第五章 ラスターシャの王子
第五章 ラスターシャの王子
「ショウ?」
夢現で目覚めるとそこにショウがいた。
信じられないと眼を見開く。
夢かと思ったが目の前のショウはホッとしたように息をついた。
「目が覚めたんだな、ラーダ。よかった。俺も心配してたんだ。もう2日も眠ってるから」
「俺、死んだんじゃなかったのか?」
「死んでないよ。俺が死なせないから」
「ショウ」
死ねなかったと思う心の片隅で、ショウが変わっていないことを喜ぶ自分がいる。
それともショウは気付いていなかったんだろうか?
ショウとふたり、あの屋敷に住んでいたころに戻れたら。
そう思って首を巡らせると、やはりグレンに監禁されていた部屋だった。
ショウがいるということは突き止めたか、白状させたか、どちらかだろう。
元々王子としての器でグレンはショウに負けていたのだし。
自分の孫がラスターシャの王子に負けている。
それはちょっと変な感じがした。
昔、昔の出来事だ。
ラスターシャの国王がまだ君臨していた頃、ラーダは度々、レジェンヌにやってきては長居する癖があった。
だが、初めてラスターシャの国王と相対したとき、ラーダは誓っていた。
この国では宴は起こさない、と。
それを守ることを知っていたから、レジェンヌ側も不意に現れるラーダに特に警戒はしなかった。
そんなとき問われたのだ。
魔族がこの国に関わる理由を。
ラーダが宴を起こさない理由を。
そしてラーダは答えた。
すべてはラスターシャ王家のせいだと。
その言葉を引き金として当時の国王は一族揃って国を捨てた。
死ぬまで継承権を放棄できない立場故に、臣下たちにもなにも告げずある日、突然。
その当時のラーダはまだ妖魔の王らしく振る舞っていたので冷たく考えただけだった。
国のために自分たちを犠牲にするなんてバカだと。
ラーダがあんなことを言わなければ、余計なことを教えなければ、ラスターシャ王家は国と王位を捨てたりしなかった。
そのことはメイディアで聖妃となってから、とても気にしていた。
自分が幸せになったからこそ、かつて不幸にしたラスターシャの王子たちの行く末が気になった。
メイディア諸国連合の発端はラーダである。
今ではサルシャが引き継いでいるが。
「俺さ、メイディア諸国連合の後見を受けることにしたんだ」
「え?」
ショウがメイディア諸国連合の後見を受けてくれる?
俺が発端となって動き出したメイディア諸国連合の?
それはどんな言葉よりも嬉しい赦しの言葉だった。
ラスターシャの王子を擁立したい。
それがラーダの夢だったから。
そうしたらラーダの罪も許される気がして。
都合がよすぎるかもしれないが、それだけを願っていた。
なのにショウがメイディア諸国連合の後見を受けてくれる?
これこそ夢ではないのだろうか。
長い間の夢が叶うなんて。
「ラーダが元気になって魔族の件が片付いたら、俺はメイディアへ行くよ。レジェンヌに凱旋するために」
「ショウ」
「ラーダは元気になることだけ考えてくれよ。俺はそれしか望まないから」
優しいショウの笑顔。
でも、なにか引っ掛かる。
ただ優しいだけじゃなくて、なにもかも知っていて優しくしているような、奇妙な違和感。
「ショウは俺の……」
「ラーダ。あんまりしゃべるんじゃない。まだ体調よくなっていないんだから」
ショウに叱られてラーダは黙り込んだものの、納得できてはいなかった。
わかっていて牽制されたような気がして。
それからしばらく黙っているとグレンが部屋に入ってきた。
「目が覚めたのか、ラーダ。よかった」
「今更、善人ぶらないでよね。もう遅いよ」
「そこまできついこというなよ、ラーダ。彼だって後悔してるんだから」
「だって」
「すぐには許せないだろうけどわかってやれよ」
おまえの孫だろ? と続けそうになって、ショウは黙り込んだ。
さすがにこれは口に出せない。
「いや。ショウ。これは言われて当然なんだ。おれは確かに責められても仕方のないことをしてしまった。許してくれとは言えない。自業自得なんだ」
本当に改心しているらしいネジュラ・グレンに、ラーダはショウと彼の間でなにがあったんだろう? と首を傾げる。
解せないが、どう考えてもショウが彼の考えを改めさせたとしか思えない。
本当にふたりの間でなにがあったんだろう?
「それでメイディアとは連絡が取れたのか? 連絡がきたから階下に降りていたんだろ?」
「ああ。父上とは連絡が取れた。魔族の件が片付き次第、ショウ王子をお連れしろとのご命令だ。最悪の事態のときは魔族の件が片付いていなくても、ショウ王子の身の安全を優先しろとも言われた」
「……それは」
「レジェンヌに留まることは危険なんだ。そんな判断をされてしまうことも、仕方のないことだ。あなたの生命には換えられない」
でも、それではショウのためにレジェンヌの民たちが犠牲になることになってしまう。
それは嫌だった。
かといって身の安全を気遣われているわけだから、ショウからはこの意見に逆らえないのだが。
その場合待っているのは「死」だけなので。
「魔族の件が片づけばいいんだな?」
「なにか策があるのか?」
「ひとつだけ」
「なんだ?」
「これはメイディアの協力なしでは成り立たないし、俺の存在も隠してもらわないといけないんだけど、闇世と地上の次元が繋がっているから、魔族たちがやってくるんだ。
これ以上、魔族の数を増やしたくなければ、その次元を閉じてしまえばいい。それで一時的にでも魔族の件は片づくはずだ。後は地上に残っている魔族を一掃すればいいから」
「しかしそんなことどうやって」
「魔門、つまり俺を利用するのさ」
「え?」
意外なことだったようでグレンは絶句していた。
それはショウにとって命懸けの行動だからだ。
レジェンヌ側にバレたらショウの生命はないだろう。
「次元の穴を塞ぐだけなら魔門の力は必要ない。常時開いている次元の扉まで閉じないと、この計画は意味がないんだ。だから、魔門の力が必要になってくる。ただ」
「ただ?」
「それには並外れた魔力を持った奴が必要なんだ。俺にもある程度の魔力を持った奴は見抜けるけど、残念ながらここにきてから、それに相応しい魔力を持った魔法使いとは出逢っていない」
「あれ? どこかで聞いたような計画だな」
「は?」
「そうだ。初対面のときに妖魔の騎士が言っていた方法だ。奴も言っていた。自分が考えている方法を実行に移すには、強い魔力を持った奴が必要だって。魔門のことかと納得していたが、もしかして奴の言っていた方法とおまえの計画は同じものかも」
「妖魔の騎士か」
言ってからチラリとラーダの顔を見る。
疲れが取れていなかったのか、また眠ってしまっているが、果たして今のラーダにそれだけの余力があるだろうか。
回復してきてはいるようだが、まだそんな強大な力が使えるほどの体力を取り戻したようにも見えない。
あまり無理はさせたくないのだが。
「機会がいつ作れるのかわからない。
だが、妖魔の騎士に出逢ったときに言ってみよう。それで協力してくれるなら、これ以上、危険な場所に滞在しなくて済むし」
「……そうだな」
ラーダなら協力すると言ってくれるだろう。
ラーダは元々ショウには協力的だった。
あのときも、あんなに弱っていたのにショウを助けに来てくれた。
ショウが命懸けで頼めば、どんなに弱っていても頷くだろう。
できるだけ無理はさせたくないが、ラーダの正体を見抜いていることを伏せているかぎり、正面から反対できない。
どうすればいいんだろう。
この計画を実行に移すにはラーダの協力が必要不可欠なのだが。
自分からは動けない。
ジレンマ、だった。
「へえ。それで妖魔の騎士の協力が、ね」
翌日になって目覚めたラーダに事情を打ち明けたのはグレンだった。
ショウはどこか遠くを見ていて自分からはなにも言わなかった。
やっぱりバレてるのかな? と思う。
だから、ラーダがこんなに弱っているときに自分からは頼めないとか。
でも、ショウがなにも言わないなら、気付いていない可能性もあるから、ラーダからは言えないし。
気付いていないのなら気付かれたくないから。
ショウは変わらないと信じたい。
でも、信じるのも怖い。
好きになってしまったから、この気持ちが叶わないと突き付けられるのが怖いのだ。
(そうだ。俺、ショウが好きなんだ。この気持ち。どうしよう。伝えられるものなら伝えたいけど、俺にそんな資格あるのかな? ラスターシャ王家から国も王位も取り上げた俺に。妖魔であるこの俺に)
グレンは、ネジュラ・ラセンは妖魔であることも承知してラーダを選んでくれた。
あのときと同じことが起きるかどうか、ラーダには自信がない。
そもそも同性同士みたいな付き合い方だったのだ。
今の段階でショウに意識されているとは思えない。
伝えたら正体がバレていなくてもフラれるかもしれない。
(フラれたらどうしよう。俺……)
泣きそうになっていると不意にショウが振り向いた。
勘は鋭いのだ、ショウは。
「どうしたんだ、ラーダ? そんな顔で俺を見て」
「……なんでもない」
「なにがなんでもないんだよ? 今にも泣きそうな顔してるよ?」
「ショウが苛めるよぉ」
「は? 心配してるだけだろ、俺は。どうして苛めてるなんて言われないと……」
ふたりのやり取りを見ていたグレンは、ショウの余りの朴念仁ぶりに呆れていた。
ショウはラーダの気持ちに気付いていないのだ。
ラーダの方はおそらくショウが好きだから、これからのことを考えて、あんな顔をしてるんだろう。
そのことに気付かないショウは、かなりの朴念仁だ。
「おまえ。かなりの朴念仁だな、ショウ」
「は? なんでそっちから責められないといけないんだ?」
真剣にわけがわからないと言いたげである。
だが、これは割り込んでも仕方ないと、グレンからはなにも言わなかった。
泣いていても仕方がないと、ラーダはふっと息を吐いた。
窓辺に黒衣を身に纏い、黒い幅の広い仮面をつけた妖魔の騎士が現れる。
「さっきの話の件だが」
「妖魔の騎士っ!?」
ショウも驚いて振り向き、すぐにそれが幻影であることを知った。
いや。
分身というべきだろうか。
どんな力を使っているのかは知らないが、あれはラーダではない。
敢えて言うなら身代わりだ。
ラーダは昼の姿と夜の姿で同時に存在しなければならないとき、こういう手を使うのか。
上手い手だ。
これなら余程力のある魔法使いでもないかぎり、彼が偽者だとは気付かないだろうから。
でも、ラーダは平気なんだろうか。
こんな状態で力を使ったりして。
気になったので振り向けば、やはり顔色が悪くなっていた。
(無理をして)
心配そうに瞳が陰る。
しかしここでは身代わりのラーダを見た。
「いつから話を聞いていたんだ?」
「ついさっきだ。どうやらラスターシャの王子が、メイディアに合流したようだったからな。俺の方からも気を付けて見ていたんだ」
「……どうして」
「その王子は知らないだろうが、ラスターシャ王家の者と俺とは友好を結んだ間柄だ。だから、この間もすぐに助けに入ったんだ」
「そうだったのか。それでレジェンヌには宴の記録がなかったんだな?」
「そういうことだ。レジェンヌでは宴はやらないと誓ったからな」
知らないことはあるものだ。
ショウが知らないということは、おそらく歴代の世継ぎたちも知らなかっただろう。
代々語り継がれていたなら、ショウも聞いているはずだから。
ということはラスターシャ王家の者と妖魔の騎士が友好を結んだのは、かなりの昔だということだ。
それなのに今も守ってくれるなんてラーダは律儀だ。
「俺で力になれるならなろう。機会を作ってくれれば俺はその場に現れる」
「妖魔の騎士」
「それがラスターシャの王子の望みなのだろう?」
「でも」
「余計な心配はいらない。不都合はなにもないからな。闇神に楯突いたところで今更だ」
そういう意味じゃないんだ、ラーダ。
俺はおまえの身体を心配してるんだよ。
言いたくて言えなくてショウは唇を噛む。
「そちらの準備が整ったら俺は現れる。約束は違えない。安心していればいい」
言いたいことだけ言ってラーダの姿は消えた。
ふっと姿が消えたのだ。
限界がきたのかとショウがラーダをみると、ラーダは大きく息を吐き出していた。
やっぱり堪えたらしい。
そんな状態でも協力すると言ってくる。
申し訳ない気分で一杯だった。
「よかったね、ショウ。妖魔の騎士が協力してくれることになって。これで百人力だよ。きっと現場でも護ってくれるから」
ショウにはこのラーダの言葉はこう聞こえていた。
『どんなことがあってもショウは俺が護るから』
と。
半死半生の状態だったのはつい昨日のことだというのに、そんなことを言ってくれる。
本当に申し訳なかった。
それから準備が整うまでにかかった日数は3日。
これはレジェンヌに関わることなのだが、ショウが関わっているため、グレンはレジェンヌ側の介入を断った。
これには一揉めあったらしいが、一先ず、現場にはレジェンヌの者は立ち入れなくなっている。
その現場にショウはやってきた。
屋敷にラーダを残して。
ラーダは気を付けてと言っていた。
それはショウが言いたい言葉だったのに。
大地に魔方陣が敷かれている。
でも、どうして自分が寝ているのかがわからない。
起きようと上半身を起こすと目が回った。
力が入らず頭もクラクラしてその場に倒れる。
その音に気付いたのか、ラーダが目を覚ました。
「ショウっ」
「ラーダ。俺、どうしたんだ?」
「憶えてない? 現王家の国王に捕まって、酷い扱いを受けたんだよ。両手首に酷い怪我を負って、大量出血を起こしたんだ」
「思い出した。それで俺は禁断の魔法で双頭のラジャを召還して」
言いかけて思い出した。
本当に危なくなったあのとき、禁断の魔法をやめるように忠告してくれたのはラーダだった。
妖魔の騎士の姿をしていたが。
「妖魔の騎士が助けてくれたんだよな」
「えっと、それは」
「あのとき、あいつが止めてくれなかったら、今頃、俺は生きてなかったかも」
禁断の魔法は本当に命懸けなのだ。
使える限度というのがある。
伝説によれば至上神の二重神、天麗神によって授けられた幻獣だというが。
あのとき、ショウは限度を越えて使おうとしていた。
そのくらい危なかったのだ。
反対から言えば禁断の魔法に頼らなければ生命の維持が難しかったのである。
その瞬間になれば召還の呪文はわかるからと、父にも母にも言われていたが、ああいうことだとは思わなかった。
あのとき、自然とその呪文が口をついで出たのだから。
あの場に妖魔の騎士が現れて、処置をしてくれなかったら、たぶんショウの生命はなかっただろう。
ラーダは生命の恩人だ。
ああ。
なんだ。
そうか。
ショウは可笑しくなってきた。
ラーダが行方不明になってからの10日間、ショウは生きた心地がしなかった。
そしてラーダが妖魔の騎士だとわかったときも、驚きはしたが抵抗もなく嫌悪感も感じなかった。
それはとても単純なことだったのだ。
ショウはラーダが好きだった。
一緒に暮らしている間に好きになっていたのだ。
相手の素性も知らないままに。
だから、妖魔の騎士だとわかった後も好意は消えなかったのである。
なんて簡単なことに長い間気付かなかったんだろう。
笑えてくる。
「ショウ。死にかけたっていうのに、なに笑ってるの? 俺がどれだけ心配したかわかってる?」
「ごめん。それからありがとう、ラーダ」
「……え?」
急にお礼を言われてラーダが照れた。
真っ直ぐにラーダの緑と赤の斑の瞳を見詰めて、ショウが微笑む。
「俺を助けてくれてありがとう、ラーダ」
「ショウ」
「知ってたよ」
一言の言葉が重くてラーダはなにも言えない。
ただ泣きそうにショウを見詰めるだけ。
「ラーダが妖魔の騎士だってこと、俺は知ってた」
「……ショウ」
「知ってても傍にいてほしかったんだ」
「それ、どういう意味?」
頬を染めてラーダが訊ねる。
どういう意味の言葉か知りたかった。
「どこにも行かずに俺の傍にいてくれよ。ネジュラ・ラセン王のことも承知してるよ。それでもラーダが必要なんだ。俺にはラーダが必要なんだ。傍にいてくれよ。これからもずっと」
「まるで求婚だよ、ショウ」
泣き笑いの顔でラーダが言う。
ショウが受け入れてくれるのが嬉しかった。
まさかこんなことを言ってもらえるとは思わなかったので。
「うん。そのつもりだから」
あっさり言われてラーダは真っ赤になった。
なにを言えばいいのかもわからず、取り敢えずおろおろしている。
「好きな人ができたら、すぐに求婚するって決めてたんだ。いつまで生きられるかわからない身の上だ。いつ死んでしまうのかわからないのなら、好きな人ができたら、すぐにでも結婚したい。ずっとそう思ってた」
「その心配はもうないよ。ショウはもうすぐこのレジェンヌの王になる人なんだから」
「……え?」
「現王家の問題なら片付いたよ。メイディアが代表で片付けてくれた。ショウが危篤状態に陥っている2週間の間に。それくらいしかしてやれないからってグレンが。後見になるって言ったのになにもしてやれず、こんな怪我まで負わせた自分には、それくらいしかしてやれないからって。今も重臣たちを纏めてくれているよ。メイディア諸国連合の君主代理として」
「そうだったんだ?」
メイディアが正式にショウの後見役についてくれた。
それはショウの即位を意味した。
いつの間に話がそこまで進んでいたんだろう。
ちょっと眠ってた間に。
「それでも俺の気持ちは変わらないよ、ラーダ」
「……ダメだよ。俺は妖魔だよ? 血に餓えた妖魔の王だよ? ショウには似合わないよ」
「ネジュラ・ラセン王が相手のときは結婚してるじゃないか」
「それは……グレンの命懸けのプロポーズに負けたというか」
「グレンって? あのグレン?」
不思議そうなショウにそう言われ、ラーダは「違う。違う」と慌てて片手を振った。
さすがにそんな誤解は避けたい。
「ネジュラ・ラセンのことを俺はそう呼んでたんだ。グレンとは幼馴染みでね。妖魔としての自分を封じているときに出逢って親しくなったんだ。でも、グレンは王子だってこと隠しててさ。それで俺に偽名のグレンを名乗ってたんだ」
「へえ。じゃあグレンの名前ってそのままネジュラ・ラセン王を意味してるんだ?」
「苦労したと思うよ、本人は」
「でも、命懸けの求婚っていうなら、俺だって十分命懸けなんだけど」
「……え?」
「ラーダがグレンに捕まってたとき、俺は自分の身も省みず探しに行ったよ?」
「それは……」
確かにそうだ。
あのとき、ラーダもショウの身を心配した。
王宮に近付きすぎることで。
「正体がわかってもそれで嫌うことも軽蔑することもしなかったし。ラーダは俺のことが嫌いなのか? だから、受けられないって言ってるのか?」
「そうじゃないけど。ショウの気持ちは嬉しいけど、でも、俺は」
「煮え切らないな。嫌いじゃないなら、どうして受けられないんだよ?」
「ラスターシャ王家の者から、国と王位を奪ったのは……俺だから」
「は?」
意外なことを言われ、ショウの目が点になった。
言葉の意味が理解できない。
「遠い昔のことだよ。俺はその頃、まだ妖魔の王だった。人の心を理解しない。だから、ラスターシャの国王に問われたときに言ってしまったんだ。この国が必要以上に魔物に事件を起こされる理由は、ラスターシャ王家にあるって」
「その話なら知ってるよ。だから、ラスターシャ王家は国と王位を捨てたんだ。魔門は相応しい位置にいてこその魔門。国王の座にあるかぎり、その力を発揮し続ける。だから、王位を国を捨てるしかなかった。すべて国のために。それを教えたのがラーダだったって?」
「俺がそんなことを言わなければ、殺されずに済んだラスターシャ王家の者が大勢いたはずなんだ」
「……ラーダ」
「そんな俺にショウの求婚を受ける資格はないよ」
俯いて握った拳を震わせるラーダを見て、起き上がれないショウは、唯一動かせる手を動かした。
その瞬間、癒えない傷から痛みが走ったが、それを我慢してラーダの手を握った。
ラーダがビクッと震える。
「それは違うよ、ラーダ」
「どうして?」
「おまえがそうしなかったら、俺が生まれることはできなかったからだよ」
「え?」
「俺の母は東洋の人だって言っただろ? 普通にラスターシャ王家の世継ぎとして父上が生きていたら、たぶん結婚することなんてできなかったと思う」
「……あ」
確かにそうだ。
伝統を重んじるラスターシャの王子が、東洋の女性を妃に迎えることはできなかっただろう。
それができたのは隠れ住んでいたからだ。
即位しない王子だったから、好きな女性と結婚できた。
もし普通に王家に生きていたら、ふたりが結ばれることはできず、ショウがこうして誕生することもなかっただろう。
ショウが誕生できたのは、かつてラーダが罪を犯したから。
ラスターシャ王家から国と王位を奪ったから。
不思議な縁だった。
「俺のことが嫌いなら断ってくれていい。でも、少しでも好きなら、好きだと思うなら考えてくれよ、ラーダ」
「でも、ショウは由緒あるこの古王国、レジェンヌの王になる身だよ? それも伝説のラスターシャの王子として。とても周囲が認めるとは思えないけど」
「大丈夫だよ」
ショウはケロリと言い切った。
「ラーダはメイディアの聖妃ラーダ・サイラージュ妃の血縁だから。グレンもそれを証明してくれるよ。そうしたら反対する奴なんていなくなるから」
「ショウ。あのね……それって詐欺じゃない?」
嘘だとわかってて言い切るショウが憎らしい。
なんて頭が回るんだろう?
「今すぐ決められないなら、すぐに答えをくれなんて言わない。でも、考えてくれよ、ラーダ。俺のことが少しでも好きなら、考えるくらい考えてくれてもいいじゃないか」
押しの強いショウにラーダはタジタジである。
これが夜の姿なら幾らでも痛烈に言い返すが、昼のラーダにはそういう真似はできない。
ショウの妙な迫力に押されてどうにも困る。
「考えるだけだからね?」
嫌いだって言えなかったから、ほんとは嬉しかったから、結局そう言っていた。
ショウは嬉しそうに笑ってくれたけど。
「それより手首、痕が残るかもしれないって」
「そうなんだ?」
「うん。傷がかなり酷いからって。ごめんね? 俺がもっと早くショウの居場所を突き止めていたら、あんな目に遭わなかったのに」
「ラーダのせいじゃないよ。ラーダだってあのときは五体満足な身体じゃなかったんだから。それにラスターシャ王家に伝わる聖水を使えば、痕も薄くできるはずだから」
「そんなのあるんだ?」
「うん。傷を治すと言われてる聖水だよ。門外不出なんだけどね」
「色んな物が伝わってるんだね、ラスターシャ王家には」
「まあね」
「それよりもう眠って? まだ顔色良くないんだから」
「わかったよ」
答えてショウは目を閉じた。
元気になったら大変だと思いながら。