第一章 邂逅
ラーダは時間を持て余して指定された部屋に入った。
部屋の中もやはり品のよい調度品で占められていて、この屋敷にどれだけお金がかけられているかが一目でわかる。
ショウはどうやら財産家らしい。
立っているのもなんだったので長椅子に腰掛けようとして、ふと壁にかけられている肖像画の存在に気がついた。
ショウの両親なのだろうか?
金髪に青い瞳をした美丈夫と黒髪に灰色の瞳をした美女が描かれている。
ショウは両親の特徴を平等に受けた容姿の持ち主だったようだ。
金髪の男性の首元を覆っている首飾りにハッとする。
双頭の鷲に似た空想上の動物の首飾り。
「双頭のラジャの首飾り……」
双頭のラジャはラスターシャ王家の紋章である。
王家の紋章が双頭のラジャだったのだ。
双頭のラジャの首飾りは王位の象徴。
歴代の世継ぎしか受け継ぐことが許されない代物だ。
つまりショウは……。
「なるほどね。詮索されるのをきらうはずだよ。ショウ・ザ・デザイアね。それが略称なら推測が正しければ正式名はショウ・ザ・デザイア・レ・ラスターシャ。現在の正式なる世継ぎの君、か」
ラスターシャ王家の者と、今頃になって再会しようとは思わなかった。
「俺にできることはなにもないのか? 今頃になって罪滅ぼしをしようなんて都合が良すぎるかもしれないけど」
ショウはまだなにも気づいていないだろう。
ラーダと自分との関わりも。
気づいてしまったことを黙っておきべきだろうか。
それとも疑われないように、先に言っておくべきだろうか。
ショウの力になりたい。
ショウがもし王位を取り戻したいと思っているなら、その手助けがしたい。
それで過去の罪が消えるなんて思わない。
でも、なにかしたい。
ショウのために。
ラスターシャの王子のために。
「なにを見てるんだ?」
突然の声にハッとして振り向いた。
ショウが料理を片手に現れたところだった。
「肖像画を見てた。ショウのご両親?」
「うん。俺は両親のことを覚えていないから、その肖像画が唯一の記憶なんだ」
「そうなんだ」
こんな所にもラーダの犯した罪がある。
本来なら王宮で蝶よ花よで育てられていてもおかしくない境遇なのに。
「これ、双頭のラジャの首飾りだね」
テーブルに料理を並べているショウに向かってそう言えば、その手が一瞬止まった。
警戒している目をしてラーダを見ている。
「本で読んで知ってたんだ。確か双頭のラジャは、このレジェンヌの旧王家、ラスターシャ王家の紋章だったよね。そしてその王家の紋章を首飾りとして所有できるのは、代々の世継ぎのみ、ショウが現在の正式な世継ぎの君ってことだよね?」
悪意はないのだと分かってもらうために、あえて両手をあげる。
白旗の意味で。
そんなラーダを見てショウが苦い表情で呟いた。
「よく双頭のラジャのことを知ってたな。普通は知らないんだけど。もう双頭のラジャのことなんて人々の記憶から消えてるだろうと思ってたし」
「最近見て知ってたから。それに皆忘れてないと思うよ。今だって現王家より旧王家のほうが慕われているし」
「そうかもしれないけど生き残ってないと思われてるのも事実だ。だから、肖像画を隠すことなく飾っておけたんだから」
知っている者はいないと思ったから、家の中とはいえ飾っておけたのだ。
これがまだ知っている者が大勢いると思っていたら、いくら家の中だけとはいえ、肖像画を飾っておくことはできなかっただろう。
正体が露顕するから。
まぁラーダを招いてしまったときから、こうなる可能性は承知していたといえばしていたのだが。
「それより夕飯にしよう。ご飯が冷めるから。」
「うん」
頷いてからショウの正面に腰掛けて、並べられている料理の数々を眺めた。
焼き魚もキチンと盛り付けがされていて、イチゴソースがかかっている。
緑色の野菜が主となったグリーンスープもついていて、これをショウひとりで作ったと言うのは、ちょっと意外だった。
いくら出来合いの物を使ったとはいえ、ここまで本格的だとは思わなかったので。
ついでに買っておいた野菜が中心のだが前菜まであって、 ちょっとしたフルコースとなっている。
凝り性なのかなとショウを見た。
「どうかしたか?」
焼き魚を口に頬張ってから、ショウが訊ねてきた。
食べ方もスマートで、だれに教育されたのかなと疑問が沸いてきた。
ショウは5歳のときに両親を亡くしたと言っていたから。
5歳の子供が自分ひとりで暮らすことはできないだろう。
いくら遺産が莫大な旧王家の王子とはいえ。
しかし第三者を近づけることが危険なショウが、うかつに人を近づけるとも思えない。
機会があったら訊ねようと心に決める。
「これをショウひとりで準備したなんてちょっと意外だと思って。いくら出来合いのおかずを使ったといっても、これだけ徹底するの大変だったでしょ?」
「そうでもないさ。基本的な調理は済んでるんだから」
「このイチゴのソース。すごく魚に合うね。美味しい」
「ありがとう」
食べ終わる頃に気になっていたことを訊いてみた。
「ショウはだれに育てられたんだ? たしか両親は5歳のときに亡くしたんだろう? でも、ショウの境遇で第三者を近づけることは、危険すぎてできなかっただろうし」
「流しの戦争屋だよ」
「え?」
意外な答えに絶句した。
流しの戦争屋?
「戦場から戦場を渡り歩く一匹狼で、たまたまレジェンヌにきていたときに、父さんたちと知り合ったって言ってた。それで父さんたちが暗殺された場面に立ち会って、とっさに俺を助けてくれたんだ」
「へえ。そうだったんだ?」
「それから5年間ほど一緒に暮らしたな。それに育ててもらったっていっても、ひとりで生き抜くために必要な知識を与えてくれただけで、普通に想像する子育てとは、まるで意味が違ってたから。
一緒に暮らすようになってからの5年間で、俺は必要なことのほとんどを覚えられたから、実際10歳になってからひとりでも暮らせたよ」
「流しの戦争屋なら戦い方も教えてもらった?」
問いかけるとショウは、なんでもないことのように、あっさりと頷いた。
「1番熱心に習ったな。生き抜くためには必要だったし」
「両親の敵討ちとか考えてた?」
「いや。それは考えなかったな。育ててくれた奴が言ってたんだ。生き抜くための剣を覚えろって。過去に復讐するための剣なら教えないって」
厳しい言葉だが正論だ。
それに僅か5歳の子供が、これから先の長い人生を復讐のために費やすことは、やはり褒められたことではない。
そういう意味で正しく育てられたのだろう。
結局、復讐はなにも生み出さないのだから。
過去に向かって生きるより、未来に向かって生きた方がいい。
その方が亡くなったショウの両親だって安心できるだろう。
「普通の育ての親とは違うみたいだけど、正しい育てられ方をしたみたいだね。話を聞いているとわかるよ」
「そうかな? かなり型破りだったと思うけど」
それから食事を終えるとショウはお茶の準備を始めた。
食事の後に軽いお茶を楽しむのが、レジェンヌ風なのである。
差し出されたお茶を一口飲んで、ラーダは驚いた。
「これ、リョガーザじゃない?」
「そうだよ。口に合わなかったか?」
「合わないもなにも。リョガーザって高級茶葉だし、その中でもこの口当たり。最高級の物じゃないの? ここまでのリョガーザはメイディアの王宮でも出るかどうか。一体どうしたの?」
リョガーザは栽培が難しく、また現在では入手困難になってきている幻の高級茶葉である。
王室の者などなら、リョガーザも普通の物なら飲み慣れているだろうが、ここまでの高級品は滅多に口にできないだろう。
ショウは自分もリョガーザを飲みながら、笑って口にした。
「以前リョガーザがすこしだけ手に入ったときに、栽培してみようと思い立ってさ。裏庭に生い茂ってるよ。だから、少々のことではなくならない。俺の家では普通に飲めるよ、このリョガーザ」
「玄人でも失敗するリョガーザの栽培に成功した? ショウってものすごく頭が良くない?」
「どうかな? 俺は普通だと思うけど」
ラーダに対する警戒はほとんどなかった。
正体を知られたときにすこし警戒したが、ラーダが刺客なら殺すチャンスはいくらでもあっただろう。