第十章 嘘と真実

「これはな、どこにも留め具がなく溶接の痕もない。普通は嵌められない腕輪なのだ。おまけにこれを与えられるのは継承者が3歳のとき。当然だがそのあと、当事者は成長する。それに合わせて腕輪も大きくなるのだ」

「「そんなバカな……」」

「だが、事実だ。ではふたりに訊くがな? アルベルトが腕輪を外している場面を見たことがあるか? 小さい頃から肌身離さず身に付けていた腕輪。どうしてあんなに大きくなった?」

 こう言われてふたりも言い返せなかった。

 確かにアベルが腕輪を外したところはみたことがなかったし、同時に小さい頃からしていることを知っているのに、腕輪が変化していたことを思い出したから。

 確かにアベルが小さい頃は、彼がしていた腕輪ももっと小さかった。

 だが、彼の成長と共に腕輪は普通に大きくなった。

 彼の身体に負担をかけないように大きくなっていたのだ。

 信じがたいが。

 でなければ彼の左腕は小さな腕輪に縛られて、もっと歪な形になってしまっていただろう。

 普通の体型をしているアベルの左腕こそが、腕輪が普通の品ではないことを証明していた。

「そんな腕輪はこの世にふたつしかない。わたしのしている第二王位継承者を意味する腕輪と兄上がアルベルトに譲った第一王位継承者を意味する腕輪のひたつだ。そして第一王位継承者の腕輪は、兄上が崩御した当時から行方不明だった」

 ケルトの説明はまだまだ続いた。

 腕輪が消えていたことから、兄王に子供がいたのではないかと疑った彼は、当時から密かに行方を消していた。

 捜し出して王位を譲るために。

 そしてとうとうアベルが発見された。

 兄王に生き写しの容姿と失われていたはずの第一王位継承者の腕輪を所持して。

 アベルは当初王位を継ぐことに反発していた。

 継がないとまで言っていた。

 孤児院での生活を選んで王位を捨てると言っていたのだ。

 だが、そんなときにエルが怪盗騒ぎを起こした。

 貴族や王室への不平不満を抱えて。

 それは彼には自分が果たすべき義務を果たさないから、だから、そういう真似をするのだというように責められた気がしたという。

 世継ぎが不在でそのために国が荒れるなら、自分にできることはなにかあるか?

 そうして悩んで出した答えが王位を継ぐことだった。

 だから、彼は今、王子として宮殿で生活している。

 そう言われて彼を変えたのが自分だったと知って、シスター・エルは身体からすべての力が抜けてしまった。

「アルベルトを帰せない事情は納得してもらえたか? 決して強制しているわけじゃない。これは彼が自分で選んだ道だ」

 身を乗り出す国王にそう言われ、エルは反応を見せなかったが、フィーリアが泣き出しそうに彼を振り向いた。

「お兄ちゃん……王様になるの? もうわたしたちのところには戻ってこないの?」

「一度は戻るよ、フィーリア」

「一度って」

「みんなに本当のことを打ち明けて説明して納得してもらうために一度は帰る。でも、それが限度だよ。俺がいるべき場所は……あそこじゃない」

「そんなに宮殿は居心地がいいの?」

「エル姉」

 嫌味を言われてアベルは目を伏せる。

「居心地がいいのは孤児院の方だろう。彼にとって宮殿は決して安らげる場所じゃない」

「どういう意味?」

「生命を狙われ続ける場所にいることが、居心地がいいと本気で思えるのか?」

「「生命って……」」

「アルベルトは生まれながらに生命を狙われている。素性を明かせば狙われ続ける。それを承知で戻ってくることが、本当に居心地がいいからだと思えるのか?」

「そういえば……さっきお兄ちゃんが毒を飲んだって」

 フィーリアが唖然とアベルを見る。

 彼は曖昧に頷く。

「ああ、うん。そういうことはあったけど、一応助かったし」

「強がりを言うべき場面ではありませんよ、王子。かなり危うかったのですから」

「なにもバラさなくてもリドリス公爵」

「ですがわかってもらうために、隠すべき場面ではないと思います」

 言い切られてアベルは口を噤む。

「あなたを庇うために宮殿に戻ってきた当日、王子は生命を狙われました」

 シスター・エルはきつく唇を噛んだ。

「王子はそれこそ命懸けであなたを庇おうとなさった。なのにあなたは王子だという理由だけで否定される。どちらが傲慢なのでしょうね?」

 皮肉を言われてもエルにはなにも言い返せなかった。

 それが本当なら傲慢なのはエルの方だろうから。

 アベルはそれこそ命懸けでエルを庇ってくれたのに。

 エルが想像していたように、自分を捨てて庇ってくれたのに。

 なのに彼が王子だという現実を無視することができない。

 そんな自分が腹立たしいのに悔しいのに、どうしても笑顔を浮かべられない。

 そんなエルにケルトがため息をつく。

 公爵に目線を送ってふたりがここにくるまでの経緯を甥に説明させた。

 アベルは唖然としていたが。

「やっぱりあんな旅に出るって手紙1枚じゃあ周囲を納得させられない、か。でも、俺は嘘は苦手だからなあ。あれでも必死になって考えたんだけど」

「どんな手紙を送ったんだ?」

 問われて答えたアベルにケルトも呆れる。

「それは……普通、心配してくれと言っているような内容だと思うぞ?」

「そうかなあ?」

 嘘をつきたくなかったから、アベルにできる説明はあんなものだ。

 それが通じていないとなると、近い内に一度戻るべきかもしれない。

 皆の不安を解消するために。

「俺……一度孤児院に戻れないかな?」

「今の状況では難しいな。そなたは生命を狙われているんだぞ? 今孤児院に赴けば孤児院の子供たちが危険に晒されかねない」

「そうだよなあ。困ったなあ」

 頭を抱えるアベルにフィーリアもシスター・エルもなにも言えなかった。

 彼があまりに変わってしまっていたので。

 家族だったアベルはもういない。

 いるのはアルベルトという名の王子。

 その現実が……悲しかった。
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