みの恭
いいこ
「みのりさん、その……『えらい』とか『いいこ』って言うのやめてもらえませんか」
収録後の楽屋で少しだけ反省会をしたのはつい先程のこと。
ここはよかったとか、あそこはああした方がよかったねとか、そんなことを話しながら、ピエールを撫でたついでに、恭二の頭も撫でてしまった。
随分前からそうしていたし、最近は恭二も何も言わなくなったから気にしていないのかと思っていたら、違ったようだ。
言われてみればそうだ。頭を撫でられて嬉しいと思う程、恭二は子供ではなかったのだ。
「ごめんごめん。恭二も大人だもんな。頭撫でられるのは嫌だよね」
明日から気をつけるよ。でもうっかり撫でちゃっても嫌わないでね。そう続けようと思ったのに「それは別にいいんだけど……」と予想外の返事が返ってきた。
夏の夜道に衝撃が走った。なんだ、それはいいのか。
恭二の少々素直過ぎる発言には毎度ドキリとさせられる。暑さとは別に変な汗をかいてしまった。
それじゃあ、これからは遠慮なく撫でさせて貰おうと考えながら、次の言葉を待った。
「みのりさんに悪気がないのは分かってるけど、褒められたりするの慣れてなくて。褒められると逆に自分はダメなんじゃないかって思う時が、あって……」
俯いて、ぽつりぽつりと言葉を漏らす。なんて可哀想な子だと思った。褒めの言葉を素直に受け取れず、逆にプレッシャーを感じてしまうなんて。
俺は褒めて伸ばすタイプだから、頑張ったら思い切り褒めてやりたいんだけどな。
恭二のそういうところこそ、素直になって欲しい部分だと思う。
「じゃあさ、恭二は悪い子になりたいの?」
そんなにいい子が嫌なら、悪い子になればいいじゃないか。というのは大人げない俺の意見。
「いや、そう言う意味じゃ……」
否定の言葉を聞いてそりゃそうだと思う。いい子の反対は悪い子だなんて、我ながら安直な考えだ。いい子じゃなくても「普通」でいれば悪い子にならずに済むのに。
しかし強く否定しない恭二のその姿はとてもいじらしかった。少しだけワルになってみたい世間への反抗心と好奇心が理性と戦っているようだ。
そんな生半可な気持ちで悪い子になったら後悔するよ、と教えてあげてもよかったが、残念ながら俺はそんなに優しい大人じゃなかった。
なんだかとても面白いものを見せてもらっている気がして、恭二に提案をする。
「悪い子になってみる?」
警察のお世話になるすれすれぐらいだったら、俺が責任取るからさ。恭二が思いつく「悪いこと」してみなよ。
そう言うと恭二は怪訝な表情で俺を見た。瞳の色が一瞬変わった気がした。
「じゃあ目、瞑ってください」
足を止め、ぶすっとした苛立ちを含んだ声色で俺にそう指示をする。先を歩いていた俺は振り返り恭二の方を向く。
若者を煽ってしまった申し訳なさもあったが、恭二がどんな「悪いこと」を思いついたのか興味があった。
「いいって言うまで瞑っててくださいね」
そう念を押されて俺はこれから何をされるんだろうかと興奮した。決してマゾヒストというわけではないけれど「鷹城恭二」という男にこれから何かをされるのに、興奮しない方が人間としておかしいと思う。
そんな興奮を全て隠しつつ、深呼吸をした。
連れ去りか、置いてきぼりか……それとももっととんでもないことを考えているのか。
目を瞑っていると視覚以外の感覚が研ぎ澄まされる。車が何台が歩道の横を通り過ぎた。
ジャリ、と恭二が足を踏み出した音が聞こえる。それと同時に人の熱と吐息を感じた。
なんとなくその気配でこれからされることを察してしまった。
「っん……」
ふに、と唇に、柔らかい唇が押し付けられた。
微かに震えながら、遠慮がちに触れるだけの。
唇から熱が離れると同時に俺は目を開く。目の前には顔を真っ赤にさせ困ったような顔をした恭二の姿があった。そのまま逃げられそうな気がしたので反射的にその腕を掴む。案の定、恭二は俺の手を振りほどこう暴れだした。
あぁ、この子はなんてことをしてくれるんだ。
暴れる身体を強引に引き寄せる。
「ねぇ、恭二」
耳朶まで真っ赤にし、今にも泣き出しそうな彼の頬に手を添える。
「キスはね、イイコトなんだよ」
よくできました。
と、その栗毛の頭を撫でてやった。
「みのりさん、その……『えらい』とか『いいこ』って言うのやめてもらえませんか」
収録後の楽屋で少しだけ反省会をしたのはつい先程のこと。
ここはよかったとか、あそこはああした方がよかったねとか、そんなことを話しながら、ピエールを撫でたついでに、恭二の頭も撫でてしまった。
随分前からそうしていたし、最近は恭二も何も言わなくなったから気にしていないのかと思っていたら、違ったようだ。
言われてみればそうだ。頭を撫でられて嬉しいと思う程、恭二は子供ではなかったのだ。
「ごめんごめん。恭二も大人だもんな。頭撫でられるのは嫌だよね」
明日から気をつけるよ。でもうっかり撫でちゃっても嫌わないでね。そう続けようと思ったのに「それは別にいいんだけど……」と予想外の返事が返ってきた。
夏の夜道に衝撃が走った。なんだ、それはいいのか。
恭二の少々素直過ぎる発言には毎度ドキリとさせられる。暑さとは別に変な汗をかいてしまった。
それじゃあ、これからは遠慮なく撫でさせて貰おうと考えながら、次の言葉を待った。
「みのりさんに悪気がないのは分かってるけど、褒められたりするの慣れてなくて。褒められると逆に自分はダメなんじゃないかって思う時が、あって……」
俯いて、ぽつりぽつりと言葉を漏らす。なんて可哀想な子だと思った。褒めの言葉を素直に受け取れず、逆にプレッシャーを感じてしまうなんて。
俺は褒めて伸ばすタイプだから、頑張ったら思い切り褒めてやりたいんだけどな。
恭二のそういうところこそ、素直になって欲しい部分だと思う。
「じゃあさ、恭二は悪い子になりたいの?」
そんなにいい子が嫌なら、悪い子になればいいじゃないか。というのは大人げない俺の意見。
「いや、そう言う意味じゃ……」
否定の言葉を聞いてそりゃそうだと思う。いい子の反対は悪い子だなんて、我ながら安直な考えだ。いい子じゃなくても「普通」でいれば悪い子にならずに済むのに。
しかし強く否定しない恭二のその姿はとてもいじらしかった。少しだけワルになってみたい世間への反抗心と好奇心が理性と戦っているようだ。
そんな生半可な気持ちで悪い子になったら後悔するよ、と教えてあげてもよかったが、残念ながら俺はそんなに優しい大人じゃなかった。
なんだかとても面白いものを見せてもらっている気がして、恭二に提案をする。
「悪い子になってみる?」
警察のお世話になるすれすれぐらいだったら、俺が責任取るからさ。恭二が思いつく「悪いこと」してみなよ。
そう言うと恭二は怪訝な表情で俺を見た。瞳の色が一瞬変わった気がした。
「じゃあ目、瞑ってください」
足を止め、ぶすっとした苛立ちを含んだ声色で俺にそう指示をする。先を歩いていた俺は振り返り恭二の方を向く。
若者を煽ってしまった申し訳なさもあったが、恭二がどんな「悪いこと」を思いついたのか興味があった。
「いいって言うまで瞑っててくださいね」
そう念を押されて俺はこれから何をされるんだろうかと興奮した。決してマゾヒストというわけではないけれど「鷹城恭二」という男にこれから何かをされるのに、興奮しない方が人間としておかしいと思う。
そんな興奮を全て隠しつつ、深呼吸をした。
連れ去りか、置いてきぼりか……それとももっととんでもないことを考えているのか。
目を瞑っていると視覚以外の感覚が研ぎ澄まされる。車が何台が歩道の横を通り過ぎた。
ジャリ、と恭二が足を踏み出した音が聞こえる。それと同時に人の熱と吐息を感じた。
なんとなくその気配でこれからされることを察してしまった。
「っん……」
ふに、と唇に、柔らかい唇が押し付けられた。
微かに震えながら、遠慮がちに触れるだけの。
唇から熱が離れると同時に俺は目を開く。目の前には顔を真っ赤にさせ困ったような顔をした恭二の姿があった。そのまま逃げられそうな気がしたので反射的にその腕を掴む。案の定、恭二は俺の手を振りほどこう暴れだした。
あぁ、この子はなんてことをしてくれるんだ。
暴れる身体を強引に引き寄せる。
「ねぇ、恭二」
耳朶まで真っ赤にし、今にも泣き出しそうな彼の頬に手を添える。
「キスはね、イイコトなんだよ」
よくできました。
と、その栗毛の頭を撫でてやった。
