序章





 序章





「わたしたちはなにも言わないわ。あなた自身がよく考えて決めなさい」

 部屋に閉じ籠っていると母にそう言われた。

 来夢が部屋に閉じ籠るようになって1週間が経ってから。

 先週になって突然倒れたのが来夢の悪夢の始まりだった。

 だれがこんな事態になるなんて思う?

 学校で突然倒れて人事不省に陥り、とりあえず病院に運ばれたが、すぐには原因がわからずそのまま入院。

 結果は……信じられない内容だった。

 選べ、と医師も両親も口を揃える。

 どちらの道を選ぶのも来夢自身だと。

「なんで俺ばっかりこんな目に」

 簡単に選べる内容じゃない。

 ケータイやパソコンには友達から、ひっきりなしにメールが届いている。

 それらにも返信していない。

 どう説明すればいいのかわからないからだ。

 自分でもなにをどう考えればいいのかがわからない。

 両親はとりあえず来夢の意志に任せるという姿勢を崩していない。

 いっそのこと強制してくれた方が楽なのに。

 後で両親を恨めるから。

 選ぶのと選ばされるのとは違う。

 責任の所在が違うのだ。

 わかっていて選んだ道ならだれも恨めない。

 部屋に置かれた鏡を振り返る。

 そこには紛れもない自分の姿が映っているが、それも今となってはなんだか白々しかった。

 元から女顔だとは言われていた。

 母親似で通っていた来夢だ。

 当然だが美少年と呼ばれる顔立ちで、その面差しは母親にそっくりだった。

『こんなふうに生まれる者は美形が多いとは聞いていたけど、どうやら事実だったようだねえ。きみも美形だし』

 呑気な医師の言葉を思い出す。

「他人事だと思って!!」

 腹立たしくなって立ち上がろうとしたとき、不意に姿が映っていた姿見が眩しい光を放った。

「え?」

 きょとんと振り返る。

 鏡には透き通るような青空が広がっている。

「なんで青空?」

 窓を振り返る。

 そこにあるのは来夢の心を象徴するような曇り空。

 青ざめて視線を戻す。

 青空はやがて部屋いっぱいに広がり来夢の足元まで及んだ。

「ええっ!?」

 ウッソだろうぉと叫びたいのに、声は喉に張り付いて出なかった。

 足元にあった部屋の床が不意に消滅したのだ。

 落下する。

 落下する。

 青空の中をどこまでも落下する。

 来夢は手足をバタつかせたが、掴まれそうな物はなにもない。

 手は空を切るばかり。

 おそるおそる下をみる。

 そこには豆粒のような景色が徐々に大きさを増している。

 どうしようかすこし考えたが、きっと眠っていて夢をみているんだと納得した。

 でないとこんな理不尽なことありえない。

 万が一異世界へおいでませ、的な展開だとしても、こんな死へと直結するようなのは願い下げだ。

 とりあえず起きよう。

 そう思って目を閉じた。



 来夢の現実が終わるとき、世界は朝を迎えることになるのだった。
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