第五章 理を無にする者
「これは俺の推測に過ぎないが、おそらくレスター王子だけが、その現場を見ていて他のルノール人と感じたものが違う理由は、彼が……精霊使いだからだ」
「レスター王子が精霊使い? だが、そんな噂は……」
「伏せているんだろう」
「何故だ?」
「そこまでは俺も知るか。レスター王子の気性で有り得そうなのは、精霊使いではない従兄ロベール卿に気を使ってってところじゃないか?」
「なれほど。だが、精霊使いだとして、その能力は簡単に隠せるものなのか? それに精霊使いなら他にもいたはずだ。他国へ行くときに精霊使いを同行しないということは有り得ないからな。なのにどうしてレスター王子だけが感じたものが違うんだ。同じ現場を同じ精霊使いが見ていて」
世継ぎのレスター。
第二王位継承者のロベールが同行する旅である。
護衛の精霊使いだって優れた力の持ち主ばかりのはずだ。
だが、その中で同じものを見ていたのにレスターだけ態度が違う。
カインには解せなかった。
「普通なら精霊使いであることは、そう簡単に隠せないと聞く。特に力の弱い精霊使いほど、その能力は隠せないらしい」
「普通は反対じゃないのか? 高い能力ほど隠せないと言われたら納得できるが」
「いや。高い能力を持っている場合、特に上級以上になると、精霊を完全に制御できるため、己が精霊使いであることを伏せることもできるんだ。何故なら精霊使いの発揮する力は、すべて精霊に由来するため、精霊を制御できないほど弱い力だと、精霊の力の方がい勝ってしまったため、精霊使いであることを隠せなくなるからだ」
「ということは?」
恐る恐るといったカインの声にアレクはため息をつく。
何故自分がレスターを警戒していたか、その答えが見えて。
「上級以下、高級、中級、下級の精霊使いでは、精霊を完全に御せないため、己が精霊使いであることを隠せない。隠そうとしても精霊たちの方から教えてしまうからだ。精霊使いの意思を無視して。
つまり他国人には精霊が見えないため隠せても、同じルノール人には精霊使いであることを隠せない。しかし上級、最上級。このふたつのクラスになると、精霊を完全に制御できるため、己の意に添わないことを阻止することができる」
「つまり精霊使いだということを伏せたいときは、精霊にそれを強制できる?」
そうだとアベルは頷いた。
「その中でも伝説とされている最上級の精霊使いには、精霊たちのことでわからないことはないと聞く。会話も可能らしい」
「まさかレスター王子は……」
信じられないと呟く声にアレクも同じ顔で答えた。
「おそらく最低でも上級、もしくはルノールでただひとりの最上級の精霊使いかもしれない」
「それが事実なら問題だ。最上級の精霊使いは一軍に匹敵すると言われている。レスターがそうだとしたら」
「最上級の精霊使いが召還した召還獣には、ダグラスの召還獣たちも敵わないという。召還獣の力に精霊の力が加味されるため、ダグラスで召還されるより強くなるからだ。もしレスター王子にその力があったら厄介だな。軍事バランスが壊れかねない」
「どうしてアレクがまだ子供のレスター王子をやたらと警戒していたか、これでやっと理解できた。薄々わかってたな、アレク」
カインに問われてアレクは両腕を組む。
「ああ。レスター王子が精霊使いではないと言われても、俺にはどうにも信じられなかった。精霊使いではないとしたら、彼の言動が解せないんだ。彼がいるのといないのとで、精霊の数が違うという噂もあったしな。それでもしかしたら……とは疑っていた」
精霊使いではないルノール人には、精霊を集める力はない。
精霊は力ある者に惹かれるからだ。
なのに精霊使いではないと言われているレスターが、いるのといないのとでは、精霊の数が段違いだと聞いていた。
その噂を初めて聞いて、実際に何度か戦った際に、レスターがいるときといないときの、ルノール側の戦力の違いを実感して、アレクは疑ったのだ。
あれはすべてレスターのせいではないのかと。
それでもまさか上級や最上級かもしれないとは疑っていなかったが。
全く厄介だ。
「もしレスター王子が上級もしくは最上級の精霊使いで、おまけに精霊の言葉も理解できると仮定した場合、その事実が導き出す態度の違いってなんだ?」
カインは首を傾げる。
カインはアレクほど精霊使いについて詳しくないので、どうしてもそこが読み取れないのだ。
それを聞いたアレクは深々とため息を漏らす。
「そのふたりが精霊と交わしていた会話をレスター王子だけが聞いたとしたら?」
「……あ」
「しかも万が一レスター王子が最上級の精霊使いだとしたら、他の精霊使いには見えない現象も見えていたはずだ。精霊から加護を受け全世界精霊教の理から抜け出す。それも確かに凄いことだ。それ自体は普通のルノール人にも見えるだろう。四精霊からの加護を受ける立場だというのは、誰にでも目撃可能だからだ。ルノール人ならな。だが、もしそれを超える事態をあの綾という側室が起こしていたとしたら?」
「それを超える事態ってなんだ?」
「それがわかったら苦労しない。こんなにイライラしているものか」
アレクに吐き捨てられて、カインはこめかみを掻いた。
確かにそうだ。
現場にいたわけでもなく、ルノール人でもない自分たちには想像のしようがない。
「とにかくはっきりしているのは、あの双生児の側室は、どちらもルノール語を理解し、どちらも精霊が見えるだけでなく会話も可能。そして兄の方は精霊から加護を受け、全世界精霊教の理から抜け出した。ただひとりの最上級の精霊使いかもしれないという可能性があるということだ。問題は同じ最上級の精霊使いかもしれないレスター王子がなにを見て、兄の方ではなく弟を重要視しているか、ということだが」
これ以上は本当に推測のしようがない。
全世界精霊教の理を無にする存在。
確かにそれも重要だ。
なのにレスターはそれを重要視していない。
つまりそんな重要なことすら、重要と感じさせないだけの価値を、あの綾都という側室が持っているということだ。
「これも推測なんだがダグラスが召還したという人形の召還獣が、もしなんらかの宗教の理を無にする存在だとして」
「朝斗という側室と同じようにか?」
首を傾げるカインにアレクは頷く。
考え考え口に出す。
「今のところ、朝斗という側室が起こした現象から判断して、ひとりの人間が無効にできる宗教はひとつということだ。だから、人形の召還獣が無効にできる宗教があったとしても、おそらくそれもひとつだろう」
「アレクがなにを言いたいのかわからない」
不器用で剣術バカな弟らしい発言にアレクは苦笑する。
「つまりだな。レスター王子が本当にあの綾という側室が、朝斗という兄以上の重要性を持っていると判断している場合、彼もなるからの宗教を無にする存在である可能性が高いということだ」
「しかしそれだと3人と同等の存在ということにならないか?」
「もし綾都に無効にできる宗教がひとつではないとしたら?」
これにはカインは絶句した。
ダグラスが召還した召還獣はふたりと聞いている。
そこに綾都と朝斗を入れて合計4人の中で、綾都だけが複数の宗教の理を無にすることができる?
それは脅威だった。
「もしそれが当たっていたら……」
「ああ。最強の術者の誕生ということだ。もし複数というのが万が一自然教、全世界精霊教、四神教にまで及んでいる場合、彼には操れない力はないということになるからな」
「おそろしいな。とてもそんな存在には見えなかったが。寧ろ無力な少女に見えた」
「一番恐ろしいのはな、カイン。四神教の理まで無にしている場合、綾都に叶えられる願いには制限がないというところだ」
さすがにこれにはゾッとした。
それでは瀬希皇子も彼を手放さないだろうし、瀬希皇子を高く評価しているレスター王子も、綾都ん彼から引き離すことを認めないだろう。
「これは父上との約束を果たせたかもしれないな」
「神の化身を探す、というあれか? だが」
「今のところ、すべて仮定だが、もし本当にあの綾都という側室が、複数の宗教の理を無にする存在だとしたら、それはすべての宗教の頂点に立つ存在、という意味に変じないか?」
「それは……確かに」
「イズマル大神の化身と思うには、随分可愛らしくて頼りないが」
アレクは苦笑する。
あれが自分たちの信じる宗教で頂点に位置する大神の化身。
そう思うとつい笑ってしまう。
もっと屈強な男性を想像していたので。
「なんとしても手に入れないといけないな。瀬希皇子が手にしていること自体許しがたい。万が一レスター王子の手に渡ったり、最強の召還師との呼び声も高いウィリアム大統領の手に渡ったら厄介だ。世界のバランスが狂ってしまう」
「……戦争だな。あんな小さな子供を巡って」
「そうならない方法を探すしかないさ」
そう言いつつアレクは情けを捨てるしかないと決断していた。
本当に心苦しいけれど、それを表に出すこと日許されない。
世継ぎも苦しい立場だなとこんなとき思う。
この弟なら多分自分の感情に素直に振る舞うんだろうし。
そんなことを思いながら口を開いた。
「もう一度揺さぶりをかけてみるか」
「アレク?」
「本気でシャーリーを瀬希皇子に嫁がせてみれかな」
「なんだってっ!!」
慌てるカインにアレクは笑う。
「レスター王子は俺に、いや、シャーナーンに綾都という側室を渡したくないんだ。それは危険だと判断している。綾都を任せるなら瀬希皇子しかいないと判断しているからこそ、あの場面で瀬希皇子に味方したんだ」
「それはそうかもしれないが、それとシャーリーの問題とはっ!!」
食い下がる弟をアレクは切り捨てる。
それが世継ぎの役目だから。
「帝に直接揺さぶりをかけてみる。我が国との友好の証として、瀬希皇子の正妃として皇女シャーリーを嫁がせる。その代わりに我が国と同盟を結ぶ。代償に綾都を差し出せとな」
「……アレク」
アレクが綾都を欲しがる気持ちはカインにも理解できる。
万が一レスターが最上級の精霊使いだったら、シャーナーンとルノールの軍事バランスが狂いかねない。
最上級の精霊使いという存在には、それだけの力がある。
そうしたらシャーナーンが不利になるのだ。
それを覆せるかもしれない切り札に、あの綾都という側室はなり得る。
だが、そのためにシャーリーを利用するのは、カインにはどうしても納得できなかった。
それが唯一の手段だということは、カインも理解しているのだが。
その証拠に瀬希皇子に直接、それを持ち掛けても彼は同意しなかった。
だから、帝に揺さぶりをかけるのだろう。
我が国との同盟を欲している帝に。
おそらく今の華南で綾都の真の価値を理解しているのは瀬希皇子ひとり。
彼が逆らえない相手は父親である帝のみ。
つまり彼を従えるためには、父親である帝に揺さぶりをかけて命じさせるのが、最短の道なのだ。
帝がもし綾都の真の価値を理解してしまったら、おそらくどんな好条件を持ち出しても、綾都を手放すことはないだろう。
理解している人物が瀬希皇子ひとりである今が絶好の機会なのだ。
それを思えば宰相大志もバカな真似をしたことになる。
自国がどれほど不利になるか、彼は理解してもいないのだから。
ロベールにも言えることだが、私欲に取りつかれた者は、国を滅ぼすかもしれない危険を知らずに招くのだなと思う。
それにさっきの推測がすべて事実だったら、シャーナーンにとっても綾都はシャーリーを犠牲にしようと、どうしても手に入れなければならない唯一絶対の存在だ。
それはわかるのだが。
そのために犠牲にされる妹が気の毒で仕方ない。
まあ瀬希皇子なら嫁がせるには不都合のある相手ではないのは確かだが。
それでも国に残してきたいも気懸かりで、カインの顔は曇るのだった。
「レスター王子が精霊使い? だが、そんな噂は……」
「伏せているんだろう」
「何故だ?」
「そこまでは俺も知るか。レスター王子の気性で有り得そうなのは、精霊使いではない従兄ロベール卿に気を使ってってところじゃないか?」
「なれほど。だが、精霊使いだとして、その能力は簡単に隠せるものなのか? それに精霊使いなら他にもいたはずだ。他国へ行くときに精霊使いを同行しないということは有り得ないからな。なのにどうしてレスター王子だけが感じたものが違うんだ。同じ現場を同じ精霊使いが見ていて」
世継ぎのレスター。
第二王位継承者のロベールが同行する旅である。
護衛の精霊使いだって優れた力の持ち主ばかりのはずだ。
だが、その中で同じものを見ていたのにレスターだけ態度が違う。
カインには解せなかった。
「普通なら精霊使いであることは、そう簡単に隠せないと聞く。特に力の弱い精霊使いほど、その能力は隠せないらしい」
「普通は反対じゃないのか? 高い能力ほど隠せないと言われたら納得できるが」
「いや。高い能力を持っている場合、特に上級以上になると、精霊を完全に制御できるため、己が精霊使いであることを伏せることもできるんだ。何故なら精霊使いの発揮する力は、すべて精霊に由来するため、精霊を制御できないほど弱い力だと、精霊の力の方がい勝ってしまったため、精霊使いであることを隠せなくなるからだ」
「ということは?」
恐る恐るといったカインの声にアレクはため息をつく。
何故自分がレスターを警戒していたか、その答えが見えて。
「上級以下、高級、中級、下級の精霊使いでは、精霊を完全に御せないため、己が精霊使いであることを隠せない。隠そうとしても精霊たちの方から教えてしまうからだ。精霊使いの意思を無視して。
つまり他国人には精霊が見えないため隠せても、同じルノール人には精霊使いであることを隠せない。しかし上級、最上級。このふたつのクラスになると、精霊を完全に制御できるため、己の意に添わないことを阻止することができる」
「つまり精霊使いだということを伏せたいときは、精霊にそれを強制できる?」
そうだとアベルは頷いた。
「その中でも伝説とされている最上級の精霊使いには、精霊たちのことでわからないことはないと聞く。会話も可能らしい」
「まさかレスター王子は……」
信じられないと呟く声にアレクも同じ顔で答えた。
「おそらく最低でも上級、もしくはルノールでただひとりの最上級の精霊使いかもしれない」
「それが事実なら問題だ。最上級の精霊使いは一軍に匹敵すると言われている。レスターがそうだとしたら」
「最上級の精霊使いが召還した召還獣には、ダグラスの召還獣たちも敵わないという。召還獣の力に精霊の力が加味されるため、ダグラスで召還されるより強くなるからだ。もしレスター王子にその力があったら厄介だな。軍事バランスが壊れかねない」
「どうしてアレクがまだ子供のレスター王子をやたらと警戒していたか、これでやっと理解できた。薄々わかってたな、アレク」
カインに問われてアレクは両腕を組む。
「ああ。レスター王子が精霊使いではないと言われても、俺にはどうにも信じられなかった。精霊使いではないとしたら、彼の言動が解せないんだ。彼がいるのといないのとで、精霊の数が違うという噂もあったしな。それでもしかしたら……とは疑っていた」
精霊使いではないルノール人には、精霊を集める力はない。
精霊は力ある者に惹かれるからだ。
なのに精霊使いではないと言われているレスターが、いるのといないのとでは、精霊の数が段違いだと聞いていた。
その噂を初めて聞いて、実際に何度か戦った際に、レスターがいるときといないときの、ルノール側の戦力の違いを実感して、アレクは疑ったのだ。
あれはすべてレスターのせいではないのかと。
それでもまさか上級や最上級かもしれないとは疑っていなかったが。
全く厄介だ。
「もしレスター王子が上級もしくは最上級の精霊使いで、おまけに精霊の言葉も理解できると仮定した場合、その事実が導き出す態度の違いってなんだ?」
カインは首を傾げる。
カインはアレクほど精霊使いについて詳しくないので、どうしてもそこが読み取れないのだ。
それを聞いたアレクは深々とため息を漏らす。
「そのふたりが精霊と交わしていた会話をレスター王子だけが聞いたとしたら?」
「……あ」
「しかも万が一レスター王子が最上級の精霊使いだとしたら、他の精霊使いには見えない現象も見えていたはずだ。精霊から加護を受け全世界精霊教の理から抜け出す。それも確かに凄いことだ。それ自体は普通のルノール人にも見えるだろう。四精霊からの加護を受ける立場だというのは、誰にでも目撃可能だからだ。ルノール人ならな。だが、もしそれを超える事態をあの綾という側室が起こしていたとしたら?」
「それを超える事態ってなんだ?」
「それがわかったら苦労しない。こんなにイライラしているものか」
アレクに吐き捨てられて、カインはこめかみを掻いた。
確かにそうだ。
現場にいたわけでもなく、ルノール人でもない自分たちには想像のしようがない。
「とにかくはっきりしているのは、あの双生児の側室は、どちらもルノール語を理解し、どちらも精霊が見えるだけでなく会話も可能。そして兄の方は精霊から加護を受け、全世界精霊教の理から抜け出した。ただひとりの最上級の精霊使いかもしれないという可能性があるということだ。問題は同じ最上級の精霊使いかもしれないレスター王子がなにを見て、兄の方ではなく弟を重要視しているか、ということだが」
これ以上は本当に推測のしようがない。
全世界精霊教の理を無にする存在。
確かにそれも重要だ。
なのにレスターはそれを重要視していない。
つまりそんな重要なことすら、重要と感じさせないだけの価値を、あの綾都という側室が持っているということだ。
「これも推測なんだがダグラスが召還したという人形の召還獣が、もしなんらかの宗教の理を無にする存在だとして」
「朝斗という側室と同じようにか?」
首を傾げるカインにアレクは頷く。
考え考え口に出す。
「今のところ、朝斗という側室が起こした現象から判断して、ひとりの人間が無効にできる宗教はひとつということだ。だから、人形の召還獣が無効にできる宗教があったとしても、おそらくそれもひとつだろう」
「アレクがなにを言いたいのかわからない」
不器用で剣術バカな弟らしい発言にアレクは苦笑する。
「つまりだな。レスター王子が本当にあの綾という側室が、朝斗という兄以上の重要性を持っていると判断している場合、彼もなるからの宗教を無にする存在である可能性が高いということだ」
「しかしそれだと3人と同等の存在ということにならないか?」
「もし綾都に無効にできる宗教がひとつではないとしたら?」
これにはカインは絶句した。
ダグラスが召還した召還獣はふたりと聞いている。
そこに綾都と朝斗を入れて合計4人の中で、綾都だけが複数の宗教の理を無にすることができる?
それは脅威だった。
「もしそれが当たっていたら……」
「ああ。最強の術者の誕生ということだ。もし複数というのが万が一自然教、全世界精霊教、四神教にまで及んでいる場合、彼には操れない力はないということになるからな」
「おそろしいな。とてもそんな存在には見えなかったが。寧ろ無力な少女に見えた」
「一番恐ろしいのはな、カイン。四神教の理まで無にしている場合、綾都に叶えられる願いには制限がないというところだ」
さすがにこれにはゾッとした。
それでは瀬希皇子も彼を手放さないだろうし、瀬希皇子を高く評価しているレスター王子も、綾都ん彼から引き離すことを認めないだろう。
「これは父上との約束を果たせたかもしれないな」
「神の化身を探す、というあれか? だが」
「今のところ、すべて仮定だが、もし本当にあの綾都という側室が、複数の宗教の理を無にする存在だとしたら、それはすべての宗教の頂点に立つ存在、という意味に変じないか?」
「それは……確かに」
「イズマル大神の化身と思うには、随分可愛らしくて頼りないが」
アレクは苦笑する。
あれが自分たちの信じる宗教で頂点に位置する大神の化身。
そう思うとつい笑ってしまう。
もっと屈強な男性を想像していたので。
「なんとしても手に入れないといけないな。瀬希皇子が手にしていること自体許しがたい。万が一レスター王子の手に渡ったり、最強の召還師との呼び声も高いウィリアム大統領の手に渡ったら厄介だ。世界のバランスが狂ってしまう」
「……戦争だな。あんな小さな子供を巡って」
「そうならない方法を探すしかないさ」
そう言いつつアレクは情けを捨てるしかないと決断していた。
本当に心苦しいけれど、それを表に出すこと日許されない。
世継ぎも苦しい立場だなとこんなとき思う。
この弟なら多分自分の感情に素直に振る舞うんだろうし。
そんなことを思いながら口を開いた。
「もう一度揺さぶりをかけてみるか」
「アレク?」
「本気でシャーリーを瀬希皇子に嫁がせてみれかな」
「なんだってっ!!」
慌てるカインにアレクは笑う。
「レスター王子は俺に、いや、シャーナーンに綾都という側室を渡したくないんだ。それは危険だと判断している。綾都を任せるなら瀬希皇子しかいないと判断しているからこそ、あの場面で瀬希皇子に味方したんだ」
「それはそうかもしれないが、それとシャーリーの問題とはっ!!」
食い下がる弟をアレクは切り捨てる。
それが世継ぎの役目だから。
「帝に直接揺さぶりをかけてみる。我が国との友好の証として、瀬希皇子の正妃として皇女シャーリーを嫁がせる。その代わりに我が国と同盟を結ぶ。代償に綾都を差し出せとな」
「……アレク」
アレクが綾都を欲しがる気持ちはカインにも理解できる。
万が一レスターが最上級の精霊使いだったら、シャーナーンとルノールの軍事バランスが狂いかねない。
最上級の精霊使いという存在には、それだけの力がある。
そうしたらシャーナーンが不利になるのだ。
それを覆せるかもしれない切り札に、あの綾都という側室はなり得る。
だが、そのためにシャーリーを利用するのは、カインにはどうしても納得できなかった。
それが唯一の手段だということは、カインも理解しているのだが。
その証拠に瀬希皇子に直接、それを持ち掛けても彼は同意しなかった。
だから、帝に揺さぶりをかけるのだろう。
我が国との同盟を欲している帝に。
おそらく今の華南で綾都の真の価値を理解しているのは瀬希皇子ひとり。
彼が逆らえない相手は父親である帝のみ。
つまり彼を従えるためには、父親である帝に揺さぶりをかけて命じさせるのが、最短の道なのだ。
帝がもし綾都の真の価値を理解してしまったら、おそらくどんな好条件を持ち出しても、綾都を手放すことはないだろう。
理解している人物が瀬希皇子ひとりである今が絶好の機会なのだ。
それを思えば宰相大志もバカな真似をしたことになる。
自国がどれほど不利になるか、彼は理解してもいないのだから。
ロベールにも言えることだが、私欲に取りつかれた者は、国を滅ぼすかもしれない危険を知らずに招くのだなと思う。
それにさっきの推測がすべて事実だったら、シャーナーンにとっても綾都はシャーリーを犠牲にしようと、どうしても手に入れなければならない唯一絶対の存在だ。
それはわかるのだが。
そのために犠牲にされる妹が気の毒で仕方ない。
まあ瀬希皇子なら嫁がせるには不都合のある相手ではないのは確かだが。
それでも国に残してきたいも気懸かりで、カインの顔は曇るのだった。
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