プロローグ

 



 変身願望なんてありません!



 学生時分にまあ所謂イジメにあって、自室から出られなくなって、病気を抱え、そんな人はこのご時世幾らでもいるだろう。

 その結果、今ある自分を受け入れて迫り来る死を受け入れて、この世に未練もないなんて、些か聖人じみているかな?

 でも、まあそうなんだからしょうがない。

 人間閉じ籠もっていようが、活動的に動いていようが歳は取るし、歳を取れば一部を除いて多少は外見だって若い頃より見劣りする。

 それは避けようのないことで、見られるのが仕事の人たちは、日々努力して少しでも美しくあろうと頑張っているけれど、ふとあるとき気付くのだ。

 テレビを見ていて。

 ああ。

 この人、若い頃は綺麗だったけど、歳取ったなあ、と。

 つまりはそれが老いというものだろう。

 今静かに自分の鼓動が止まろうとしている。

 周りは騒いでいるけれど、もう少し静かに逝きたかったなあと感じる。

 長いようで短い人生だった。

 人生まだ一桁のときに人生が狂いだし、後は狂気と正気の狭間で閉じ籠もってばかり。

 虐待ではないけど、親から学校に行ってくれないと、物で殴られた子供は何人いるんだろう。

 でも、殴っている親の方が辛そうに泣いていたから、なにも言えなかったけど。

 もう一度生まれ変わりたいかと問われたら、正直御免被る。

 こんな人生二度も繰り返したくはない。

 そんなことを考えているとため息をつく気配がした。

「それはちょっと困るんだなあ」

 突然聴こえたやけにクリアな声に、びっくりして飛び起きた。

 はて?

 と下を見ると医療機器に囲まれた自分が寝ている。

「幽体離脱?」

「うん。今の状態だとそうだね」

 金髪に碧眼。

 如何にもな西洋人のイケメンがそこにいる。

 はて?

 自分にはこんな願望あっただろうか?

 確かにゲームや漫画などでは、金髪に碧眼はドストライクだったが、設定的には主役よりそのライバルとか、親友とか、良い人ポジだけど報われない役がドストライクだった。

 つまり外見は主役よりなのに、性格は好みじゃないキャラが大半だった。

 だから、他人の恋は応援しても、自分の恋には無頓着だったのだ。

 どうせ好みな人なんていないんだし、と。

 現実と二次元を混ぜてるあたり、我ながら問題ありな気もするけど、人生丸々閉じ籠もってて、出逢いがあるわけが、と言いたいけど、こんな自分にもいたんだなあ。

 恋人。

 真正面から好きだと言ってくれた恋人。

 でも、病気を理解されなくて別れたけど。

 だから、余計に恋には未練もなくなった。

 後は死ぬだけだというのに、どうしてこんな神様もどきが見えているんだろう。

「もどきは酷いなあ。ボクはこれでもれっきとした神様なんだけど。駆け出しだけどね」

「その新人の神様がなにしにここへ? 神様が直々に臨終のときに迎えに来るような大そうな真似はした覚えがないんだけど?」

「それがあるんだなあ。数十年閉じ籠り続けて、友達も恋人も作らず家族とも距離を置いて、そんな環境で自棄にもならず遂には悟りを開いて聖人に至っちゃった人は、実はきみが初めてなんだよ」

「そんなつもりはかけらもありません。普通にしていただけで」

「きみの言う普通が世間一般では、とても難しいことなんだよ」

 孤独に耐えられる人なんて普通はいないんだからと神様が呟いた。

「だからね? 天界の総意としては君をこのまま死なせるのは忍びない。だけど天界に聖人として迎え入れても、君は変わらないだろう?」

「でしょうね。変わる気なんてありませんから」

「だからね? 今流行りの異世界に行って貰おうかと思うんだけど」

「異世界? 無理無理! モンスターとか魔王とか、魔法とか、そんなのに対応できる気がしません!」

「そこは大丈夫、きみが転生を選ぶなら自然と身につくし、転移や召還の混合バージョンを選ぶなら、天界から特別にマスコットがつくから」

 そういった瞬間、神様は何故かため息をついていた。

 下っ端神様も大変みたいだ。

「外見その他の要望があれば聞くけど? ある?」

「変身願望なんてありません!」

「願望がなくても今のままじゃあ君が困るよ。長く出歩いてないから体力ないし、筋力も腕力もないし。今のままならその辺の子供にだって簡単にやられちゃうよ。外見にしたって過去を引きずるより、ガラッと変えちゃった方がいいんじゃない?」

 如何にも親切心から言ってますと真面目な顔で言われて、ちょっと心が揺らいだ。

 じゃあとささやかな願望を口にした。

「君って死にかけている時まで、自己顕示欲を出さないんだね」

 呆れたように囁いて神様が初めて笑った。

「ボクはライン。その名をよく覚えておいて。またね」

 最後のまたねはどう言う意味だろうと思いつつ、目を閉じた。

 次に目を開いたとき、自分はどうなっているだろうと感じつつ。
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