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第四章 兄と弟

「もしかして彼女でもできて家に連れ込んでる?」

「なんでそうなるの? ぼくには彼女なんていないよ。それはミリアが一番よく知ってるだろう?」

 近々結婚するかもしれないけど、というところは内緒にして、だが。

「ああ言えばこう言うね、お兄ちゃん」

「いや。それはミリアの方だから」

 呆れてしまう。

 さっきから一方的に食い下がっている自覚がないのだろうか?

「お兄ちゃん。あたしが嫌い?」

「なんでそうなるの?」

 話の流れが全然見えない。

「だって最近はケンちゃんと過ごすときに誘っても乗ってくれないし、なにかといえばふたりきりにするし。なによりもあたしと一緒に過ごしてくれなくなった」

「それはケントに気を遣ってるだけだよ。やっぱりね。ミリアはケントの彼女なんだよ。幾ら幼馴染とはいえ、他の男に周囲にいられたらケントだって嬉しくないから」

「あたしがケンちゃんの彼女だから? だから、お兄ちゃんが距離を置くの?」

 泣き出しそうな顔をされて困る。

 幾ら幼馴染の兄代わりとはいえ、少し依存し過ぎじゃないだろうか?

 これではケントが嫉妬するのも無理はない。

「お兄ちゃんはやっぱり鈍いね。どうしてあたしがケンちゃんの彼女になったのか、全然わかってない」

「なんのこと?」

「こういうこと」

 それだけを告げたミリアが背伸びする。

 瞳を見開いた。

 唇に温かい感触がある。

 強張って動けない。

「ユーヤ。あなたが好きだから、嫉妬してほしかったの」

 離れたミリアがそう言った。

 すぐには反応できない。

「知らなかった? あたし出逢った頃から、ユーヤが好きだったんだよ?」

「ミリア」

「ずっとお兄ちゃん、じゃなくて、ユーヤって呼びたかった。妹じゃなくひとりの女の子として見てほしかった。でも、いつまでたってもあたしは妹。だから、誰かの彼女になれば焦ってくれるかなって思ったんだよ」

 焦れていたのだとミリアは言う。

 いつまでたっても妹としか見てくれない優哉にミリアは焦れていた。

 なんとか意識してほしくて、どうすれば振り向かせられるか、ずっと悩んでいた。

 そんな頃に告白してきたのが、優哉の悪友ケントだったのだ。

 ケントの告白を受けて彼女になれば、自然と優哉はその現実を目の当たりにすることになる。

 そうすれば焦ってくれるんじゃないか。

 嫉妬してくれるんじゃないか。

 ミリアはそう思って告白を受け入れたのだという。

 でも、いつまでたってもミリアは妹で、優哉はミリアの気持ちにちっとも気付かない。

 上辺だけで彼女になったミリアは、ケントが焦れていて、関係の進展を望んでくることもあり、最近では彼女の方が焦っていたという。

「ミリア。一言だけ言うよ。それ、一度だって当て馬にされたケントの気持ちを考えてやったことがある?」

「じゃあユーヤはあたしの気持ちを一度だって気遣ってくれたことがある? 妹じゃない。幼馴染でもない。ひとりの女の子としてのあたしの気持ちを」

 これを言われるとなにも言い返せなくて、きつく唇を噛んだ。

「ユーヤだってあたしの気持ちを踏み躙ってきたくせに、あたしにだけ誠実でいろっていうの?」

 吐き捨てられて言い返せなかった。

 お互い様だと言われたらそうだったので。

「あたしをそこまで追い詰めたのはユーヤだよ」

「そんなことを言われても」

 幼馴染だと思っていたのだ。

 ひとりの女の子として意識なんてしなかった。

 それを責められてもどうしようもない。

「好きでもない人にキスされる辛さをユーヤはなにもわかってない!」

 そう叫んだかと思うとミリアは泣きながら駆け去った。

「好きでもない人にキスされる辛さ?」

 どうしてミリアが急に行動に出たのか、わかった気がした。

 そして今日やたらと上機嫌だったケントの様子の意味も。

 ファーストキスを奪われたのだ。

 ミリアは。

 自業自得と言えば、そうかもしれない。

 だが。

 ミリアの心は優哉のところにあるのだ。

 それで傷付かないわけがない。

「ぼくはどうしたらいいんだ?」

 答えが見えなくて、ただ頭を抱えていた。
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