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みの恭

六月の花嫁

「やっぱり、雨か……」
珍しくみのりと恭二のオフが重なった。
最近、Beitのメンバーは単独での仕事も増え、メンバー同士でオフが重なることも少なくなってきた。
そんな中たまたま重なったオフ。恭二は前日からみのりの家に転がり込んで、お互い明日のことも考えず一晩中飽きるまで抱き合っていたのだが、恭二が眠りにつく前に「よかったら明日出掛けませんか?」と言うので、みのりはそれなりに早い時間に目を覚ました。
梅雨時だから仕方ないのだが、雨の中出かけるのはあまり好きではない。出掛けませんか?と言いながらまだ夢の国にいる彼を起こさないように、みのりは静かにベッドを抜け出す。自分は特別無理な体勢をしていなかったはずなのに、なんとなく身体のあちこちが痛い気がする。認めたくない事実は気のせいだと思い込むことにしてシャワーを浴びた。


「雨か……」
「おはよう、お寝坊さん。よく眠れた?」
シャワーから出ると恭二が起きていて、起き掛けのみのりと同じように雨かと呟いていた。
「……とりあえず、何か着てください」
パンツ一枚、肩から掛けたタオルで髪を拭くみのりを見て恭二は目を逸らす。心なしか頬が赤い気がしたのは見なかったことにしてあげよう。怒られるのは嫌なので、みのりは仕方なく昨日着るはずだったパジャマ替わりのTシャツを着ながらキッチンへと向かう。お寝坊さんの為に冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、コップに注ぐ。自分用にもう一杯注ごうかと思ったが、残りが少なかったのでペットボトルからそのまま飲むことにした。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「それ飲んだら恭二もシャワー浴びてきたら?」
ベッドサイドに腰掛けて、みのりは一リットル入りのペットボトルに口をつけ、ぐいと傾ける。
「今日、どうしようか。出掛ける?」
窓の外を見ながらみのりが問いかけると、恭二は珍しく口ごもっていた。
「恭二?」
「みのりさんさえよかったら、ドライブ、行きませんか」





「自分で出掛けたいって言った上に人に運転させるとは、いい度胸だな恭二」と冗談交じりに言いながらみのりはシートベルトを締める。運転するのは好きだし、一緒に買い物に出かけるにも「アイドルとしての自分」が邪魔して窮屈になることが多いので、人目を気にしなくてよいドライブの方がみのりも気が楽でいい。運転に少々気を遣わなくてはならないが、雨の中のドライブもたまにはいいだろう。
「どこか行きたいところ、あるんだろ?」
行き先を決める前にみのりはとりあえずアクセルを踏んだ。恭二はまたも言いづらそうな表情をしている。今日の恭二はなんだか面倒だった。
「いいよどこでも、特になかったら適当に走るから」
「海、行きたい」
海に行くには最悪の天気じゃないかと思ったが、折角の恋人の頼みなのでみのりはUターンをして進路を変更した。
ドライブに音がないのは寂しい。ラジオの電源をつけると、丁度音楽番組でアイドルソング特集をしているところだった。流れる曲に合わせてみのりは上機嫌で歌いだす。みのりがワンマンショーをしていると、突然聞き慣れたイントロが流れてきた。
「恭二、恭二!!俺たちの曲!!」
「分かったから、ハンドルちゃんと握れって!」
ラジオから先日発売されたばかりのBeitのニューシングルが流れだす。今回はピエールがメインの曲で、今までのBeitの曲とは少し違ったアップテンポな曲だ。アイドルソング特集で自分たちの曲が流れることは、こんなにも嬉しいことなのかとみのりは感動していた。それは恭二も同じで二人して大声で自分たちの曲を歌い始めた。
「ピエール、インタビュー上手くいってるかな」
「みのりさんは相変わらず心配性だな」
ひとしきり歌い終えたあと、ここにはいないもう一人のメンバーのことを思う。今日はピエール単独で雑誌の撮影とインタビューの仕事が入っていた。デビューしたばかりの頃は日本語も怪しくいつもみのりと恭二が通訳をしていたが、今では立派に一人でインタビューを受けられるようになった。
「子供の成長は早いっていうけど、やっぱりちょっと寂しいなぁって」
「気持ちは分からないでもないですけど」
「恭二も、成長したよね」
「まぁ、さすがに一年やってたらそれなりに。それも寂しいっすか?」
「いや、嬉しいね……」
アイドルを始めた頃はね、年長者として二人を引っ張っていこうと思っていたんだけど、一年経ったらあっという間に二人とも俺のこと追い越しちゃって。ちょっと寂しいけど一緒に仕事をしてきて、その中で成長していく姿が見れるのはやっぱり嬉しいよ。
みのりはそう続けた。


車を走らせて小一時間。天候はますます悪くなっていった。人のまばらな昼間のパーキングエリアに車を止めて休憩をとる。
「恭二、海じゃなくて他のところ行かない?」
強くなる雨を心配して、みのりはそう提案をする。しかし恭二はそれを頑なに拒んだ。
「でもさ、この天気じゃ外には出れないだろ?」
「それでも……それでも俺はいいんで」
みのりさんが嫌だったら、別のところでもいいですけど。と歯切れ悪く恭二は言う。こんなにも恭二がはっきりものを言わないのは珍しく、みのりは心当たりを探してみるが、全くと言っていい程、思い当たる節がなかった。
「ねぇ、恭二。忘れてたら本当に悪いんだけど、今日なんかあったっけ?」
恭二がここまで頑なに『今日』にこだわり『海』にこだわる理由がみのりには分からなかったのだ。
「……っ……ん記念日」
「え?」
「結婚記念日!! 去年あんたが結婚しようって言ってくれた日だろっ!!」
恭二は突然頬を赤らめながら叫んだ。どうせ覚えているのは自分だけだと思っていたが、みのりが微塵も覚えていないのはやはりショックだった。自分だけが記念日のデートだと思って舞い上がっていただなんて恥ずかしい。今すぐに車から飛び出してしまいたい気分だった。
「覚えてないなら、いい……」と今にも泣き出しそうな恭二と対照的に、みのりは至って冷静に口を開いた。


「恭二、起きてたの?」
「はぁ!?」
「いや、だって恭二あの時……」


 確かに去年の今頃、今日と同じようにこの海にドライブに来たことをみのりは覚えている。まだアイドルとしての仕事も少なく暇だった時期だ。ドライブの途中、海沿いのチャペルで挙式をしているのが見えた。ジューンブライドだね、なんて話しながら海の青と空の青に真っ白なウェディングドレスが映えて綺麗だったのを思い出す。
 そんな綺麗なものを見たもんだから、みのりは帰り道、運転しながらこれからの自分たちのことについて考えてしまったのだ。実のところみのりは恭二との関係についてあまり考えないようにしていた。
何も考えていないといえば嘘になるが、考えるのが怖かったのだ。半ば無理やり恭二と身体の関係を持って、それから『恋人』という関係になって。それからこの先、それ以上に何があるのだろうか。十歳以上歳の離れた同性の恋人。まだ二十年ぽっちしか生きていないのだからみのりとのこの関係だって、憧憬と恋慕の判断がつかなくてただ流されてここまできてしまっただけなのかもしれない。いつか恭二はその間違いに気付いて、自分の元からいなくなってしまうだろう。心のどこかでみのりはずっとそんなことを考えていた。相手を信用しきれなくなってしまったのは、みのりが大人になってしまった所為なのだろうか。
 運転をしながら長い間そんなことを考えていた。しかしその間、恭二も何も喋らずにいたのでどうしたものかと助手席を見ると安心しきった顔ですやすやと眠っていた。その穏やかな寝顔さえ今のみのりの心をかき乱すには十分だった。あぁ、いつか手放すことになるくらいだったら離せない何かで繋ぎとめてしまいたい。手放したくなんてないのだから。
だから、

――恭二、結婚しようか。




「まさか、起きてたなんて思わなかった」
みのりの言葉に恭二はポカンとしたあと、茹蛸のように赤面した。あの時、恥ずかしくて返事も出来なくて狸寝入りをしていたことがバレたのだ。「起きてたなら返事くらいしろよ」と笑うみのりに恭二は何も言えずに俯いた。みのりはそんな反応を返してくれる恭二のことが、ただただ愛おしくて仕方なかった。あんなに醜い感情を持って発したその言葉を、この恋人は素直に受け取り、こんなにも大事にしていてくれただなんて。一年以上仕事仲間として、そして恋人として付き合ってきたから分かってはいたのだが、みのりの当時の考えなど杞憂に過ぎなかったのだ。恭二は自分のこの真っ黒で醜い感情を一瞬で真っ白にしてくれた。
「俺、恭二が寝てると思ったから言ったのに」
だから、忘れてた訳じゃないよ。とみのりは弁解する。
「でも、覚えていてくれて嬉しい」
右手を恭二の後頭部にまわしそのままキスをする。ここをどこだと思ってるんだと恭二は抵抗するがそれも一瞬で、すんなりとみのりの行為を受け入れた。車中には相変わらず止まない雨の音と、衣擦れの音が聞こえるだけだった。


「ねぇ、改めて聞くけど。恭二は本当に俺と結婚してくれるの?」
「なんすか、その聞き方」
俺はあの時から、ずっとそのつもりだったんですけど。


今日は何回、恭二の赤面した顔が見れるのだろうか。
みのりはこの恐ろしいくらいの幸せに浸りながら、海沿いのチャペルまでアクセルを踏んだ。
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