第一章 平凡な日常
「ジェイク殿下。もうすぐ旅行に出られるんだってな」
「え? だって戴冠式もうすぐだよね?せ
この国では国王の崩御から1年が過ぎて、喪が明けないと世継ぎが即位できないという決まりがあった。
もうすぐ国王の喪が明けるため、ジェイク殿下はようやく即位できるのだ。
「なに。センパイ知らないの?」
「なんの話?」
話が見えなくて首を傾げれば、ふたりは呆れた顔をして交互に説明してくれた。
「世継ぎの王子の即位には、国王の喪が明けること、という条件の他に即位と同時の婚礼というのがあるんだよ」
「へえ」
「それでね? ようやくお妃様が決まったらしくて、殿下はお妃様を出迎えに行かれるんですって。それでしばらく学園を休まれるそうよ」
「もしかして卒業式に出られないかもって噂はそのせい?」
「おまえ、気づくの遅すぎ」
呆れて言われたが優哉は本当に知らなかった。
その条件もそうだが、ジェイク殿下が僅か18で結婚するという事実も。
では父も行くのだろうか?
そう考えていると噂されている当人のジェイク殿下が、ふと気づいたようにこちらを見て笑顔になると近づいてきた。
「ユーヤ!!」
快活な声で名を呼ばれ頭を下げる。
父親が近衛隊の将軍をやっている関係で、ジェイク殿下とは顔見知りで、この学園で殿下が気軽に声をかけるのは優哉だけと特定されていた。
別に殿下が人を選り好みするわけではない。
世継ぎと知っていて、対等に喋れる相手しか、彼は相手をしないというだけで。
そして世継ぎだと承知して萎縮しないのは優哉くらいというわけである。
「お久しぶりです、ジェイク殿下」
「本当に久しぶりだ。このところ学園にこられなかったからな。ユーヤともなかなか逢う機会がなくて。でも。ユーヤの噂はマモルから聞いていたんだぞ?」
「父からぼくの噂を聞き出すのはやめてくださいとお願いしているはずですが?」
「別にいいだろう? 悪い動機ではないし。年下の友人のことは、わたしも知りたいんだ」
そう言うジェイク殿下の目は愛しそうだ。
この眼やめてほしいなと優哉は思う。
親しみや友情を感じているせいだと、優哉は知っているが、ジェイク殿下がこういう眼で見るのが優哉だけなのも事実。
おかげで妙な誤解をされているのだ。
見詰め合ったりしていると、それだけで噂されるので優哉としては、この殿下とは多少の距離を空けて接したい。
もちろん嫌っているわけではないのだが。
「ご結婚されるそうですね?」
「ああ。ユーヤも知ったのか。報告はわたしからしたかったのだがな」
どこか複雑そうなジェイク殿下の口調に優哉が首を傾げる。
「婚礼にはユーヤも出てくれるだろう?」
「いえ。ぼくはそういう身分では」
「遠慮はやめてほしい。わたしはユーヤに出てほしいんだ」
「考えさせてください」
「全く。ユーヤは相変わらず宮廷嫌いだな。何度招待したと思っているんだか」
苦笑いのジェイク殿下に、まさか父に宮廷に近づくなと制止されていることは言えない。
基本的に優哉は両親の言いつけは破らない息子なので。
「わたしも旅立ちの準備があるから、これで失礼するが本当に婚礼には出てほしい。いいな?」
「はあ」
「父上の葬儀にも出なかったのだから、これくらいは」
「出ないもなにも。国王陛下の国葬なんて、ぼくのような身分では出られませんよ」
「わたしが招待したのに、か?」
たしかに葬儀に出てほしいとジェイク殿下から招待はあった。
城に入れるようにと手続きもされていた。
だが、結局両親から許可が出なかったのである。
「どうして……なにもかもダメだと取り上げるんだ」
「殿下?」
「同じ……なのに」
小さくささやくように言われて聞こえない。
顔をしかめているとジェイク殿下に頭を撫でられた。
「わたしはもうすぐ婚礼を挙げて国王となる。そうすれば直に子供も産まれるだろう。そうしたらきっと解放される。それがいいことか悪いことかは、わたしにも自信はないが」
「?」
「きっと法律を変えてみせるから」
「殿下?」
急に抱き締められて戸惑う。
項に顔を埋めるようにしてジェイク殿下は震えている。
ささやくような声が聞こえてきた。
「すまない、セイル」
だれに向かって言ったのか。
なんの謝罪だったのか。
優哉は確認したかったが、ジェイク殿下が痛々しくて、どうしても声が出なかった。
「婚礼の席で逢おう。出てくれると信じているよ、ユーヤ」
笑顔でそれだけを告げて殿下は去っていった。
それを呆然と見送る優哉にミリアが声を投げる。
「本当に殿下はセンパイに対する執着がスゴいよね」
「ミリア」
「確かにあれなら誤解されるのもわかるかも」
「ケントまで」
「だってさあ。さっきの解放されるっていうのも、そういう意味に受け取れないこともないぞ?」
「なんで?」
「結婚して子供を作れば、国王としての義務は果たしたことになる。そうしたら解放されるから、気持ちを封じることもない。そうとも受け取れるって話だよ」
確かにそう聞こえないこともないが、優哉はそんな意味はないと知っている。
「え? だって戴冠式もうすぐだよね?せ
この国では国王の崩御から1年が過ぎて、喪が明けないと世継ぎが即位できないという決まりがあった。
もうすぐ国王の喪が明けるため、ジェイク殿下はようやく即位できるのだ。
「なに。センパイ知らないの?」
「なんの話?」
話が見えなくて首を傾げれば、ふたりは呆れた顔をして交互に説明してくれた。
「世継ぎの王子の即位には、国王の喪が明けること、という条件の他に即位と同時の婚礼というのがあるんだよ」
「へえ」
「それでね? ようやくお妃様が決まったらしくて、殿下はお妃様を出迎えに行かれるんですって。それでしばらく学園を休まれるそうよ」
「もしかして卒業式に出られないかもって噂はそのせい?」
「おまえ、気づくの遅すぎ」
呆れて言われたが優哉は本当に知らなかった。
その条件もそうだが、ジェイク殿下が僅か18で結婚するという事実も。
では父も行くのだろうか?
そう考えていると噂されている当人のジェイク殿下が、ふと気づいたようにこちらを見て笑顔になると近づいてきた。
「ユーヤ!!」
快活な声で名を呼ばれ頭を下げる。
父親が近衛隊の将軍をやっている関係で、ジェイク殿下とは顔見知りで、この学園で殿下が気軽に声をかけるのは優哉だけと特定されていた。
別に殿下が人を選り好みするわけではない。
世継ぎと知っていて、対等に喋れる相手しか、彼は相手をしないというだけで。
そして世継ぎだと承知して萎縮しないのは優哉くらいというわけである。
「お久しぶりです、ジェイク殿下」
「本当に久しぶりだ。このところ学園にこられなかったからな。ユーヤともなかなか逢う機会がなくて。でも。ユーヤの噂はマモルから聞いていたんだぞ?」
「父からぼくの噂を聞き出すのはやめてくださいとお願いしているはずですが?」
「別にいいだろう? 悪い動機ではないし。年下の友人のことは、わたしも知りたいんだ」
そう言うジェイク殿下の目は愛しそうだ。
この眼やめてほしいなと優哉は思う。
親しみや友情を感じているせいだと、優哉は知っているが、ジェイク殿下がこういう眼で見るのが優哉だけなのも事実。
おかげで妙な誤解をされているのだ。
見詰め合ったりしていると、それだけで噂されるので優哉としては、この殿下とは多少の距離を空けて接したい。
もちろん嫌っているわけではないのだが。
「ご結婚されるそうですね?」
「ああ。ユーヤも知ったのか。報告はわたしからしたかったのだがな」
どこか複雑そうなジェイク殿下の口調に優哉が首を傾げる。
「婚礼にはユーヤも出てくれるだろう?」
「いえ。ぼくはそういう身分では」
「遠慮はやめてほしい。わたしはユーヤに出てほしいんだ」
「考えさせてください」
「全く。ユーヤは相変わらず宮廷嫌いだな。何度招待したと思っているんだか」
苦笑いのジェイク殿下に、まさか父に宮廷に近づくなと制止されていることは言えない。
基本的に優哉は両親の言いつけは破らない息子なので。
「わたしも旅立ちの準備があるから、これで失礼するが本当に婚礼には出てほしい。いいな?」
「はあ」
「父上の葬儀にも出なかったのだから、これくらいは」
「出ないもなにも。国王陛下の国葬なんて、ぼくのような身分では出られませんよ」
「わたしが招待したのに、か?」
たしかに葬儀に出てほしいとジェイク殿下から招待はあった。
城に入れるようにと手続きもされていた。
だが、結局両親から許可が出なかったのである。
「どうして……なにもかもダメだと取り上げるんだ」
「殿下?」
「同じ……なのに」
小さくささやくように言われて聞こえない。
顔をしかめているとジェイク殿下に頭を撫でられた。
「わたしはもうすぐ婚礼を挙げて国王となる。そうすれば直に子供も産まれるだろう。そうしたらきっと解放される。それがいいことか悪いことかは、わたしにも自信はないが」
「?」
「きっと法律を変えてみせるから」
「殿下?」
急に抱き締められて戸惑う。
項に顔を埋めるようにしてジェイク殿下は震えている。
ささやくような声が聞こえてきた。
「すまない、セイル」
だれに向かって言ったのか。
なんの謝罪だったのか。
優哉は確認したかったが、ジェイク殿下が痛々しくて、どうしても声が出なかった。
「婚礼の席で逢おう。出てくれると信じているよ、ユーヤ」
笑顔でそれだけを告げて殿下は去っていった。
それを呆然と見送る優哉にミリアが声を投げる。
「本当に殿下はセンパイに対する執着がスゴいよね」
「ミリア」
「確かにあれなら誤解されるのもわかるかも」
「ケントまで」
「だってさあ。さっきの解放されるっていうのも、そういう意味に受け取れないこともないぞ?」
「なんで?」
「結婚して子供を作れば、国王としての義務は果たしたことになる。そうしたら解放されるから、気持ちを封じることもない。そうとも受け取れるって話だよ」
確かにそう聞こえないこともないが、優哉はそんな意味はないと知っている。