身の気持ちも。
仕事という名目はあれど、俺はあの時岡村君から本当に「愛の告白」をされていた。そして俺は、その告白に強く心を動かされていたのだ。
恐らく、ことの顛末はこうだろう。
光栄なことに岡村君は俺のことが好きだった。恐らく恋愛感情の方で。そんな中、キスシーンのある仕事が舞い込んだ。キスシーンがあること自体は岡村君にとって問題はなかった。結果的には頬にすることになったが、恐らくオファーが来た時は「キスシーンがある」としか聞かされていなかったのだろう。仕事とはいえファーストキスはできれば好きな人としたかった。そこで俺に声をかけ演技の練習としてファーストキスを済ませてしまおうと思ったわけだ。それに加えて、ドラマのシチュエーションと俺と岡村君の関係が少し似ていたこともあり、きっと恋愛感情を学ぶために俺にあえて「告白」をしてきたのだろう。
岡村君としては恐らく「仕事」を頭に置いて自分の感情を実際に動かし「恋愛感情」を学んだにすぎない出来事だったのだろう。だから俺に本心を気付かれるとは一ミリも思っていなかったはずだ。
しかし俺は気付いてしまった。あんな情熱的な告白をされて気付かない方がおかしいが、俺も仕事だということ、岡村君がまだ小学生だということが頭にあったので最初は気付くことができなかったのだ。
彼はまだ若い。憧れと恋愛感情がないまぜになっているだけかもしれない。けれどあの愛の告白は紛れもなく本物だった。だから俺も気付かなかったふりをせずに真剣に向き合いたいと思った。たとえ、大人になる途中で岡村君が思い違いだったと気付いても、それはそれで構わない。俺は岡村君のことをいつまでも待てるようなそんな気がした。
次の日の夕方。
台本を取りに事務所へ立ち寄ると、プロデューサーが「やっときましたね!」と、どこか興奮気味に声を掛けてきた。何かあるのだろうかと首を傾げていると、パーテーションの裏から薔薇の花束を差し出された。
「今朝、直央から連絡があって今日の伊集院さんのスケジュールを聞かれたんです。夕方くらいに事務所に来るって伝えたら、この間のドラマのお礼に伊集院さんに渡したいって、さっき持ってきたんですよ」
「えっ」
「ギリギリまで待ってもらっていたのですが、直央たちも仕事が入っていたので……すれ違いですね。それにしても、直央が薔薇の花束を買ってくるなんて、どこの"先輩"に似たんですかね?」
プロデューサーがくつくつと笑う。
「プロデューサー……俺はそんなことまで教えてないですよ」
岡村君が俺に用意してくれた花束を受け取り、両手で抱える。
テープで貼られた小さな封筒が目に入り、破けないように丁寧に剥がしてから封を開いた。
北斗君へ
この前はありがとうございました。
これがボクの気持ちです。
むかえにいくから、それまで待っていてください。
岡村直央より
赤い薔薇が12本。
綺麗な花束になっていた。
花言葉は「私と付き合ってください」
終
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