第三章 メイディアの王子
同じ頃、ショウはグレンの屋敷が見える位置にまで近付いていた。
近付いていけば一目でわかると言われたが、確かにすぐにわかった。
どの屋敷がメイディアの王子に与えられた屋敷なのかは。
ひとつの屋敷にだけ外国の服装をした者が大勢いるのだ。
それに王子が滞在中とあって他の屋敷より警備も厳しいらしいというのが、遠くから見ているだけでわかる。
「あそこがメイディアの王子の屋敷」
王宮にこれだけ近付いたのは初めてだ。
本当ならショウが住んでいたかもしれない宮殿。
いつもは遠くから見ていた建物が、あんなに巨大に見える。
やはり無謀だろうか。
メイディアの王子に近付くのは。
今は身分を証明する物として双頭のラジャの首飾りを隠し持っている。
それを見せれば認めるはずだ。
ショウがラスターシャの王子だと。
でも、それでもシラを切られたら?
ラーダに逢わせてくれなかったら?
もしくは全くのショウの誤解だったら?
身分を明かした後で誤解だったなんてことになったら、メイディアの王子がいつ国王に打ち明けるかを、いつも気に病んでいなければいけなくなる。
やはり無謀なのか。
でも。
「どうする? 俺は自分の勘は信じてる。俺の勘は外れない。そのことには自信を持ってる。
行くだけ行ってみていると思ったら身分を明かすか? それとも居ても居なくても身分を明かすのは最終手段にした方がいいのか」
メイディアの王子の屋敷はもうすぐそこだ。
後すこし歩けば目の前まで行けるだろう。
この3日間、頭を悩ませてくれた相手が目と鼻の先にいる。
どうしよう。
時刻はそろそろ夕刻。
あまり遅くなると魔族が出てくるかもしれないし。
それでなくてもショウは魔門だ。
魔を招きやすいと言われているから、魔族が横行しているときに、その中心地にはいない方がいい。
下手をしたら魔族がショウ目掛けて襲ってこないとも限らない。
目の前まできて一度立ち止まった。
屋敷の門扉の前で立ち止まった不審な子供に、警護の者たちが怪訝そうに目を向けている。
それを受け止めながらショウは意を決して歩き出した。
「止まれ。それ以上近付くことは許さん」
「世継ぎの王子に取り次いでくれないか。俺はショウという。本人には一度逢ったことがある。聖妃様のことで話があると言えばわかるはずだ」
「なに?」
「王子の知り合い?」
怪訝そうに見返す目。
話し合っていたふたりの内ひとりが屋敷の中に入っていった。
この行動が吉と出るか凶と出るか。
「なに? ショウ? 本当にそう名乗ったのか?」
「はい。王子とお逢いしたことがあると。聖妃様のことで話があると言えばわかるはずだと。本人はそう申しておりました」
「ショウがきてるっ!?」
起き出そうとしたラーダは胸が苦しくなってその場に倒れた。
ショウがきている。
きっとラーダを捜してきてくれたのだ。
王宮の付近だからショウにとっては危険なのに。
この行動がショウの生命を奪う可能性だってある。
そのことが怖い。
でも、同時にショウがここまできてくれたことが嬉しかった。
(俺、やっぱりショウのことが好きなんだ。今はっきり自覚したよ。俺はショウが好きだ。
グレンへの気持ちも忘れていないけど、新しく好きだと思える人に、俺は出逢えたんだっ!!)
それは最愛のグレンと死に別れるときの約束だった。
『ラーダ。おまえの生命は永い。人間などとは比較にならないほど永い。だから、ひとりで生きていくことになるだろう。
俺の死後、おまえはひとりになる。だが、だからといって俺の存在に縛られないでくれ』
『どうしてそんなことを言うの? わたしはあなたさえいてくれたら……それだけで他にはなにもいらないのに』
『それでも俺はずっとおまえと一緒に生きることを約束してやれない。
俺が人間である以上、いつかは死ぬんだ。そうしておまえをひとりぼっちにする。そのときは必ずくる』
泣き出しそうに顔を歪めるラーダの髪を、グレンは何度も撫でてくれた。
聖妃として生きていた頃は長かった銀の髪を。
『そのとき、俺との記憶に縛られて、だれかを好きになれないことは、あまりに悲しい。
おまえは俺の死後、俺よりもっと好きになれる奴と出逢わなければならない。おまえの生命は永いから、そうやって生きていくしかないんだ。
ひとり愛した奴が死んでも次の奴を愛する。そうすることでおまえは孤独にならずに済む』
『グレン』
『約束してくれ。俺の死後もおまえはひとりぼっちにはならないと。必ずだれかを愛して生きると』
『約束するわ。でも、だれかを愛しても、わたしの中であなたが死ぬことはない。それだけはわかっていてほしいの、グレン』
『知っているよ。俺は死んだ後もおまえの記憶の中で生き続ける。そうして星となって見守り続けるだろう。おまえのことを』
死期が近づいてきたそのときに、グレンと交わした会話だった。
今その通りのことが起きている。
ラーダはもう一度愛しいと思える人に出逢えた。
そのことを嬉しく思う。
だが、もうひとりのグレンはそんなラーダを見て苦々しい顔をしていた。
「エスタ。おれは客人と逢わなければならない。ラーダを見ていてくれ」
それはショウとは逢わせる気がないという意思表示だった。
従いたくないラーダは起き上がろうとしたができなかった。
今までで1番激しい発作がラーダを襲ったからだ。
ごぼごぼと咳き込むラーダを見て、白魔法使いのエスタが複雑な顔をしている。
「ここまでお迎えにいらしたのでしょう? もう帰してあげては如何ですか?」
「できない相談だ。見ていてくれ。頼んだぞ」
それだけを言い置いてグレンは出て行った。
本当はグレンの心は揺れていた。
ショウはここまでラーダを迎えにきた。
だれに言われたからでもなく、自分で推理して。
本当ならラーダと引き合わせて、これまでの非礼を詫びるべきなのだろう。
だが、その決意ができなかった。
諦めが悪いのだ。
自分でわかっているが、どうにもできなかった。