第四章 古の王家の末裔



 ショウが出ていくのを気配で感じながら、ラーダが悔しそうに舌打ちをした。

 魔門と呼ばれる特殊な立場に立つ人間だ。

 ショウは勘が鋭い。

 おそらくこの屋敷にラーダがいることは確信されただろう。

 魔族が出なければショウがここに辿りついてくれたかもしれないのに。

「ラーダさま? お身体は大丈夫ですか?」

「あのバカ王子が魔族が出たからって、またあの薬を使用しなければね」

 皮肉に染まった返答にエスタも答える言葉がない。

 時々、発作を起こすしもう10日も絶食しているのだ。

 ラーダの身体は見えないところでボロボロになっているだろう。

 それでも弱みを見せない気高さに舌を巻く思いだった。

「ショウ様のところに戻りたいのでしょうね。お許しください。わたしに王子を制止する力があれば,あなたを解放することもできるのですが……力不足で……」

 確かに王子を止められないことは、お傍付きとしてのエスタの力不足だろう。

 だが、王子を完全に止められる臣下などいない。

 その権限が臣下には最初からないのだから。

 エスタに頭を下げられて彼にはなんの落ち度もないとわかっているから、ラーダは答えられないまま眼を逸らす。

「エスタ。出掛ける。支度を」

 短く言いながらグレンが現れ、エスタが慌てたように行動を開始した。

 グレンはよほどエスタを信頼しているらしく、身の回りの世話はすべて一任していた。

 だから、こういうときもエスタが1番忙しいのである。

 すべての支度が済んで甲冑を着込んだグレンが、困ったようにラーダを振り向いた。

 正直なところ、最近のラーダの様子を見ていると、もう薬の多用は避けたほうが無難だと思われた。

 これ以上は如何にラーダといえども危険である。

 だが、魔族が現れた以上、魔法使いはすべて同行させねばならず、ラーダを閉じ込めて出さない結界なんて張っている余裕はない。

 それをするには時間が必要なのだ。

 魔族との戦いは時間との戦いだ。

 対処が遅れれば遅れるだけ危険に晒される民間人が増える。

 だから、そんな大がかりな術を仕掛けている余裕がないのである。

 今回だけだと割り切ってグレンは薬が常備されている瓶を手に取った。

「王子っ!?」

 エスタが驚いた声をあげる。

 同時にラーダもギョッとした目を向けた。

 まさかこの状態でも薬を使用されるとは思わなくて。

 喉を通った後で胸が燃えるような痛みを訴えた。

 ガクガクと震えながらラーダが崩れ落ちる。

 眠ってはいなかったが身体はボロボロだった。

 すでに耐えられる限界は過ぎている。

 ラーダは光と闇の申し子。

 それだけにどちらにも属さない存在。

 強すぎる薬なら影響だって受けるものだから。

「どうせ明日にはあいつがくる。誤魔化せないかもしれないから、今日だけ。今日だけだから。済まない、ラーダ」

 呟いてグレンはラーダをひとり残し、魔族が横行しているところへ向かって出発した。

 人っ子ひとり居なくなりラーダが震えながら身を起こす。

「苦しっ」

 ハアハアと息をつきながら、目が回るのを堪えた。

 ショウが街に出ている。

 魔門として狙われやすいショウが。

 危険が及ぶ前に魔族を処理しなければ。

 苦しいけど、辛いけど、自分がやらなければ。

 ショウを護るために。

 いつもよりずっと時間をかけて髪と瞳の色を変えると、ラーダは呼吸を整えてショウの屋敷へと転移した。

 そこで黒衣に着替え街へ出るのだ。

 どうかショウに危険が及んでいないようにと祈りながら。




 魔族が出たのは暗い路地裏だった。

 ショウは敏感にそこを避け、明るい大通りを選んで帰路についている。

 ビュウ、ビュウと風が唸り声をあげる。

 その声が耳につく度にショウはビクリと身を竦めた。

 怖いわけではない。

 ショウは育ての親に戦い方は叩き込まれている。

 それだけの実力もあるし度胸もある。

 それでもビクついてしまうのは何故だろう?

 感じたことのない感じが付き纏う。

「剣、持ち出してきて正解だったな。
なんかそんな気がする」

 魔門の勘、だろうか。

 魔族の動向が気にかかる。

「シャァァァァ――――!!」

 突然そんな叫び声がして、ショウはとっさに腰にあった剣に手を伸ばした。

 寸でのところで魔族の腕を剣で受け止める。

 横凪ぎに払うといつの間にか魔族に取り囲まれていた。

 赤い瞳を血走らせ涎を滴らせている。

「魔門だ」

「魔力を増幅してくれる魔門だ」

「久々の獲物だ。だれにも渡さねえ」

 魔族たちが薄ら笑いを浮かべながら呟く。

 耳にしてショウは怪訝な顔をした。

 魔門が魔力を増幅するというのは初耳だ。

 確かに魔門は魔法使いなどが術を使う際に、協力すれば成功率をあげられるとは聞いていたが、魔力を増幅させるせいだとは知らなかった。

 魔族たちにとっては魔門はいるだけで極上の獲物なのだろう。

「ありがてぇ。こいつの血を啜れば、それだけで魔力が増幅される。だれにも渡さねえぞ」

「それはこっちの科白だ」

 包囲したまま魔族たちがお互いを牽制し合っている。

 騎士団の声が遠くに聞こえる。

 こちらでも事件が起きたと気づいたらしい。

 彼らがくるまでもつだろうか。

 メイディアならまだしもレジェンヌの騎士団に駆けつけられて、魔族たちの会話でも聞かれたらアウトだ。

「血の一滴までだれにも渡しはしねえぜっ」

「そんなことを勝手に決めつけられてもな。こっちにも都合ってものがあるんだ。そう簡単に囚われてやるつもりはないし、殺される気もない」

「いつまで持つかな?」

「その強がりがよぉ」

 イッヒヒヒと笑う声がして、ショウを包囲する陣が狭まる。

 確かに多勢に無勢だ。

 今は魔族たちが牽制し合っているから無事だが、協力しはじめたらショウの命運もそこまでだ。

 そのとき風が袈裟懸けに魔族を切り裂いた。

「ギャアッ」

 と、短い断末魔の声があがる。

 ショウもキョロキョロしたが魔族たちも慌てふためいていた。

 彼らのほうが情勢をよく見ていたようである。

「俺の目の届くところでよくそんな真似ができたものだ。ラスターシャ王家の者と俺は友好を結んだ関係だ。おまえたちになど渡す気はない」

「王子っ」

 魔族たちが次々に名を呼ぶのが、妖魔の騎士だと気づいて、ショウも周囲に目をやってみた。

 近くの民家の屋根に妖魔の騎士の姿があった。

 逆光で顔立ちはハッキリしないが、その姿形には見覚えがあった。

(どこかで逢った?)

 どうしてそう思うのかわからないが、ショウは初めて目にする妖魔の王を知っていると感じだのだった。

 フワリと妖魔の騎士が飛び下りる。

 風が彼の身を包み、それは刃となって魔族たちを襲った。

 放射線状に広がっていく風の刃に魔族たちが次々と倒れていく。

 間近で見た妖魔の騎士は黒い仮面を身につけていて、顔立ちがわからなかった。

 わかるのは闇より深い黒髪と血の色の瞳。

 間近で相対したショウはどこか見覚えのある妖魔の王に不思議そうな顔を向けていた。

 よく見ると顔色が悪い。

 呼吸も荒いのか肩で息をしている。

 とても戦いに出られるような状態じゃない。

 不思議な感情を与えてくれる妖魔の王に声をかけようと手を伸ばそうとしたとき、メイディアの王子一行がやってきた。

「きていたのか。今日は姿を現さないのかと思った」

「このヌケサク王子。襲われている奴がいることぐらいすぐに気付いてやれ。職務怠慢も程々にしろ」

 妖魔の騎士に責められてグレンがグッと詰まる。
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