第二章 ふたりのラーダ
ショウとラーダは出逢ってから、ずいぶん親しくなっていた。
その境遇的に簡単に人を受け入れないショウだが、ラーダが親身になってくれているのがわかるので、次第に警戒を解いていったのである。
ラーダがなんのためにこの国にきたのかは明かされなかったが、ショウは久々に人と一緒に過ごせる楽しさを知り、この一時がすこしでも長く続けばいいと祈っていた。
昼下がり。
今日の夕飯はシチューが食べたいというラーダの要望もあって、ショウとラーダは市場にきていた。
市場なのだが食べ物屋ばかりでなく、物品店も多く見受けられる。
ひどいときは食べ物を売っている店の隣で、戦争のための武具が売ってあったりした。
これはやはり市場が1番人が集まるので、たくさん売ろうとすると、どうしても市場に目をつけることになる。
そのせいで成り立っていることだった。
ショウが野菜や肉を買い込んでいるあいだ、ラーダはあちこちの露店を覗いていた。
「わー。これ素敵」
ラーダがそう言って手に取ったのは、可憐な装飾が施されたブレスレットだった。
市場で売っている物にしては品もよく、それだけに値段も高かった。
「なに見てるんだ、ラーダ?」
「このブレスレットすごく素敵。あんまり素敵だから見とれてたんだ」
「ふうん。たしかにいい品だな。うわっ。市場で売っているにしては、値段が無茶苦茶高いじゃないか」
「坊主。売ってる場所はともかくとしてだ。品がそれだけよかったら、自信を持って出せるぜ? 王宮にだって持っていける品なんだ。そのくらいはするさ」
店の店主がぶっきらぼうに言う。
こんな子供には買えないだろうと判断して、商売っ気を失っているらしい。
ショウはちょっとムッとした。
ショウならこのくらいの買い物は軽くできるからだ。
お呼びじゃないという態度は腹が立った。
「ラーダも女みたいにそんな物欲しがるなよ。男だろ、おまえ。男だったら」
「俺、男じゃないよ」
「えっ。女だったのか? その言葉遣いで?」
「どういう意味なの、それ?」
ブウブウとふくれるラーダに、ショウはこっちがふくれたいと思う。
確かに外見だけならラーダはどっちにも見えたが、態度が態度なのだ。
普通は男だと思うだろう。
だが、ラーダはもう一度否定した。
「ついでに言うと女でもないよ」
「へ?」
「いや。男でもあるし女でもあるって言うべきかな」
この言葉が意味するところは、ただひとつである。
「もしかしてラーダって……」
「うん。両性具有者。めずらしいでしょ」
確かに両性具有者はめずらしい。
実際に見かけたのは初めてだ。
いるらしいというのは聞いていたが、両性具有者は数少ないので、滅多にお目に掛かれないのである。
どっちにでもなれるから、伴侶は好きな性別を選べるというが。
「じゃあ、出逢った記念に買ってやるよ、それ」
「いいよっ。気軽にもらえる金額じゃないよ、これっ」
「気にしなくていいから」
「坊主。おまえに買えるわけないだろうが。玩具を買うのとわけが違うんだぞ」
まだナメてかかる店主にムカッとしつつお金を手渡した。
とたんに店主の態度が変わる。
「いやあ。お坊ちゃん、いい買い物をしましたねえ。これは掘り出し物でしてねえ」
「世辞はいいから早くそれをラーダに渡してくれよ。付き合うつもりはないから」
いい加減腹を立てていたので、ショウは素っ気なかった。
それまでの態度が悪すぎた店主はそそくさとブレスレットを包むとラーダに手渡した。
「ありがとうございましたぁ」
やたらと調子のいい店主の声を聞きながら、ふたりは移動しはじめた。
「こんなつもりじゃなかったのに」
思いがけず高価なプレゼントをもらうことになったラーダが途方に暮れている。
「気にするなよ。それよりつけてみろよ。きっと似合うから。店主の態度は最悪だったけど、確かに揃えてる品物は最高級品ばかりだったし」
「宝石の目利きもできるの?」
「見慣れてるから」
確かに旧王家の莫大な遺産の中には、王家が受け継いできた家宝の宝石もたくさんあるのだろうが。
ショウにはできないことはないのだろうか。
言われたとおりブレスレットをつけると「ほう」とため息をついた。
「やっぱり素敵」
「そういうところを見ると両性具有者だっていうの、信じられる気がするよ。男の反応じゃあないもんなあ」
呆れたように笑うショウにラーダがふくれている。
ちょうどそこへ声がした。
「待って、待ってくれっ」
追いすがる声にまずショウが振り向き、ついでラーダも振り向いた。
追いかけていたのは銀の髪に碧の瞳の青年だった。
身形はいい。
少なくとも市場に用のある人間ではないだろう。
身分的におかしい。
傍らでラーダがハッとしたように息を飲んだが、そのことには気づかなかったフリをした。
謎の多い奴だなあと思いつつ。
「何か用か?」
「おまえじゃない。そっちの銀の髪をした奴に用があるんだ」
「ラーダに?」
視線を向けるとラーダは強張った顔をしている。
「知り合いか?」
「ううん。知らない人」
ラーダはそう言ったが、どこからどう見ても知っているようにしか見えなかった。
まあ知っているからといって、そのまま知り合いとは言えない場合があることぐらいは、ショウだって知っているが。
ショウは境遇的に人の表情を読み取ることに長けているから、ラーダの表情も読めたが普通はわからないだろう。
ラーダの動揺というのは本当に微かで、普通は気づかれないだろうから。
「さっきの会話を聞いたんだ。おまえの名はラーダで両性具有者なんだろう?」
「そうだけどそれがあんたとなんの関係があるの?」
「ここじゃ話せない。移動しないか?」
「ショウがいてもいいよね? ひとりでついてこいとか言ったら、俺は言うこときかないから」
「わかった。妥協しよう」
移動しようと言いながら彼は動かなかった。
どこか途方に暮れたような顔をしている。
「もしかしてアテがないのか?」
「屋敷に連れていけるなら簡単だが、さすがに逢ったばかりの奴を連れていくわけにもいかないからな」
「だったら俺の知ってる店で我慢しなよ。お坊ちゃんには刺激が強すぎるかもしれないけど」
それだけ言ってショウが歩きだした。
どう見ても下町の方向へ向かっている。
ラーダも迷いもなくついていくので、仕方なくついていった。