みの恭
《ランドリー・ラブラブ》
雨が降るからカエルが出てきたのか。
それとも、カエルが出てきたから雨が降ったのか。
連日続く雨に、恭二はげんなりとしていた。
洗濯物が乾かない。
朝、バイトへ行く前に洗濯物を干すが、一晩経っても乾かないことが二、三日続いた。
そんなにたくさん洋服が買えるわけもなく、毎朝生乾きの服をドライヤーで乾かす日々だ。
そんなことをバイト先の店長に相談した所「ボンボンはこれだから」と呆れられた。
しかしバイト上がりに「いいとこ連れてってやるよ」と言われ連れてこられたのが、コインランドリーだった。
「乾燥機くらい、俺だって知ってる」
知ってはいたが『乾燥機を買わずに使えるところがある』ということは初めて知った。
恭二は感動を悟られないように、無表情で店長の説明を聞く。
「洗濯は……家、近いだろうから家でしてこい。そんで乾燥機だけ使え。金が勿体無いから。百円玉入れれば十分回るから。ざっと三十分くらい回しとけば大体何でも乾くかな。もし生乾きでも、もう一回家で干しとけば朝には乾くぞ」
「うす」
明日の朝は、生乾きの服もないし、ドライヤーを掛けることもないのかと思うと嬉しくなった。
恭二は急いで家に帰り洗濯を終えると、浮かれ気分でコインランドリーへと向かった。
――グワングワン
夕焼けと夜が混じり合った空に、乾燥機の回る音とやさしい匂いがとけていく。
どうやら先客がいたようで、恭二は恐る恐るコインランドリーの扉を開いた。
「あ」
「ん?……あぁ、この前の!」
『カエルの!』
二人の声が重なった。
それは先週の出来事だった。
恭二のバイト先のコンビニに、カエルがあらわれたのだ。
カエルといってもただのカエルではなく、キグルミのカエルだ。
そのカエルは、今、恭二の目の前にいる線の細い優しそうな男性に連れられ、コンビニまでやってきたのだ。
最初は関わらないでおこうと思った恭二だったが、他の客の迷惑になっても困るし、それよりもカエルと男性も困っているように見えたので声を掛けた。
話を聞くとカエルはお腹が空いていたようで「コナモノが食べたい」と主張をしてきた。
そういうことであれば、とコンビニにあった粉物類を与えたところ、カエルは元気になり、迎えに(探しに、が正解なのかもしれない)きた黒服の男たちに、大袈裟なほど丁寧に御礼を言われ、そのまま連れ去られていった。
「先日はどうも。びっくりしたね」
「……っす」
思わぬ再会に、少しだけ居心地が悪くなる。
全く知らない人であれば会話などしなくてもよかったのだろう。
しかしこの彼とは全くの初対面というわけではないので、何も話さないのは不自然だ。
恭二は人と積極的に話すタイプではないので、何を話せばよいのかと思考を巡らせる。
確か、花屋だと言っていた彼は、今は仕事着のエプロンを外しピンクのワイシャツにパンツ姿であった。
恭二と同じく仕事終わりなのだろうか。
「あ……」
「最近、天気悪いから困っちゃうよね」
口を開こうとした瞬間、彼から声を掛けられた。そのことに恭二は内心ホッとした。
話しかけてもらいさえすれば、返事をすることくらいは恭二にも出来るからだ。
「はい。それで俺もここに」
ガコン、と恭二は乾燥機の扉を開く。
大きめのビニールバックから濡れた服を取り出し、ドラムの中へ入れていく。
「この辺に住んでるの?」
ピーー、という音が響き、彼は洗濯機の方へ向かいながら恭二に問いかける。
「っす。三丁目の方ですけど」
「あぁ、あっちの方かぁ」
よいしょ、と彼は洗濯物を取り出し恭二の隣の乾燥機へと入れていく。
洗濯物の中に黄緑色のエプロンが見えた。彼は手馴れた手つきで百円玉を四枚入れ、乾燥機を回した。
「あ、それは入れすぎかも」
未だ乾燥機を回していない恭二を疑問に思ったのか、彼は恭二の使う乾燥機を覗き込んだ。
「え?そうなんすか?」
恭二は恭二で、店長に聞かされた通り百円で十分間回る乾燥機を「三十分」回そうと思っていたのだが、隣の彼が百円玉を四枚入れたので、もしかしたらもう十分増やした方がいいのか、
どうしようかと考えあぐねていたところだった。
「蓋を閉めた時に、ここの赤い線を越えるとダメなんだよ」
明日から乾いた洋服をすぐに着れるぞ、と浮かれた勢いで、洗濯できていなかった洋服達をあれもこれもと洗濯機に入れたせいか、
確かに普段よりは多めの量になっていた。
「あの、こういう時ってどうしたら」
「うーん、そうだなぁ」
彼は顎の下に手を置き考える。
コインランドリーの中に乾燥機は三台あるのだが、一台は今彼が、そしてもう一台も既に別の人が使っているようだった。
残り時間も二十分と表示されているため、それを待つには効率が悪い。
「そうか、俺のと一緒に入れちゃえばいいのか」
ひらめいた、とそう言うなり彼は回っている乾燥機の扉を開き回転を止め、隣の恭二のドラムからひよこ色のTシャツや肌着類といった比較的薄手のものを取り出し、自分の使っている乾燥機の中に放り込んだ。
思いもよらぬその行動に恭二はあたふたする。
「ええ、と」
「あ、勝手に……。ごめんね。他人の洗濯物と一緒じゃ、嫌だった?」
動揺する素振りを見せる恭二に、彼は自分が過ぎたことをしてしまったと気付き、弁解した。
「いや、あの。ありがとう、ございます。びっくりしただけで、嫌だとかそういうんじゃなくて。寧ろお邪魔しちゃってすみせん」
「それならよかった。俺の方こそ、勝手にごめんね。こっちの方が早く済むと思ってさ」
他人の洋服と一緒に、自分の洋服が乾燥機の中でグルグルと回る様子を見るのは、妙に不思議な気分だった。
「ほら、鷹城くんも早くお金入れないと。その量だったら三十分くらいで大丈夫だと思うよ」
彼にそう言われ、恭二は目の前にある乾燥機が未だに回っていないことに気付いた。
急いで百円玉を三枚投入する。
――グワングワン
勢いよく音を立てて回るドラムは、見ていて飽きない。
また、そんなドラムを真剣に見つめている恭二の姿が彼の目にも面白く映り、彼はその様子をじっと眺めている。
恭二は自分が観察対象になっていることには気付いていないようだった。
「ねぇ、折角だから待っている間、軽く晩御飯とかどう?」
「え……」
迷いを含んだその声色は、決して否定的なものではなかった。
ただ、少しだけ残念そうな顔をする恭二が、おもちゃを取られる前の子供のように見えていじらしい。
「あの、えっと……『あんた』さえよければ」
『あんた』と呼ばれ、呼ばれた彼は自分が名前を教えていなかったことに初めて気付く。
「うん、いいよ。一緒に食べよう。あと、俺の名前は渡辺みのりです。よろしくね、鷹城くん」
「あ……すみません。よろしくっす。ていうか、何で俺の名前は知ってるんだ?」
「前に会った時、名札に書いてあったからね」
ふふっ、と微笑むみのりに恭二は「そういうもんなんすか?」と腑に落ちない様子だ。
「それより、ここって離れても大丈夫なんすか?」
「え、俺が誘わなかったらずっと待ってるつもりだったの?」
三十だった乾燥機のカウントは二十五まで減っていたが、まだまだ時間はかかるようだ。
誰かに盗まれたりしないだろうかと心配に思ったが、コインランドリーとはどうやらそういうものらしい。
「じゃあ、行こうか。近くにいいお店知ってるんだ」
「うす」
外へ出ると雨はほとんど上がっていて、少しだけ生温い風が吹いていた。
恭二が最初に感じた居心地の悪さは、いつのまにか居心地の良いものへと変わっていた。
雨が降るからカエルが出てきたのか。
それとも、カエルが出てきたから雨が降ったのか。
連日続く雨に、恭二はげんなりとしていた。
洗濯物が乾かない。
朝、バイトへ行く前に洗濯物を干すが、一晩経っても乾かないことが二、三日続いた。
そんなにたくさん洋服が買えるわけもなく、毎朝生乾きの服をドライヤーで乾かす日々だ。
そんなことをバイト先の店長に相談した所「ボンボンはこれだから」と呆れられた。
しかしバイト上がりに「いいとこ連れてってやるよ」と言われ連れてこられたのが、コインランドリーだった。
「乾燥機くらい、俺だって知ってる」
知ってはいたが『乾燥機を買わずに使えるところがある』ということは初めて知った。
恭二は感動を悟られないように、無表情で店長の説明を聞く。
「洗濯は……家、近いだろうから家でしてこい。そんで乾燥機だけ使え。金が勿体無いから。百円玉入れれば十分回るから。ざっと三十分くらい回しとけば大体何でも乾くかな。もし生乾きでも、もう一回家で干しとけば朝には乾くぞ」
「うす」
明日の朝は、生乾きの服もないし、ドライヤーを掛けることもないのかと思うと嬉しくなった。
恭二は急いで家に帰り洗濯を終えると、浮かれ気分でコインランドリーへと向かった。
――グワングワン
夕焼けと夜が混じり合った空に、乾燥機の回る音とやさしい匂いがとけていく。
どうやら先客がいたようで、恭二は恐る恐るコインランドリーの扉を開いた。
「あ」
「ん?……あぁ、この前の!」
『カエルの!』
二人の声が重なった。
それは先週の出来事だった。
恭二のバイト先のコンビニに、カエルがあらわれたのだ。
カエルといってもただのカエルではなく、キグルミのカエルだ。
そのカエルは、今、恭二の目の前にいる線の細い優しそうな男性に連れられ、コンビニまでやってきたのだ。
最初は関わらないでおこうと思った恭二だったが、他の客の迷惑になっても困るし、それよりもカエルと男性も困っているように見えたので声を掛けた。
話を聞くとカエルはお腹が空いていたようで「コナモノが食べたい」と主張をしてきた。
そういうことであれば、とコンビニにあった粉物類を与えたところ、カエルは元気になり、迎えに(探しに、が正解なのかもしれない)きた黒服の男たちに、大袈裟なほど丁寧に御礼を言われ、そのまま連れ去られていった。
「先日はどうも。びっくりしたね」
「……っす」
思わぬ再会に、少しだけ居心地が悪くなる。
全く知らない人であれば会話などしなくてもよかったのだろう。
しかしこの彼とは全くの初対面というわけではないので、何も話さないのは不自然だ。
恭二は人と積極的に話すタイプではないので、何を話せばよいのかと思考を巡らせる。
確か、花屋だと言っていた彼は、今は仕事着のエプロンを外しピンクのワイシャツにパンツ姿であった。
恭二と同じく仕事終わりなのだろうか。
「あ……」
「最近、天気悪いから困っちゃうよね」
口を開こうとした瞬間、彼から声を掛けられた。そのことに恭二は内心ホッとした。
話しかけてもらいさえすれば、返事をすることくらいは恭二にも出来るからだ。
「はい。それで俺もここに」
ガコン、と恭二は乾燥機の扉を開く。
大きめのビニールバックから濡れた服を取り出し、ドラムの中へ入れていく。
「この辺に住んでるの?」
ピーー、という音が響き、彼は洗濯機の方へ向かいながら恭二に問いかける。
「っす。三丁目の方ですけど」
「あぁ、あっちの方かぁ」
よいしょ、と彼は洗濯物を取り出し恭二の隣の乾燥機へと入れていく。
洗濯物の中に黄緑色のエプロンが見えた。彼は手馴れた手つきで百円玉を四枚入れ、乾燥機を回した。
「あ、それは入れすぎかも」
未だ乾燥機を回していない恭二を疑問に思ったのか、彼は恭二の使う乾燥機を覗き込んだ。
「え?そうなんすか?」
恭二は恭二で、店長に聞かされた通り百円で十分間回る乾燥機を「三十分」回そうと思っていたのだが、隣の彼が百円玉を四枚入れたので、もしかしたらもう十分増やした方がいいのか、
どうしようかと考えあぐねていたところだった。
「蓋を閉めた時に、ここの赤い線を越えるとダメなんだよ」
明日から乾いた洋服をすぐに着れるぞ、と浮かれた勢いで、洗濯できていなかった洋服達をあれもこれもと洗濯機に入れたせいか、
確かに普段よりは多めの量になっていた。
「あの、こういう時ってどうしたら」
「うーん、そうだなぁ」
彼は顎の下に手を置き考える。
コインランドリーの中に乾燥機は三台あるのだが、一台は今彼が、そしてもう一台も既に別の人が使っているようだった。
残り時間も二十分と表示されているため、それを待つには効率が悪い。
「そうか、俺のと一緒に入れちゃえばいいのか」
ひらめいた、とそう言うなり彼は回っている乾燥機の扉を開き回転を止め、隣の恭二のドラムからひよこ色のTシャツや肌着類といった比較的薄手のものを取り出し、自分の使っている乾燥機の中に放り込んだ。
思いもよらぬその行動に恭二はあたふたする。
「ええ、と」
「あ、勝手に……。ごめんね。他人の洗濯物と一緒じゃ、嫌だった?」
動揺する素振りを見せる恭二に、彼は自分が過ぎたことをしてしまったと気付き、弁解した。
「いや、あの。ありがとう、ございます。びっくりしただけで、嫌だとかそういうんじゃなくて。寧ろお邪魔しちゃってすみせん」
「それならよかった。俺の方こそ、勝手にごめんね。こっちの方が早く済むと思ってさ」
他人の洋服と一緒に、自分の洋服が乾燥機の中でグルグルと回る様子を見るのは、妙に不思議な気分だった。
「ほら、鷹城くんも早くお金入れないと。その量だったら三十分くらいで大丈夫だと思うよ」
彼にそう言われ、恭二は目の前にある乾燥機が未だに回っていないことに気付いた。
急いで百円玉を三枚投入する。
――グワングワン
勢いよく音を立てて回るドラムは、見ていて飽きない。
また、そんなドラムを真剣に見つめている恭二の姿が彼の目にも面白く映り、彼はその様子をじっと眺めている。
恭二は自分が観察対象になっていることには気付いていないようだった。
「ねぇ、折角だから待っている間、軽く晩御飯とかどう?」
「え……」
迷いを含んだその声色は、決して否定的なものではなかった。
ただ、少しだけ残念そうな顔をする恭二が、おもちゃを取られる前の子供のように見えていじらしい。
「あの、えっと……『あんた』さえよければ」
『あんた』と呼ばれ、呼ばれた彼は自分が名前を教えていなかったことに初めて気付く。
「うん、いいよ。一緒に食べよう。あと、俺の名前は渡辺みのりです。よろしくね、鷹城くん」
「あ……すみません。よろしくっす。ていうか、何で俺の名前は知ってるんだ?」
「前に会った時、名札に書いてあったからね」
ふふっ、と微笑むみのりに恭二は「そういうもんなんすか?」と腑に落ちない様子だ。
「それより、ここって離れても大丈夫なんすか?」
「え、俺が誘わなかったらずっと待ってるつもりだったの?」
三十だった乾燥機のカウントは二十五まで減っていたが、まだまだ時間はかかるようだ。
誰かに盗まれたりしないだろうかと心配に思ったが、コインランドリーとはどうやらそういうものらしい。
「じゃあ、行こうか。近くにいいお店知ってるんだ」
「うす」
外へ出ると雨はほとんど上がっていて、少しだけ生温い風が吹いていた。
恭二が最初に感じた居心地の悪さは、いつのまにか居心地の良いものへと変わっていた。
