第二章 ふたりのラーダ
ショウが連れていったのは下町にある飲み屋だった。
ガヤガヤと人相の悪そうな奴らが集まっている。
こんなところに店を構えているにしては人の良さそうな店主が、ショウの姿を見て笑いながら近づいてきた。
「久しぶりだな、ショウ」
「久しぶり」
「今日はなににする?」
「俺はいつもの奴ね」
「俺はカッシュの果汁にする」
「あれ、慣れてないと苦みがきつくて飲みにくいぞ、ラーダ」
「いいんだよ。めずらしい食べ物や飲み物って好きだし。物は試しでしょ?」
「あんたはなににする?」
「なに……と言われても」
なにを頼めばいいのかわかりませんと顔に書いた様子を見て、ショウが振り向いて店主に告げた。
「あいつはグミの果汁ね。一番一般的だから」
「おまえさんひとり注文を間違っとりゃせんかね、ショウ?」
「いいじゃないか、好きなんだから」
やれやれと言いたげに店主は店の奥に引っ込んだ。
グミの果汁は子供が好んで飲む果汁の王様である。
子供扱いされた気がして悔しかったが、こういう店にきたことなんてないのだ。
頼んだ物を飲めなかったりしたら恥なので、ここは我慢することにした。
注文した品が届くのに、時間はほとんどかからなかった。
ラーダと謎の青年の前には小さな果汁のグラスが置かれたが、ショウの前に置かれたのは大きめのグラスだった。
そこからツンとする匂いが漂ってくる。
驚いてラーダが問いかけた。
「ショウ。もしかしてそれお酒?」
「うん。俺の好みなんだよ。酔わないタチだから結構飲むな」
「たしか16だったよね?」
疑わしそうに訊ねるラーダにショウは苦笑する。
レジェンヌの法律ではまだお酒を飲める年齢ではないからだ。
「16? おれより3歳も年下?」
どこか衝撃を受けたように呟く姿を見て、ショウもポリポリとこめかみを掻いた。
3歳年上ということは19なのだろう。
それで自分はグミの果汁を飲んでいて、3つも年下のショウがお酒を飲んでいるとなれば、たしかに衝撃を受けるかもしれない。
これは彼が幼いのではなく、ショウが異常なのだが。
「所帯主だから普通とちょっと違うんだよ。あんまり気にする必要はないと思う」
それだけ言って一口、口に含んだ。
その姿も慣れたもので堂に入っている。
スマートに飲んで見せるショウに、ふたりはやたらと感心していた。
「俺はショウ。こっちはラーダ。あんたは?」
「おれは……グレンという」
「グレン?」
不思議そうに呟いてから、ショウは納得の声をあげた。
「ああ。メイディアの世継ぎの君か」
「っ!! 何故わかったんだ?」
「今メイディアの王子がレジェンヌにきているし、王子の歳は俺より3歳年上。名前はネジュラ・グレン。そのくらいのことなら常識だよ」
「そういうものか?」
「王子さまもすこしぐらい、こういう場所に足を踏み入れてみるといい。どんな情報だって金さえ払えば手に入るから」
そういうことが必要とされるショウの境遇に、ラーダはまた胸の痛みを感じる。
本来ならグレンに劣る立場ではないのだ。
レジェンヌは小国だが、古王国と呼ばれているとおり歴史は古い。
メイディアよりよほど古いのだ。
一時は全世界を半分くらいまで支配した時代もある。
その勢いはなくなったが権勢は健在である。
そのショウがグレンのように生きられなかった理由を思って、ラーダはため息をつく。
まだ言えない。
言えないことだが、その理由にラーダは深く関わっている。
だから、罪の意識を抱くし、ショウの身の振り方を気にするのである。
「ラーダに用があるって言ってたよな。俺は口を挟まない方がいいのか?」
「できればそうしてくれると助かる。ここで起きたことは他言無用に願いたい」
「わかった」
一言答えてからショウはお酒を飲むことに専念することにしたらしい。
話に耳を傾けているのだろうが、立ち入るまいとしている姿勢が見えた。
そんな遠慮はいらないのにとラーダは思う。
ショウとはもっと親しくしたいので。
どうしてそう思うのかはわからなかったけど。
「おれはずっと祖母の親戚を捜している」
「祖母って聖妃で有名なラーダ・サイラージュ妃?」
ラーダが問いかけると、ショウが納得したように頷いた。
なるほどなと思う。
ラーダとグレンは外見的にはよく似ている。
同じ髪の色をしているし、瞳の色も似ている。
それがラーダ・サイラージュに繋がる要素なら、名前も同じラーダに引っ掛かっても無理はない。
「おまえの容姿は祖母の若かった頃にそっくりだ」
「え……」
さすがにショウが驚いた声をあげ、すぐに立ち入ったことを後悔したのか、口を噤んだ。
容姿までそっくりだとは思わなかった。
だとしたらラーダを捜して街に出ていたのかもしれない。
どこかでラーダを見掛けて、祖母にそっくりな姿に引っ掛かって。
だとしてもラーダとラーダ・サイラージュ妃を繋げるのは、まだ無理があるのではないだろうか。
他人の空似ということもあるだろうし。
もちろん容姿が同じで名前も同じとなると、偶然にしては出来すぎているという感も拭えないのだが。
「おまけにおまえは両性具有者だという。実はあまり公になっていないが、祖母もそうだったんだ」
その一言にショウはもう目を丸くしてラーダを見た。
そこまで一致したら、さすがに他人の空似では通らない。
ラーダとラーダ・サイラージュ妃のあいだには、なんらかの関わりがあるのだろう。
知られていない親戚ということだろうか?
「どうしてそんなことを知りたいの? ネジュラ・ラセン王が明らかにしなかったってことは、知らないほうがいいってことだよ。なのにどうして今頃になって捜し出そうとするの?」
ラーダは否定はしなかった。
しても無駄だと思ったのかもしれない。
そこまでの共通点を見つけられた後で否定しても嘘くさいだろうから。
「おれは祖母の血族を見つけてどうしても問いたいことがある。そのために捜し出したいんだ」
その一言にラーダは微かに青ざめた。
他人の空似では済まないほどに、ラーダと似た外見を持って生まれた王子。
まさかと言えない問いを胸に抱えていた。
「なにか思い詰める理由でもあるの?」
「ある。どうしても祖母に問いたいことが」
「なに?」
ラーダが身を乗り出して問いかけると、グレンはすこし困ったような顔をした。
「他言はしないって誓ったから、なにを聞いても言いふらしたりしないよ、俺は」
ショウが割って入りグレンも信じる気になったらしかった。
深いため息の後で口を開く。
「おれは夜になると髪の色が黒に変わる。力も強くなる。そんなのは一族でおれだけだ。父上にも母上にも心当たりがないという。だから、おれは出自の明らかではない祖母絡みではないかと思ったんだ。どうしておれだけがそんなふうに生まれたのか、その答えが欲しい」
グレンの言葉を聞いてラーダはホッと安堵した。
どうやら最悪の事態は避けられたらしい。
そのくらいなら能力のある魔法使いに頼めば封印が可能なことだから。
「その程度のことなら騒ぎ立てないでおくべきだと思うけど」
「その程度のこと? これのどこが?」
「力のある魔法使いに頼めば封印が可能なことじゃない。騒がなくてもいいと思うけど」
「それならすでに試した。試さずにいると思うのか?」
「封印できなかったの?」
驚いた問いかけにグレンは苦い表情で頷いた。
魔法使いの力量不足ということではないだろう。
メイディアお抱えの魔法使いだ。
実力不足ということはないはずだった。
(それだけ濃く血を引いてるんだ。でも、この外見から判断すれば、危険なレベルには達していないはず。それなら明かしたくない。明かすほうがこの王子を追い詰めるから)
「それでも問題にするほどのことじゃないと思う」
「ここまで言ってもっ」
「知らないほうが幸せなこともあるよ。知ってしまって取り返しのつかない後悔を感じるくらいなら、知らないままでいた方がいい。俺はそう思うよ」
「それほど祖母の血脈には問題があるのか?」
「俺はそれを言えない。問わないでほしいな。問われても答えられないから」
ラーダははっきりと自分の素性を明かしたわけではなかったが、ここまで知られたら嘘をついても信じないだろうと思ったので、敢えてごまかさなかった。
それでも詳しい事情を教える気はなかったけれど。
「普通の魔法使いに頼んで失敗したんだろう?」
突然、口を挟んできたショウのほうを振り向いて、グレンが怪訝そうに答えた。
「ああ」
「ならあいだに魔門を挟めば成功する確率もあがるんじゃないのか?」
「魔門?」
「ああ。魔門っていうのはレジェンヌの言い方だっけ。普通に言うと」
「いや。聞きかじりていどだが、聞いたことはあるからわかる。人と魔の狭間に立つ者のことだろう? 人と魔の架け橋となれる者。それだけに一般の者より強い魔力を秘めているという。違うか?」
「そのとおりだよ。魔門の力を借りれば成功率はあがると思う。知り合いにいないのか? 魔門」
「いないな。魔門というのは元々非常に数が少ないんだ。希少価値が高いから魔門の魔法使いは、代々大賢人と呼ばれているほどだし」
本来なら魔門はいる。
他ならぬショウが魔門だ。
ショウが力を貸せばこの王子は呪縛から解き放たれる。
でも、今逢ったばかりの王子を相手にそこまでしてやる必要性もなかったし、そんな危険な真似はできなかった。
下手をしたら現王家に所在を掴まれてしまう。
あの家を手放すのはいやだから、もうすこし上手く立ち回らないと。
それともメイディアに後ろ楯になってもらえたら、もうすこし楽なのだろうか。
狙われる生活とおさらばできるのか。
考えても仕方がないけれど。